軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奈落

トワとタマキは奈落遊戯場に向かった。

島の南東。他の区画と雰囲気が違う。道の舗装が途切れて、地面が黒い石に変わった。街灯の光が暗い。赤みがかった光。提灯ではなく、壁に埋め込まれた石が光っている。

「雰囲気が変わりましたね」

「他の区画は客を歓迎する空気だったが、ここは違うな」

入口に門がある。鉄の門。門の上に看板。

【 奈落遊戯場(ならくゆうぎじょう) 】

【上級者向けゲームエリア】

【推奨レベル:Lv60以上】

【入場料:無料。ただし、各ゲームへの参加には高額の常世銭が必要です】

【※当エリアのゲームは難易度が高く、敗北時の没収量が他エリアより大きくなっています】

【※自己責任でお楽しみください】

「推奨Lv60以上。没収量が大きい……自己責任」

「黄金棟のスロットとは、雰囲気も格も違いますね」

セレスが門を見上げた。

「トワ。ここ、くらい」

「暗いな。入ってみるか」

「はいる。でも、セレスのかく、ちょっとだけひかってる」

「何か、精霊の力と反応しているのか?」

「うーん。よくわかんない。でも、ちょっとだけ」

「気になるな……行ってみよう」

門をくぐった。

中は屋内型のアリーナだった。闘技宮のような開放感はない。天井が低く、壁が黒い石で囲まれている。照明が赤い。

中央に大きなフィールドがあり、その周囲を観客席が取り囲んでいる。観客席は、闘技宮より少ない。五百人程度だが、座っているプレイヤーの顔つきが違う。全員真剣だ、遊びに来ている空気じゃない。

フィールドで何かが行われていた。

【奈落遊戯・「生存戦」開催中】

【参加者:8名】

【ルール:フィールド内でモンスターの猛攻撃から生き延びろ】

【Wave数:10】

【現在:Wave 6】

【最後まで立っていた者が勝者】

【勝者報酬:参加費×参加人数=常世銭16,000枚】

【敗北者:全装備没収+レベル5低下】

「全装備没収に、レベル5低下……!?」

「これは……闘技宮の比じゃないですね。負けたら、全部持っていかれます」

フィールドではモンスターが湧きまくっている。黒い獣――通常のBCOでは見たことのない種類のモンスターだ。おそらくモンスターの強さは……一体一体が、深淵にいたモンスター並み。そして、この数。種類も弱点も分からない、圧倒的強敵が大群となって押し寄せている。

プレイヤーたちは必死に戦っている。八人でスタートしたが、Wave6の時点で残っているのは四人。

そしていま、その内の一人が倒れた。

【プレイヤー「雷刃のカガリ」が脱落しました】

【全装備が没収されました】

【レベルが5低下しました:Lv91→Lv86】

装備が光の粒になって消えた。プレイヤーが素手で立っている。目が虚ろだ。

「一瞬で、全部消えた……俺の、俺の装備が……全部……!!」

プレイヤーの悲鳴に、タマキが目を伏せた。

「これは……想像以上に、きついですね」

しかし対照的に、観客席のプレイヤーたちは盛り上がっている。

「頑張れ! あと四Waveだぞ!!」

「三人になったぞ! 誰だ、誰が最後まで残るんだ!?」

「俺は赤い鎧のやつに5,000賭けたぞ!!」

観客賭技も高額だ。闘技宮の十倍のレートで回っている。

Wave7。黒い獣が六体同時に湧いた。三人のプレイヤーが背中合わせで迎え撃つ。剣士がタンク、弓使いが後方支援、魔法使いが範囲攻撃。連携はとれているが、獣の数が多い。

弓使いが獣の突進を避けきれずに倒れた。

【プレイヤー「風切りのツバメ」が脱落しました】

【全装備が没収されました】

【レベルが5低下しました:Lv89→Lv84】

残り二人。

Wave8。獣が八体。剣士と魔法使いの二人だけで凌がなければならない。魔法使いが範囲魔法で数を減らし、剣士が残りを一体ずつ片付けていく。

ギリギリでクリアした。二人とも息が荒い。

「まだ二Waveある……!」

「いける。いけるぞ……!」

Wave9。黒い獣の大型個体が出現した。体長五メートル。通常の獣とは明らかに違う。

【Wave 9 ── ボスモンスター出現】

【 常世獣(とこよじゅう) Lv??? HP:???】

「レベルもHPも表示されないのか」

「黄金棟のスロットみたいに、システムが情報を隠しているみたいですね」

見聞録でスキャンを試みた。

――データが返ってこない。見聞録の解析が弾かれている。

「見聞録でも読めないか。このエリア、センサーに干渉する何かがあるな」

開始のアナウンスが鳴り、常世獣が動いた。

――速い。剣士のプレイヤーが速攻で吹き飛ばされた。が、ロールはタンク。一撃で倒れるほど柔ではない。この間に魔法使いが攻撃したが、獣の体表が硬い。ダメージが通りにくい。

それでも、この化け物共を倒す必要はない。

今回の奈落遊戯は、『生存戦』だ。

制限時間まで生き残ればい。タンクが身体を張って黒い獣の攻撃を受け、魔法使いが後ろから行動妨害スキルを使う。相手の数が一体である以上、一対二できちんと抑え込めば、生き残ることはできる。

その結果、二人がかりで何とかWave9を凌いだ。

Wave10。

最終Waveは――常世獣がもう一体出現した。二体同時だ。

観客席が息を呑んだ。

「二体!?」

「Wave10で二体同時とか、鬼畜だろ!」

魔法使いが叫んだ。

「一体は俺が引きつける! 残りもう一体を、頼むぞ!」

剣士が頷くと、二人は散開した。一体ずつ引き受ける作戦だ。

魔法使いが範囲魔法で常世獣の動きを鈍らせている。スキル『アイシクル』――氷の床を広域展開し、モンスターの移動速度を落とす魔法使い専用スキル。

移動速度を落とせば回避もしやすい。一対一で分担することも可能だろうと――

「なっ!?」

しかしそれは、魔法使いの慢心だった。

【黒い獣が行動妨害スキルを吸収しました】

【移動速度低下スキルに適応しました】

【パッシブスキル:移動速度低下無効】

突如として元の速さで襲いかかってくる黒い獣。

魔法使いの男は杖を構えたまま、獣の爪に薙ぎ払われた。……フルHPから一撃、ワンパンだった。

【プレイヤー「蒼炎のノア」が脱落しました】

【全装備が没収されました】

【レベルが5低下しました:Lv95→Lv90】

残り一人。常世獣が二体。

観客席が静かになった。

無理だ……いくらあの剣士の男がLv98の高レベルプレイヤーとはいえ、一人であの化け物を二体相手にするのは。

だが、剣士の男は諦めずに走り出した。

二体の間を縫うように動く。斬りかかる。星鋼の大剣が常世獣の体表に叩きつけられた。

【48ダメージ】

「48……!?」

「Lv98の星鋼大剣で、48!? 硬すぎるだろ!」

ダメージが通らない。BCOの最高峰の装備で、蚊に刺したほどの数字しか出ない。常世獣は、こちらを見てすらいなかった。虫でも払うように前足を振った。

バロンが吹き飛んだ。壁に叩きつけられた。

【 鋼殻のバロン(こうかくのバロン) HP:68,400 → 31,200】

「一撃で、タンクのHPが半分も持っていかれた!」

バロンが立ち上がった。剣を構え直した。だが、もう斬りには行かない。走っている。逃げている。二体の常世獣の間を走り抜けて、攻撃を避け続けている。

「あいつ……倒すのを諦めたのか」

「違う、生き残ろうとしてるんだ! 生存戦だぞ、最後まで立っていれば勝ちだ!!」

だが、常世獣は二体いる。片方の爪を避けたら、もう片方の尻尾が来る。逃げ場がどんどん狭くなっていく。

星鋼の鎧が砕けていく。肩当てが飛んだ。胸当てにひびが入った。BCOの最高峰の装備が、紙のように削れていく。

残り三十秒――バロンのHPが一万を切った。

残り十五秒。壁際に追い詰められた。常世獣が二体同時に飛びかかった。

バロンが地面に伏せた。獣の爪が頭上を通過した。すぐに転がって、獣の腹の下に潜り込んだ。獣の足の間をくぐり抜けて、反対側に出る。

残り五秒。四秒。三秒。

常世獣が振り向いた。口を開けた。

二秒。一秒。

【制限時間終了】

【Wave 10 ── 生存確認】

【生存者:1名】

常世獣が動きを止めた。フィールドの端が光って、獣の身体が霧のように消えていく。ゲームの終了演出だ。

バロンが地面に倒れていた。仰向けに。星鋼の鎧はほとんど原型を留めていない。HPが残り800。

だが、立っていた――最後の一秒まで。

観客席から、盛大な拍手と歓声が飛び交った。

【生存戦・クリア!】

【勝者:「 鋼殻(こうかく) のバロン」剣士 Lv98】

【クリア条件:Wave10終了時に生存していること──達成】

【報酬:常世銭16,000枚】

「16,000枚か……闘技場の二十倍の報酬だな」

トワが興味深そうに見ている一方で、タマキは絶対にやりたくなさそうな顔をしている。

「でも、リスクも二十倍ですよね。負けたら全装備没収に、レベル5低下……Lv90台のプレイヤーが七人も脱落して、クリアできたのが一人だけ」

勝者のバロンがフィールドから出てきた。

観客からは拍手と歓声が飛んでいる。

「おめでとう!」

「Lv98、星鋼フル装備で残りHP800……!」

「常世獣に48しか通らないのに、あれを避け続けて生き残ったのかよ!!」

「倒してないんだぞ。逃げ切っただけだ。それでも生存戦クリアだ!!」

バロンが壁にもたれて息をしていた。装備を全て失った仲間たちを見ている。Lv95の魔法使いですら、全装備を持っていかれた。

「次は……俺も負ける側かもしれない。……正直、もう二度とやりたくない。あの獣は、人間が倒す前提で作られていない」

その一言が、奈落遊戯場の熾烈さを物語っていた。

奈落遊戯場を出た。

外の空気が明るい。赤い照明の中にいた目に、島の自然光がまぶしい。

セレスが肩の上でぶるっと震えた。

「トワ。あそこ、こわかった」

「怖かったか」

「こわかった。まけたひとのそうびが、ぜんぶきえた。ぱって」

「ああ……あそこは他の区画とは違う。リスクが桁違いだ」

「トワは、でないよね」

「俺は出るつもりはない。負ける気はしないが、無くせないものがあるからな」

「よかった。セレスはトワに、そうびなくしてほしくない」

「……そうだな」

メブキが双葉をくるくる回した。

「くるくる……あそこのもんすたー、ねっこがなかった」

「根がない?」

「うん。ふつうのもんすたーは、せかいにねっこがある。でもあそこのくろいの、ねっこがなかった。あのきとおなじ」

あの木。黄金棟の中央に立っていた金色の樹。根がない樹。奈落遊戯場のモンスターにも、根がない。

「メブキ。それは、確かな情報なのか」

「くるくる……めぶきにはわかる。ねっこのせいれいだから」

「……覚えておこう」

それだけ言って、トワはまた歩き出した。

明日はフォーラムを確認して、島のプレイヤーたちの状況を見てみよう。一週間が経った。そろそろ島全体の空気がどう変わっているか、気になる頃だ。