軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

招待状

偵察三日目。最終日。

朝、島の北西を歩いていた。まだ踏破していないエリアがある。半島の先端。島の外周の中で一番遠い場所だ。

岩場を歩いていると、先客がいた。

岩の上に座って、海を見ている。

黒い装備。フードを深く被っている。ヴェノムだった。

「ヴェノム」

振り返った。一瞬だけ目が見えた。それからまた前を向いた。

「……」

何も言わないが、隣に座れという気配がした。トワは岩に腰を下ろした。

しばらく、波の音だけが聞こえた。

「奈落遊戯場に入った」

ヴェノムがぽつりと言った。

「何回かだけで、そんなに多くは入ってないけどな」

「何回も入れるのか」

「一回目は生存戦の観戦。二回目は『記憶の迷宮』。三回目は『黒の闘技』。俺も旅人クラスだから、特に失うものがない。金だけ払えば、実質ノーリスクで参加できるゲームもあった」

「そこで、何か掴んだか?」

「テオを見た」

ヴェノムが海を見たまま続けた。

「子供のNPCだ、十歳くらいの見た目の。奈落の観覧席で、生存戦を見ながら笑っていた。プレイヤーが装備を失うたびに、手を叩いて喜んでいた」

「子供の見た目……か」

「見た目だけだ。視線は子供のものじゃない。動物が獲物を見る目をしていた。笑い声も作り物だった」

「そいつは、観客席で何をしていたんだ。本当に、笑っていただけか?」

「いや、テオは生存戦の結果をデータとして記録していた。手元の台帳に書き込んでいた。どのプレイヤーが何Waveで脱落したか、どんな装備を失ったか。全部記録している」

「データ収集か」

「苦しみをデータにしているんだ。試練の賢者とは名ばかりだな」

ヴェノムがフードの下から視線を落とした。

「俺が気に入らない相手だ。……昔の俺みたいな、嫌なやつだ」

「ある種の、同族嫌悪なのか」

「気に入らないのは、それだけじゃない。あいつにとって、俺は『データにすらならない虫』らしいぞ。目が合った時、『虫が』と言われた」

「まさしく以前のお前みたいだな」

「違う。PKだった頃の俺は、初心者たちを獲物として見ていた。あいつは……もっとそれ以上だ」

ヴェノムがフードを深く被り直した。

「奈落の攻略、俺が入る。ゼクスと組ませてくれ」

「かまわない。ゼクスも闘技宮の攻略が終わったら、奈落に回すつもりだった」

「了解した。それと──」

ヴェノムが立ち上がった。

「奈落の奥に、まだ見てない階層がある。地下に降りる階段があった。警備がきつくて入れなかったが、たぶんそこがテオの本拠地だ」

「地下か」

「ああ。見聞録でもスキャンできない深さだろう。情報はここまでだ」

午後。星見座のドームに向かった。

ハルに呼ばれたからだ。曰く「ルシアさんが、師匠に会いたいそうです!」だそうだが……。

占いショーのドームに入った。行列は減っていた。島の空気が変わったせいで、占いを受ける余裕のあるプレイヤーが減っている。

水晶玉の前に、銀髪のNPC。ルシア。紫色の瞳がゆっくりと上がった。

「旅人トワ。お待ちしていました」

「呼んだのはあんたか?」

「弟子を通じてご招待しました。私は占いの賢者です。未来を視る力があります」

「未来を視て、どうする」

「警告しに来ました」

ルシアが水晶玉に手をかざした。水晶の中に星が瞬いた。金色と銀色が混ざった光。

「あなたの未来には、三つの分岐があります。一つ目は、島で敗れて力を失う未来。二つ目は、島を攻略して仲間と共に帰る未来。三つ目は──」

ルシアが言葉を切った。瞳の色が一瞬濃くなった。

「三つ目は?」

「……見えません。三つ目の未来だけ、霧がかかっています。私の力では、視えない」

「占い師でも視えない未来があるのか」

「あなただけです。通常、三つの分岐は全て視えます。ですが、あなたの三つ目の未来は、私の視界から外れています。何故かはわかりません」

「……警告というのは?」

「二つ目の未来を選んでください。攻略して帰る未来を。それが、私とあなた方双方にとって最善です」

ルシアが目を細めた。

「私は『七繰り』の一員です。本来、あなた方の敵です。ですが……私は他の六人と、意見が合わない」

「内部で割れているのか」

「割れてはいません。ですが、一致もしていません。私は元々、占いの賢者として世界の均衡を守っていました。今の立場になっても、均衡を視る目は変わりません。そしてこの島の均衡は──崩れかかっています」

「どういう意味だ」

「あなた方が帰らなければ、島の力が閾値を超えます。超えた先に待っているのは、島の崩壊と、『七繰り』の復活です。私はそれを視ています。そして、私はそれを望んでいません」

「なぜだ?」

「占いの賢者が、崩壊を望むわけがないからです」

ルシアが水晶玉から手を離した。

「私の区画に来てください。占いで勝負しましょう。私は負けるつもりです。それが最速の攻略ルートです」

「わざと負けるのか」

「私の区画だけは、フェアな勝負にはなりません。私があなた方に通路を開けます」

「他の五人は、そうはいかないと」

「そうはいきません。ヴァルタは紳士の顔で確実に破滅させます。ギセルは戦闘で圧倒してきます。テオは子供の顔で残酷に試します。マリスは取引で搾り取ります。セノンは……セノンは複雑です。あの人は私たちの中で一番、動機が読めない」

「ありがとう。参考になる」

「一つだけ、もう一つお願いがあります」

「何だ」

「私の裏切りを、他の六人に気づかれないでください。気づかれれば、私は排除されます」

「了解した。俺からも仲間にそう伝える」

ルシアが初めて微笑んだ。

「旅人。あなたの三つ目の未来は視えません。でも、二つ目の未来を必ず選んでください。頼みます」

「努力する」

夕方。仲間に情報を共有した。

トワ:「ルシアと接触した。『七繰り』の中で、唯一の味方になり得る。星見座の攻略は最速で終わるだろう、わざと負けてくれるそうだ」

ハル:「ルシアさん、裏切るんですね……」

トワ:「裏切ると言うより、元々立ち位置が違うらしい。だが、他の六人には気づかれるな。バレれば彼女が排除される」

ゼクス:「闘技宮。ギセルの攻略は、こちらの勝負ルールで通す。俺とオーレンのギルドで、団体戦を挑む。六対六だ」

トワ:「お前だけじゃないのか」

ゼクス:「ギセルは戦闘狂だ。情報によると、一対一より、大人数での激戦を望む可能性がある。オーレンのギルドが合流してくれるなら、派手な戦いができる」

ヴェノム経由で、奈落遊戯場の情報。ヴェノムとゼクスが組んで、奈落に潜る予定になった。

レクト:「マリスの建物、裏口から一部だけ覗けました。中は競売場です。没収された装備がオークションにかけられてる。プレイヤーが自分の装備を常世銭で買い戻す仕組みになってました」

トワ:「自分の装備を買い戻させるのか」

レクト:「たちが悪いです。一度取られた装備を、倍以上の価格で買い戻させる。払えなければ別のプレイヤーに売られる」

トワ:「マリスは商人としてえげつないな」

タマキ:「セノンの隠し温泉、もう一度行きました。今日は本人がいました」

トワ:「会ったのか」

タマキ:「向こうから挨拶してきました。『ようこそ、薬師の同志』って」

トワ:「同志?」

タマキ:「わたしが薬師だとすぐに見抜いて、ニコニコ話しかけてきました。悪い人には見えませんでした。……でも、話の端々で、わたしに『この島に残って、私と一緒に研究しないか』と誘ってきました」

トワ:「勧誘か」

タマキ:「はい。わたしの調合技術を気に入ったみたいで、仲間に欲しいと言われました。丁重にお断りしましたが……」

トワ:「気をつけろ。もう一度接触するな。距離を取れ」

タマキ:「はい。セノンの攻略方法はまだ見えません」

夜、二十時。

突然、島全体のシステムメッセージが鳴った。全プレイヤーに。

【七繰りよりのご案内】

【楽土の章、大型イベント「主の間」が開放されました】

【黄金棟・闘技宮・星見座・奈落遊戯場・宵市・湯楽郷の各管理者の間に、いつでも挑戦可能となりました】

【挑戦には各区画の主が定める条件があります。ご確認の上、ご来場ください】

【なお──このイベントは、七日間の期間限定となります】

【七日以内に六人の主を全て攻略できなかった場合、没収率が二倍に変動します】

「七日か」

トワの表情が硬くなった。タマキも隣で息を飲んだ。

「時間制限をつけてきましたね」

「こちら側のペースで動かせたくないんだろう。急がせる」

フォーラムが凍ったように静まり、それから爆発した。数万人のプレイヤーの目が、再びトワに向いている。

偵察三日目、終了。

明日、作戦会議。そして──攻略の開始だ。