軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闘技場の風

常世島、三日目。

闘技宮に行った。

島の東側にある巨大な円形闘技場。外壁は石造りで、上に行くほど段々に広がっている。中から歓声が響いてくる。

入場は無料。中に入ると、すり鉢状の観客席が広がっていた。プレイヤーが三万人ほど座っている。黄金棟に満ちていた興奮とは違う、戦いの熱さだ。

アリーナが三つ。AリングとBリングとCリング。同時に三つの対戦が進行している。

アリーナの上空に巨大なホログラム表示が浮かんでいた。対戦者のHP、レベル、装備、スキル構成がリアルタイムで表示されている。さらに対戦者の動きに合わせてダメージ数値が空中に飛び出す仕組みだ。

【闘技宮へようこそ】

【現在の開催中リング:A / B / C】

【観客賭技受付中:各リング横の受付台をご利用ください】

【本日の対戦数:47戦 本日の最高ダメージ:18,420(Lv88・魔法使い「紅蓮のアキラ」)】

「最高ダメージのランキングまで出てるのか。闘技場としてよくできてるな」

「本格的ですね。アリーナの上に、対戦者のステータスが全部見えてます」

「観客が戦況を把握できるようにしてあるんだ。見る側の体験まで設計されているのか」

としてAリングでは、既に対戦が始まっていた。

ホログラムに対戦者の情報が表示される。

【Aリング 第48戦】

【赤コーナー:「砂鉄のジン」剣士 Lv84 HP:38,200】

【青コーナー:「風穂のカナタ」槍使い Lv79 HP:32,100】

【賭技倍率 赤1.4 / 青2.8】

【対戦開始まで……3……2……1……】

ゴングが鳴った。フィールド全体に光の波紋が走る。開始演出だ。

剣士が一気に距離を詰めた。

【砂鉄のジン スキル発動「 疾風斬(しっぷうざん) 」】

剣が閃く。だが、槍使いのリーチが長く、届かない。返す刀で、槍の穂先が剣士の胴を斬った。

【4,280ダメージ!】

数字が空中に赤く弾けた。観客席から声が上がる。

「当てた! 先制は槍だ!」

「いやまだ、剣士の方が火力あるぞ」

剣士が転がって躱し、横から切り込もうとすると、槍を回転させて壁を作る。

「あの槍使い、上手いな」

【風穂のカナタ スキル発動「 旋風槍(せんぷうそう) 」】

槍が高速回転。周囲に風圧が発生して、近づけない。剣士が弾かれた。

【1,820ダメージ!(ノックバック)】

「剣士が入れないですね。スキルで距離を維持してる」

だが、剣士も引かない。三度目の突進でフェイントを入れた。右から行くと見せかけて左に回り込み、槍の振りの隙間に滑り込んだ。至近距離。槍が使えない。

【砂鉄のジン スキル発動「 零距離・双牙(ぜろきょり・そうが) 」】

剣が二閃。槍使いの胸と腹に同時に当たった。

【クリティカルヒット! 8,640ダメージ!】

【クリティカルヒット! 7,920ダメージ!】

二つの数字が空中で金色に輝いた。

槍使いのHPが一気に削れた。残り僅か。そして、もう一撃。

【風穂のカナタ HP:0】

【勝者:砂鉄のジン!】

観客席が揺れた。三千人の歓声。ホログラムに勝者の名前が大きく表示され、金色の紙吹雪エフェクトが降り注いだ。

「すげえ!」

「クリティカル二連撃だ!」

「剣士つえー!」

実況のNPCが、マイクで叫んでいる。

「決まりましたぁ! 砂鉄のジン選手、見事な零距離二連撃! 槍のリーチを突破してのクリティカルフィニッシュ! これで、本日三連勝です!」

【対戦結果】

【敗者「風穂のカナタ」:レベルが2低下しました(Lv79→Lv77)】

【勝者「砂鉄のジン」:常世銭800枚を獲得】

【観客賭技結果:赤(剣士)的中者に配当が支払われました】

セレスが手すりから身を乗り出していた。

「トワ! あのひと、つよかった! きんいろのすうじが、バーンって!」

「クリティカルダメージの表示だ。金色に光るのは演出だな」

「きれい! もっとみたい!」

「もう一試合あるみたいだぞ」

「みる!」

Bリングの対戦が始まった。ホログラムが切り替わる。

【Bリング 第52戦】

【赤コーナー:「鉄城のオウガ」盾職 Lv90 HP:52,000 DEF:4,200】

【青コーナー:「静弦のミヤ」弓使い Lv72 HP:24,800 ATK:3,800】

【賭技倍率 赤1.2 / 青5.6】

「倍率5.6。弓使いに賭ける人がほとんどいないんですね。レベル差18ですし」

「ステータスを考えれば、普通は盾職の圧勝だな」

ゴングが鳴った。

盾職が構えた。巨大な盾を前面に出して、ゆっくりと前進する。HP52,000、DEF4,200。正面からの打ち合いなら、弓使いに勝ち目はない。

だが、弓使いが動いた。――速い。

盾職の射程の外。ぎりぎりの距離。そこから矢を放った。

【412ダメージ】

小さい。DEF4,200の盾職に対しては、削れているのかどうかすら怪しい数字だ。

「412って、蚊に刺されたようなもんだろ」観客が笑っている。

だが弓使いの手が止まらない。二射、三射、四射。全部当たっている。

【412ダメージ】

【398ダメージ】

【425ダメージ】

【401ダメージ】

小さな数字が、テンポよく空中に弾けていく。

「ダメージは小さいけど、全弾命中してるな」

「盾を構えてるのに、当たってるんですか?」

「盾の上端と下端の隙間を狙っている。矢の角度が毎回微妙に違う。全部、盾で防げない角度だ」

盾職が前進する。弓使いが同じ速度で後退する。距離が変わらない。矢だけが当たり続ける。

一分経過。小さなダメージが積もっている。

【鉄城のオウガ HP:52,000→47,200】

「五千近く削ってる。蚊の一刺しが百回当たると、流石に痛いだろうな」

実況NPCが興奮気味に解説した。

「おおっと、これは! 静弦のミヤ選手、一発一発は小さいが着実にHPを削っています! 鉄城のオウガ選手、近づけない! この距離管理はお見事ですね!」

盾職が焦り始め、盾を構えて走り出した。一気に距離を詰めようとする。

【鉄城のオウガ スキル発動「 鉄壁突進(てっぺきとっしん) 」】

盾を前面に構えたまま突進するスキル。当たればノックバック+大ダメージ。

だが、弓使いが横に跳んだ。突進は直線しか進めない。躱した。

【ミス!】

盾職が壁に突っ込んだ。隙だらけだ。弓使いが、その背中に矢を三連射した。

【弱点ヒット! 1,240ダメージ!】

【弱点ヒット! 1,180ダメージ!】

【弱点ヒット! 1,310ダメージ!】

「背面は弱点だ。盾の防御が効かない」

観客が沸き始めた。風向きが変わっている。

「弓使い、やるじゃん!」

「もしかして、勝てるのか!?」

「俺、弓に500賭けてるんだよ! 倍率5.6だぞ! 頼む!」

制限時間が迫っている。盾職のHPがじわじわ削れて、残り僅か。弓使いはほぼ無傷。

残り十秒。盾職が最後の突進を仕掛けた。弓使いがバックステップで躱して、空中から矢を放った。

【静弦のミヤ スキル発動「 天弓・落星(てんきゅう・らくせい) 」】

空中で弓を引いた。矢が光った。真上から落ちてくる矢。盾では防げない角度。

当たった。

【クリティカルヒット! 4,820ダメージ!】

【鉄城のオウガ HP:0】

【勝者:静弦のミヤ!】

闘技場が爆発した。

三千人の絶叫。ホログラムに「UPSET!」の文字が巨大に表示された。金色の紙吹雪。実況NPCが叫んでいる。

「大番狂わせです!! レベル差18を覆しました! 静弦のミヤ選手! 一度も被弾することなく、鉄城のオウガ選手を撃破! パーフェクト・ゲーム!!」

【観客賭技結果】

【青(弓使い)的中者に倍率5.6の配当が支払われました】

「倍率5.6! 500賭けたやつは2,800枚だぞ!」

「うそだろ、俺盾に1,000賭けて全部飛んだ……」

「弓使いに賭けてたやつ、先見の明があるな」

「いやいや、ただのギャンブラーだろ」

セレスも目を光らせて飛び跳ねている。

「かった! ゆみのひと、かった! さいごのやが、ばーんって!」

「天弓・落星か。上から撃つ弓の大技だな」

「トワとおなじだね。れべるがひくくても、つよいの」

「俺と同じかはわからないが、考え方は近いかもしれないな」

Cリングで変わった対戦が始まった。実況NPCが声を張り上げている。

「さあ本日の特別マッチ! 生産職限定トーナメント、準決勝です!」

【Cリング 生産職限定トーナメント・準決勝】

【赤コーナー:「溶鉄のドマル」鍛冶師 Lv65 武器:鍛造ハンマー】

【青コーナー:「七味のリンカ」料理人 Lv58 武器:牛刀包丁】

【※生産職限定トーナメントでは、生産スキルの戦闘転用が許可されています】

「生産職限定トーナメント!?」

「鍛冶師と料理人が戦うのか!?」

「生産スキルの戦闘転用が許可って……いったい、何が起きるんだ」

観客席の困惑もそのままに、ゴングが鳴った。

鍛冶師がハンマーを振りかぶった。鍛造用の大ハンマー。武器ではなく道具だが、重い。

【溶鉄のドマル 生産スキル転用「 鍛打(たんだ) 」→攻撃判定に変換】

ハンマーが振り下ろされた。床に衝撃波が走った。

【2,840ダメージ!(範囲攻撃)】

「ハンマーで衝撃波を!? 鍛冶スキルの鍛打を攻撃に転用してるぞ!」

料理人が包丁で受け止めた。料理用の牛刀包丁。切れ味はあるが、ハンマーの重さに押されている。

【七味のリンカ 生産スキル転用「三枚おろし」→連続斬撃に変換】

「三枚おろし!? 料理スキルが、攻撃に!?」

包丁が三連撃、魚を捌く動作そのままで振るわれるが、対象は鍛冶師だ。

【1,420ダメージ!】

【1,380ダメージ!】

【1,510ダメージ!】

観客がどっと笑った。ダメージ表示の横に、魚のエフェクトが飛んでいる。三枚おろしのスキルだから、魚が出る。

「魚のエフェクト出てるんですけど!」

「生産スキルの演出がそのまま出てるんだ。面白いな」

鍛冶師がよろめいたが、反撃に出る。ハンマーを横に振った。

【溶鉄のドマル 生産スキル転用「焼入れ」→ハンマーに火属性を付与】

ハンマーが赤熱した。火を纏ったハンマーが横薙ぎに振られる。

【火属性攻撃! 3,200ダメージ!(炎上付与)】

料理人が吹き飛んだ。腕に炎が残っている。炎上デバフ。

【七味のリンカに「炎上」が付与されました(毎秒200ダメージ・10秒間)】

だが料理人が懐から何かを取り出した。味噌汁だ。

【七味のリンカ 生産スキル転用「おふくろの味」→HP回復+全デバフ解除】

味噌汁を一気に飲んだ。炎上が消えた。HPが回復した。

観客席が爆笑に包まれた。

「味噌汁でデバフ解除!?」

「おふくろの味は万能か!」

「料理人つえー!」

実況NPCも笑いを堪えきれていない。

「七味のリンカ選手、戦闘中に味噌汁で回復! おふくろの味は、最強のデバフ解除スキルです!」

鍛冶師が「ずるくない?」と叫んでいる。

「反則じゃないのか、これ」

「生産スキルの戦闘転用が許可されてるから、自分の料理で回復するのもスキルの一部ですね。審判は止めてないです」

料理人がHP全快で復帰した。

そこから先は持久戦になった。鍛冶師がハンマーを振るたびにスタミナが削れていく。重い武器の宿命だ。料理人はダメージを受けるたびに自作の料理で回復する。おにぎり、卵焼き、果ては焼き魚まで。戦闘中に完全な定食が展開されていく。

「もう宴会だろこれ」観客が野次を飛ばしている。

「闘技場で料理を並べるな!」

「いや、最高だろ! もっとやれ!」

最終的に、鍛冶師のスタミナが切れた。ハンマーを持ち上げられなくなった。料理人が最後の一撃を包丁で入れて、勝負が決まった。

【勝者:七味のリンカ!】

【七味のリンカ選手、生産職限定トーナメント決勝進出!】

観客席がスタンディングオベーション。料理人がお辞儀をしている。足元にはおにぎりの食べかすが散乱している。

「料理人が鍛冶師に勝った。常世島の闘技場、とんでもないな」

セレスが興奮冷めやらぬ様子だ。

「タマキ! タマキもでれる! おくすりたべて、たたかえるよ!」

「わたしは戦いませんよ。薬師は後方支援です」

「でも、りょうりにん、かったよ? タマキも、かてる!」

「料理人と薬師は違いますよ。わたしの薬は飲んだら回復するけど、投げたら毒だよ!?」

「じゃあなげればいい」

「投げません!」

帰ろうかと思った時、闘技場全体に鐘の音が響いた。

ホログラムが切り替わった。三つのリング全ての上空に、同じ告知が浮かび上がる。

【闘技宮・特別イベント告知】

【明日開催:「飛び入り自由枠」】

【レベル制限なし・対価設定なし・賭技ルール適用外】

【どなたでも参加可能。勝敗による没収はありません】

【腕試しをしたい全てのプレイヤーに開放します】

【※観客賭技は通常通り受け付けます】

対価設定なし。没収なし。レベル制限なし。

観客席がざわめいた。

「飛び入り自由枠だって!」

「没収なしなら安心して出られるな!」

「レベル制限なしって、Lv90の猛者が来たらどうすんだ」

「来るだろ、絶対来る。あのランカー連中が黙ってるわけない」

トワは告知を見上げていた。対価設定なし。つまり、賭けるものがなくても参加できる。

「トワ。でれるよ? レベルせいげんなし、って」

セレスが見上げている。

「ああ。出られるな」

「でる?」

「……明日考える」

「でたらいいのに。トワ、つよいのに」

生産職トーナメントを見ていたプレイヤーたちが、席を立ちながら話している。大半はトワのことを知らない。島に来たばかりの一般プレイヤーだ。

だが、その中の一人が足を止めた。トワの肩にいるセレスを見て、目を見開いた。

「おい……あれ」

「何だよ」

「肩に精霊が乗ってる。小さい鹿の角の」

「セレスティアじゃん。ってことは、あの人……」

「トワだ――トワがいるぞ!」

声が広がった。観客席の一角がざわつき始めた。

「トワ? あのLv1の?」

「マジだ。足元に光の足跡が残ってる」

「トワが闘技宮にいるぞ!」

「明日の飛び入り枠、出るのか!?」

「Lv1が闘技場に出るのか!?」

「出てくれ! 見たい!」

声が大きくなっていく。周囲のプレイヤーがこちらを見ている。

トワは黙って歩き出した。出口に向かう。背後から声が追いかけてくる。

「トワさん、明日出るんですか!」

「出てくださいよ!」

「Lv1の戦いが見たい!」

そんな群集たちの声も構わず、トワは闘技場を後にしようとしていた。別に自分は、戦うためにここに来たわけじゃ無い身体。

しかし出口の手前で、ゼクスが壁にもたれて立っていた。観客席の最上段から降りてきたらしい。腕を組んで、トワを見ている。

「ゼクス、来ていたのか」

「闘技場は、俺の本領だからな。トワが来ているとは思わなかったが……見たか、あの告知を」

「ああ」

「出るのか?」

「……わからない。戦う目的で来たわけじゃなかったからな」

「わからない、か。お前にしては珍しい答えだな」

ゼクスが壁から背を離した。

「俺も明日出る。十八戦分を見て、傾向は掴んだ。もしお前も出るなら、リングの上で会えるかもしれないな」

「一般参加枠とは、流石に別枠だろう」

「それもそうか。とにかく、明日、期待しているぞ」

ゼクスが闘技宮の奥に消えていった。

外に出た。夕焼けの空。セレスが肩の上で、じっとトワを見つめていた。

「トワ。でたいんでしょ」

「なぜわかるんだ?」

「セレスは、トワのこと、なんでもわかる。めが、きらきらしてた。さっきの、ゆみのひとをみてたとき」

「……」

「たたかいたいなら、たたかっていいんだよ。セレスが、おーえんする」

「ああ……そうだな。見ているのも面白いが、実際にやってみた方が、面白い」

トワは空を見上げた。

明日。

闘技宮。飛び入り自由枠。レベル制限なし。対価なし。

久しぶりに、少しだけ心臓が速い。