軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レイドボスvs【原初の観測者】

この日、BCOは未曾有の危機に陥っていた。

【——警告——】

【原初の観測者が根の天蓋を突破しました】

【原初の世界全域に影響が拡大しています】

【原初の観測者の能力「 確定視(かくていし) 」が検出されました】

【確定視:視界内の全対象の行動を強制停止させる】

【対抗手段を模索してください】

【——警告——】

【BCO全域のプレイヤーに行動制限が発生しています】

【原因:原初の観測者の確定視が世界全体に及んでいます】

警告が流れる中で、ハルは実況スレに書き込み続けていた。

するとプレイヤーたちが、名前を呼び始めた。自分の武器の名前。ペットの名前。ギルドの名前。家の名前。名前をつけたもの全て。

名前が呼ばれるたびに、あの視線の圧力が僅かに弱まる。一人分では微力。でも千人が呼べば千の力になる。一万人が呼べば一万の力になる。

花の台地ではプレイヤーたちが叫んでいた。身体が重い中で、声だけを振り絞って。

「俺の剣、 覇天(はてん) !」

「盾の名前、 鉄壁(てっぺき) !」

「ギルド〈蒼天の翼〉!」

「ギルド〈白霧の進軍〉!」

レクトが釣り竿を天に向けた。

「 翠風(すいふう) !」

レクトの釣り竿が光った。足元が軽くなった、動ける。

「〈白霧の進軍〉全員! 名前を呼べ! 自分の装備の名前を! 何でもいい!」

〈白霧の進軍〉の十五人が一斉に名前を叫んだ。全員の足元が光った。身体の重さが消えている。あの視線に耐えている。

ゼクスが影から現れた。

「トワ。確定視の強みは、視線だ。視線を遮れば効かない。俺の影と、ルーナの影で、戦闘エリアに影の壁を作る。……やれるか?」

「やれるかどうかじゃない、やるんだ。――ルーナ」

ルーナが影を広げて、ゼクスの影と合流した。二つの影が合わさって、巨大な影の壁になった。原初の観測者と花の台地の間に、影のカーテンが立ち上がった。

影の壁の内側に入ったプレイヤーたちから、確定視が消えた。身体が軽くなる……動ける。

「プレイヤーたちが動いてる……影の壁が効いてるようだな」

「でも、ずっとは持たない」

ルーナの声が影の中から聞こえた。

「あの目の視線……強すぎる。影が少しずつ削られてる」

「どのくらい持つんだ」

「十分。それが限界」

十分。十分で全てを終わらせなければならない。

原初の観測者が動き出した。

本体から分裂した小さな目たちが、BCO全域に散らばっていく。

直径三十センチほどの金色の目が、数万体。

【——警告——】

【原初の観測者の形態が変化しています】

【新たな能力「 分裂視(ぶんれつし) 」が検出されました】

【分裂視:本体から分離した小型個体が、個別に確定視を行使します】

【小型個体数:推定数万体】

分裂視。本体が分裂した小さな観測者たちは、個別にプレイヤーを狙っている。

「分裂した体……か」

「小さいが、一つ一つ《確定視》の力を持ってる! 見つめられたら、動けなくなるぞ!」

ゼクスが影の壁から飛び出した。

《確定視》は、分裂体から直視されなければ効果が及ばない。

つまり、死角からの強襲を得手とする暗殺者の影潜りは、この瞳共に対する特攻スキル。

「まったく、つくづく気持ちの悪い敵だな!」

ゼクスが短剣で斬った。

【弱点クリティカルダメージ:18,300!】

分裂体の耐久値は低いらしく、一撃で消滅した。

一体、二体、三体……ゼクスが影を渡りながら、分裂した目を片付けていく。

「処理自体はできるようだが……ゼクス一人じゃ追いつかない。数が多すぎる」

セレスが角を光らせた。

既に【覚醒形態】になっており、戦闘準備は整っている。

「トワ。月光で小さい目をおびきよせる。光は、あの目にとっては気になる存在のはず」

「……そうか。見られなければ、《確定視》の効果が及ばない。光で目を眩ませられるのなら、セレスを野放しにはできなくなる……だが、おびき寄せてどうするつもりだ」

「メブキ」

分裂体がセレスに集まってきたその時、メブキの双葉から蔦が伸びた。集まった分裂体を、蔦で一気に絡め取る。

――目が砕けた。二十体以上の分裂体が、一度に。

「こっちは任せて。先輩と後輩が何とかするから」

セレスが胸を張り、メブキがくるくる。

まだまだ分裂体の数は多いが、手分けをすれば何とかなる……。

希望は見えた。

本体の原初の観測者は、天蓋の上に浮かんでいる。

分裂した目を処理しても、本体が健在なら意味がない。本体の《確定視》は今も世界全体に及んでいる。影の壁とアストレアの結界で局所的に防いでいるだけじゃダメだ。

根本的な対策は——あの目を、どうやって倒すことができるのかだ。

「片鱗モード」

トワは見聞録を切り替えた。

原初の観測者の内部構造を把握する……見えた。

あのでかい目の内側には……核などの分かりやすい弱点がない。

身体には弱点がないなら、いったいどこがあるのか?

「そう言えば、今回のギミック……名前に影響があるようだが。名前……そうか、名前か」

トワはある考えに思い至った。

今回のレイドボスでは、プレイヤーが名前を呼んだ場所、名前を呼ばれた存在の周辺、そこだけに原初の観測者の《確定視》が弱くなるギミックがある。

名前がある場所には、《確定視》が届かない。

それは、なぜか。

――五秒。もう少しだけ見る。

原初の観測者の確定視は「観測して固定する」力だ。見ることで対象の存在を確定させ、縛りつける。だが——名前がある存在は、既に「固定されている」。観測されなくても、名前があるだけで存在が確定している。

既に固定されている存在を、二重に固定することはできない。

だから名前がある場所には、《確定視》が効かない。

七秒。視界が砂嵐になり始めた。戻した。

「タマキ、ひとつわかったことがある」

「何ですか、トワさん」

「あいつの力は、見ることで存在を固定する力だ。だが、名前がついているものは、見られなくても消えない。名前で既に固定されてるから、名前がある場所には、あいつの力が通らない」

「名前で……既に固定されている……」

「プレイヤーが名前を呼んだら身体が軽くなったと言っただろう。あれは、名前の力で自分の存在を固定したからだ。固定されている存在には、《確定視》が上書きできない」

タマキの目が光った。

「つまり——名前の力が世界中に行き渡れば、原初の観測者の《確定視》が効かなくなる。世界全体が名前で固定されれば、彼は誰も縛れなくなる」

「ああ……でも、足りないだろう」

「足りません。プレイヤーの装備やギルドの名前だけじゃ、世界全体をカバーするには——」

トワは花の台地の中央に歩いていった。原初の観測者の視線が降り注いでいる、影の壁の外。確定視の直撃領域。

「トワさん、何を……今すぐ、影の外に——!」

トワは身体が重くなったのを感じた。

だが——見聞録が光っている。一人目の旅人の力の断片。あの観測者と同じ力の欠片。同族嫌悪のように、《確定視》が見聞録の周囲だけ揺らいでいる。

完全には止まらない……動ける。遅いが、動ける。

花の台地の中央に立った。《確定視》の領域の中で、空を見上げた。

白金色の巨大な目――あの中に、一人目の旅人がいる。

名前がない存在は取り込まれる。

一人目の旅人が取り込まれたのは、 名(・) 前(・) が(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) か(・) ら(・) だ(・) 。

なら——名前をつければいい。一人目の旅人に、あの目の中にいる彼に名前をつければ、存在が固定される。固定された存在は、取り込めない。内側から引き剥がせる。

原初の観測者を倒すのではない。一人目に名前をつけて、分離させる。

「ゼクス」

影の中から声が返ってきた。

「聞こえてる」

「あの目の中まで、俺を運べるか」

「……正気か?」

「正気だ。あいつを倒す必要はない。中にいる一人目に名前をつける。名前で固定すれば引き剥がせる。目標はあの化け物を倒すことじゃなく――一人目の旅人を救うことだ」

「まさか……名前をつけに行くのか。百メートルの目の中に」

「ああ」

三秒の沈黙。

「やってやる。——ダリオ、少しだけあいつの気を引きつけろ!」

「了解! ――マリドゥス、万獣! 同時に吠えろ!」

二頭の咆哮が重なった。

世界が震えるほどの轟音――その圧倒的音圧に、原初の観測者が視線を向ける。

注意が逸れ、《確定視》が一瞬ブレた。

その瞬間、ゼクスがトワを影に引きずり込んだ。