作品タイトル不明
宵市
常世島、夜。
日が沈むと、島の北側が灯った。
宵市(よいいち) 。夜間のみ営業の交易エリアだ。昼間は閉ざされていた区画の門が開いて、中から橙色の光が溢れ出している。
提灯が連なっている。何百もの提灯が道の両側に吊るされていて、路地全体が暖かい色に染まっている。道幅は狭い。人一人がすれ違えるくらい。その両脇に、小さな店がぎっしり並んでいる。
「きれい……」タマキが息を呑んだ。「カジノや温泉があった方とは、全然雰囲気が違いますね」
「あっちは昼の賑わいだ。こっちは夜の市場で、売ってるものも違うんだろう」
ひとつずつ店を覗いていった。
限定アイテム……島でしか買えない装飾品、見たことのない素材、占い屋、情報屋、酒場。
そしてプレイヤーが出している露店も多い。自分で釣った魚を売っている者、闘技場で勝ち取った常世銭で仕入れた品を転売している者。プレイヤーたちによって様々な品が並んでいる。
「珍しい店も多いが、プレイヤーの露店も多いな」
「わたしも、明日はここで露店を出そうと思います。夜の方が、人通りが多そうです」
セレスが提灯を見上げている。
「トワ。よるのおみせ、きれい」
「ああ、きれいだな」
「おやつのおみせ、ある?」
「あるだろうな。探すか」
「さがす!」
ルーナが影から出てきた。夜がある場所なら、外に出られる。紺色の髪の小さな精霊が、提灯の光の下に立っている。
「ルーナ、ここは出てこられるのか」
「この島の夜は深い……わたしにとっては動きやすい」
「よかったな」
「うん。わたしも宵市、歩きたい」
精霊二人をつれて歩いていくと、甘味屋を見つけた。
島固有の果物を使った飴細工を売っている。
常世飴。透明な飴の中に、金色の果肉が封じ込められている。一つ30常世銭だ。
「きれい。たべられるの?」
「飴だそうだ、食べても問題ないだろう」
四つ買った。セレス、ルーナ、メブキ、トワ。
タマキとは途中で別行動になった。どうしても島の調合素材が売っている露店を見に行きたいとのことらしく。つまり今日は、トワが精霊たちの子守役である。
「くるくる……あめ、きらきら!」
「メブキ、飴は舐めるものだぞ。齧らないほうがいい」
「なめる。なめなめ……」
ルーナは飴を影の中に引き込んでいる。
あまり舐めるところを見られたくないようだ。
「ルーナ、影の中で味はわかるのか?」
「わかるよ。普段あんまり食べたりしないから、こういうのは新鮮」
「飴は気に入ったか」
「美味しいよ。甘い物、久しぶりに食べた。……ぺろぺろ」
路地の角を曲がったところで、人だかりに出くわした。
ミコトだった。配信中らしく、元気に宵市のレポートをしている。
『皆さん、常世島の宵市です! 提灯がすごくきれいで、お店がたくさん並んでて、雰囲気が最高です! 今からですね、この占い屋さんに入ってみたいと思います!』
配信中に声を掛けるべきかどうか、悩んでいると、ミコトと目が合った。
「あっ! トワさん! お久しぶりです!」
ミコトがとててとトワの前に駆けつけてきた。
「ああ、こっちの世界じゃ久しぶりだな」
「実はまだ、深淵以降が回れていなくて……でも、フォーラムは見ましたよ! トワさんは最難関コンテンツも、ひとりでクリアしたそうですよね!」
「ひとりじゃないぞ、あの時も仲間がいた。ミコトも挑めばクリアできるだろう」
「ううぅ……頑張ってみます、ありがとうございます。――ところで、今配信中なんですけど、映っても大丈夫ですか?」
「……最初は映りたくなかったが、大丈夫だ。もう慣れた」
「ありがとうございます! それでは、ちょっとだけ映させていただきますね!」
ミコトがカメラを振った。
『トワさんにまた会いました! 宵市を散歩中だそうです。昨日の闘技場の試合、見た方も多いと思いますが、今日は温泉卓球で勝ったらしいです!』
> 温泉卓球www
> 卓球でも勝つのかよ
> あの人に勝てないものはないのか
「温泉卓球の話を、なぜ知っている?」
「フォーラムにもう載ってますよ。『トワ、初挑戦の卓球で逆転勝利。ラリー中に学習して追いつく』って」
「……もう載ったのか」
「載りますよ。トワさんのことは、何をしても話題になりますから」
ミコトが手を振って配信に戻っていった。ハルも一緒にいるらしく、奥から「ミコトちゃん、こっちの屋台すごいよ!」と声が聞こえた。ハルにも声を掛けるべきか悩んだが、二人で楽しそうにしている。
トワは宵市の散策に進んだ。
◇
宵市の奥に進むと、酒場があった。
木造の二階建て。一階がカウンター、二階がテラス席。テラスから海が見える。プレイヤーが大勢飲んでいる。
カウンターに見覚えのある背中が座っていた。
蓮だった。
グラスを片手に、メモ帳に何か書いている。
「蓮……いや、オーレン。飲んでるのか?」
「おお、トワか、奇遇だな! ちょうど島の酒を試しているところだ、これも取材だ」
「取材……か」
「小説の資料だ。カジノ島の酒場で何を飲んでいるかは、キャラクターの性格を表すっていうだろ? 主人公はウーロン茶。これは決まっている」
「俺のことか」
「よく分かったな、お前のことだ」
蓮がグラスを傾けた。中身は琥珀色の液体。
「これ、常世蜜酒。甘くて、でも度数が高い。飲みやすいのに酔う、危険な酒だ」
「危険なら飲むな」
「危険だから飲む。文学とは、そういうものだ」
「なんかそれっぽい言葉でごまかそうとしてないか?」
「あ、バレた?」
「腐れ縁だからな」
「腐れ縁なら仕方ないな」
蓮がメモ帳を閉じた。
「で、お前はこの島をどう楽しんでる?」
「温泉に入って、闘技場に出て、今は宵市を歩いている」
「闘技場はフォーラムで見たぞ。Lv82を倒した試合だったか、あれは見事だったな」
「……ありがとう、オーレン」
「素直に礼を言うようになったな。昔なら『普通に戦っただけだ』で終わりだったのに」
「……普通に戦っただけだ」
「やっぱり言うのか」
オーレンが笑った。トワもつられて口の端が上がった。
「〈黄金の燐光〉のメンバーはどうしてる。お前、ギルドを運営していただろ?」
「各自好きにやってる。闘技場に入り浸ってるやつ、カジノで稼いでるやつ、美食街で食い倒れてるやつ。バラバラだ」
「お前のギルドらしいな」
「自由な連中だからな。俺が指示するのは、レイドの時だけだ」
オーレンがもう一杯注文した。
「トワ。お前、この島を気に入ってるだろう」
「なぜわかる?」
「歩いてるからだ。お前が歩いてる場所は、お前が気に入ってる場所だ。ずっと見てきたからわかる。とはいえ、お前が気に入ってない場所の方が、少ないかもしれないが……」
蓮が席から立ち上がり、空中でパネルを操作している。
ちょうどログアウトするタイミングだったのだろう。
「俺はもうそろそろ落ちる。また大学でな、冬夜」
「バカ、こっちでリアルの名前を出すな」
「あ、やべ。まあ、他のプレイヤーに聞かれてないから大丈夫だろ」
「……たぶん、聞いてる奴もいるぞ」
「どこにだ?」
「いや……こっちの話だ」
「よく分からんが……とにかく、あんまりお前も夜更かしすんなよ。ゲームもほどほどにな!」
蓮がログアウトした
「トワ……トーヤって、トワのもうひとつのなまえ?」
そして案の定、セレスが聞いてきた。
トワは微妙な顔のまま固まっている。
「……そうだな。まあ、似たようなものだ」
「セレスも、トーヤってよんでいい?」
「いや、それはダメだ」
「なんで!」
「この世界では、トワの方が正しい名前だからだ。トーヤは……正しい名前じゃない」
「トワのほうが、いいなまえ?」
「ああ、いい名前だ」
「わかった。じゃあ、トワって、呼ぶ」
何とかセレスを言いくるめられたことでトワは宵市の通りをさらに奥へ歩いた。
宵市の通りをさらに奥へ歩いた。奥の広場に出た。ここが宵市の中心部らしい。
広場の真ん中に大きな焚き火が焚かれていて、その周りにプレイヤーたちが座ってる。酒を飲んでいる者、串焼きを食べている者、仲間と話している者。
「トワさん、ちょうどよかったです」
奇しくも、タマキと広場で合流した。
「いいですね、この雰囲気。なんだか、お祭りみたいで」
「祭り……確かにそうだな。どこに何があるのか、もう少し、見て回りたいところではあるが……」
「いまは、ここに座りませんか?」
「……そうだな。たまにはゆっくりしましょう」
焚き火の傍に座った。タマキが隣に座った。セレスが膝の上に転がった。ルーナが影の中から焚き火を見ている。メブキが焚き火の上を飛んでいる。暖かい上昇気流が心地いいらしい。
「あの、トワさん」
「どうした、タマキ」
「明日は、どこに行きますか?」
「星見座だな。劇場エリアらしいが、まだ中を見ていない」
「ショーがあるんですよね。演劇とか、占いとか」
「ああ……あと、奈落遊戯場もまだだ」
「奈落遊戯場……。名前が気になりますよね。上級者向けのゲームエリアでしたっけ?」
「黄金棟のカジノより上のレートで賭技ができる場所だろう。入るかどうかは、見てから決める」
「わたしは素材の研究を続けたいです。常世蜜を使った新レシピが二つできたんですけど、もう一つ、島の岩塩と組み合わせた耐性料理を試したくて。明日の試食、お願いしますね」
「ああ、楽しみにしている」
「あと、レクトさんから魚の素材を十二種類もらったので、水系の調合薬も試作してみます。この島の魚、成分が表の世界の魚と全然違うんですよ」
「レクトの釣りが役に立っているな」
「ゼクスさんは明日、闘技場に出るんでしたっけ」
「そう言っていた。十八戦分のデータを取って、傾向を掴んだと」
「ダリオさんは島の海を調べるって走っていったし、アストレアさんは闘技場の観戦。みんなバラバラですね」
「MMOだからな、それでいい。各自がやりたいことをやっている、常に一緒に動く必要はない」
「ですね。……でも、わたしとは一緒にいてもらいますからね?」
「もちろんだ。俺も、そのつもりでいる」
「えへへ……ありがとうございます。約束ですよ」
「約束だ」
トワとタマキが指切りをする。飴を舐め終わってセレスは、トワの肩に戻ってきた。
「トワ。よるのしま、すき。ルーナも、よるがあるから、うれしそう」
「夜がある場所はルーナにとって居場所だからな」
「セレスは、ひるもよるもすき。トワがいるところが、すき」
「……そうか」
「うん、そう。だから、セレスたちともいっしょにいないと、ダメ」
「大丈夫だ。お前たちと離れるつもりはない」
「えへ……いっしょ」
【常世島 踏破率:32%】
島に来て六日。三分の一を踏破した。
まだまだ見ていない場所がある。星見座の劇場も、奈落遊戯場もまだだ。
明日も歩く。この島を、もう少し。