作品タイトル不明
十五の名前
十五日目。
最後の一つをどこで見つけるか、決めていなかった。急ぐ必要はない、見つかる時に見つかると昨日言ったばかりだ。
だから、普通に歩いていた。
集落から始まりの道を通って、金色の草原を横切って、いつも通りの探索だ。
見つけたのは、始まりの道の分岐点だった。
あのベンチの下に、苔が生えていた。
白い苔。石のベンチの脚にびっしりと。踏むと、ふわふわしている。
空気を含んでいて、クッションみたいな感触だ。
「この苔、前からありましたっけ」
「どうだろう……分岐点には何回も来てるが、ベンチの下は見てなかったな」
しゃがんで見聞録でスキャンした。苔は生きていて、ゆっくり呼吸している。
ずっと、このベンチを守ってきた苔。「また会おう」という言葉を刻まれたベンチが風化しなかったのは、この苔がずっと石を守っていたから……かもしれない。
【名前のない苔:分析率100%】
分析率が一瞬で100%になった。
つけるべき名前は……ずっと、同じ場所を守り続けた苔。じっと動かず、風化を防いで、このベンチを守ってきた。
旅人が帰ってくるのを待っている場所を、守り続けた。
「…… 守苔(もりごけ) 」
【 守苔(もりごけ) 】
【命名が完了しました!】
【命名者:トワ】
【性質が確定しました:接触した物体の風化を完全に防ぎます。永続的な保護効果】
【命名数が15に到達しました!】
そのシステムメッセージが表示された瞬間――異変が起きた。
足元から、草原から、山から、湖から、森から、空から、原初の世界の全てが、一斉に震え出す。
「地震ですか……!?」
「いや……違う。これは——」
トワのカバンの中で、名前の石板が光った。
取り出すと、十五個の名前が全て光っている。
渡空魚、写空花、原初獣、マル、大きい木、原初水、ナギ、虹翅蝶、瑠璃灯虫、精泉水、万獣、星の根、硝子蛙、星見の雫、守苔。
十五の名前が円を描くように並んで、光の輪を作った。
【——名前の力が集まりました——】
昨日見つけた石碑が、ここからでも見えた。
北西の方角で、白い光の柱が空に向かって伸びている。
「石碑が反応してる……! 行きましょう!」
走った。金色の草原を横切って。万獣が目を覚まして頭を上げた。渡空魚が全員ついてきた。
そして、石碑の前に着いた。
白い石碑は強烈に光っていた。表面の模様——命名した全ての生き物の模様が、一斉に動いている。渡空魚が泳ぎ、虹翅蝶が羽ばたき、硝子蛙が跳ねている。石に刻まれた模様が、生きているように動いている。
石碑に手を当てた。
今度は反応した。
◇
映像が流れた。
記憶の碑と同じ追体験だが、今回はもっと鮮明だった。
原初の世界で、二人の旅人が歩いている。
杖の旅人と素足の旅人……二人の足跡から生き物が生まれている。
蝶が飛び、魚が泳ぎ、花が咲き、鳥が飛ぶ。
二人の足跡が世界を作っていく。
そして——分岐点。
一人が右の道に行った。暗い方に――「全部見たい」と言って。
もう一人が立ち尽くしている。
素足の旅人……手を伸ばしたが、届かなかった。
「帰ってくる。必ず、帰ってくるからな」
杖の旅人の声が遠ざかっていく。
「ああ……待ってるさ。いつまでも、ずっと」
素足の旅人が、ベンチに座った。座って、待った。
一日……十日……百日……千年。
待ち続けた。ベンチの石がすり減るほど座り続けた。待つ場所が壊れないように苔がベンチを守った。
そして、素足の旅人は立ち上がった。
ベンチを離れた。待つ場所を変えた。もっと多くの旅人が通る場所へ。いつか、杖の旅人と同じように「全部を見たい」と言う旅人が来るかもしれない。その旅人が、あの穴の向こうに行って、帰ってきてくれるかもしれない。
素足の旅人は歩いた。原初の世界を出て、深淵を越えて、地上の世界に出て。
始まりの町に扉を作った。旅人にだけ見える扉を。
そこで座って、待ち始めた。
◇
映像が終わった。
手を石碑から離した。
グランだ。
確信した、もう推測じゃない。素足の旅人が始まりの町に扉を作って、座って待っている。
それは、グランだ。
「トワさん……今の……」
「見たか」
「見ました、全部。……グランさんですよね、あの人」
「ああ。グランが二人目の旅人だ」
石碑が光り続けている。表面に新しい文字が浮かんでいた。
【十五の名前が集まりました】
【原初の世界の記憶が開示されます】
【——この世界はかつて一つでした——】
【二人の旅人が歩き、名前をつけ、世界を作りました】
【一人が見えない場所を見に行き、世界は三つに分かれました】
【一人は深淵の底にいます。まだ見続けています。帰ってきていません】
【——旅人トワへ——】
【あなたは三人目の旅人です】
【十五の名前を集めた者に、世界は願いを託します】
【メインクエストが発生しました】
【「一人目の旅人を見つけ、帰還させてください」】
【一人目の旅人は深淵の底——世界の根にいます】
【世界の根へのアクセスには、原初の穴の封印全解除と、精霊の記憶の完全覚醒が必要です】
【原初の世界 探索進捗が更新されました】
【メインクエスト:一人目の旅人の帰還】
【エリア踏破率:5/7】
【精霊の記憶覚醒:3/7】
【穴の封印:1/4 解除(フィールドボス鎮静による解除)】
「メインクエスト……」
タマキが画面を見つめている。
「一人目の旅人を見つけて、帰還させる。それが……わたしたちの目標ですね」
「ああ……そうなるな」
「グランさんが待ってるんですよね。始まりの町で……千年以上」
「千年どころじゃないかもしれない。世界が分かれてから、ずっとだ」
セレスが肩の上で静かにしていた。角が点滅している。
「トワ、トワ」
「どうした、セレス」
「あのひと……すあしのひと。ずっとまってたひと。セレスをみて、わらってたひと」
「……泉で、セレスが生まれた時に見ていた人か」
「うん。あのひとが、グラン。セレスがうまれたのをみて、わらってくれたのは、グランだった」
セレスの角から、涙みたいな光の粒がこぼれた。
「グランは、ずっとまってる。セレスがうまれたときから。もっとまえから、ずっとずっと」
「ああ……だから俺たちが行く。一人目を見つけて、連れて帰る」
「つれてかえる。グランのところに」
「そうだ」
ルーナが影の中から声を出した。
「わたしも行く。……あの穴の先は暗い。深淵よりも暗いかもしれない。でも、暗いところはわたしの場所だから」
「ああ、頼りにしてる」
タマキが鞄の紐を握り直した。硝子蛙がけろっと鳴いた。
「準備、しましょう。エリアの踏破と、精霊の記憶の覚醒。やることが見えましたね」
「ああ、その二つを達成しよう」
石碑の光が収まっていった。十五の名前が石碑に刻まれている。トワとタマキが原初の世界に刻んだ名前。
渡空魚が十二匹になっていた。石碑のイベントを見届けに来た新しい一匹が加わったらしい。
ぱたぱた。
「また増えたぞ」
「また増えましたね」
「もう数えるのやめようか」
「でも、かわいいですよ」
「かわいいものは数えるのか?」
「はい、その方が……笑顔になれるので」
「だったらまあ……数えるか」
「はい、数えましょう」
万獣が遠くから吠えた。自分たちへの応援なのか、あくびなのかはわからない。
メインクエスト……一人目の旅人の帰還。
あと踏破するエリアが二つ。覚醒する精霊の記憶が四つ。穴の封印が三つ。
やることは山ほどある。でも、やることが見えている。
それだけで足が軽くなる。