軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰れない

朝ログインした瞬間、全体チャットが荒れていた。

普段の雑談の流れではない。同じ内容の書き込みが、何百人ものプレイヤーから同時に投下されている。

──「帰れない」

──「常世船がない。港に船がない」

──「転移も使えない。マリスタへの転送が弾かれる」

──「ログアウトはできる。でもログインし直しても、島から出られない」

──「誰か、帰れたやつはいるのか?」

──「いない。全員同じだ」

──「運営に問い合わせたけど、返答がない」

──「バグか? アプデのバグか?」

──「バグにしては挙動がおかしい。システムメッセージが出る」

フォーラムに移動した。トップページが常世島関連のスレッドで埋まっている。昨日までの攻略情報や面白い話のスレッドが、全て押し流されていた。

【緊急】常世島から帰還不可能になっています

──「港に行ったが常世船が消えている。桟橋だけが残っている」

──「転移スキル、帰還スキル、全部使えない。『この場所では使用できません』のメッセージが出る」

──「ログアウトして再ログインすると、島の宿泊施設に戻される。島の外には出られない」

──「ダリオが自分の船で出ようとしたが、島から一定距離で見えない壁にぶつかるらしい」

──「見えない壁? バリアか?」

──「わからん。とにかく出られない」

──「これ、いつからだ? 昨日まで普通だったぞ」

──「昨夜のメンテナンス明けからじゃないか。深夜にログインしたやつが最初に気づいた」

──「運営は何をやってるんだ」

──「問い合わせ殺到してるだろ。返答来た人いる?」

──「いない。誰も」

トワはフォーラムを閉じた。

「タマキ」

タマキが横に立っていた。顔が青ざめてる、フォーラムを見たらしい。

「見ました。帰れないって……」

「まず確認しよう。自分の目で」

港に走った。

桟橋に着いた。

船がなかった。

常世船が停泊していた場所に、繋がれていた船がなくなった後の、空の金具だけがある。

海を見た。水平線。何もない。船影すらない。

「本当に、ないですね……」

試しに、マップ移動で使う転送を使ってみた。

【このエリアではワープを使用できません】

「転移は不可。見聞録で島の外をスキャンしてみる」

見聞録を起動した。センサーを海の方向に向けた。島の境界線の先を読もうとした。

……データが返ってこない。島の外側は、スキャンの範囲外ではなく、データそのものが存在しない。まるで、島の外に世界がないかのように。

「外のデータがない。島の境界で世界が途切れている」

「途切れて……そんなことが」

「昨日まではあったはずだ。船で来たんだから、海の向こうにマリスタがあった。それが今は存在しない」

タマキが薬師の鞄を抱えるように持っている。tっいう不安の表れだ。

「トワさん。これ、バグなんですか?」

「わからない。だが、バグにしてはやや不自然だな」

港にはプレイヤーが集まり始めていた。百人、二百人。数が増えていく。皆、同じことを確認しに来ている。自分の目で、船がないことを見に来ている。

「嘘だろ……」

「本当にないぞ。船がない」

「帰れないのか……マジで帰れないのか!?」

泣いているプレイヤーがいた。低レベルの魔法使い。装備がほとんどない。素手に近い。

「俺の装備、全部スロットで溶かしたんだよ。レベルも闘技場で削られた。この状態で閉じ込められるのかよ!」

隣のプレイヤーが肩を叩いている。だが、その手も震えている。

「運営! 運営に連絡しろ!」

「してるよ! 返事がないんだよ!」

「全員で問い合わせろ! 何万人もいるんだから、無視できないだろ!」

「もうやってる! 全員やってる! 返事がないんだって!」

怒号と悲鳴が混ざった声が港に広がっていく。パニックが始まりかけている。

中には冷静なプレイヤーもいた。

「落ち着け。ログアウトはできるんだから、現実には影響ない。騒いでも仕方がない」

「ゲームの中の話だろ。最悪、運営がメンテすれば直る」

「でも、運営が返答しないんだぞ。いつ直るかわからない」

「わからないなら、待つしかないだろう」

冷静な声と、パニックの声が混ざっている。港全体がざわついている。

直ちにトワはパーティーを立て、島にいる全ての仲間たちにパーティー招待した。

全員が承認したと同時に、パーティチャットが動いた。

ゼクス:「要件は例の件のことだろう。こちらでも確認した。帰還不可。転移不可。闘技宮からも出られない」

レクト:「港です。船がないです。海の上に見えない壁があります。釣り竿を投げたら、壁の向こうに糸が伸びなかった」

アストレア:「温泉施設から出ました。状況を把握しています。トワさん、指示をください」

ダリオ:「俺の船で出ようとした。島から500メートルで透明な壁にぶつかった。突破できない。壁の材質は不明。航海士のスキルでも突破不能だ」

ハル:「師匠、怖いです。どうすればいいですか」

ミコト:「配信中です。視聴者も混乱しています!」

トワはチャットに打った。

トワ:「全員、落ち着け。まず起きていることを整理する」

トワ:「一、島から出る手段が全て封じられている」

トワ:「二、ログアウトは可能。ゲームから抜けることはできる」

トワ:「三、再ログインすると島に戻される。島の外には出られない」

トワ:「四、運営からの返答はない」

トワ:「五、島の中は通常通り機能している。賭技も施設も動いている」

五番目を打った時、自分で気づいた。

島の中は、通常通り機能している。

帰れなくなったのに、カジノは動いている。闘技場は動いている。温泉も美食街も宵市も、全て動いている。

バグなら、島全体に異常が出るはずだ。だが異常は「帰れない」ことだけ。それ以外は全て正常。

つまり、これはバグではない。

トワ:「六、これはバグではない可能性がある」

チャットが一瞬止まった。

ゼクスが最初に返した。

ゼクス:「同感だ。バグなら、島全体の機能も不安定になるだろう。帰還だけを正確に封じているのは、意図的な設計だ」

タマキ:「意図的って……誰の意図ですか」

ゼクス:「それがわからない」

ダリオ:「運営じゃないのか? 大型アプデのイベントとか」

ゼクス:「イベントなら告知がある。告知がない時点で、通常の運営の動きではない」

港のプレイヤーたちの声が大きくなっている。パニックが広がり始めている。

「どうすればいいんだ!」

「俺たちは閉じ込められたのか!?」

「装備もレベルも溶かしたのに、帰れないなんて!」

トワはチャットに最後の一文を打った。

トワ:「俺が調べる。全員、今の場所で待機していてくれ。情報が集まり次第、共有する」

チャットを閉じた。

セレスが肩の上から、港のプレイヤーたちを見つめていた。

「トワ。みんな、こわがってる」

「ああ、怖いだろうな」

「トワは、こわくない?」

「……怖くはないが、気分は良くない」

「トワがしらべるなら、セレスもいく」

「行こう」

トワは港に背を向けた。

島の中心部に向かって、歩き出した。帳の間。七つの区画の中で唯一、入場不可のまま閉ざされていた場所。

答えがあるとすれば、そこだ。

星巡りの靴が、光の足跡を刻んでいく。昨日までと同じ光。だが今日は、その足跡の意味が違う。

旅を楽しむための足跡ではない。

帰り道を探すための足跡だ。