軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

紳士

偵察二日目。

朝、黄金棟に入った。

トワとタマキで、今日はヴァルタを探す。

一階から順に歩いていった。スロットのフロア。カードゲームのフロア。ルーレットのフロア。VIPルームのあるフロアは四階。招待状がないと入れない。五階は「準備中」のまま。

見聞録で各フロアをスキャンしながら歩く。島に来た初日に見た中央の金色の樹。今日改めて見ると、輝きが少し違っていた。

「タマキ、見ろ。あの樹、色が濃くなっている気がする」

「最初に見た時より、金色が深いですね。赤みがかってる」

「吸い上げた力が溜まっているのか」

見聞録のスキャンデータを比較した。間違いない。樹の内部の密度が、初日より明らかに上がっている。プレイヤーが十日間賭技に負け続けた分が、全てあの樹に集まっている。

四階のVIPルーム入口では、警備のNPCが立っている。招待状がないと通れない。

「招待状をご提示ください」

「持っていない」

「では、お通しすることはできません」

そこで立ち止まっていると、扉が内側から開いた。

中から男が出てきた。

長身に白いスーツ。髪を後ろに流している。年齢は三十代半ばに見えるが、雰囲気がそれより落ち着いている。柔らかな微笑みを浮かべている。

「おや、お客様ですか」

警備のNPCが姿勢を正した。

「ヴァルタ様」

ヴァルタ。黄金棟の管理者。

男がトワを見た。視線が合った。ゆっくりと、目を細めた。

「あなた様が、噂の旅人・トワ様ですね」

「噂のかどうかは知らないが、俺がトワだ」

「お会いできて光栄です。Lv1で闘技場の飛び入り枠をご制覇されたとか。見事なものです」

ヴァルタが扉の横に立って、軽く頭を下げた。

礼儀正しい所作、カジノの支配人そのものの佇まいだ。

「ヴァルタです」

「名前は知っている」

「おや、ご存じでしたか。それでは、ご挨拶の省略が可能ですね。──VIPルームにご興味がおありですか? 招待状はお持ちでない様子ですが」

「興味がない、といえば嘘になるな。」

「見るだけならいつでもどうぞ。ですが、せっかくお越しいただいたのに、このまま帰すのは心苦しい。──一局、いかがですか」

ヴァルタが手を差し出した。

「悪いが、賭技は受けない主義だ」

「賭技ではございません。親睦のための一局です。対価は不要。純粋にカードを楽しむだけ。旅人の方と卓を囲む機会など、めったにございませんので」

ヴァルタの目が、トワを観察している。この人当たりの良さの裏には、間違いなく何かがあるだろう。

「考えておく」

「いつでもお待ちしております。VIPルームの扉は、あなた様のためにいつでも開いています」

ヴァルタが再び頭を下げた。

「それでは、失礼いたします」

白いスーツの背中が、フロアの奥に消えていった。

タマキが黙って横に立っていた。小さく息を吐いた。

「……怖い人ですね」

「悪意を一切出さなかった。むしろ、親切だった。それが逆に不気味だ」

「紳士的な態度のまま、プレイヤーを破滅させるタイプ。あの人、笑いながら装備を没収するんだと思います」

「同感だ」

セレスが肩の上で角をぴかぴかさせた。

「トワ。あのおじさん、あたたかくない」

「冷たいか」

「あたたかくもない。つめたくもない。……なんにもない」

「感情が読めないってことか」

「せれす、すきじゃない」

「好きになれというのも無理な話だ。あれは……敵だ」

見聞録でヴァルタのデータをスキャンしていた。だが、データが返ってこない。NPC情報が読めない。奈落遊戯場の常世獣と同じだ。見聞録を弾く相手であることに違いない。

「スキャンできないな」

「あのクラスのNPCは、全員そうなるかもしれませんね」

「『七繰り』の幹部は、全員見聞録が効かない可能性が高い。情報戦で不利になるな」

「でも、弱点はあるはずです。あの樹が力を蓄えている以上、物理的な急所はあるはずですから」

午後。メンバーからチャットが入った。

ゼクス:「VIP階でギセルと接触した。俺が闘技場七連勝の招待状を持っているから、通れた。ギセルが直接話しかけてきた」

トワ:「どんな相手だ」

ゼクス:「戦闘狂だ。俺の対戦を全部見ていた。『お前とは一度、本気で戦ってみたい』と言われた。対価なしで。親睦の手合わせだと」

トワ:「ヴァルタも似たようなことを言ってきた。『親睦の一局を』と」

ゼクス:「七繰り幹部の流儀か。親しげに接近して、気を緩めたところで何かを仕掛ける」

トワ:「招待を受けるな、今は」

ゼクス:「わかっている。だが、ギセルの戦闘データをさらに取るために、もう何戦か闘技場に出る。勝率を保ちながらな」

ハル:「師匠。ルシアさんに、もう一度占いを受けに行きました」

トワ:「何か言われたか」

ハル:「『あなたの運命が変わりつつあります』と言われました。昨日は『明日は吉』って言われたのに、今日は運命が変わる、って」

トワ:「運命が変わる……」

ハル:「あと、占いの途中で、ルシアさんがちらっとカメラを見ました。ミコトちゃんが配信してたんですけど、その時だけ視線がカメラに向いたんです」

トワ:「配信を、意識している?」

ハル:「だと思います。ルシアさんは島の外の情報も知っているんじゃないかと、ミコトちゃんと話してました」

タマキが横から顔を上げた。

「トワさん。セノンさんの行方を追ってみました。美食街の工房から西に進んだ先、ちょっと見つけにくい場所に、あの工房と同じ匂いがする温泉がありました。地図には載ってない隠し温泉です」

「隠し温泉……か」

「小さな洞窟の奥で、お湯が湧いてる場所です。誰もいなかったんですけど、最近使われた形跡がありました。セノンさんがそこにいるか、通っているかのどちらかだと思います」

「位置を記録しておいてくれ。攻略の時に使えるかもしれない」

「あと、工房と温泉の両方に、薬草の残りカスがありました。セノンは薬師か、調合をする人物かもしれません」

「湯楽郷の管理者が薬師。癒やしの賢者、か」

「劇の六人目ですね。『疲れた身体を休める場所を作ろう』と言った人。温泉と美食街で癒やしを提供する。確かに薬師と繋がります」

ダリオからチャットが来た。

ダリオ:「海に潜った。壁は水面下にも続いている。海底まで全部壁だ」

トワ:「抜け道はないのか?」

ダリオ:「ない。ただ、海底の壁の一部に、小さな穴が開いている。人間が通れる大きさじゃない。直径十センチくらい。だが、水が流れている」

トワ:「水が流れている?」

ダリオ:「ああ。壁の内側から外側に、海水が流れ出ている。量はわずかだが、確実に流れている」

トワ:「つまり、完全密閉ではない」

ダリオ:「そういうことだ。壁は物を通さないが、水は通す。条件付きの壁だ」

レクト:「宵市の鍵つき建物、少し近づけました。裏口があって、酒樽の運搬業者が出入りしてます。業者のふりをすれば中に入れるかもしれません」

トワ:「危険だ。無理はするな」

レクト:「わかってます。観察だけにします」

ミコト:「さっき星見座でルシアさんと目が合った時、気になることがありました」

トワ:「何だ」

ミコト:「ルシアさんが、口の動きだけで何か言ったんです。『見ている』って、口だけで」

トワ:「見ている……」

ミコト:「誰のことかわかりません。視聴者のことか、わたしたちのことか、それとも別の誰かか」

アストレア:「港で装備喪失プレイヤーへの支援を続けています。今日、一人が我慢しきれずにカジノに戻りました。常世銭を稼ぐためだと言って。止めようとしましたが、聞いてもらえませんでした」

トワ:「どうなった」

アストレア:「最後の一枚の防具を溶かしました。常世銭は1,000枚増えましたが、素手になりました。本人は『これでなんとかなる』と言っていましたが……」

トワ:「やけになっている人が増えているな」

アストレア:「温泉に行けば戻るんですが、温泉に行くより賭技に戻る人が増えてる気がします」

「……思ったより、悪い方向に進んでいるな」

「みんな焦ってますね。負けるほど判断力が落ちて、さらに負けやすくなる。ゆっくり待てればいいのですがに、温泉に行く余裕がないくらい追い詰められています」

夕方。

高台に登った。島全体を見下ろす。

黄金棟の金色の樹が、昨日より赤黒く見えた。スキャンしなくてもわかる。力が溜まっている。追い詰められたプレイヤーが賭技に戻るたびに、あの樹が太っている。

時間との勝負だ。

「トワさん。明日で偵察三日目です。明後日、作戦会議ですね」

「残り一日で、情報を固める」

「どこから攻めますか」

「……考えている。明日の偵察で、もう少し固めたい」

セレスが膝の上で真剣な顔をしていた。

「トワ。あのおじさん、こわい」

「ヴァルタか」

「うん。こわい。でも、セレスは、トワがまけるとおもってない」

「まだ戦ってもいないのに、か」

「トワはまけない。セレスのしってるトワは、まけない」

「……信頼してもらえるのはありがたいが、油断できる相手じゃない」

「ゆだんしない。でも、しんじる」

セレスの角が、少しだけ光を強めた。

偵察二日目、終了。あと一日。