作品タイトル不明
湯けむり
常世島で目を覚ますと、セレスに起こされた。今日も顔の前に浮いている。
「トワ。きょうこそ、おんせん」
昨日の闘技場の後、トワは「明日こそ温泉」とセレスと約束していた。
どうやら常世島の温泉街、相当楽しみにしているらしい。
「ああ。今日こそ行く」
「やくそく?」
「約束だ」
「やった!」
タマキと合流して、湯楽郷の南端へ向かった。崖の上に温泉施設がある。昨日の闘技場の興奮が嘘のように、穏やかな朝だ。
しかし、その途中で、
「トワさん、あれを見てください。……妙な船が近付いてきています」
「妙な船……?」
港を見ると、航海士ギルドの旗を掲げた船が桟橋に突っ込んでいた。ダリオの船だ。甲板でダリオが両手を広げて叫んでいる。声がここまで聞こえる。
「着いたぞ! 常世島!」
船から降りてきたもう一人。鎧。ガチャガチャという音。アストレアだ。
「あの二人、一緒に来たのか」
「ダリオさんの船にアストレアさんが乗ってきたんでしょうね。道中モンスターが出ても、アストレアさんがいれば安心ですし」
「合流するか?」
「温泉に誘いましょう。アストレアさん、喜びますよ」
チャットを送った。
トワ:「温泉に行く。来るか」
アストレア:「温泉!? 行きます!! 今すぐ行きます!!」
ダリオ:「俺も行くぞ!」
二秒で決まった。
◇
温泉施設「常世の湯」。崖の上に建てられた木造の建物。屋根に看板。入口に暖簾。湯気が漂っている。
入口のNPCが出迎えた。
「いらっしゃいませ。常世の湯へようこそ。ご入浴は無料でございます」
【常世の湯】
【入浴料:無料】
【効果:HP・MP全回復 / 全ステータス+3%(60分間)/ 精神安定効果】
【露天風呂・内湯・サウナをご用意しています】
【※併設の「湯遊び処」では、温泉ミニ対戦をお楽しみいただけます】
「湯遊び処?」
「温泉ミニ対戦ですって。トワさん、これ、何でしょうね」
入口の横に張り紙があった。
【湯遊び処のご案内】
【温泉卓球:一試合100常世銭。勝者に200常世銭】
【水鉄砲合戦:参加費50常世銭。最後まで立っていた者に参加者全員分の常世銭】
【湯けむり射的:一回30常世銭。的に当てると景品と交換】
【※いずれも装備品の没収はありません。常世銭のみで遊べます】
「温泉卓球に水鉄砲合戦。……温泉で賭技をやるのか?」
「でも、装備の没収はないんですね。常世銭だけです!」
「カジノや闘技場より軽い賭けだ。娯楽として見れるだろうが……」
「この島、本当にどこにでも賭けの仕組みがありますね」
アストレアが駆け込んできた。鎧がガチャガチャ鳴っている。息を切らしている。
「間に合いました……! 温泉……!」
「アストレア、走ってきたのか」
「港から全速力で来ました! 温泉と聞いたら、走らずにはいられません!」
ダリオが後から歩いてきた。
「おっ、来てるな。トワたちは、もう入ったのか?」
「まだだ。ちょうどこれからだぞ」
「よし、なら入るぞ!」
男湯と女湯に分かれた。
男湯:トワ、ダリオ。
女湯:タマキ、アストレア、セレス、ルーナ。
◇
男湯。露天風呂。
崖の上から海が一望できる。水平線が広い。湯が淡く光っている。限りなく透明だけど、底に七色の光が揺らめいている。
シャワーを浴びてから、湯に浸かった。
【常世の湯に浸かりました】
【HP・MP全回復】
【全ステータス+3%(60分間)】
【精神安定効果が付与されました】
【あなたの属性適性に基づき、湯の色が変化します……】
【判定:無属性(旅人)】
【湯の色:変化なし(透明)】
「透明か。旅人は無属性だから、色が出ないのか」
ダリオが隣に入った。湯がざぶんと溢れた。ゲーム内でも体がでかい。
「おお、いい湯だな!」
【判定:水属性(航海士)】
【湯の色:青】
ダリオの周りの湯が青く染まった。
「周りが青くなったぞ、お前らしいな」
「海の男だからな! 海と同じ色なのは、ちょっとテンション上がるぞ!」
「ちょっとじゃないだろ。相変わらずでかい声だな」
「温泉は、声がでかくてもいい場所だろ!」
「……確かに」
トワはしばらく黙って湯に浸かった。波の音が遠くに聞こえる。湯気が風に流れていく。
「トワ。昨日の闘技場、フォーラムで見たぞ」
「もう広まったのか」
「広まったどころじゃない。Lv1がLv82を倒した動画が再生数百万だ。ミコトのアーカイブじゃなくて、観客が撮った映像だけどな」
「勝手に撮られてたのか……」
「闘技場は撮影自由だろ。お前、あの四連撃は見事だったぞ。武器が一秒で四回変わるのは、何度見ても理解が追いつかない」
「CTがゼロだから変わるだけだ。特別なことはしていない」
「その『特別なことはしていない』が、一番すごいんだよ」
◇
女湯。
タマキとアストレアとセレスとルーナが湯船にいる。
アストレアは鎧を脱いでいた。脱ぐのに五分。十二のパーツを一つずつ外して、脱衣所のロッカーに四つ分使って格納した。
「アストレアさん、鎧脱ぐと雰囲気変わりますね」
「よく言われます。ゲームの中でも現実でも、鎧がないと別人って」
「でも、お風呂は脱ぎますよね」
「もちろんです。さすがに鎧のまま入浴は……しません。温泉は矜持の適用範囲外です」
「食事の時は着てるんですか?」
「聖騎士はいつ敵が来ても対応できるように、食事中も鎧を着ているのが理想です」
「大変ですね、聖騎士」
「大変ですが、誇りです」
セレスが湯に浸かった瞬間、湯の色が変わった。
【精霊の入浴を検知しました】
【月属性の力が湯に溶解しています】
【湯質が変化しました:「月光の湯」】
【追加効果:月属性耐性+5%(30分間)】
湯が銀色になった。セレスの角から光の粒が湯に溶けて、浴槽全体が月明かりのように輝いている。
「わあ……きれい」タマキが息を呑んだ。
「セレスがはいると、おゆがぎんいろ!」
「月光の湯ですって。バフまで追加されてますよ」
アストレアが銀色の湯を見つめていた。
「これが月の精霊の力……。聖属性の光とは、全然違う温かさですね。聖光は強くて眩しいけど、月光は柔らかくて、包み込むような」
「セレスちゃんの光はいつもこうですよ。優しい光」
「セレスはやさしー。みんなしってる」
ルーナが影の中から声を出した。
「わたしも入りたい。影ごと」
「ルーナちゃん、影のまま入れるの?」
「入れる。影ごと温まる」
ルーナが影を湯の中に滑り込ませた。銀色の湯に紫色の影が混ざった。
【夜の精霊の入浴を検知しました】
【月光の湯に夜属性が追加されました】
【湯質が変化しました:「月夜の湯」】
【追加効果:夜属性耐性+5%(30分間)が追加】
「月夜の湯! 二人の精霊が入ると、バフが二重になるんですね!」
「きれい……。銀と紫が混ざって、夜空みたい」
「ルーナ。きもちいい?」
「きもちいい。あったかい。影の中って冷たいから、温かいのは好き」
「ルーナとセレス、いっしょにはいると、きれいだね」
「うん。きれい」
隣の浴槽から、他の女性プレイヤーの声が聞こえた。
「ねえ、こっちの湯が銀と紫になったんだけど」
「バフが二つ追加されてる。精霊が入ってるの?」
「あっちの浴槽に小さい子が二人いる。一人は角が光ってて、もう一人は影の中にいる」
「かわいい……」
◇
湯上がり。
全員が休憩所に集まった。瓶の牛乳が並んでいる。ダリオが腰に手を当てて飲んでいる。セレスが瓶を両手で抱えてちびちび飲んでいる。瓶がセレスの体と同じくらいの大きさだ。
メブキが天井の梁から降りてきた。双葉がしっとりしている。湯気を浴びすぎたらしい。
「くるくる……ゆげ、たくさんあびた。はっぱがしっとり」
「乾かした方がいいんじゃないか?」
「きもちいいから、いい」
アストレアが鎧を着直している。
「トワさん。湯遊び処、行きませんか? 温泉卓球が気になります」
「卓球か」
「はい。わたし、現実では卓球部だったんです。中学の時に」
「聖騎士が卓球部だったのか」
「聖騎士になる前の話ですよ」
「まあ……行くか。常世銭もあることだしな」
昨日の闘技場の山分けで4,500枚ある。卓球なら一試合100枚。余裕だ。
◇
湯遊び処。
温泉施設の別棟にある娯楽スペースだ。浴衣姿のプレイヤーが卓球台に多数いる。奥に水鉄砲合戦のプールがある。手前に射的の屋台。温泉街の縁日のような雰囲気だ。
卓球台の横にシステムパネルが光っている。
【温泉卓球・賭技】
【参加費:一試合100常世銭(各プレイヤーから徴収)】
【ルール:11点先取】
【勝者に200常世銭が支払われます】
【※プレイヤーのステータスは適用されません。純粋な操作技術で勝負します】
「ステータス適用なし。純粋な操作技術で勝負、と」
「レベルもスキルも関係ないってことですか。これなら……」
「Lv1でも対等だ」
「これなら、現実の卓球と同じですよね。卓球が上手い人なら、無双できそうです」
アストレアの目が光った。
「やります。わたし、やりますよ」
「おい、目がマジだぞ」ダリオが引いている。
「中学三年間の卓球が、ここで活きるとは思いませんでした」
アストレアが卓球台の前に立った。ラケットを手に取った。素振りを一回。フォームがきれいだ。中学卓球部は伊達ではない。
対戦相手を募集すると、すぐにプレイヤーが名乗り出た。Lv76の魔法使い。
「聖騎士と魔法使いで卓球勝負か。面白いな」
「トワさんは、どちらが勝つと思いますか?」
「さあ……それは見てみるまでは分からない」
試合は、アストレアのサーブで開始された。回転のかかった弾道の低い球。魔法使いが何とか返すと、アストレアがスマッシュ。球は華麗に反対側を抜けていく。
魔法使いは何とか打ち返すのが精いっぱいだ。流石に経験者に打ち合って勝てるほど甘くはない。
結果は、11-3。アストレアの圧勝だった。
【温泉卓球:アストレアの勝利!】
【常世銭200枚を獲得しました】
「強すぎないか、この聖騎士」
「聖騎士なのに、卓球が強い……?」
「剣を捨ててラケットを持った方が強いんじゃ無いか」
二戦目、三戦目、四戦目と、立て続きにアストレアに挑む者が現れるのが、全部完勝。「聖騎士が温泉卓球で無双してる」という噂が広がったらしく、次第に観客が集まり始めた。
「なあ――あんた、昨日の闘技場のトワだろ。あんたは、卓球もできるのか?」
すると、ある男がトワに声をかけてきた。Lv88の剣士だ。
「俺は……別に見てるだけだが……」
「そういうのはいいから、やろうぜ。ステータス関係ないんだから、Lv1でも対等だろ」
「随分と好戦的だな」
「超のつく有名人と出くわしたんだ。そりゃあ血も騒ぐさ」
「なら、PvPでもするか?」
「それは俺が勝てない。だから、卓球で勝負する」
あまりの潔さに、思わずトワは笑みを漏らした。
「……面白いな。やるか」
100常世銭を払った。ラケットを手に取る。卓球は現実でもゲームでもやったことがないが、アストレアの試合を十分見た。動きやルールは十分に理解できている。
ほどなくして、試合開始。
先攻は、剣士。サーブを打ち込んでくる。――球が風を裂くような音をたてて迫る。普通は打ち返すのも難しいだろう、おそらく、卓球の経験者だ。
「なに……っ!?」
――が、トワの目には見えている。見聞録は使えないが、三年間のVR戦闘で鍛えた動体視力がある。球の回転を読んで、簡単に返した。
「打ち返した!? 初めてなのに?」
「球の動きは、剣より遅いからな」
「剣と比べるなよ!」
ラリーが続いた。トワは技術がないから、ひたすら返すだけだが、返し続ける。全部返す。相手が攻めて、トワが守る。闘技場の再現のような展開だ。
「全部返ってくる……! この人、やっぱりおかしい……!」
序盤は剣士がリードした。技術の差で6-4。だが、トワの球が徐々に変わり始めた。
同じ球を何十回も受けているうちに、回転のパターンが読めてきた。どの角度で打てばどこに飛ぶか、身体が覚え始めている。
「あの旅人、ラリーの中で進化してないか……?」
観客が呟いた。
7-6。8-7。追いつき始めた。
剣士が焦った。強打を叩き込んだ。テーブルの端を狙った鋭い球。
トワの手が動いた。反射的に。戦闘で培った反応速度。ラケットの端にギリギリ当たって、球が剣士のラケットの脇を抜けた。
ポイントを取った。
「嘘だろ……あれ拾うのかよ……」
9-8。10-9。立て続けにポイントを取り、そして最後はドロップショット。たぶん本人は狙っていないが結果的に、最も視覚的に映える返し方になった。
【温泉卓球:トワの勝利!】
【常世銭200枚を獲得しました】
「勝った……初めての卓球で勝ちやがった……」
「球の動きが剣より遅いなら、そりゃ見えるか」
「あの人に見えないものはないんじゃないか?」
セレスが肩の上で飛び跳ねた。
「トワ、かった! ぴんぽんでもかった!」
「卓球も戦いの一種だからな」
「トワは、なんでもかつ」
「相手には技術で負けてると思うぞ」
「でも、かった。それがだいじ」
アストレアが六連勝で卓球台を離れた。常世銭を1,200枚稼いでいる。
「アストレア……お前、かなり稼いでるな」
「えっ。そうですか?」
「聖騎士をやめて、卓球選手担った方がいいんじゃないか」
「……それ、褒めてますか?」
「……褒めている」
「あ、ありがとうございます……」
◇
水鉄砲合戦のプールを覗いた。
温泉の湯を使った浅いプール。参加者がVR水鉄砲を持って撃ち合っている。最後まで立っていた者が、参加者全員分の常世銭を総取り。
【水鉄砲合戦】
【参加費:50常世銭】
【現在の参加者:12名】
【ルール:温泉プール内で水鉄砲で撃ち合い。被弾でHP(ミニゲーム用)が減少。最後の一人が勝者】
【勝者報酬:参加費×参加人数=600常世銭】
ダリオが目を輝かせた。
「水鉄砲合戦! 海の男の出番だ!」
「海の男と、水鉄砲に、いったい何の関係が……?」
「ちっちっち、分かってないなトワ。水を扱うのは、航海士の本分だぜ!」
「ここの水は海水じゃないだろ」
なんだかんだでダリオが参加した。190センチの巨体がプールに入ると、明らかに目立つ。
「でかい的だな……」
他の参加者が呟いた。
『それでは始めます! 水鉄砲合戦、ゲームスタート!』
合図とともに水鉄砲合戦が始まった。
ダリオは的がでかい。すぐに集中砲火を浴びた。
「おい! 全員で俺を狙うな!」
「でかいんだから仕方ないだろ!」
だがダリオの水鉄砲の命中率が異常に高い。航海士だからだろうか?
いや、まったく関係ない。
ただただフィジカルが強いだけだ。
「おい、なんだあいつ!?」
「でけえのに速い……当たらねえ!」
集中砲火を浴びながらも、ダリオは一人ずつ正確に撃ち落としていく。
その結果、見事勝利をおさめた。
【水鉄砲合戦:ダリオの勝利!】
【常世銭600枚を獲得しました】
「勝ったぞ! 海の男は、水に強い!」
「……ただフィジカルが強かっただけじゃないか?」
「そう言うなよ、トワ。フィジカルも航海士に必要なものだろ?」
「まあ……確かに」
◇
夕方。温泉施設を出た。
全員の戦果。
アストレア:卓球六連勝。+1,200常世銭。
ダリオ:水鉄砲合戦優勝。+600常世銭。
トワ:卓球一勝。+200常世銭。
「トワさん、初めてなのに卓球で勝ったのが、またフォーラムに載りそうですね」
「載らなくていい」
「でも、どうせもう載ってると思いますよ。観客がいましたし」
セレスがまだ肩の上でご機嫌だ。
「トワ、ぴんぽんでも、かった」
「勝ったが、一回だけだ」
「いっかいでもかった」
「アストレアは五回勝ってるぞ」
「でも、トワがいちばん。セレスのなかでは」
夕焼けの中を歩いて、宿泊エリアに戻った。
明日は宵市と星見座を回ろう。まだ見ていない区画がある。この島は広い。
タマキからチャットが来た。
タマキ:「新レシピ、二つ完成しました。明日、試食してもらえますか?」
トワ:「ああ。楽しみにしている」
タマキ:「えへへ……ありがとうございます」
常世島、五日目。
温泉に入って、卓球で勝った。
悪くない一日だった。