作品タイトル不明
星降りの高台
八日目――分岐点の左の道に入った。
明るい、金色の草原の延長のような道だが、歩くにつれて光が強くなっていく。
空気が澄んでいる、遠くまで見える。
左の道には、先客がいた。
昨日ここを探索したプレイヤーたちが、今日も来ている。
二十人ほどで、展望台を拠点にして周辺を探索しているらしい。
「トワさん! 来てくれたんですか!」
「ああ……展望台を、見せてもらいに来た」
「最高ですよ、ほんとに。BCOで、一番きれいな場所かもしれません!」
道を登った。坂道になっている。石の階段が作られている。二人の旅人が作った階段だろう。
十分ほど登ると、開けた場所に出た。
高台。
全方向に視界が開いている。柵はない。台地の端から、世界が見渡せる。
そして……見えた。
「……これは」
タマキが言葉を失った。
三つの世界が、確かに重なって見えていた。
一番上に表の世界。始まりの町、草原、森、山、海。BCOの地上世界が広がっている。
その下に、裏世界ソルシア。色褪せた大地。封印の楔があった場所。ノクスがいた場所。重なっているが、表の世界とは微妙にずれている。
さらにその下に、深淵。暗い層。世界の柱が七本、花の形に並んでいるのが見える。忘却の海が星空のように光っている。
三つの世界が、薄い層のように重なって、一度に見える。
「全部……見える。表も、裏も、深淵も」
「トワさん……きれい、ですね」
「ああ……きれいだ」
プレイヤーたちは高台の縁に座って景色を見ていた。スクリーンショットを撮っている人。黙って座っている人。友達と並んで話している人。
BCOの絶景スポット。深淵編にはなかった光景だ。
「ここ、もうフォーラムで『BCO最高のフォトスポット』って呼ばれてますよ」
「そうなのか」
「トワさんの足跡マップのおかげで来れた人も多いです。足跡を辿って分岐点まで来て、左の道に入って」
「俺は右に行ったけどな」
「トワさんが右に行ったから、他の人が安心して左に行けたんですよ。『右はトワさんが調べてくれる』って!」
セレスが高台の端に降りて、下を覗き込んでいた。
「トワ。あのちゅうしん、みえる?」
「中心?」
「さんまいのせかいの、まんなか。いちばんしたに、なにかある」
目を凝らした。三つの層の一番下……深淵の、さらに下。原初層。
そこに……光が見える。小さな、金色の光。
世界の柱の根元――昨日見つけた、原初の世界に空いた穴。一人目の旅人がいるはずの場所。
「見える……金色の光が」
「あれ、みたことある。セレスがうまれたときの、いちばんさいしょのひかりと、おなじいろ」
「精霊が生まれた時の光と同じ……」
「うん、おなじ。あのひかりは……なにかがうまれるときの、ひかりだとおもう」
何かが生まれる光。あるいは……何かがまだ生きている光。
一人目の旅人は、まだあそこにいる。まだ生きている。
◇
高台で昼を過ごした。タマキが携帯食料を出して、二人で食べた。
セレスにはパン、ルーナには……影の中で食べられる黒パン。タマキが焼いてきた特製品だ。
「ルーナちゃん用に焼いたんです。影の中でも、食べられるパンです!」
「……ありがとう、おいしい」
「ふふっ……喜んで貰えると、嬉しいです」
高台からの景色を見ながら食べるパンは、格別だった。
プレイヤーの一人が近づいてきた。
「トワさん、ちょっと聞いていいですか」
「何だ」
「この世界のモンスター……渡空魚以外にも、何か見つけてますか? 俺たち、左の道で新しい生き物を見つけたんですけど、全然倒せなくて」
「どんなやつだ?」
「光の蝶みたいなやつの、でかい版。翼幅三メートルくらい。攻撃すると光で反撃してきて、目が眩んで何も見えなくなって……」
「光で反撃……翼の模様は、どうなってた?」
「模様? えーと……渦巻きみたいな」
「渦巻きの中心が弱点だろう。光を出す器官が、そこにあるはずだ。中心を潰せば、反撃が止まる」
「どっ、どうしてまだ、見てもいないのに――!?」
「勘だ。長いことやっていると、分かる」
プレイヤーはちょっと引きつった顔をした。
なぜトワの知名度が抜群に高く、彼がBCO一のプレイヤーと称されているのかも。
「でも……どうやって、中心に当てるんですか? 近づいたら、光で視界が潰されるのに」
「目を閉じて斬れ」
「……目を、閉じて?」
「見聞録の振動センサーがあれば、目を閉じても位置がわかるだろう。……ああ、お前たちには見聞録がないのか」
「ないです。旅人じゃないんで」
「なら……風を読め。蝶が翼を動かすと、風が起きる。風の方向で位置がわかる。目を閉じたまま、風が来る方向に斬れ」
「風で……位置を……」
「あとは、タマキ」
「はい! 目眩まし対策の薬、作れますよ。写空花の夜の時間帯で作った薬を目に塗ると、光の反射を抑えられます!」
「マジですか!? それ、ください! えーっと……高いですよね、これ。お代は……」
「要りませんよ。三本しかないですけど、どうぞ」
「なっ!!? こ、こんな貴重なもの……ほんとに、ありがとうございます! タマキさん最高! トワさんも最高です!」
プレイヤーが仲間のところに走っていった。
「トワさん」
「ああ」
「見聞録がない人への助言、ちゃんと見聞録を使わない方法で教えましたね」
「当たり前だ。持ってないスキル前提の助言は意味がないからな」
「前は……いえ、何でもないです」
「何でもないで、ごまかせていないぞ。俺は、そんなに前は不親切だったか?」
「今よりは……えへへ……」
「えへへでごまかせていないぞ」
◇
高台を離れて、集落に戻った。
すると、マルが直ぐに走ってきた。
「トワ! 右の道、行ったんでしょ。穴、見た?」
「見たぞ」
「あの穴の先に、行くつもり?」
「いずれは……と思っているが、まだ条件が揃ってない」
「条件……うん。わたしたちも、まだ準備ができてない。でも……あなたが行くなら、わたしたちも手伝う」
「手伝う?」
「わたしたちには、あの二人の旅人の記憶があるの。全部……覚えてる。あなたが聞いてくれるのなら、全部話すよ」
【マルとの友好度が上昇しました:友好度5→友好度8】
「友好度……見ない内に、上がりましたね」
「ああ、マルと話すたびに上がってるな」
「命名者ボーナスと、会話回数と……あと、パンかな。セレスちゃんがマルにパンあげてるの見ましたよ」
「セレスがパンを……?」
「マルと友達になってるんですよ、セレスちゃん」
セレスがマルの横でぱたぱたしていた。お魚と一緒に、お尻をぱたぱた。
マルがセレスの角を触っている。仲良しだ。
「ほんと、パンは偉大ですね」
「パンは、せかいをつなぐ」セレスが振り返らずにぱたぱた。
「セレス……それ、踊ってるのか?」
「ううん、お魚さんと、ぱたぱた」
「……画期的なぱたぱただな」
「でしょ。トワも、ぱたぱた」
「俺は絶対にやらない」
「だめ、ぱたぱた」
「いや、それだけはやらない」
「けち」
トワとタマキはしばしのあいだ、セレスとお魚のぱたぱたを見守っていた。
◇
ログアウトした。
VRヘルメットを外した。窓の外が暗い。星が見えている。
スマホが鳴った。宮瀬から。
「お疲れ様でした、トワさん」
「……それ、ゲーム内の呼び方だぞ」
「あ、間違えた。お疲れ、久坂くん」
「お疲れ」
「今日の高台、すごかったね。三つの世界が全部見えるなんて」
「ああ」
「久坂くん、あの時『きれいだ』って言ったでしょ」
「言ったか?」
「言った。わたしびっくりしちゃった。ゲームの中でも現実でも、久坂くんが自分から景色を褒めるの珍しいから」
「……そうか」
「最近変わったよね、久坂くん。名前をつけるようになってからかな。ものを見て、感じて、言葉にするのが……上手になった」
「お前の方がよっぽど上手だろう。ナギの命名、一発で決めてたじゃないか」
「ふふ。薬師は観察が仕事だから。……ねえ、日曜どうする?」
「何もしないデート」
「クリームパン?」
「クリームパンだ」
「楽しみ。……おやすみ、久坂くん」
「おやすみ」
電話を切った。
原初の世界の星の湖を思い出した。あの星と、窓の外の星。
ゲームの星と、現実の星は違う。
でも、きれいだと思う気持ちは同じだ。
それを隣にいる人に言えるようになったのは、いつからだろう。