作品タイトル不明
一週間
朝。ログインしてフォーラムを開いた。
常世島関連のスレッドが、BCOフォーラムのトップページを埋め尽くしている。
【攻略】常世島・各区画まとめ【初心者向け】
──「黄金棟のスロットは装備一個賭けるだけだから手軽。でもハマると危険」
──「闘技宮は観戦だけでも面白い。観客賭技で稼ぐのが一番安全だ」
──「星見座の占いはドロップ率バフが付くし、大吉が出たら即狩りに行った方が良い」
──「湯楽郷の温泉卓球が地味に稼げるぞ。腕に自信があるならだけど」
──「美食街のバフ料理は全部試せ。常世蜜スープが最強だ」
──「宵市は夜限定だけど提灯がきれいだし、プレイヤー露店が充実してる。買い物するならいいぞ」
──「奈落遊戯場は行くな。Lv90台がボコボコにされてる。あそこは人間が行く場所じゃない」
──「奈落のボス、Lv98の星鋼フル装備で48ダメージしか通らなかったって聞いたぞ」
──「48……? バグじゃなくて?」
──「バグじゃない、現地で見てた。あの黒い獣は、今のBCOのプレイヤーが倒せる相手じゃない」
【雑談】常世島で起きた面白い話を共有するスレ
──「温泉卓球でトワに挑んだ剣士がいた。逆転負けした。『球の動きが剣より遅い』って言われたらしい」
──「あの人、卓球でも最強なのかよ」
──「最強じゃない。アストレアに技術で負けるって、本人が言ってた」
──「レクトが島の全魚種を釣り尽くしたらしい。九日で全種制覇だってよ」
──「タマキさんの露店が宵市にも出てた。あの薬師の商才はどうなってるんだ?」
──「タマキさんの常世蜜スープ、飲んだか? 全ステ5%が90分。しかも重複する。神レシピ」
──「ゼクスが闘技宮で五連勝中って聞いたが」
──「ゼクスに賭けたら安定して増えるぞ。倍率は低いけど」
──「ダリオが水鉄砲合戦で三連覇してるって本当?」
──「本当。的がでかいのに、なぜか負けない。あいつのスキル謎過ぎる」
──「【悲報】装備を全部溶かした。もう素手」
──「何個溶かしたんだ」
──「十七個」
──「十七……」
──「スロットで三個、カードで五個、アリーナで九個。気づいたら全部なくなってた」
──「お前、止まれなかったのか」
──「止まれなかった。次こそ、次こそって思ってたら」
──「温泉でデバフ解除するべきだったな、メンタルの」
──「装備なしでどうするんだ。この島、クエストもないから稼ぐ手段が」
──「レクトさんの釣り素材を転売して少しずつ貯めてる。……時間かかるけど」
──「同じ状況のやつ、俺以外にもいるんだな」
──「いるぞ。結構いる」
フォーラムの空気が二つに分かれ始めていた。楽しんでいる者と、失いすぎた者。だが、失いすぎた者の声はまだ少数だ。大半のプレイヤーは島を満喫しているようだ。
◇
美食街を歩いていたら、ハルとミコトに会った。
「あ、師匠とタマキさん!」
「トワさん、タマキさん、お久しぶりです!」
トワは右手を開いて、タマキはぺこりとお辞儀した。
「お久しぶりです、ハルちゃん、ミコトちゃん。この島でどう活動しているか気になっていましたけど、元気そうで良かったです」
「気に掛けてくれてありがとうございます! 危ない賭技はできるだけ控えているので、わたしもミコトちゃんも大丈夫ですよ!」
「二人とも、この島ではずっと一緒なのか」
「はい、昨日の夜から合流しました! 受験勉強の息抜きに、って!」
ハルが串焼きを齧りながら言った。
「息抜きがBCOなのか」
「ゲームが一番の息抜きです。現実の教科書より、見聞録でステータスを読んでいたいですし」
「それはただの勉強不足じゃ……」
「えーっと……あはは……手厳しいご意見です……」
「あっ、トワさん、タマキさん。今配信してるんですけど、大丈夫ですか?」
「少し映る程度なら構わない」
「わたしも、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!」
ミコトが画面を自撮りモードにして話し始めた。
『皆さん、常世島九日目です。今日は美食街をハルちゃんと回ってます。そしてなんと、トワさんにまた遭遇しました。この島にいるとトワさんによく会いますね! あの薬師のタマキさんも一緒です!』
コメント欄が流れている。
> またトワさんだ
> この人島にずっといるのか
> ずっと歩いてるらしいよ
> 踏破率どのくらいなんだろ
> トワさんに聞いてみて
「トワさん。視聴者が踏破率を聞いてます!」
「42%だ」
『42%だそうです。九日で42%。あと一週間くらいで全踏破しそうですね!』
> 歩いてるだけで全踏破するの草
> さすが旅人
> この人だけ島の楽しみ方が違う
「師匠。昨日、星見座の劇を見ました。七人の賢者の話です!」
ハルが言った。
「俺も見た。面白かっただろう」
「面白かったです。特に七人目の賢者が気になりました。何も語らなかった人がいたそうですが……」
「ハルも気になったか」
「はい。あの劇、導師として記録しておきたいんですけど、フォーラムに書いていいですか?」
「好きにしていいんじゃないか。劇の内容は公開情報だ」
「ありがとうございます! 『常世島建国記レポートbyハル』を書きます!」
「byハルシリーズ、まだ続いてるのか」
「ふっふっふ……師匠のおかげで、閲覧数がすごいことになってるんです。師匠ブランドですね!」
「ハルちゃんのフォーラム記事、ファンが多いんですよ。旅人の集いの中で、一番読まれてるって。これの島でも、もっと面白いものを見つけていく予定です!」
「もっとも面白いものというと……まあ、あの場所か」
「師匠、どこか心当たりが?」
「奈落遊戯場だ。面白いという表現が正しいかは分からないが、見応えのある賭けをやっている。見に行く価値はあるだろう」
「それは……師匠がそこまで言うなら間違いないですね!」
「早速、ハルちゃんと行ってみます! ありがとうございました、トワさん!」
「こちらこそ、久しぶりに話せて良かった。くれぐれも賭けにのめり込まないようにな」
ハルとミコトと別れた後、トワとタマキは島の西側へ向かった。
まだ歩いていない路地がある。建物と建物の隙間。裏道。表通りからは見えない小さな道。
トワは裏道が好きだ。BCOでも現実でも、表通りより裏道の方が面白いものが見つかる。
路地の奥に、小さな広場があった。石畳の広場に、ベンチが三つ。プレイヤーはいない。NPCもいない。静かな場所だ。
セレスが肩の上から広場を見回した。
「トワ。ここ、しずか」
「表通りの喧騒が嘘みたいだな」
「セレス、しずかなところもすき」
「俺もだ」
「トワとおなじ。うれしー」
ベンチに座った。セレスが膝の上に転がった。メブキが広場の花壇の上を飛んでいる。
「くるくる……おはながさいてる。しまにもおはな、あるんだね」
花壇に白い花が咲いていた。見覚えのない花だ。見聞録でスキャンしてみたが、データが返ってこなかった。
「スキャンできないか。この島の花は、見聞録に登録されていないのか?」
名前のない花。原初の世界の生き物も、最初は名前がなかった。
この島にも、名前のないものがある。
【常世島 踏破率:42%】
もう少しで半分だ。
「そう言えばトワさん。岩塩の耐性料理、遂に完成したんです。作りたてを食べて頂きたいのですが……今夜、試食してもらえますか?」
「ああ、もちろん付き合わせてくれ」
「あと、レクトさんの魚素材で水系の薬も一つ試作できました。効果は……飲んでからのお楽しみです」
「楽しみにしている」
「えへへ……楽しみにしておいてください!」
トワとタマキがベンチに腰掛けると、セレスがトワの膝の上で目を閉じた。風が吹いている。花壇の白い花が揺れている。
静かな午後だ。
島に来て九日。もう少しで半分。まだまだ歩く場所がある。
明日も歩こう。