軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

打ち上げ

日曜日。

深淵レイドの打ち上げをやろう、という話が出たのは二週間前だった。言い出したのはダリオ。「海の男は陸でも宴をやる」とかいう意味不明な理由だった。

トワとしても原初の世界で目標が見えたいま、特に急ぐ理由はない。

二つ返事で承諾した。

場所は駅前の居酒屋、個室。八人分の席を予約してある。

本来なら深淵レイドに参加した二百人全員でやるべき打ち上げだが、リアルでの大規模オフ会は調整が大変すぎる。「まずは身内だけで」ということで、当時のメンバーに絞った。大規模オフ会は蓮が幹事をやると言っていたが、まだ日程が決まっていない。幹事が面倒で先延ばしにしているのは全員わかっている。

冬夜が店に着いた時、もう半分が来ていた。

「遅い」

蓮が生ビールを飲んでいた。もう飲み始めている。幼馴染にして〈黄金の燐光〉ギルドマスター・オーレンだが、現実では岡野蓮だ。

「俺は時間通りだ、お前が早いだけだろう」

「酒は早く飲み始めた方がうまい。真理だぞ、これは」

「お前……深淵レイドには来てなかったよな」

「来てない、ゼミの発表とかぶった。……でも、フォーラムで全部見てたぞ。お前が龍の中に飛び込んだ時、ゼミの教室で声出そうになった」

「声は出すなよ」

「出してない。腹の中で叫んだだけだ」

「なんだそれは」

「気持ちの問題だよ、トワ――いや、冬夜」

隣にはゼクスがいた。ゲームの中では影潜りの暗殺者。現実では……黒いパーカーにジーンズの、普通の青年。

「よう」

「ゼクス、久しぶりだな」

会話が短いのは、ゲームの中と同じだ。無駄に喋らない二人が並んで座ると、周囲の気温が二度くらい下がる。蓮が「お前ら隣同士に座るなよ、空気が冷える」と文句を言った。

次にアストレアが来た。

「あ、あの……遅れてすみません」

「いや時間通りだ」

「アストレアさん、やっぱりゲームの中と全然違いますね」蓮が笑った。

「う……よく言われます。ゲームの中だと、なんか……勝手に声が出るんです。『矜持にかけて』とか、普段絶対言わないのに」

「VRの力は偉大だな」ゼクスが言った。

そして、ハルが来た。

「師匠! いえ、えっと……久坂さん!」

「師匠じゃないし、久坂でいい」

「久坂さん! 今日は、記録していいですか!」

「打ち上げの記録を取ってどうするんだ」

「ふっふっふ……思い出は記録するものですよ」

「そうなのか」

「そうですよ」

ハルは現実でも記録者になりつつある……筋金入りだ。

次に見えたのは、ダリオ。オフ会は初参加だが、声を掛けたら快く承諾してくれた。

ゲームの中では海の男で、航海士をやっているが――現実では……いや、現実でもでかかった。ゲーム内のガタイそのまま。いや、それ以上にでかい。身長190センチはある。声もでかい。

「おーーー! みんな来てるか! 宴の始まりだーーー!」

「おいダリオ、声がでかい。居酒屋だぞ」

「居酒屋は、声がでかくていい場所だろう!」

「……確かに」

妙に説得力があって、いまいち反論できなかった。

ヴェノムが最後に来た。

「すまん、仕事が押した。……お、もう始まってるのか」

「いや、ダリオが勝手に始めた」

「ダリオは空気を読まない代わりに、場を温めるのだけは天才的だな」

みんながわいわいがやがやと会話している中。

宮瀬は冬夜の隣で、大人しく茶を飲んでいる。

「久坂くん、今日はいつもより遅かったね」

「そうか? 約束の時間の範囲内だと思うが……」

「ふふっ……そういうことにしておいてあげる」

冬夜は気恥ずかしそうに顔を逸らした。

実は今日、冬夜は服装に髪型にと、いつもよりおしゃれしてきている。人前ではおしゃれをするという習慣が既に身につきつつある。

それがタマキの影響であることは、言うまでもない。

「宮瀬さん、久しぶりだな」

「蓮くん、もう飲んでるの?」

「早い方が酒もうまいからな」

「それ、さっきも聞いたぞ」冬夜が言った。

「あれ、そうだっけ?」

「おいおい、もう酔っ払っているのか……」

「こまけえことは気にすんなよ! ほれ、冬夜もいっぱい!」

「いや……俺は飲まない主義だからな」

「言うと思った。ちなみに、これはただのウーロン茶な!」

冬夜は、ようやくいま自分がからかわれていることに気づいた。

「……相変わらずだな、蓮」

「ああ、相変わらずだよ、冬夜も」

「お互いさまか」

「お互いさまだな」

乾杯した。

冬夜はウーロン茶、蓮がビール、ダリオが日本酒、ゼクスがハイボール、アストレアがカシスオレンジ、ハルがジンジャーエール、ヴェノムがビール、宮瀬がカルーアミルク。

「深淵レイド、お疲れ様でした!」ハルが音頭を取った。

『お疲れさま、乾杯!』

グラスがぶつかる音。居酒屋のざわめき。ゲームの中の酒場と似ているようで全然違う。こっちには、現実世界特有の匂いがある。揚げ物の匂い……ビールの匂い、人の体温。

「しかし、あれだな」蓮が枝豆を摘みながら言った。「深淵レイド、ガチで死ぬかと思ったわ」

「いや……お前は、あの場にいなかっただろう」

「そうだよ! 冬夜と一緒にいけなかったら、俺は野良を混ぜてギルドで行ったんだよ! 超しんどかったんだからな、ほんとに!」

蓮が恨めしそうにしているが、冬夜は知らない振りをした。

「後方にいても、龍の咆哮で浸蝕度が跳ね上がるんだよ。あれ、全体攻撃だったからな」

「始まりの大盾のバフがなかったら、俺たちも全滅してた」ヴェノムが言った。「あれだけのアイテムを持ってて、最適な装備を取り出すのは……すごい判断だった」

「判断っていうか、あの場面ではあれしかなかった」冬夜はウーロン茶を飲んだ。

「そういうところだ」ゼクスが言った。「あの場面ではあれしかない、って即座に出てくるのが、お前のすごさだ。俺たちには無理だ」

「ゼクスにも無理なことあるのか」ダリオが笑った。

「ある。タンクの真正面に飛び込むのは俺の仕事じゃない。俺は影から刺す方が得意だ」

「影から刺す暗殺者が居酒屋でハイボール飲んでるの、ギャップがすごいな」蓮が言った。

「暗殺者も酒は飲むぞ」

「現実世界で影潜りしたら犯罪だぞ」

「しない。それは、ただの不審者だろ」

「不審で済めばいいけどな……」

「偏見ですけど、MMOで暗殺者をやってる人って、なんだか怪しい人が多そうですよね」

「おいお前ら、何か言いたいことがあるのなら聞こうじゃないか」

アストレアがふふっと笑った。ゲーム内では見せない笑い方だった。

「あの、久坂さん」

「何だ?」

「龍の核に飛び込んだ時……怖くなかったですか」

「少し怖かった」

「少しだけ……ですか」

「星巡りの靴で足跡を残したから帰れるとは思ってた。でも、五秒しかなかったから、考える時間はなかった」

「五秒で龍の中に飛び込んで、記憶を流し込んで、アルヴァを起こして帰ってきた。五秒で」ヴェノムが指を五本立てた。「俺なら五秒で靴紐も結べないのに」

「靴紐は、五秒あれば結べるだろう」

「結べない。不器用だから」

「それは……なんか、すまん」

ダリオが日本酒を追加注文しながら叫んだ。

「マリドゥスが深淵で泳げた時は感動したぞ! 水がないのに泳げたからな! 俺の頭の中が海だから泳げるって、あれ最高だったな!」

「自分で言うな」と、冬夜。

「ダリオ……お前の頭の中が海っていうのは……褒めてるのかどうか、微妙だぞ」蓮がツッコんだ。

「褒め言葉だ! 海の男の頭は常に海なんだ!」

「うるさい。声のボリュームを半分にしてくれ」

「半分にしたら、マリドゥスの咆哮が出せないだろう!」

「居酒屋でマリドゥスの咆哮は聞こえなくていい」

ハルが手帳にメモを取っている。打ち上げの会話を記録しているらしい。本当に筋金入りだ。

「ハル。それ、フォーラムに上げるなよ」

「上げませんよ、個人の記録です! ……でも、いいオフ会レポになりそうだなあ、と」

「上げるなって言ったろ」

「上げません! ……たぶん!」

「たぶん、が不安だ」

二時間が過ぎた。

話題はゲームの話から現実の話に移って、またゲームの話に戻って、を何度も繰り返した。それでも、不思議と話が途切れない。

一年、二年と一緒に歩いてきた仲間だから。

「なあ、トワ」ヴェノムが言った。「原初の世界、楽しいか」

「楽しいな」

「深淵よりもか?」

「深淵は楽しいっていうより……終わった時にほっとした。原初の世界は、素直に楽しい」

「二人で行ってるんだもんな」ヴェノムが宮瀬の方を見た。「本当に、いいコンビだよ」

「ありがとうございます」宮瀬が笑った。「わたしがいないと薬が作れないので、必要不可欠です」

「自分で言うか」冬夜が言った。

「本当のことですから」

「でも、確かにタマキさんがいなかったら、フィールドボスも倒せなかったんだろ」

ヴェノムが言った。

「倒してないぞ、名前つけて鎮めただけだ」

「倒す必要がないからか?」

「ああ」

「本当に、お前らしいよ」

ゼクスが席を立った。トイレに行くのかと思ったら、冬夜の隣に座り直した。

「一つ、聞いていいか」

「何だ?」

「原初の世界のメインクエスト。一人目の旅人を見つけて帰還させるってやつ。……一人で行く気か」

「一人じゃない。タマキと行く」

「それを聞いて、安心した。旅は、一人じゃない方が良いからな。俺も今回は、久しぶりにギルドで活動するつもりだ」

「ああ……ゼクスたちとは、しばらく別行動になってしまうだろう。でも、お前たちもやることがある。集落にはレクトのギルドもいるし、一緒に発展させてくれ。命名も、俺とタマキだけじゃ足りない」

「いや、そうじゃなくてだな」

ゼクスが冬夜の目を見た。

「俺はお前の影にいると言っただろう。深淵でも、原初でも、呼ばれたら行く。それだけ言いたかった」

「……ああ。覚えておく」

「覚えておけ、旅は孤独なものじゃないからな」

ゼクスが元の席に戻った。蓮が「何話してたんだ」と聞いたが、ゼクスは「秘密だ」とだけ答えた。

アストレアが眠そうにしている。カシスオレンジ二杯で限界らしい。ダリオはまだ絶好調で日本酒を飲んでいる。ハルは手帳がもう三ページ埋まっている。

「そろそろ帰るか」ヴェノムが時計を見た。「明日も仕事だ」

「社会人は大変だな」蓮が言った。

「大変だけど、BCOがあるから続けられてる。……お前らと遊ぶのが、俺の生きがいなんだよ」

酔ったヴェノムは面倒くさいが、嘘は言わない。

会計を済ませて、店を出た。駅前の夜風が冷たい。

「じゃあな。またゲームの中で」

「ああ……またな」

それぞれの方向に消えていく。ゼクスが影のようにいなくなった。現実でも影潜りみたいな消え方をする男だった。ダリオが駅前で「うおーーー!」と叫んで蓮に怒られていた。アストレアが小走りで改札に向かっている。ハルが手帳を抱えて走っていった。

冬夜は宮瀬と二人で歩いていた。

「久坂くん、楽しかったね」宮瀬が言った。

「ああ」

「久坂くんが『楽しかった』って顔してる。口では言ってくれないけど」

「……楽しかった」

「あ、言った」

「言っちゃ悪いか」

「悪くないよ、嬉しいもん」

そして、宮瀬とも駅の改札で別れた。

「おやすみ、久坂くん」

「ああ……おやすみ」

アパートに帰った。六畳一間。デスクの上のVRヘルメット。窓の外に星。

明日はまた原初の世界を歩く。メインクエストが待っている。一人目の旅人を見つけて、帰還させる。

でも今日は歩かない。今日は、仲間と酒を飲んだ日だ。

ゲームをしなくとも、満足感のある一日だった。