作品タイトル不明
変わった島
偵察一日目。
トワは島を歩いていた。二周目だ。
見聞録を常時展開。地下の回路構造を記録しながら歩く。踏破率48%の道を、もう一度踏み直す。
島の空気が変わっていた。
前は歓声と笑い声に満ちていたが、今は静かだ。黄金棟の入口にプレイヤーの行列はない。スロットの音が遠くから聞こえるが、数が少ない。
美食街は営業を続けているが、客がまばらだ。屋台のNPCが手持ち無沙汰にしている。「帰れない」とわかってから、島のコンテンツを楽しむ気分になれないプレイヤーが多いのだろう。
港に人が集まっていた。百人ほどが桟橋に座り込んでいる。船が来ないかと海を見ている。
……来ない。来るはずがない。船がないのだから。
その中に、装備をほとんど失ったプレイヤーたちがいた。素手に近い格好。カジノや闘技場で溶かした者たちだ。
「どうすりゃいいんだよ……」
「レクトさんが安く素材を売ってくれるらしいが、それでも常世銭がない」
「常世銭を稼ぐには賭技に出なきゃいけない。でも賭けるものがもうない」
「詰んでるじゃないか」
トワは声をかけなかった。今は調査が優先だ。全員を助けるには、まず六区画の主を倒す方法を見つけなければならない。
セレスが肩の上で静かにしていた。いつもの「おやつ」の催促がない。
「セレス。珍しく静かだな」
「みんな、かなしそう。セレスも、しずかにしてる」
「……そうか」
「でも、トワがあるいてるから、だいじょーぶ。トワがあるくと、いつもなんとかなる」
「なんとかなるかは、まだわからないぞ」
「なる。セレスはしってる」
そのセレスの言葉で、トワも心に安らぎを取り戻した。
焦らなくてもいい。着実に、調査を進めなければ。
◇
午後。各メンバーからチャットが入り始めた。
レクト:「宵市を回ってます。夜間営業のはずですが、今は昼間も一部の店が開いてます。帰れないとわかってから、NPCの挙動が変わった気がします」
トワ:「どう変わった?」
レクト:「笑顔が減りました。営業スマイルだったのが、無表情に近くなってる。あと、情報屋のNPCが一つだけ気になることを言ってました」
トワ:「何だ」
レクト:「『マリス様はお忙しい。最近はずっと奥にいらっしゃる』と。奥ってのが、宵市の一番奥にある建物のことらしいです。看板がない。入口に鍵がかかってる」
トワ:「鍵つきの建物か……場所を覚えておいてくれ」
ハル:「師匠。星見座の占いを受けてきました」
トワ:「ルシアに会えたか」
ハル:「会えました。占い自体は普通でした。100常世銭で明日の運勢を占う。吉でした。でも、一つ気になったことがあります」
トワ:「何だ」
ハル:「占いが終わった後、ルシアさんがわたしを見て『あなたは旅人の弟子ですね』と言ったんです。わたし、自分のクラスを名乗ってないのに」
トワ:「クラスを見抜いたのか。あるいは、お前の情報を最初から知っていたか」
ハル:「どっちにしても、ただのNPCの占い師じゃないってことですよね」
トワ:「刺激するな。今は情報を集める段階だ」
ハル:「明日もう一度行ってみます。ミコトちゃんも一緒に」
ゼクス:「闘技宮。ギセルと思われるNPCを特定した」
トワ:「もう見つけたのか」
ゼクス:「闘技宮の最上階。VIP観覧席にいる。大柄な男のNPCで、対戦を見ながら笑っている。通常のプレイヤーはVIP階に入れないが、闘技場で五連勝すると招待状が出る。俺は七連勝しているから、招待状を持っている」
トワ:「話しかけたのか」
ゼクス:「いや。まだ観察している。あの男は対戦者の動きを見て、明らかに品定めをしている。強いプレイヤーを探しているように見える」
トワ:「戦闘狂か」
ゼクス:「おそらく。闘技場の管理者が戦闘狂というのは、わかりやすい配置だ」
ダリオ:「海の壁、半周した。壁は島から全方向に均等な距離で張られている。半径500メートル。素材は解析できないが、叩いた感触は硬い。物理的な壁ではなく、力場のようなものだ」
トワ:「弱点は?」
ダリオ:「今のところ見つかっていない。でも、水の下はまだだ。明日潜って、調べてみる」
トワ:「気をつけろ」
ダリオ:「海の男に、海で気をつけろとは失礼だな」
トワ:「海の男でも溺れることはある」
ダリオ:「……気をつける」
アストレア:「遊撃待機中です。港のプレイヤーたちの様子を見てきました」
トワ:「どうだった」
アストレア:「装備を失ったプレイヤーが港に集まっています。百人以上。食事も取れない人がいます。常世銭がゼロで、屋台の料理も買えない状態です」
トワ:「食事が取れないのか」
アストレア:「温泉は無料なのでHPは回復できますが、バフ料理が食べられないので戦闘力が補えません。戦いに備えて、わたしの手持ちの常世銭で串焼きを買って配りましたが、焼け石に水です」
トワ:「……ありがとう。できることをやってくれ」
アストレア:「聖騎士ですから、民を守ります」
ミコト:「配信の報告です! 視聴者数がすごいことになってます!」
トワ:「どのくらいだ?」
ミコト:「島の外のプレイヤーも見に来てるみたいで、同時視聴数が百万人を超えました! 島に来ていないプレイヤーが、フォーラムとわたしの配信で状況を追ってるんです!」
トワ:「島の外のプレイヤーにも情報が広がっているのか」
ミコト:「はい。『助けに行きたいけど、今から島に来ても閉じ込められるだけだ』って声が多いです。あと、運営への問い合わせが殺到してるらしいんですけど、やっぱり返答がないみたいです」
ハル:「ミコトちゃんの配信、島の中の人たちの希望になってるよ。さっき港で見てる人がいて、『ミコトの配信を見てると、まだ大丈夫な気がする』って言ってた」
ミコト:「……そう言ってもらえると、やっててよかったです」
タマキからは直接声をかけた。隣にいるからだ。
「トワさん。湯楽郷を回ってきました」
「セノンは見つかったか?」
「見つかっていません。温泉施設のNPCに聞いてみたんですけど、『セノン様は自由な方ですから、どこにいらっしゃるかわかりません』と言われました」
「自由な管理者か……」
「でも、一つ発見がありました。美食街の一番奥に、今まで閉まっていた扉が、開いていたんです。中は調合の工房みたいな場所で、誰かが最近使った形跡がありました。道具が出しっぱなしで、素材の匂いが残っていましたが……今はもう、逃げた後みたいで、誰も」
「もしかしたら、セノンの工房だったのかもしれないな」
「場所は覚えておきました。同じ匂いがする場所があれば、セノンの居場所がわかるかもしれません」
「頼む、引き続き調査を続けてくれ」
「はい!」
◇
夕方。高台に登った。あの隠れスポットだ。
島全体が見渡せる場所だが……ここから、十日前とは違う島の様子が見える。
黄金棟は光っているが、入口に人がいない。闘技宮の歓声は小さい。宵市の提灯は灯っているが、通りが寂しい。温泉の湯気だけが変わらず上がっている。
数万人のプレイヤーが、この島にいる。帰れないまま。
「トワさん。今日の偵察で、六人のうち三人の所在が見えてきましたね。ギセルはVIP階、マリスは宵市の奥の建物、セノンは美食街の工房の周辺」
「残り三人。ヴァルタ、ルシア、テオ。ルシアはハルが接触中。ヴァルタとテオはまだ手がかりがない」
「ヴァルタは黄金棟の主ですよね。カジノの中にいるんじゃないですか」
「いるだろうが、カジノは広い。五階分ある。どの階に、どんな形でいるのか」
「地道に探すしかないですね」
「そうだ、歩くしかない」
セレスがトワの肩の上から夕焼けを見ている。
「トワ。あしたもあるく?」
「歩く」
「じゃあ、セレスもいく」
「いつも一緒だろう」
「いつもいっしょ。だから、いう」
「……そうだな。明日もよろしく」
「うん、いっしょ」
偵察一日目、終了。あと二日。