軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帳の間

トワは島の中心部に向かって歩いた。

七つの区画の外周を抜けると、道が細くなった。舗装が途切れて、土の道になる。街灯もない。島の内側に向かうほど、人工的な装飾が消えていく。

プレイヤーの姿もなくなった。ここまで来る者はいない。マップに「?」と表示されていた場所、帳の間だ。

「トワさん。ここは人がいないですね」

「中心部に来る理由がないからな。コンテンツは全部外周の区画にある」

セレスが角を光らせている。微かに、だが確実に反応している。

「トワ。セレスのかく、さっきよりひかってる」

「近づいてるのか。何かに」

「わかんない。でも、ひかってる」

十分歩いた。

霧が出てきた。島の中心部を覆うように、白い霧が漂っている。船から見えた塔の上部を隠していた霧と同じものだろう。見聞録でスキャンしたが、霧の向こう側のデータが読めない。奈落遊戯場の常世獣と同じだ。

「霧の先がスキャンできない。データが遮断されている」

「奈落遊戯場の時と同じですね」

「ああ……この島の中枢には、見聞録を弾く何かがある」

霧の中を進んだ。視界が十メートルもない。足元の道だけを見て歩く。星巡りの靴の足跡が光って、自分がどこから来たかだけはわかる。

やがて、何かが見えた。

門だ。

高さ五メートルの石の門。装飾はない。黒い石を積んだだけの簡素な構造。他の区画の華やかさとは対照的だ。門の上部に文字が刻まれている。

【 帳の間(とばりのま) 】

その下に、もう一行。

【入場条件を満たしていません】

「まだ入れないか」

門に手を触れた。冷たい感触の下に……振動がある。門の内側から、何かが脈動している。微かだが、確実に。

「触ると振動がある。何かが動いている。門の向こう側で」

見聞録を門に押し当ててスキャンした。門そのものの構造は読める。そして……もう一つの情報。

門から地下に向かって、太い回路が伸びている。島の七つの区画から集まってきた回路が、全てこの門の下に合流している。

「ここだ。全ての回路が集まる場所。黄金棟の樹も、闘技宮も、奈落遊戯場も、全部ここに繋がっている」

「全部が、ここに……」

タマキが門を見上げた。

「トワさん。入場条件って、何でしょうか」

「わからない。だが、条件がある以上、満たす方法もあるはずだ」

その時、門の石に文字が浮かんだ。

刻まれていたのではない。今、この瞬間に現れた文字だ。

【旅人よ】

【汝、この島の仕組みに気づきし者か】

【ならば教えよう】

【この島は楽園ではない】

【この島は 檻(おり) である】

文字が消えた。別の文字が浮かぶ。

【我らは 七繰(ななくり) り】

【かつて世界を紡いだ者――『紡世者』たちから追われし、『糸なき者』ども】

【プレイヤーの力を糸に戻し、再び世界を紡ぐ】

【それが我らの目的である】

さらに。

【帳の間を開くには、七つの区画の主を倒せ】

【黄金棟のヴァルタ、闘技宮のギセル、星見座のルシア、奈落遊戯場のテオ、宵市のマリス、湯楽郷のセノン】

【六人を倒し、帳の間の扉を開け】

【その先に、七人目が待っている】

文字が消えた。門が静かになった。振動も止まった。

しばらく、誰も何も言えなかった。

セレスの角が強く光った。不安の光ではない。警戒の光だ。

「トワ。いまの……」

「ああ。読めた」

「おりって……かごのこと?」

「檻だ。閉じ込めるための場所。この島は、最初からそう設計されていた」

タマキが鞄を握りしめていた。

「『七繰り』……紡世者から追われた者たち。プレイヤーの力を糸に戻す。……装備やレベルを没収していたのは、そのためですか」

「そうだろう。カジノも闘技場も温泉も、全部そのための装置だ。プレイヤーに自発的に賭けさせて、負けた分を吸い上げる」

「自発的に……確かに、誰も強制はされていません。全部、自分で賭けた」

「同意ボタンを押させる仕組みだ。プレイヤーが自分の意志で賭けに参加している以上、没収は正当な手続きとして通る。よくできた罠だ」

トワはもう一度、門を見た。

六人の区画の主を倒す。それが【帳の間】を開く条件。

つまり、帰るためには戦わなければならない。

「パーティチャットで共有する」

トワ:「帳の間に来た。門に文字が浮かんだ。全員に共有する」

トワ:「一、この島は檻。最初から帰さないつもりで設計されている」

トワ:「二、黒幕は『七繰り』。紡世者から追放された者たちの組織」

トワ:「三、プレイヤーの装備・レベル・スキルの没収は、力を糸に戻すため」

トワ:「四、帳の間を開くには、六つの区画の主を倒す必要がある」

トワ:「五、帳の間の先に、七人目が待っている」

チャットが動いた。

ゼクス:「やはりか。構造的に、こうなるだろうと思っていた」

ダリオ:「倒すって、あの区画のボスNPCをか?」

トワ:「おそらく。各区画の管理者がいるはずだ」

レクト:「六つの区画……六人のボス。パーティで分担できますか」

トワ:「できるかもしれない。だが、まず敵の情報がいる。各区画の管理者が誰で、何ができるのか」

アストレア:「わたしはいつでも戦えます。指示をください」

ハル:「師匠。怖いけど、やるしかないですよね」

トワ:「ああ。やるしかない」

ミコト:「私も、力になれるよう頑張ります!」

ヴェノムからは何もなかったが、既読はついていた。

トワはパーティチャットの内容を、フォーラムにも投稿した。

隠す意味はない。

いま同じワールドにいる六万人のプレイヤー全員に関わる問題だ。

【重要】帳の間で判明した情報を共有します(投稿者:トワ)

内容をそのまま貼った。檻であること。七繰りの存在。没収の目的。脱出条件。

フォーラムが一瞬止まった。

それから、爆発した。

──「檻……。最初からそういう島だったのか」

──「道理で帰れないわけだ。バグじゃなくて、仕様だったのかよ」

──「装備もレベルも、全部吸われてたってこと?」

──「俺が溶かした十七個の装備は、こいつらの糸になったのか」

──「ふざけるな。返せよ!」

──「返すもなにも、賭技に自分で参加したんだろ。同意ボタン押したのは俺たちだ」

──「それが罠だって言ってるんだよ!」

──「罠でも、押したのは自分だ。……くそ、わかってたのに」

──「今さら怒っても仕方ない。問題は、どうやって帰るかだ」

──「トワが書いてるだろ。六つの区画の主を倒せばいい」

──「倒すって、どうやって。奈落の常世獣にはLv98で、48ダメージしか通らなかったんだぞ」

──「区画の主が常世獣とは限らないだろ。人型のNPCかもしれない」

──「それでも強いだろ。六人もいるんだぞ」

──「トワが動いてる。トワに任せよう」

──「任せるって、六万人分の脱出を一人に任せるのか」

──「一人じゃない。トワのパーティがいる。タマキ、ゼクス、ハル、ミコト、アストレア、ダリオ、レクトのギルド。あの連中が動いてる」

──「深淵レイドを突破した連中か。……頼むしかないのか」

──「頼む。俺は装備もレベルもない。もう戦えない」

──「俺もだ。でもトワなら、何とかしてくれる。……そう信じたい」

フォーラムの空気が変わった。パニックから、覚悟に。怒りから、祈りに。

六万人の目が、トワに向いている。

トワは門から離れた。霧の中を戻っていく。足跡が光って、帰り道を示している。

「トワさん」

「何だ」

「わたしにできることはありますか」

「ある。タマキの薬が、これから全員の命綱になる。新レシピの量産を頼む」

「……はい。任せてください!」

常世島、十一日目。

楽園が檻に変わった日だ。