軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おやつを追いかけて

常世島、二日目。

朝。昨日入らなかった区画を回ることにした。

手持ちの常世銭は初回ボーナスの100枚。使ってはいない。まだ物価の相場がわからないうちに金を使う気にはなれなかった。

「トワさん、今日はどこから行きますか」

「湯楽郷だ。温泉と美食のエリア。昨日は黄金棟しか見ていない」

「美食! 素材調査ですね!」

「おやつ!」セレスが即座に反応した。

「100枚しかないぞ。何にいくら使えるか、確認してから考える」

「トワ、けち」

「慎重と言え」

「しんちょー。トワはいつもしんちょー。おやつに、しんちょー」

「おやつ以外にも慎重だぞ」

「タマキにも、しんちょー?」

「……」

「ちょっと、なんで黙るんですか、トワさん」

「いまいち、良い返しが思い浮かばなかっただけだ」

「つまり、慎重……奥手だと」

「うるさい、早く行くぞ」

湯楽郷(ゆらくきょう) に入った。

黄金棟の周辺が金と白の華やかさだったのに対して、こちらは木造の落ち着いた雰囲気だ。屋根に瓦。壁に木の格子。和風の意匠が混ざっている。

そして……匂いだ。

出汁の匂い。焼き肉の匂い。甘いお菓子の匂い。全部が混ざって、通りに漂っている。

美食街。屋台が百軒以上。通りの両側にずらりと並び、提灯が連なり、湯気が上がっている。

「すごい……」タマキが足を止めた。「この匂い、知らない成分が混ざってます。表の世界にない素材が使われています」

「匂いだけでわかるのか」

「薬師の鼻ですからね」

屋台の値段を確認して回った。

焼き団子50常世銭。串焼き80常世銭。かき氷30常世銭。クレープ100常世銭。

「団子が50か。100枚だと二本」

「トワ。にほん。にほんだけ」

今のところ常世銭の100枚は貴重だが、新しいエリアで何もできないのも心苦しい。

「……そうだな、二本買おう」

「いいんですか」、トワさん?

「常世銭は、流石にどこかしらで入手できるだろう。何もできないというのも愛想もない。団子二本は、メブキ一本、セレスとルーナ一本で分け合えばいい」

「わける? おだんごを?」

セレスの顔が信じられないという表情になった。

おやつを分けるという概念が、この精霊には存在しないらしい。

「くるくる……めぶきはわけてもいいよ?」

メブキが控えめに双葉を揺らした。

「めぶきはやさしー。でも、おやつをわけるのは……」

「セレス。先輩なんだろう。ここは後輩に譲ってやれ」

「……うう」

「先輩の仕事だぞ」

「……わかった。めぶきに、おおきいほう、あげる」

「さすが、せんぱい、やさしー!」

「やさしくない。しかたなく」

団子を二本買った。

一本をセレスとルーナで半分ずつ。もう一本をメブキが双葉で挟んで齧った。

残り常世銭ゼロ。

「ルーナ、うまいか」

「おいしい。……半分でも、おいしい」

「あまい……けど、はんぶん……」セレスが未練がましそうにしている。

「トワさんの分は?」タマキが聞いた。

「いらない」

「いらなくないでしょう。朝から、何も食べてないですよね」

「ゲームの中で食べなくても死なない」

「死なないですけど、貴重な経験ですよ?」

「我慢するのは慣れているさ。Lv1だからな」

美食街を抜けて、島を歩きながら気づいたことがある。

島の中に、依頼系のNPCがいない。

通常のエリアなら、街にはクエストを出すNPCがいる。配達、採取、討伐。地味だが確実に報酬が入る仕事だ。だがこの島には、案内人と店員と施設の管理者しかいない。

「トワさん。この島、クエスト系のNPCが一人もいないですね」

「ああ。つまり常世銭を稼ぐ手段は、賭技で勝つか、プレイヤー間で取引するか。その二つしかない」

「賭技は対価が必要。プレイヤー間取引は売れるものを持っている人だけ。ということは……」

「必然的に、賭技に頼るしかない構造になっている」

タマキが考え込んだ。

「わたしは薬師だから、手持ちの薬を売れば常世銭は稼げます。露店を出しましょうか?」

「頼む。タマキは『原初の世界』でも、貴重な薬を多く作っていた。あそこのエリアは、まだ未クリアのプレイヤーも相当多い。絶対に需要があるはずだ」

「美食街の通りが人通り多かったですし、あそこでやりますね」

タマキが美食街に戻っていった。

トワは一人で島の外周を歩くことにした。精霊3体と虫一匹だけを連れて。

海沿いの道を歩いていると、港の端に見覚えのある後ろ姿が見えた。

釣り竿を構えている。

レクトだった。

「レクト」

「あっ、トワさん!」

「いつ来たんだ?」

「昨日の夜です。到着して、海を見て、良い釣り場だと思って、そのまま朝まで竿を出してました」

「到着して最初にやることが釣りか」

「もちろんです。島の魚は、島でしか釣れませんから」

「ここでは、何が釣れるんだ」

「見たことない魚が十二種類以上。島固有の魚種ばかりです。ドロップ率に補正もかかってるみたいで、六時間で新素材を二十三種類回収しました」

「六時間で二十三種か」

「で、この素材を他のプレイヤーに売ろうと思ってるんですが、常世銭でやり取りできるみたいなんですよね。タマキさんも、同じこと考えてません?」

「もう露店を出しに行った」

「やっぱり。薬師と釣り師は、どこに行っても商売ができる」

「逆に言うと、生産職でないプレイヤーは賭技に頼るしかない」

レクトが少し黙った。

「……うちのメンバーが何人か来てるんですが、昨夜カジノで装備を溶かしたって連絡が来ました」

「何人だ」

「三人……星鋼の剣を溶かしたやつもいます」

「ああ、あいつのことか……さっき見たぞ。顔が青ざめてた」

「ギルドチャットで注意しておきます。釣った素材を安く売れば、戦闘職の連中も賭技に手を出さずに済むかもしれないんで」

「いい判断だ」

「釣り師が誰かの役に立てるなら、嬉しいですよ」

「それと、できればタマキに魚の素材を回してくれないか。調合に使えるはずだ」

「もちろん、ご協力しますよ! 了解です!」

外周を半周して戻ってきた。

島の南側に温泉施設が見えた。崖の上だ、明日行ってみよう。

東側には闘技宮の巨大な円形闘技場。歓声が遠くまで聞こえている。

北側には宵市の区画だが、「夜間のみ営業」の看板が出ている。

【常世島 踏破率:14%】

タマキが美食街から走ってきた。

「トワさん! 露店、開店三十分で完売しました! 常世銭、780枚です!」

「780枚もか」

「原初の世界もそうですし、【深淵】をクリアしてない方も多いので、薬の需要がすごかったです。あと、素材屋で面白いものを見つけました!」

「面白いものとは、何だ?」

「『 常世蜜(とこよみつ) 』です。昨日、船のスープに入っていた金色の蜜。調べたら全ステータス5%上昇のバフ素材で、しかも既存のバフと重複するんです。一瓶、500常世銭の価値があります!」

「他のバフアイテムと、掛け合わせ可能の消費アイテム……それは強いな」

「調合の触媒にもなります。既存のレシピに混ぜると効果時間が二倍に。他にも島固有の素材が十二種類見つかりました。新レシピが三つは作れそうです。そして――トワさんには、これを」

タマキが差し出したのは、串焼きだった。

「露店の売り上げで買いました。トワさん、朝から何も食べてないでしょう」

「……ありがとう」

「えへへ……パートナーの健康管理も、薬師の仕事ですから」

セレスがじっと串焼きを見ている。

「トワ。それ、おいしそう」

「おい、これは俺の分だぞ」

「……」

「……何か言え」

「トワ、かわいそう。こんかいは、がまんする」

「いや……まあ、いい。その代わり、一口だけだぞ」

「やった!」

セレスが串焼きの端を齧った。トワが残りを食べた。

常世島、二日目の終わり。

楽しい。普通に、娯楽の多い楽しい島だ。

ただ、気になることが一つ。この島は、ほぼ全てのプレイヤーを賭技に向かわせる構造になっている。偶然か、意図か。今は、わからない。