軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嵐の前

タマキの新レシピの試食会をやることになった。場所は湯楽郷の美食街の端。タマキが小さなテーブルを出して、試作品を並べている。

試食担当はトワ、セレス、ルーナ、メブキ。精霊が三人いるのは、「いろんな属性の味覚で試したい」というタマキの言い分だ。本当はセレスが「たべたい」と騒いだだけだが。

「まず一品目。岩塩の耐性料理です!」

白い皿に、薄く切った魚の上に岩塩が振ってある。島の魚をレクトから仕入れて、島の岩塩で味付けしたもの。

【常世の塩漬け魚を食べました】

【全属性耐性+3%(120分間)】

「耐性が3%上がった。持続が120分。長いな」

「岩塩の成分が持続力を引き上げてるんです。これを温泉のバフと重ねると、耐性が合計6%になります」

「重複するのか」

「します。この島の素材は、重複を前提に設計されてる気がします。いろんなバフを重ねて、強くなっていく仕組みなようですね」

「面白いバフアイテムだな」

セレスが魚を齧った。

「……しょっぱい」

「岩塩だからな」

「セレスは、あまいほうが、すき」

「次は甘いぞ。二品目を出してやってくれないか、タマキ」

「はい、二品目! レクトさんの魚素材で作った水系の薬です!」

青い液体が小さな瓶に入っている。

「これは薬なので、食べるというより飲むんですが」

トワが一口飲んだ。冷たい。口の中に海の味が広がった。

【 潮騒(しおさい) の霊薬を飲みました】

【水中行動時間+30分】

【水属性耐性+10%】

「水中行動時間が30分延長。水属性耐性10%。島の周辺海域を探索する時に使えるな」

「ダリオさんに渡したら喜ぶと思います。島の海を調べたいって言ってましたし」

「ダリオ向きだな。何本作れる?」

「素材があれば十本くらいは。レクトさんに追加の魚をお願いしてあります」

「釣り師と薬師の連携だな。取引相手としても信用できる」

「えへへ……持ちつ持たれつです」

セレスが青い瓶を覗き込んだ。

「トワ。これ、にがい?」

「苦くはない。海の味だ」

「うみのあじ。セレスは、うみは、にがて」

「飲まなくていい。お前の分は別にある」

タマキが小さなカップを出した。中身は金色。

「セレスちゃん用。常世蜜スープの改良版です。甘さ控えめにして、持続時間を延ばしました」

「あまさひかえめ? セレス、あまいほうがいー」

「控えめでも甘いですよ。飲んでみて」

セレスが一口飲んだ。

「……おいしい。ひかえめでも、おいしー」

「よかったです!」

「でも、ひかえめじゃないほうが、もっとおいしい」

「贅沢ですよ、セレスちゃん」

メブキが双葉をぴこぴこ揺らした。

「くるくる。めぶきも、なにかのみたい」

「メブキちゃんの分もありますよ。根の精霊に合うように、土系の素材で作ったお茶です」

小さな木の器にお茶が注がれた。琥珀色。メブキが双葉で器を挟んで、ちびちび飲んだ。

「……つちのあじ! これ、なつかしい!」

「『根の天蓋』の土の成分に近い配合にしたんです」

「くるくる……タマキ、すごい! めぶきの、こきょうのあじ!」

メブキが飲んでいると、テンが飛んでカップに縁に。

「お前も飲むか?」

テンが一回光った。飲みたいの合図。

「虫さんのお口にも、この飲み物は合うみたいですね!」

メブキが嬉しそうに双葉をぱたぱた振っている。テンも美味しそうにぴかぴか。

「美味しそうに飲んで頂けるのが、一番嬉しいですね、薬師として」

「タマキの薬が、どこでも需要がある証拠だな。――ところで、午後はどうする?」

「私は露店で、もう少し常世銭を稼ごうかなと思います! 島には多くのコンテンツがありますけど、どこも常世銭が必須なので……トワさんに楽しんでいただくためにも、貯金はある程度必要かなと」

「だったら、俺も手伝いたい。タマキにだけ働かせるのは」

「いえ、気を遣わなくても大丈夫ですよ! 露店でお客さんと取引するのは楽しいですし、趣味みたいなものなので。トワさんには、旅を続けてもらいたいんです。――後でどんなお話が聞けるのか。それも、私の楽しみなので」

だったら無理にタマキの手伝いをするのは野暮だろう。

トワは「また後で」と約束して、島の探索に移った。

午後は、島の踏破の続きをした。

まだ歩いていない内部の小道を回る。島の建物の裏側、区画と区画の境目の空間。マップに表示されない細い路地。

黄金棟の裏手を通りかかった時、カジノの中から歓声が漏れ聞こえた。入口にプレイヤーが群がっている。

「何かあったのか?」

近くにいたプレイヤーに聞いた。

「スロットの大当たりが出たんですよ。限定武器。しかも、今日三人目! 確率が上がってるのかもしれない!」

「三人目か。島に来た当初は、全然出なかったのに」

「ですよね。最近は結構出てる気がします。フォーラムでも、報告が増えてて」

初日は確率0.5%と表示されていた。それが変わっているのか、たまたま偏っているだけなのか。

確認のしようがない。次に進んだ。

闘技宮の前を通った。入口に人だかりができている。対戦カードが掲示されている。

「おっ、ゼクスが今日も出るぞ」

「七連勝中だろ? もう誰も勝てないんじゃないか」

「俺はゼクスに賭ける。安定して増える」

「倍率低いけどな。1.02倍くらいだし」

ゼクスが闘技宮の常連になっているらしい。PvPランキングはここでも1位のようだ。

宵市の区画の手前では、路地の奥に人影が見えた。

旅人用の装備。壁にもたれかかって、動かない。

ヴェノムだった。

同じ場所に同じ姿勢で、ずっとこうしているのか。

目が合った。ヴェノムがわずかに顎を引いた。トワも頷いた。

ヴェノムとの距離感は、いつもこうだ。多くの言葉はいらない。

美食街を抜ける途中で、プレイヤーの集まりに出くわした。二十人ほどが輪になって、タマキの露店に群がっている。

「タマキさんの常世蜜スープ、在庫ある!?」

「残り五杯です! 並んでください!」

「頼む、一杯くれ! 闘技場の前に飲みたいんだ!」

タマキが忙しそうに、でも楽しそうに、スープを配っている。いつの間にか島の有名人だ。

「タマキさんのスープを飲んでから闘技場に行くと、勝率が上がるって噂が立ってるんですよ」

と、列に並んでいたプレイヤーが教えてくれた。

「全ステ5%のバフだから、実際に上がるんだろう」

「ですよね。タマキさん、マジで神です」

【常世島 踏破率:48%】

もうすぐ半分。

島の高台に登った。島全体が見渡せる場所。ここも裏道から辿り着いた場所で、マップには載っていない。

夕焼けの島。黄金棟が金色に光っている。闘技宮から歓声が聞こえる。宵市の提灯が灯り始めている。湯楽郷から湯気が立ち上っている。

きれいな島だ。

プレイヤーたちが楽しんでいる。闘技場で戦い、カジノで笑い、温泉で寛ぎ、美食街で食べ、宵市で語り合っている。

セレスが隣にいる。タマキが露店を畳んで戻ってきた。鞄の中で空き瓶がカチャカチャ鳴っている。テンがブーツの上で一回光った。穏やかな光だ。

「トワさん。いい景色ですね」

「ああ。ここから見ると、島全体が見える」

「みんな楽しそう。わたしも、楽しいです。新しい素材があって、新しいレシピが作れて、お客さんが来てくれて」

「お前の露店、行列ができていたぞ。神と呼ばれていた」

「えっ。聞いてたんですか」

「たまたま通りがかった」

「恥ずかしいです……。神って言われても、わたしはただ、薬を作ってるだけなのに」

「作った薬が誰かの役に立っている。それは本当のことで、良い薬師の証拠だ」

「……はい。そうですね。ちょっとだけ、自信が付きました」

タマキが夕焼けに目を細めた。

セレスが膝の上に転がった。

「トワ。ここ、いいしま」

「ああ、いい島だな」

「あしたもあるく?」

「歩く。まだ半分残っている」

「あしたも、おだんごたべる?」

「食べるだろうな」

「やった!」

風が吹いた。海の匂いがした。

明日も歩く。明日も団子を食べる。明日もタマキの薬を試す。明日もセレスが肩の上にいる。

いい島だ。本当にいい島だ。

だからこそ。

翌朝、フォーラムにこう書き込まれた時、誰もが目を疑った。

──「帰れない。島から出られない」