作品タイトル不明
万獣の背中
十四日目。ログインすると、フォーラムが燃えていた。
燃えていた、というのは比喩ではなく、文字通り閲覧数が爆発していた。トップページに三つのスレッドが並んでいる。
『【速報】原初の世界のフィールドボス、倒さずにクリア』
『【検証】命名による鎮静とは何か——新しい攻略概念の誕生?』
『【画像】フィールドボスの腹の上で寝る渡空魚とセレスちゃん』
三つ目のスレッドが一番伸びていた。誰が撮ったのか知らないが、万獣の腹の上でお魚と精霊が寝ている画像が拡散されている。閲覧数400万。
「トワさん、フォーラム見ました?」
「見た。誰が撮ったんだ、あの写真……」
「たぶん遠くから望遠で。……かわいく撮れてますよ、セレスちゃん」
「セレスに肖像権はあるのか?」
「精霊に肖像権はないと思います」
原初の世界に転送し、万獣のところに向かった。北に三キロ、昨日と同じ場所へ。
そこに……いた。
銀狼はまだ寝ていた。岩場に横たわって、腹を上に向けて寝ている。完全に犬の寝方だった。フィールドボスの威厳はどこに行ったのか。
渡空魚たちは、万獣の背中の上で泳いでいた。背中を泳ぎ場にしている。万獣も気にしていない。
「おはよう」
万獣が片目を開けて、トワを見た。
尻尾が地面を叩いた。どすん。どすん。
「起きたか、でかいくしゃみはやめてくれよ。昨日、渡空魚が三匹吹っ飛んだぞ」
万獣が鼻を鳴らした。ふん、と。反省しているのかしていないのかわからない。
セレスが万獣の頭に飛んでいった。角をぺたぺた触っている。万獣がくすぐったそうに耳を動かした。
「トワさん。万獣に友好度の表示が出てますよ」
【万獣との友好度:12/100】
「12か。命名ボーナスで初期値が高いな」
「友好度を上げると、どうなるんですかね」
「マルの時は隠し部屋が開いた。万獣なら、もっと大きいことが起きるかもしれない」
万獣の背中に登ってみた。……毛並みが柔らかい。背中の上に立つと、周囲が見渡せる。
高い。展望台ほどではないが、周辺の地形が一望できる。
「トワさん、ここからだと白い草原の全体が見えますね。……あ! あそこにまだ歩いてないエリアがあります」
「北西か、草原の端に何か光ってるな」
「光……建物ですかね」
「降りて見に行こう」
万獣の背中を滑り降りた。万獣が顔を上げて、トワたちを見ている。
「行ってくる。ここで待ってろ」
万獣が尻尾を一回振った。了解、という意味だろう。たぶん。
◇
北西に歩いた。白い草原を踏み渡ること、およそ二十分。
光っていたのは――建物ではなかった。石だ。白い石が、地面から突き出している。
高さ二メートルほど。表面が滑らかで、光を反射している。
石の表面に模様が刻まれている。……見覚えのある模様だ。
渡空魚の模様、翅の渦巻き、蝶の翅、虫の甲羅。
全ての命名した生き物の模様が一つの石に集まっている。
「これは……何の石だ?」
見聞録でスキャンした。
【名前のない石碑:分析率0%】
「石碑、ですかね。でも、今まで見た記憶の碑とは違いますね」
「命名した生き物の模様が刻まれている。命名に関係する石だろう」
石碑に手を当てた。
……何も起きなかった。
「反応しない」
「条件があるんじゃないですか。命名数とか」
「名前の石板を確認する」
石板を開いた。
【命名数:12/15 条件未達】
「やっぱり、あと三つ足りない」
「十五になったら、この石碑が反応するんですね」
「たぶんな。場所は覚えた、命名数を十五にしてからまた来る」
石碑の周囲を歩いた。白い草原の中に、まだ名前のない生き物がいた。
地面を這っている光る蔦。植物だ。白い草原の地面を覆うように広がっている。踏むと、ちりん、と結晶の森と同じ音がする。
「この蔦、結晶の森の木と同じ素材でできてますね」
タマキがしゃがんで蔦を調べている。
「でも木じゃなくて蔦、地面を這って広がる……根を出して、他の植物と繋がってる」
「ネットワークみたいなものか。地下で、繋がっていると」
「はい……もしかしたら結晶の森の木も、地下ではこの蔦で全部繋がってるのかも」
スキャンした。構造は写空花と似ているが、生態が違う。光を吸収して蓄えて、夜に発光する。蓄光性がある。
【名前のない蔦:分析率100%】
「タマキ、つけてくれ。植物はタマキの担当だ」
「はい――光を吸って蓄えて、夜に光る蔦。地下で全部繋がってる。…… 星の根(ほしのね) 」
【 星の根(ほしのね) 】
【命名が完了しました!】
【命名者:タマキ】
【性質が確定しました:蓄光性のネットワーク植物。根を通じて原初の世界全体に情報を伝達できます】
「情報を伝達……! 植物がネットワークになってるんですか?」
「原初の世界のインターネットみたいなものかもしれない」
命名数十三――あと二つ。
さらに歩いた。石碑の裏手に、小さな水たまりがあった。
水たまりの中に……カエルみたいな生き物がいた。
透明な身体で中が見える、骨格が虹色に光っている。
「かわいい……」
タマキが手を伸ばした。カエルがぴょんと跳ねてタマキの手のひらに乗った。
「人懐っこいな」
「かわいいです。骨が虹色ですよ、透明だから全部見えるんです」
スキャンした。
体長五センチ――水陸両用、毒はない。虹色の骨格は光学的な特性を持っていて、骨から虹色の光を放射できる。小さな照明装置みたいな生き物だ。
【名前のない蛙:分析率100%】
「トワさん、これもわたしが?」
「ああ、タマキの手にいるからな」
「じゃあ……透明で、骨が虹色で、光る蛙。 硝子蛙(がらすがえる) 」
【 硝子蛙(がらすがえる) 】
【命名が完了しました!】
【命名者:タマキ】
【性質が確定しました:骨格から放射される虹色光は、薬の品質を判定する指標になります。高品質な薬に近づくと強く光ります】
「薬の品質判定……! これ、調合の時にそばに置いておけば、薬の出来がわかるってことですか」
「生きた品質チェッカーだな」
硝子蛙がタマキの手のひらでけろけろ鳴いた。タマキの鞄に飛び込んだ。中に入って出てこない。
「あ、鞄に……住み着きましたね」
「タマキの新しい相棒だな」
「相棒……テンみたいなものですかね。トワさんのブーツにテンがいるみたいに、わたしの鞄に硝子蛙」
テンがブーツの上でぽわっと光った。
一回。歓迎の光だろう、たぶん。
命名数十四――あと一つ。
【命名数:14/15 あと1で特別イベントが発生します】
「あと一つ……!」
「次に名前のないものを見つけたら、十五だ」
「今日中に行けますかね」
「急ぐ必要はない。見つかる時に見つかる」
石碑の前に戻った。白い石碑が光を反射している。次に来る時は、ここが何かを教えてくれるはずだ。
万獣のところに戻った。まだ寝ていた。渡空魚が背中の上で日向ぼっこしている。セレスが万獣の耳の中に入ろうとしていた。
「セレス。耳の中に入るな」
「だって、あったかいんだもん」
「あったかくても入るな。万獣が起きたら大変なことになる」
「だいじょーぶ。ばんじゅー、やさしいから」
万獣が耳をぴくっと動かした。セレスが吹き飛ばされた。ぽーんと。
「ほら見ろ」
「……ばんじゅう、みみがびんかん」
「敏感だからやめろと言っただろう」
タマキの鞄の中でけろけろ鳴いている。硝子蛙が落ち着いたらしい。渡空魚のタマキ専用個体が、鞄の上でぱたぱたしている。魚とカエルが一緒にいる鞄。薬師の鞄としてはだいぶ異常だが、タマキは気にしていない。
あと一つの命名で、何かが変わる。
急がなくていい。歩いていれば見つかる。いつもそうだった。