作品タイトル不明
帰れない
朝ログインした瞬間、全体チャットが荒れていた。
普段の雑談の流れではない。同じ内容の書き込みが、何百人ものプレイヤーから同時に投下されている。
──「帰れない」
──「常世船がない。港に船がない」
──「転移も使えない。マリスタへの転送が弾かれる」
──「ログアウトはできる。でもログインし直しても、島から出られない」
──「誰か、帰れたやつはいるのか?」
──「いない。全員同じだ」
──「運営に問い合わせたけど、返答がない」
──「バグか? アプデのバグか?」
──「バグにしては挙動がおかしい。システムメッセージが出る」
フォーラムに移動した。トップページが常世島関連のスレッドで埋まっている。昨日までの攻略情報や面白い話のスレッドが、全て押し流されていた。
【緊急】常世島から帰還不可能になっています
──「港に行ったが常世船が消えている。桟橋だけが残っている」
──「転移スキル、帰還スキル、全部使えない。『この場所では使用できません』のメッセージが出る」
──「ログアウトして再ログインすると、島の宿泊施設に戻される。島の外には出られない」
──「ダリオが自分の船で出ようとしたが、島から一定距離で見えない壁にぶつかるらしい」
──「見えない壁? バリアか?」
──「わからん。とにかく出られない」
──「これ、いつからだ? 昨日まで普通だったぞ」
──「昨夜のメンテナンス明けからじゃないか。深夜にログインしたやつが最初に気づいた」
──「運営は何をやってるんだ」
──「問い合わせ殺到してるだろ。返答来た人いる?」
──「いない。誰も」
トワはフォーラムを閉じた。
「タマキ」
タマキが横に立っていた。顔が青ざめてる、フォーラムを見たらしい。
「見ました。帰れないって……」
「まず確認しよう。自分の目で」
◇
港に走った。
桟橋に着いた。
船がなかった。
常世船が停泊していた場所に、繋がれていた船がなくなった後の、空の金具だけがある。
海を見た。水平線。何もない。船影すらない。
「本当に、ないですね……」
試しに、マップ移動で使う転送を使ってみた。
【このエリアではワープを使用できません】
「転移は不可。見聞録で島の外をスキャンしてみる」
見聞録を起動した。センサーを海の方向に向けた。島の境界線の先を読もうとした。
……データが返ってこない。島の外側は、スキャンの範囲外ではなく、データそのものが存在しない。まるで、島の外に世界がないかのように。
「外のデータがない。島の境界で世界が途切れている」
「途切れて……そんなことが」
「昨日まではあったはずだ。船で来たんだから、海の向こうにマリスタがあった。それが今は存在しない」
タマキが薬師の鞄を抱えるように持っている。tっいう不安の表れだ。
「トワさん。これ、バグなんですか?」
「わからない。だが、バグにしてはやや不自然だな」
港にはプレイヤーが集まり始めていた。百人、二百人。数が増えていく。皆、同じことを確認しに来ている。自分の目で、船がないことを見に来ている。
「嘘だろ……」
「本当にないぞ。船がない」
「帰れないのか……マジで帰れないのか!?」
泣いているプレイヤーがいた。低レベルの魔法使い。装備がほとんどない。素手に近い。
「俺の装備、全部スロットで溶かしたんだよ。レベルも闘技場で削られた。この状態で閉じ込められるのかよ!」
隣のプレイヤーが肩を叩いている。だが、その手も震えている。
「運営! 運営に連絡しろ!」
「してるよ! 返事がないんだよ!」
「全員で問い合わせろ! 何万人もいるんだから、無視できないだろ!」
「もうやってる! 全員やってる! 返事がないんだって!」
怒号と悲鳴が混ざった声が港に広がっていく。パニックが始まりかけている。
中には冷静なプレイヤーもいた。
「落ち着け。ログアウトはできるんだから、現実には影響ない。騒いでも仕方がない」
「ゲームの中の話だろ。最悪、運営がメンテすれば直る」
「でも、運営が返答しないんだぞ。いつ直るかわからない」
「わからないなら、待つしかないだろう」
冷静な声と、パニックの声が混ざっている。港全体がざわついている。
◇
直ちにトワはパーティーを立て、島にいる全ての仲間たちにパーティー招待した。
全員が承認したと同時に、パーティチャットが動いた。
ゼクス:「要件は例の件のことだろう。こちらでも確認した。帰還不可。転移不可。闘技宮からも出られない」
レクト:「港です。船がないです。海の上に見えない壁があります。釣り竿を投げたら、壁の向こうに糸が伸びなかった」
アストレア:「温泉施設から出ました。状況を把握しています。トワさん、指示をください」
ダリオ:「俺の船で出ようとした。島から500メートルで透明な壁にぶつかった。突破できない。壁の材質は不明。航海士のスキルでも突破不能だ」
ハル:「師匠、怖いです。どうすればいいですか」
ミコト:「配信中です。視聴者も混乱しています!」
トワはチャットに打った。
トワ:「全員、落ち着け。まず起きていることを整理する」
トワ:「一、島から出る手段が全て封じられている」
トワ:「二、ログアウトは可能。ゲームから抜けることはできる」
トワ:「三、再ログインすると島に戻される。島の外には出られない」
トワ:「四、運営からの返答はない」
トワ:「五、島の中は通常通り機能している。賭技も施設も動いている」
五番目を打った時、自分で気づいた。
島の中は、通常通り機能している。
帰れなくなったのに、カジノは動いている。闘技場は動いている。温泉も美食街も宵市も、全て動いている。
バグなら、島全体に異常が出るはずだ。だが異常は「帰れない」ことだけ。それ以外は全て正常。
つまり、これはバグではない。
トワ:「六、これはバグではない可能性がある」
チャットが一瞬止まった。
ゼクスが最初に返した。
ゼクス:「同感だ。バグなら、島全体の機能も不安定になるだろう。帰還だけを正確に封じているのは、意図的な設計だ」
タマキ:「意図的って……誰の意図ですか」
ゼクス:「それがわからない」
ダリオ:「運営じゃないのか? 大型アプデのイベントとか」
ゼクス:「イベントなら告知がある。告知がない時点で、通常の運営の動きではない」
港のプレイヤーたちの声が大きくなっている。パニックが広がり始めている。
「どうすればいいんだ!」
「俺たちは閉じ込められたのか!?」
「装備もレベルも溶かしたのに、帰れないなんて!」
トワはチャットに最後の一文を打った。
トワ:「俺が調べる。全員、今の場所で待機していてくれ。情報が集まり次第、共有する」
チャットを閉じた。
セレスが肩の上から、港のプレイヤーたちを見つめていた。
「トワ。みんな、こわがってる」
「ああ、怖いだろうな」
「トワは、こわくない?」
「……怖くはないが、気分は良くない」
「トワがしらべるなら、セレスもいく」
「行こう」
トワは港に背を向けた。
島の中心部に向かって、歩き出した。帳の間。七つの区画の中で唯一、入場不可のまま閉ざされていた場所。
答えがあるとすれば、そこだ。
星巡りの靴が、光の足跡を刻んでいく。昨日までと同じ光。だが今日は、その足跡の意味が違う。
旅を楽しむための足跡ではない。
帰り道を探すための足跡だ。