作品タイトル不明
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十一日目。
命名数を増やすために、まだ歩いていないエリアを回ることにした。
名前の石板を確認した。合計七。次のイベントまであと八。
「今日はどこに行きましょう」
「鏡の湖の東岸だ、まだ歩いてない」
「了解です。あ、その前に……ナギさんにもらった薬、分析の続きをしていいですか。歩きながらやるので」
「どのくらい進んだ」
「分析率52%。でも成分が複雑すぎて、センサーじゃ読み取れない部分が多くて。自分の舌と鼻でやってます」
「薬師の五感分析か」
「はい。原初水の時と同じです。……でもこの薬、すごいですよ。五感を全部強化するって聞いてましたけど、成分を調べれば調べるほど、本当にそうなってる。目だけ、耳だけじゃなくて、全部が同時に。こんな設計ができるナギさんは、本当に……」
タマキが歩きながら瓶を振ったり傾けたり光に透かしたりしている。足元を見ていないが、トワの足跡の上を歩いているから迷わない。
鏡の湖の東岸に着いた。
昨日までは西岸と南岸しか歩いていなかった。東岸は結晶の森の裏側にあたる。
「ここ、草の色が違いますね」
銀色でも金色でもない。白い草。光を通すと虹色に透ける。結晶の森の木と同じ素材に見える。
「水晶の草原か」
草に触れると、ちりん、と鳴った。結晶の森と同じ。歩くたびに足元で音がする。
「結晶の森の延長みたいなエリアですね」
白い草原の中に、生き物がいた。
光の蝶。小さくて、手のひらサイズ。翅が虹色に光っている。
最初に見た蝶と同じ種類だ。
「この蝶、最初の日にも見た。まだ、命名してなかったな」
見聞録で手動スキャン。
蝶は敵対しない。ゆっくり飛んでいる。翅の模様を記録した。渦巻き模様。光を集めて発光している。食性は花の蜜。写空花の蜜を吸っていた。
【名前のない蝶:分析率38%】
もう少し観察した。蝶が花に止まるところ。飛び立つところ。仲間と並んで飛ぶところ。
【分析率:71%……89%……100%】
「早いですね、相変わらず」
入力した。
【 虹翅蝶(こうしちょう) 】
【命名が完了しました!】
【命名者:トワ】
【性質が確定しました:虹色の鱗粉は光学素材として使用可能。調合・鍛造の触媒になります】
「虹色の鱗粉が素材に……! タマキ、使えそうか」
「使えます! 光学素材ってことは、光の屈折を制御できる。目眩まし対策の薬がもっと高性能にできるかもしれません……!」
命名数八。あと七。
白い草原をさらに歩いた。水晶の草の間に、小さな虫がいた。
光る甲虫……テンに似ている。
「トワさん、テンの仲間ですかね」
テンがブーツの上でぽわっと光った。二回。
「二回は……確か、否定だったか」
「仲間じゃないそうですね」
でも光る甲虫には違いない。スキャンした。
体長三センチ――発光器官が腹部にある。
光の色は青白くて、夜行性……昼は草の裏に隠れている。
【分析率:100%】
【 瑠璃灯虫(るりとうちゅう) 】
【命名者:トワ】
【性質が確定しました:発光器官は照明素材として使用可能。暗所での視界を確保します】
命名数九。あと六。
「トワさん、ペース速すぎません? 一時間で二つ」
「小型の生き物は行動パターンが単純だから、分析が早い。大型はもっとかかる」
白い草原の奥に、池があった。鏡の湖の支流みたいな小さな水たまり。水が虹色に光っている。
「この水、鏡の湖と成分が違いますね」タマキが指先を浸けた。「原初水とも違う。もっと……濃い。エネルギー密度が高い」
【名前のない水(高純度):分析率0%】
「別種の水か」
「原初水の上位版みたいな感じです。分析してみます」
タマキが池の水を瓶に汲んで、調べ始めた。
匂い……味……光……振動……泡立ち。
【分析率:23%……41%……58%】
「タマキの分析速度も上がってないか」
「原初水を命名した経験があるから、水系の素材は照合データがあるんです。だから早い」
【分析率:82%……96%……100%】
「タマキ、名前をつけてくれ」
「はい。……この水、原初水よりも純粋で、密度が高い。源泉そのものに近い。精霊の泉の水に似てる」
入力した。
【 精泉水(せいせんすい) 】
【命名が完了しました!】
【命名者:タマキ】
【性質が確定しました:精霊系素材との親和性が極めて高い。精霊強化薬の調合に使用可能】
「精霊強化薬……! セレスちゃんやルーナちゃんの力を強化できるかもしれません!」
「ああ、これはとても助かる。ありがとう、タマキ」
「どういたしまして、トワさん」
命名数十。あと五。
セレスが池の水に手を浸けた。角がきらきら光った。
「つめたくて、あったかい。いずみのみずと、おなじ」
「精霊の泉と繋がってるのかもな、この池」
◇
白い草原を歩いていると、地面が揺れた。
足の裏に伝わる振動……大きい。
昨日の原初獣と同じ種類の振動……でも、もっと大きい。ずっと大きい。
「トワさん……」
「感じてる。遠い……北の方だろう。でもこれは……昨日のとは桁が違うぞ」
見聞録の振動センサーを最大にした。距離は……三キロ以上先。
それでも、この振動が伝わってくる。
「フィールドボスでしょうか?」
「たぶん……昨日の原初獣が【前哨個体】だったから、本体がどこかにいるはず」
「行きますか」
「いいや、今日じゃない。挑むにはまだ準備が足りない、姿固定薬の持続時間を伸ばさないと、それに……ナギの薬の命名がまだだ」
「あの全五感強化薬ですね。分析率は52%まで上がってますけど、あと半分……」
「あの薬が完成したら、フィールドボス戦で使える。五感が強化されれば、分析速度がさらに上がる」
「姿固定薬で止めて、五感強化薬で分析速度を上げて、命名して弱体化させて倒す」
「そうだ。全部揃えてから、挑みたい」
振動が止まった。ボスが移動したのか、眠ったのか。
「居場所は記録した。北に三キロ。……今度行く」
「準備、頑張ります。ナギさんの薬の分析、今日中に80%まで上げたいです!」
「頼んだぞ、タマキ」
◇
集落に帰った。
入口でレクトとすれ違った。
「トワさん。今日、〈白霧の進軍〉で原初獣を倒しました!」
「倒したのか」
「はい! トワさんに教えてもらった攻略法と、タマキさんの薬で、十五人がかりでしたけど……」
「十五人で倒したならたいしたものだ」
「いやいや、トワさんは二人で倒してましたよね。しかも、薬師と二人って!」
「タマキの薬がなかったら無理だった」
「それでも十五人と二人じゃ……。あと、命名もしました。うちのメンバーが一つ。合計の命名数、フォーラムで集計されてますよ」
「集計?」
「原初の世界の命名ランキングってのが自然発生してまして。トワさんが断トツの一位。五個。二位がタマキさんで二個。三位がうちの副ギルマスで一個」
「ランキングにする必要があるのか」
「みんな気になるんですよ。誰がこの世界に、一番名前を刻んでるか」
レクトが敬礼して去っていった。
タマキが隣で笑っていた。
「命名ランキング一位。トワさん」
「競ってるつもりはないんだが……」
「でも、一位ですよ。この世界で、一番多く名前をつけた人」
「歩いてたら、見つかっただけだ」
「それがすごいんですって。……でも、わたしも二位ですからね。追いつきますよ」
「追いついてくれ。命名数が十五になったら、イベントが起きる」
「残り五……あと三日もあれば」
「ああ……でも明日は、ナギの薬を優先しよう。フィールドボスの準備が先だ」
「はい。ナギさんの薬、明日中に100%にしてみせます」
星渡りで始まりの町に帰った。
名前の石板が光っている。十個の名前が刻まれていた。
渡空魚、写空花、原初獣、マル、大きい木、原初水、ナギ、虹翅蝶、瑠璃灯虫、精泉水。
十個の名前。トワとタマキがこの世界に刻んだ名前。
あと五つで、何かが起きる。