軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

湯けむり

常世島で目を覚ますと、セレスに起こされた。今日も顔の前に浮いている。

「トワ。きょうこそ、おんせん」

昨日の闘技場の後、トワは「明日こそ温泉」とセレスと約束していた。

どうやら常世島の温泉街、相当楽しみにしているらしい。

「ああ。今日こそ行く」

「やくそく?」

「約束だ」

「やった!」

タマキと合流して、湯楽郷の南端へ向かった。崖の上に温泉施設がある。昨日の闘技場の興奮が嘘のように、穏やかな朝だ。

しかし、その途中で、

「トワさん、あれを見てください。……妙な船が近付いてきています」

「妙な船……?」

港を見ると、航海士ギルドの旗を掲げた船が桟橋に突っ込んでいた。ダリオの船だ。甲板でダリオが両手を広げて叫んでいる。声がここまで聞こえる。

「着いたぞ! 常世島!」

船から降りてきたもう一人。鎧。ガチャガチャという音。アストレアだ。

「あの二人、一緒に来たのか」

「ダリオさんの船にアストレアさんが乗ってきたんでしょうね。道中モンスターが出ても、アストレアさんがいれば安心ですし」

「合流するか?」

「温泉に誘いましょう。アストレアさん、喜びますよ」

チャットを送った。

トワ:「温泉に行く。来るか」

アストレア:「温泉!? 行きます!! 今すぐ行きます!!」

ダリオ:「俺も行くぞ!」

二秒で決まった。

温泉施設「常世の湯」。崖の上に建てられた木造の建物。屋根に看板。入口に暖簾。湯気が漂っている。

入口のNPCが出迎えた。

「いらっしゃいませ。常世の湯へようこそ。ご入浴は無料でございます」

【常世の湯】

【入浴料:無料】

【効果:HP・MP全回復 / 全ステータス+3%(60分間)/ 精神安定効果】

【露天風呂・内湯・サウナをご用意しています】

【※併設の「湯遊び処」では、温泉ミニ対戦をお楽しみいただけます】

「湯遊び処?」

「温泉ミニ対戦ですって。トワさん、これ、何でしょうね」

入口の横に張り紙があった。

【湯遊び処のご案内】

【温泉卓球:一試合100常世銭。勝者に200常世銭】

【水鉄砲合戦:参加費50常世銭。最後まで立っていた者に参加者全員分の常世銭】

【湯けむり射的:一回30常世銭。的に当てると景品と交換】

【※いずれも装備品の没収はありません。常世銭のみで遊べます】

「温泉卓球に水鉄砲合戦。……温泉で賭技をやるのか?」

「でも、装備の没収はないんですね。常世銭だけです!」

「カジノや闘技場より軽い賭けだ。娯楽として見れるだろうが……」

「この島、本当にどこにでも賭けの仕組みがありますね」

アストレアが駆け込んできた。鎧がガチャガチャ鳴っている。息を切らしている。

「間に合いました……! 温泉……!」

「アストレア、走ってきたのか」

「港から全速力で来ました! 温泉と聞いたら、走らずにはいられません!」

ダリオが後から歩いてきた。

「おっ、来てるな。トワたちは、もう入ったのか?」

「まだだ。ちょうどこれからだぞ」

「よし、なら入るぞ!」

男湯と女湯に分かれた。

男湯:トワ、ダリオ。

女湯:タマキ、アストレア、セレス、ルーナ。

男湯。露天風呂。

崖の上から海が一望できる。水平線が広い。湯が淡く光っている。限りなく透明だけど、底に七色の光が揺らめいている。

シャワーを浴びてから、湯に浸かった。

【常世の湯に浸かりました】

【HP・MP全回復】

【全ステータス+3%(60分間)】

【精神安定効果が付与されました】

【あなたの属性適性に基づき、湯の色が変化します……】

【判定:無属性(旅人)】

【湯の色:変化なし(透明)】

「透明か。旅人は無属性だから、色が出ないのか」

ダリオが隣に入った。湯がざぶんと溢れた。ゲーム内でも体がでかい。

「おお、いい湯だな!」

【判定:水属性(航海士)】

【湯の色:青】

ダリオの周りの湯が青く染まった。

「周りが青くなったぞ、お前らしいな」

「海の男だからな! 海と同じ色なのは、ちょっとテンション上がるぞ!」

「ちょっとじゃないだろ。相変わらずでかい声だな」

「温泉は、声がでかくてもいい場所だろ!」

「……確かに」

トワはしばらく黙って湯に浸かった。波の音が遠くに聞こえる。湯気が風に流れていく。

「トワ。昨日の闘技場、フォーラムで見たぞ」

「もう広まったのか」

「広まったどころじゃない。Lv1がLv82を倒した動画が再生数百万だ。ミコトのアーカイブじゃなくて、観客が撮った映像だけどな」

「勝手に撮られてたのか……」

「闘技場は撮影自由だろ。お前、あの四連撃は見事だったぞ。武器が一秒で四回変わるのは、何度見ても理解が追いつかない」

「CTがゼロだから変わるだけだ。特別なことはしていない」

「その『特別なことはしていない』が、一番すごいんだよ」

女湯。

タマキとアストレアとセレスとルーナが湯船にいる。

アストレアは鎧を脱いでいた。脱ぐのに五分。十二のパーツを一つずつ外して、脱衣所のロッカーに四つ分使って格納した。

「アストレアさん、鎧脱ぐと雰囲気変わりますね」

「よく言われます。ゲームの中でも現実でも、鎧がないと別人って」

「でも、お風呂は脱ぎますよね」

「もちろんです。さすがに鎧のまま入浴は……しません。温泉は矜持の適用範囲外です」

「食事の時は着てるんですか?」

「聖騎士はいつ敵が来ても対応できるように、食事中も鎧を着ているのが理想です」

「大変ですね、聖騎士」

「大変ですが、誇りです」

セレスが湯に浸かった瞬間、湯の色が変わった。

【精霊の入浴を検知しました】

【月属性の力が湯に溶解しています】

【湯質が変化しました:「月光の湯」】

【追加効果:月属性耐性+5%(30分間)】

湯が銀色になった。セレスの角から光の粒が湯に溶けて、浴槽全体が月明かりのように輝いている。

「わあ……きれい」タマキが息を呑んだ。

「セレスがはいると、おゆがぎんいろ!」

「月光の湯ですって。バフまで追加されてますよ」

アストレアが銀色の湯を見つめていた。

「これが月の精霊の力……。聖属性の光とは、全然違う温かさですね。聖光は強くて眩しいけど、月光は柔らかくて、包み込むような」

「セレスちゃんの光はいつもこうですよ。優しい光」

「セレスはやさしー。みんなしってる」

ルーナが影の中から声を出した。

「わたしも入りたい。影ごと」

「ルーナちゃん、影のまま入れるの?」

「入れる。影ごと温まる」

ルーナが影を湯の中に滑り込ませた。銀色の湯に紫色の影が混ざった。

【夜の精霊の入浴を検知しました】

【月光の湯に夜属性が追加されました】

【湯質が変化しました:「月夜の湯」】

【追加効果:夜属性耐性+5%(30分間)が追加】

「月夜の湯! 二人の精霊が入ると、バフが二重になるんですね!」

「きれい……。銀と紫が混ざって、夜空みたい」

「ルーナ。きもちいい?」

「きもちいい。あったかい。影の中って冷たいから、温かいのは好き」

「ルーナとセレス、いっしょにはいると、きれいだね」

「うん。きれい」

隣の浴槽から、他の女性プレイヤーの声が聞こえた。

「ねえ、こっちの湯が銀と紫になったんだけど」

「バフが二つ追加されてる。精霊が入ってるの?」

「あっちの浴槽に小さい子が二人いる。一人は角が光ってて、もう一人は影の中にいる」

「かわいい……」

湯上がり。

全員が休憩所に集まった。瓶の牛乳が並んでいる。ダリオが腰に手を当てて飲んでいる。セレスが瓶を両手で抱えてちびちび飲んでいる。瓶がセレスの体と同じくらいの大きさだ。

メブキが天井の梁から降りてきた。双葉がしっとりしている。湯気を浴びすぎたらしい。

「くるくる……ゆげ、たくさんあびた。はっぱがしっとり」

「乾かした方がいいんじゃないか?」

「きもちいいから、いい」

アストレアが鎧を着直している。

「トワさん。湯遊び処、行きませんか? 温泉卓球が気になります」

「卓球か」

「はい。わたし、現実では卓球部だったんです。中学の時に」

「聖騎士が卓球部だったのか」

「聖騎士になる前の話ですよ」

「まあ……行くか。常世銭もあることだしな」

昨日の闘技場の山分けで4,500枚ある。卓球なら一試合100枚。余裕だ。

湯遊び処。

温泉施設の別棟にある娯楽スペースだ。浴衣姿のプレイヤーが卓球台に多数いる。奥に水鉄砲合戦のプールがある。手前に射的の屋台。温泉街の縁日のような雰囲気だ。

卓球台の横にシステムパネルが光っている。

【温泉卓球・賭技】

【参加費:一試合100常世銭(各プレイヤーから徴収)】

【ルール:11点先取】

【勝者に200常世銭が支払われます】

【※プレイヤーのステータスは適用されません。純粋な操作技術で勝負します】

「ステータス適用なし。純粋な操作技術で勝負、と」

「レベルもスキルも関係ないってことですか。これなら……」

「Lv1でも対等だ」

「これなら、現実の卓球と同じですよね。卓球が上手い人なら、無双できそうです」

アストレアの目が光った。

「やります。わたし、やりますよ」

「おい、目がマジだぞ」ダリオが引いている。

「中学三年間の卓球が、ここで活きるとは思いませんでした」

アストレアが卓球台の前に立った。ラケットを手に取った。素振りを一回。フォームがきれいだ。中学卓球部は伊達ではない。

対戦相手を募集すると、すぐにプレイヤーが名乗り出た。Lv76の魔法使い。

「聖騎士と魔法使いで卓球勝負か。面白いな」

「トワさんは、どちらが勝つと思いますか?」

「さあ……それは見てみるまでは分からない」

試合は、アストレアのサーブで開始された。回転のかかった弾道の低い球。魔法使いが何とか返すと、アストレアがスマッシュ。球は華麗に反対側を抜けていく。

魔法使いは何とか打ち返すのが精いっぱいだ。流石に経験者に打ち合って勝てるほど甘くはない。

結果は、11-3。アストレアの圧勝だった。

【温泉卓球:アストレアの勝利!】

【常世銭200枚を獲得しました】

「強すぎないか、この聖騎士」

「聖騎士なのに、卓球が強い……?」

「剣を捨ててラケットを持った方が強いんじゃ無いか」

二戦目、三戦目、四戦目と、立て続きにアストレアに挑む者が現れるのが、全部完勝。「聖騎士が温泉卓球で無双してる」という噂が広がったらしく、次第に観客が集まり始めた。

「なあ――あんた、昨日の闘技場のトワだろ。あんたは、卓球もできるのか?」

すると、ある男がトワに声をかけてきた。Lv88の剣士だ。

「俺は……別に見てるだけだが……」

「そういうのはいいから、やろうぜ。ステータス関係ないんだから、Lv1でも対等だろ」

「随分と好戦的だな」

「超のつく有名人と出くわしたんだ。そりゃあ血も騒ぐさ」

「なら、PvPでもするか?」

「それは俺が勝てない。だから、卓球で勝負する」

あまりの潔さに、思わずトワは笑みを漏らした。

「……面白いな。やるか」

100常世銭を払った。ラケットを手に取る。卓球は現実でもゲームでもやったことがないが、アストレアの試合を十分見た。動きやルールは十分に理解できている。

ほどなくして、試合開始。

先攻は、剣士。サーブを打ち込んでくる。――球が風を裂くような音をたてて迫る。普通は打ち返すのも難しいだろう、おそらく、卓球の経験者だ。

「なに……っ!?」

――が、トワの目には見えている。見聞録は使えないが、三年間のVR戦闘で鍛えた動体視力がある。球の回転を読んで、簡単に返した。

「打ち返した!? 初めてなのに?」

「球の動きは、剣より遅いからな」

「剣と比べるなよ!」

ラリーが続いた。トワは技術がないから、ひたすら返すだけだが、返し続ける。全部返す。相手が攻めて、トワが守る。闘技場の再現のような展開だ。

「全部返ってくる……! この人、やっぱりおかしい……!」

序盤は剣士がリードした。技術の差で6-4。だが、トワの球が徐々に変わり始めた。

同じ球を何十回も受けているうちに、回転のパターンが読めてきた。どの角度で打てばどこに飛ぶか、身体が覚え始めている。

「あの旅人、ラリーの中で進化してないか……?」

観客が呟いた。

7-6。8-7。追いつき始めた。

剣士が焦った。強打を叩き込んだ。テーブルの端を狙った鋭い球。

トワの手が動いた。反射的に。戦闘で培った反応速度。ラケットの端にギリギリ当たって、球が剣士のラケットの脇を抜けた。

ポイントを取った。

「嘘だろ……あれ拾うのかよ……」

9-8。10-9。立て続けにポイントを取り、そして最後はドロップショット。たぶん本人は狙っていないが結果的に、最も視覚的に映える返し方になった。

【温泉卓球:トワの勝利!】

【常世銭200枚を獲得しました】

「勝った……初めての卓球で勝ちやがった……」

「球の動きが剣より遅いなら、そりゃ見えるか」

「あの人に見えないものはないんじゃないか?」

セレスが肩の上で飛び跳ねた。

「トワ、かった! ぴんぽんでもかった!」

「卓球も戦いの一種だからな」

「トワは、なんでもかつ」

「相手には技術で負けてると思うぞ」

「でも、かった。それがだいじ」

アストレアが六連勝で卓球台を離れた。常世銭を1,200枚稼いでいる。

「アストレア……お前、かなり稼いでるな」

「えっ。そうですか?」

「聖騎士をやめて、卓球選手担った方がいいんじゃないか」

「……それ、褒めてますか?」

「……褒めている」

「あ、ありがとうございます……」

水鉄砲合戦のプールを覗いた。

温泉の湯を使った浅いプール。参加者がVR水鉄砲を持って撃ち合っている。最後まで立っていた者が、参加者全員分の常世銭を総取り。

【水鉄砲合戦】

【参加費:50常世銭】

【現在の参加者:12名】

【ルール:温泉プール内で水鉄砲で撃ち合い。被弾でHP(ミニゲーム用)が減少。最後の一人が勝者】

【勝者報酬:参加費×参加人数=600常世銭】

ダリオが目を輝かせた。

「水鉄砲合戦! 海の男の出番だ!」

「海の男と、水鉄砲に、いったい何の関係が……?」

「ちっちっち、分かってないなトワ。水を扱うのは、航海士の本分だぜ!」

「ここの水は海水じゃないだろ」

なんだかんだでダリオが参加した。190センチの巨体がプールに入ると、明らかに目立つ。

「でかい的だな……」

他の参加者が呟いた。

『それでは始めます! 水鉄砲合戦、ゲームスタート!』

合図とともに水鉄砲合戦が始まった。

ダリオは的がでかい。すぐに集中砲火を浴びた。

「おい! 全員で俺を狙うな!」

「でかいんだから仕方ないだろ!」

だがダリオの水鉄砲の命中率が異常に高い。航海士だからだろうか?

いや、まったく関係ない。

ただただフィジカルが強いだけだ。

「おい、なんだあいつ!?」

「でけえのに速い……当たらねえ!」

集中砲火を浴びながらも、ダリオは一人ずつ正確に撃ち落としていく。

その結果、見事勝利をおさめた。

【水鉄砲合戦:ダリオの勝利!】

【常世銭600枚を獲得しました】

「勝ったぞ! 海の男は、水に強い!」

「……ただフィジカルが強かっただけじゃないか?」

「そう言うなよ、トワ。フィジカルも航海士に必要なものだろ?」

「まあ……確かに」

夕方。温泉施設を出た。

全員の戦果。

アストレア:卓球六連勝。+1,200常世銭。

ダリオ:水鉄砲合戦優勝。+600常世銭。

トワ:卓球一勝。+200常世銭。

「トワさん、初めてなのに卓球で勝ったのが、またフォーラムに載りそうですね」

「載らなくていい」

「でも、どうせもう載ってると思いますよ。観客がいましたし」

セレスがまだ肩の上でご機嫌だ。

「トワ、ぴんぽんでも、かった」

「勝ったが、一回だけだ」

「いっかいでもかった」

「アストレアは五回勝ってるぞ」

「でも、トワがいちばん。セレスのなかでは」

夕焼けの中を歩いて、宿泊エリアに戻った。

明日は宵市と星見座を回ろう。まだ見ていない区画がある。この島は広い。

タマキからチャットが来た。

タマキ:「新レシピ、二つ完成しました。明日、試食してもらえますか?」

トワ:「ああ。楽しみにしている」

タマキ:「えへへ……ありがとうございます」

常世島、五日目。

温泉に入って、卓球で勝った。

悪くない一日だった。