軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

常世島

金曜日。午後三時。メンテナンス明け。

ログイン。

始まりの町リベルタの噴水広場は、アップデート初日の熱気で溢れていた。プレイヤーが走り回っている。全体チャットが凄まじい速度で流れている。

──「常世島! 常世島!」

──「港町マリスタから常世船が出るぞ!」

──「賭技ってどんなシステムだ!?」

──「とりあえず行ってみないとわからん!」

──「乗船! 乗船だぁ!」

広場には、タマキもいた。噴水のそばに立って、鞄の中身を確認している。いつもより鞄がパンパンに膨らんでいる。

「トワさん。準備できてますよ」

「その鞄に、何を詰めてきたんだ?」

「空き瓶を五十本。新しい素材を採取するために、です!」

「五十本」

「足りないかもしれないので、予備の鞄も持ってきました」

予備の鞄を開くと、さらに三十本の空き瓶。硝子蛙のナギがけろけろ鳴いた。

「薬師の荷物が多いのは、いつものことか」

「いつものことです。でも新エリアの時はもっと多いです。これでも厳選しました」

セレスが肩の上でそわそわしている。

「トワ。あたらしいしま、いく?」

「行く」

「おいしいもの、ある?」

「行ってみないとわからない」

「いってみないとわからないのが、たび。セレス、しってる」

「覚えたか。偉いな」

「えらい。ごほうびに、おやつほしい」

「島に着いてからだ」

「トワ、さいきん、けち」

「経済的になったと言って欲しいな」

港町マリスタへ転送した。

港に出て、息を呑んだ。

「常世船」は想像していた、ちんけな船ではなかった。

三層甲板の豪華客船――全長百メートルはある。船体が白と金で塗り分けられていて、舷側に「常世」の名前が光っている。

桟橋にはプレイヤーの行列だが、整然としている。NPCの案内係が列を誘導していて、乗船口にはレッドカーペットが敷かれている。

「クルーズ船だな、これは」

「すごい……。新大陸に行く時の船とは全然違いますね」

「あの時は普通の帆船だった。これは完全にリゾート仕様だな」

乗船した。

船内に入った瞬間、空気が変わった。木の温もりと柑橘系の香り。床は磨かれた石材で、壁には金の装飾が施されている。天井にシャンデリアが揺れている。船の中とは思えない。

NPCのスチュワードが出迎えた。白い制服。深々とお辞儀。

「いらっしゃいませ、旅人様。常世船へようこそ。航海中のお飲み物とお食事は全て無料でございます。一階がラウンジ、二階がレストラン、三階が展望デッキとなっております。ごゆっくりお過ごしくださいませ」

「全部、無料なのか?」

「はい。常世島へのご招待の一環でございます」

セレスが肩の上から船内を見回した。

「トワ。ここ、きらきらしてる!」

「なかなか派手だな」

「おしょくじ、むりょう?」

「無料だそうだ」

「むりょうのおやつ! いく! にかい! にかいのレストラン!」

「おいおい、まだ出航もしていないぞ」

「だって、おなかはまってくれない」

タマキが船内の壁の装飾をじっと見ていた。

「この装飾、見た目は金ですが、素材が特殊ですね。見たことない鉱石……常世島固有のものでしょうか。船の内装にまで、島の素材を使っているのかもしれません」

「それも気になるところだが、いまはセレスが暴れる前に、二階に行こう」

二階のレストラン。

窓が大きく、海が見える。テーブルには白いクロス。銀の食器が並んでいる。メニューが水晶板に表示される。タッチ操作で注文する仕組みだ。

席に着いた。周囲にはプレイヤーが千人ほど座っている。

皆、目を丸くしてメニューを見ている。

「このクルーズ船のサービス、本当にゲームの中なのか?」

「VRの食事って味するのかな」

「するぞ。BCOの食事システムは五感再現だし」

メニューを見た。

前菜、スープ、メイン、デザート。贅沢なコース料理だ。

メブキが双葉をぴこぴこ揺らした。テーブルの上に着地して、銀のフォークを見つめている。

「くるくる……これ、なに? ぴかぴかの、ぼう?」

メブキが喋った。以前よりも、滑舌がしっかりしている。

その代わりに変わった口癖がついている、成長して自我が芽生えつつあるのかもしれない。

「フォークだ。食べ物を刺して、口に運ぶ食器だ」

「フォーク? めぶきは、はっぱでたべるよ?」

「双葉で挟んで食べるのか」

「ぴこぴこ……はっぱで、じゅうぶん!」

タマキがメブキに小皿を出した。パンが一切れ乗っている。

「メブキちゃん。パン、どうぞ」

「……パン!」

「セレスも、セレスも!」

「はい、セレスちゃんも!」

「タマキ……わたしも、ちょっと欲しい」

「分かっていますよ、ルーナちゃんもどうぞ!」

三人の小さな精霊たちが、パンをもぐもぐし始めた。

やがて料理が運ばれてきた。

前菜は島の魚介のカルパッチョ。スープは常世蜜を使った金色のコンソメ。

主食を食べた後のデザートは、もちろんセレスとメブキの奪い合いが始まった。犠牲となるお皿はもちろん、トワのデザートである。

「いいんですか、トワさん?」

「ゲームの中のデザートだ。これくらい、気にしないさ」

結局トワはデザートを諦め、三人に分けることに。

食後は、三階の展望デッキに出た。

海が広い。風が吹いている。始まりの町の港はもう見えない。世界の端に向かっている。

デッキにはプレイヤーが大勢出ていた。手すりにもたれて海を眺めている者。仲間と写真を撮っている者。風を肌で感じて身震いしている者。

ハンモックが並んでいる。デッキチェアもある。毛布とドリンクが備え付けてある。至れり尽くせりだ。

「タマキ。この船のサービスの感想は?」

「豪華すぎます。無料のコース料理、無料のドリンク、無料のハンモック。全部無料。こんなに無料だと、逆に何で稼いでるのか気になります」

「先行投資だろうな。島に着いたら、賭技でプレイヤーたちの財産を回収するんだろう」

「カジノの手法ですね。入り口は無料にして、中で使わせる」

「ああ。この船自体が、島への導線だ」

だが、それを差し引いても、良い船旅だった。海がきれいで、料理が美味くて、風が気持ちいい。

セレスがハンモックに転がった。パフェの満腹感で目が細くなっている。

「トワ。いいふね」

「ああ。いい船だ」

「セレス、ねむい」

「寝るな。もうすぐ着く」

「ちょっとだけ……」

五分後、水平線に影が見えた。

「見えたぞ!」

誰かが叫んだ。甲板のプレイヤーが一斉に前方を見た。

島だ。

最初に見えたのは、光だった。島全体が発光している。昼間なのに、建物が自ら光を放っている。金色と白が混ざった光。遠目にも派手だ。

近づくにつれて、全体像が見えてきた。

巨大な円形の島。中央が少し盛り上がっていて、その頂点に塔のような構造物がある。だが塔の上部は霧に隠れていて見えない。

港が見えた。屋根が丸い建物が立ち並んでいる。壁がカラフル。旗が何十本もはためいている。

船が着岸した。タラップが降りる。プレイヤーたちが歓声を上げながら島に降り立っていく。

【大型アップデート「楽土の章」】

【常世島に到着しました】

【島内マップが解放されます】

【初回来島ボーナス:常世銭100枚を獲得しました】

「常世銭……島の通貨か」

「100枚。多いのか少ないのか、まだわかりませんね」

足を踏み出した瞬間、星巡りの靴が反応した。光の足跡が常世島の地面に刻まれた。

「足跡が残る。この島でも」

「原初の世界と同じですね」

「マップ外のエリアだからかもしれない。通常のフィールドとルールが違う可能性がある」

見聞録を起動して、地面をスキャンした。

表層の下に魔力の流れがある。

複雑な回路のような構造――自然の地形ではない。

「この島の地面、人工物だ。誰かが設計して作っている」

「人工物? 運営が、ということですか」

「わからない。ただ、自然のフィールドとは構造が根本的に違うかもしれない」

ミニマップに常世島の全体図が表示された。

七つの区画が色分けされている。中央に「?」のマーク。

【 黄金棟(おうごんとう) :カジノエリア】

【 闘技宮(とうぎきゅう) :PvP・闘技エリア】

【 星見座(ほしみざ) :劇場・エンターテイメントエリア】

【 奈落遊戯場(ならくゆうぎじょう) :上級者向けゲームエリア】

【 宵市(よいいち) :夜市・交易エリア】

【 湯楽郷(ゆらくきょう) :温泉・美食エリア】

【 帳の間(とばりのま) :現在入場不可】

「七つの区画。一つだけ入場不可になっている」

「帳の間……何かの条件で開くんでしょうか」

「奈落遊戯場っていうのも気になるな。名前が不穏だ」

「でも、今は気にしても仕方ないですね。トワさん、どこから行きますか?」

「迷うところだが……どうやら、彼女が俺たちを案内してくれるらしいぞ」

港から島に立ち入ると、NPCの案内人が立っていた。白い制服に金のネクタイ。船のスチュワードと同じ雰囲気だ。

「いらっしゃいませ、旅人様。常世島へようこそ。初めてのご来島でしたら、まずは『黄金棟』をご案内いたします。あちらでございます」

案内人が指差した先が、船から見えた巨大な建物だった。

近づくと、大きさが尋常ではないことがわかった。

横幅だけで百メートルはある。五階建て。正面の壁が全面ガラスになっていて、中の金色の照明が外に漏れている。入口には十メートルの金色のアーチ。アーチの頂点に水晶が据えてあり、虹色の光を放っている。

入口の両脇に噴水。噴水の水も金色に光っている。

プレイヤーたちが吸い込まれるように中に入っていく。

「すごい……」タマキが見上げた。「ゲームの中でこんな建物、見たことないです」

「ルミナリアの大聖堂より大きいかもしれないな」

「大聖堂は荘厳でしたけど、こっちは華やか。方向性が真逆ですね」

中に入った。

広い。天井が吹き抜けで、五階分の高さがそのまま見上げられる。天蓋のガラスから自然光が差し込んでいて、床の金色のタイルが輝いているように見える。

一階はスロットのフロアだった。数千台の賭技台が並んでいる。我慢しきれないプレイヤーたちは台に座っていて、もう回し始めている。

二階がカードゲームのフロア。

三階がルーレット。

四階がVIPルーム。

五階は「準備中」の表示で入れない。

吹き抜けのホールの中央に、巨大なモニュメントが立っていた。金色の樹。枝に宝石が実のようにぶら下がっている。一つ一つが光っていて、樹全体が発光している。

「あの樹は……何でしょうか」

トワが見聞録でスキャンした。

「装飾品……ではないな。魔力がある、ただの宝石というより……何かの装置のような」

「何かの装置?」

「具体的なことは、今はまだわからないな」

セレスが金色の樹を見上げていた。

「トワ。あのき、きれい。でもなんかへん」

「変か」

「うん。きれいだけど、いきてない。ほんもののきじゃない。かたちだけ」

「精霊の直感か」

「ちょっかん。セレスはわかる。いきてるものと、いきてないもの」

メブキが双葉をくるくる回した。

「くるくる……このき、ねっこがない。ねっこがないきは、き、じゃない」

「根がない。地面に根が張っていないのか」

「ぴこぴこ、めぶきにはわかる。ねっこのせいれいだから」

根の精霊が言うのだから、間違いないだろう。あの樹は根がない。地面に立っているだけで、大地と繋がっていない。何か意味があるのか、単純にただの装飾品扱いなのか。

トワたちは、スロットの台の前を通った。

【賭技・運命盤】

【対価:装備一点】

【報酬:常世銭100〜10,000 または 限定装備(確率0.5%)】

「限定装備の当選確率が0.5%。二百回に一回か」

「装備を二百個溶かして一つ当たる計算ですね……」

隣の台でプレイヤーが歓声を上げた。

「出た! 出たぞ、見ろ!! 常世銭5,000枚だぁ!!」

その二つ隣で、別のプレイヤーが頭を抱えている。

「消えた……俺が一ヶ月掛けて作った、星鋼の剣が……! 嘘だろ……!」

装備が「対価」として設定された瞬間、光の粒になって台に吸い込まれる。負けた場合、その光が台の底面から下に流れていく。勝った場合は、台の上部から常世銭が弾き出される。

見聞録でデータの流れを追った。

負けた装備のデータは台の地下に落ちて、金色の樹の方向に流れている。

「……あの樹に繋がっているようだな。没収されたデータが、樹に集まっている」

「消えたわけじゃなくて、移動してるんですね」

「ああ――だが、その先はスキャンが届かない」

セレスが台に近づいた。NPCのディーラーがセレスを見て微笑んだ。

「精霊さんも一回、いかがですか?」

「セレス、そーびがない」

「装備がなくても、スキルを対価にできますよ」

「スキルもない。セレスはせーれーだから」

「まあ……それは困りましたね」

ディーラーが困った顔をしている。賭けるものがない客は想定外らしい。

「トワ。ここ、おかねないとあそべないの?」

「賭けるものがないと遊べない仕組みだ」

「つまんない。おかねなくてもあそべるところ、ないの?」

「湯楽郷が無料エリアらしいが」

「じゃあそっちいく」

「明日な。今日はもう少し見て回る」

「えー」

「えーじゃない。旅人は、まず歩いて全体を見る」

「トワはまじめ」

「真面目じゃない、旅人の基本だ」

黄金棟を出た。

外の空気が涼しい。中の金色の光から出ると、島の自然な空が目に優しい。

「トワさん。あの建物、外から見た印象と中から見た印象が全然違いますね」

「外からは華やか。中に入ると、全てが賭技に導線を引いている。飾りの一つ一つが、プレイヤーの目を台に向けさせるように配置されている」

「船と同じですね。サービスで気持ちよくさせて、その先に賭技がある」

「ああ……導線が見事だが、だからこそ気になる。誰がどんな意図で、これを設計したのか。ただのゲーム的な演出なのか、それとも……」

日が傾き始めていた。初日はここまでだ。

明日は他の区画を回る。七つのうち、まだ一つしか見ていない。

トワは島の道を歩き始めた。足跡が光って残っていく。

常世島、一日目。

まだ何もわからない。だから、歩く。いつも通り、これが旅人の始め方だ。