作品タイトル不明
マルの話
十日目。集落に寄った。
ナギの薬房でタマキが姿固定薬の材料を仕入れている間、トワは集落の中を歩いていた。
前と比べて、集落はだいぶ変わった。
NPCたちに表情がある。建物の前で座り込んでいた住人が、今は歩き回っている。会話をしている。畑みたいなものを作り始めている住人もいた。名前をもらったことで、「自分が何をしたいか」がわかったらしい。
命名したプレイヤーも増えた。レクトの〈白霧の進軍〉が集落を拠点にしていて、NPCとの友好度を地道に上げている。別のギルドも、何組か来ていた。
でも、NPCの反応はプレイヤーによって違う。
「トワさんが来ると、NPCのテンションが明らかに違うんですよね」レクトの部下が言っていた。「俺たちには世間話しかしてくれないのに、トワさんには二人の旅人の話をするんですよ」
「命名数の差だろう」
「いや、それだけじゃないと思います。トワさんが歩くと、NPCたちがこっちを見るんです。通り過ぎるのを、じっと。なんか……待ってた人が来た、みたいな目で」
そして、彼の言っていたとおり、マルが笑顔で走ってきた。
「トワ! ――トワ!」
「マル、元気だったか」
「元気! 今日はね、見せたいものがあるの」
「見せたいもの?」
「うん……ついてきて!」
マルが集会所の裏手に案内した。
今まで入れなかった、小さな建物だが、今日は扉が開いていた。
「ここ、前は閉まってたよな」
「うん。特別に開いておいたの」
【マルとの友好度が一定値に達しました】
【集落の隠し部屋が開放されました】
どうやら毎日通ったことで、友好度による特殊イベントが解除されたらしい。
トワは、中に入った。
小さな部屋で、壁に絵はない。部屋の真ん中に、石のテーブルが一つ。
テーブルの上に、何かが置いてあった。
石板だ……手のひらサイズで、表面に絵が彫られている。
二人の旅人が歩いている絵だ。その足元に……小さな生き物がたくさん描かれている。
魚、蝶、花、鳥――名前のない生き物たち。
でも壁画とは、一つ違うところがあった。
生き物たちが、旅人の足跡の上を歩いている。旅人の後ろを、ついていっている。
「マル、この絵は?」
「二人の旅人と、最初の仲間たちだよ」
「最初の仲間たち……?」
「あの二人が歩くと、わたしたちが生まれたでしょう? 生まれた子たちは、最初に名前をくれた人のそばにいたがったの。名前をくれた人の後ろを、ずっとついていった」
トワの後ろを見た。
渡空魚が十匹、部屋の入口でぱたぱたしている。
入ってはこない、部屋が狭すぎるから。
「……あいつらと同じということか」
「同じ。あなたが名前をつけた子たちは、あなたについていく。もっと増える。もっとたくさん」
「もっと、増えるのか……」
「でもね、たくさん集まると……変わるの」
「変わる?」
「うん。たくさんの名前が一つの場所に集まると、その場所が……変わる。名前の力が集まって、新しい何かが起きる」
「新しい何か……か」
「わたしにもよくわからない。前の旅人の時も、そうだった。たくさんの名前をつけて、たくさんの仲間が集まって、そうしたら……世界が、動いた」
マルが石板をトワに渡した。
【「名前の石板」を入手しました】
【命名した存在の一覧が記録されます。命名数が一定値に達すると、特別なイベントが発生します】
「名前の石板……命名数で、イベントが起きるのか」
「いくつ集めたら何が起きるかは、わたしにもわからない。でも……集めて。名前を。たくさん」
「ああ、集めるさ」
部屋を出ると、渡空魚がぱたぱた寄ってきた。
「お前たちも、名前の力の一部なのか」
ぱたぱた。
「返事なのか……それは?」
ぱたぱた。
トワは魚たちの頭を撫でて、また集落に戻っていった。
◇
ナギの薬房に戻ると、タマキが目を輝かせていた。
「トワさん! ナギさんがすごいもの教えてくれました!」
「何を教えてくれたんだ?」
「原初水を使った蒸留法です。普通の蒸留じゃなくて、原初水を溶媒にして蒸留すると、素材の純度が信じられないくらい上がるんです!」
「薬が強くなる……ってことか」
「そうです。姿固定薬の持続時間も……伸ばせるかもしれない。三十秒が一分になったら、分析にもっと余裕ができます!」
ナギがカウンターの奥で頷いていた。
「タマキは覚えが早い。わたしが千年かけて見つけた技を、三日で理解したよ」
「千年分を三日でって、そんな……ナギさん、褒めすぎですよ」
「褒めてない。ほんとのことだよ」
【ナギとの友好度が上昇しました:友好度6→友好度9】
【ナギが新しい調合レシピを公開しました:「原初の蒸留法」】
【このレシピはタマキの命名による薬師系プレイヤー限定です】
「タマキの命名ボーナスが効いてるな。薬師系プレイヤー限定で公開されるのか」
「原初水の命名者がわたしだから、原初水を使ったレシピはわたし経由で公開されるんですね」
「タマキが命名しなかったら、このレシピは誰にも伝わらなかったな」
「はい……ちゃんと命名しておいてよかった」
「ああ」
ナギが棚から瓶を一つ取り出した。
「タマキ。これ、あげる」
「何ですか?」
「わたしが作った中で、一番いい薬。名前はまだないから、あなたにつけてほしい」
瓶の中身は深い青色の液体。光に透かすと、星のように小さな粒が浮遊している。
「これ……成分が複雑すぎて、見たことない構造です。何の薬ですか?」
「飲むとね、一時間だけ……全ての感覚が鋭くなるの。目も、耳も、鼻も、舌も、肌も。世界が、もっとはっきり見える」
「感覚強化薬……全五感?」
「うん。でも名前がないから、効果が確定してない。名前をつければ、完成する」
タマキが瓶を両手で受け取った。
「……すぐにはつけません。ちゃんと分析して、理解してからつけます」
「それがいい。……いい薬師だね、タマキ」
「ナギさんに言われると……嬉しいです」
◇
集落を出た。
大きい木の下で、セレスが渡空魚と遊んでいた。
お魚が円を描いて泳いで、セレスがその中心でくるくる回っている。
「セレス、何をやってるんだ」
「おさかなダンス」
「お魚ダンス」
「まるくおよいで、セレスがまわる」
渡空魚が十匹、きれいな円を描いている。統率が取れている。誰かが指揮しているわけでもないのに。
「トワさん。お魚さんたち、なんか前より動きが揃ってません?」
「そうだな。最初はばらばらだったのに」
「数が増えると群れになるんですかね。渡空魚の群れ行動……」
「かもしれない。……マルが言ってたな。たくさん集まると変わる、と」
「お魚さんがたくさん集まったら、何が変わるんでしょう」
「わからない。でも、石板に命名数が記録されてる。いつか条件を満たしたら、何か起きる」
渡空魚の一匹が、トワの肩にすり寄ってきた。
今日もぱたぱた。
「お前、何か知ってるのか?」
ぱたぱた。
「知ってるのか知らないのか、どっちだ」
ぱたぱたぱた。
「……三回は何だ」
「秘密って意味じゃないですか」タマキが笑った。
「お魚さんに、秘密があるのか?」
「あるかもしれないですよ。名前をもらった子たちですから。何か持ってるのかも」
金色の草原を歩いて帰った。ワープの星渡りで始まりの町に戻る。
名前の石板を確認した。
【命名一覧】
トワ:渡空魚、写空花、原初獣、マル、大きい木 ── 5
タマキ:原初水、ナギ ── 2
合計:7
【次のイベント発生条件:命名数 15】
あと八つ。
「十五でイベントですか。まだまだですね」
「歩いていれば見つかる。名前のないものは、この世界にまだたくさんある」
「ですね。……明日も行きましょう」
「ああ」