軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

左と右

七日目。分岐点に戻ってきた。

二本の道――左は明るい、右は暗い。

昨日フォーラムに上がった分岐点の情報を見て、プレイヤーたちが集まり始めていた。十人ほど。

ほとんどが左の明るい道を見ている。

「右は暗くて怖いから、左に行こうぜ」

「分かる。左の方が安全そうだし」

「先に左を探索して、情報が揃ったら右に行けばいいや」

合理的な判断だ。普通、プレイヤーはまず安全な方を選ぶだろう。

「トワさん、どっち行きますか」タマキが聞いた。

「右」

しかし、トワは即答で右だった。

「右……ですか」

「みんなが左に行くなら、俺が右を見てくる方が効率がいい」

「確かに……なrあ、わたしも右に行きます!」

「いいけど、こっちは暗いぞ」

「深淵を一緒に歩いた薬師ですよ。暗いくらいで怖がりません」

「それもそうか……強くなったな、タマキ」

「誰かさんのおかげですよ」

「誰かさんの、な」

「ええ……誰かさん、の」

渡空魚たちが、右の道の方にひれを向けていた。九匹全部が同じ方向を向いている。

「魚も右を向いてるな」

「案内してくれるんですかね」

「どうだか……行けば分かるだろう」

左の道に向かうプレイヤーたちとすれ違った。

「トワさん、右に行くんですか!?」

「ああ」

「右は暗くて、何もなさそうですけど……」

「暗い方が面白いこともある」

「……さすがですね。俺たちは左に行きますんで、何かあったらフォーラムで共有します」

「ああ、頼む」

右の道に入った。

暗い、と思っていたが、歩き始めてみると……暗いじゃなく、色が違うだけのようだ。

左の道が金色の光に満ちていたのに対して、右の道は藍色。

夜の色、星空の色……暗いのではなく、【夜の世界】。

「意外と、暗くないですね。ただ、夜っぽいだけで」

「ああ、原初の世界に昼と夜があるなら……左が昼で、右が夜なのかもしれない」

ルーナが影から顔を出した。

「ここ……居心地がいい。【夜】の空気……わたしの力が通りやすい」

「ルーナが元気なら、この道はルーナの領域だな」

「うん……影が深い。でも、冷たくない……優しい夜」

道の両側に、星のような光の粒が浮かんでいた。蛍みたいだ、道を照らすように。

歩いていると、渡空魚の一匹がまた前に出た。先導するように泳いでいく。

ついていった。道を逸れて、藍色の草原を横切って。

小さな丘の上に出た。

丘の頂上から見える景色は……星空だった。

丘の下に、星の湖がある。鏡の湖に似ているが、こちらは夜空を映している。水面に星が見える。

「きれい……」タマキが息を呑んだ。

「鏡の湖の夜版、ですかね。あっちは空を映してましたけど、こっちは星空を映しています」

セレスの角が光った。

「トワ。ここ……あのひとが、すきだったばしょ」

「あの人、とは?」

「てをつないでたひと。すあしのひと。……このほしのみずうみが、すきだったって。からだがおぼえてる」

素足の旅人――「感じる」旅人。この星の湖が好きだった。

「なんですきだったか、わかるか」

「……しずかだから。ここにすわって、ほしをみてた。いつまでも。もうひとりがどこかをあるいてるあいだ、ここで、まってた」

待っていた……ここで。

分岐の後、一人目が暗い道の先に行ってしまった時……二人目はここで待っていたのか。

タマキが星の湖を見ていた。

「分岐点のベンチで待ってた人が……ここにも来てたんですね。一人で、星を見ながら」

「ああ」

「……寂しい話ですね」

「寂しいけど……ここを好きだったってことは、待つことが辛いだけじゃなかったんだろう」

「好きな場所があれば、待てる……ですか」

「始まりの町のグランも……そうなのかもしれない」

タマキがトワを見た。

「トワさん。グランさんのこと、気になってますよね。さっきから」

「……少し」

「昨日も扉の前で止まってたでしょう。何か、思い当たることがあるんですか」

「まだ確信はない。だが……羅針盤がグランからもらったアイテムで、それが分岐点を指した。グランは千年以上始まりの町にいて、旅人にしか見えない扉を守ってる」

「待ってる人……ですよね。誰かが帰ってくるのを」

「ああ。確実に、『誰か』を待ってる」

渡空魚が、星の湖の水面をすいすい泳いでいた。星の光を反射して、鱗がきらきら光っている。

セレスが肩の上で、また鼻歌を歌い始めた。昨日と同じメロディで、歌詞のない歌だ。

「セレス。その歌、昨日も歌ってたな」

「うん。なんか、でてくる。くちから」

「覚えてるのか、昔の歌を?」

「おぼえてない。でも、からだがうたう、ここにくると」

精霊の身体が覚えている歌。原初の世界で、誰かが歌っていた歌。

星の湖のほとりで、しばらく座っていた。

道に戻って、さらに奥に進んだ。

藍色の草原が続いている。星の光が足元を照らす。渡空魚が先を泳いでいく。

三十分歩いた。道が途切れた。石がなくなった。

代わりに……穴があった、地面に。大きな穴だ……直径十メートルほどだろうか。

覗き込んでみた。

深い――底が見えないほど、暗い。

「この穴……」

見聞録でスキャンした。

穴の底に、微かな反応。空気の流れがある。この穴は行き止まりではない、どこかに繋がっている。

「タマキ。この空気の流れ、覚えがある」

「覚え……ですか?」

「【深淵】の空気だ。沈殿層の入口と、同じ匂いがする」

「【深淵】に……繋がってるんですか!? まさか、原初の世界から?」

「右の道は暗い方、夜の方だ。夜の先にあるのが【深淵】なら……この穴は、原初の世界と【深淵】を繋ぐ通路かもしれない」

「一人目の旅人が、通った道……なのでしょうか」

「全部を知りたくて、見えない場所を見に行った旅人。この穴を通って、【深淵】に降りていったのかもしれない」

穴の縁に、文字が刻まれていた。古代語……見聞録で翻訳した。

「……『帰ってくる。必ず帰ってくる。だから、待っていてくれ』」

「一人目の旅人が書いた言葉ですか」

「おそらくだが……そして分岐点のベンチには『また会おう』。ここには『帰ってくる』。……約束だったんだ、帰ってくるって」

「でも、帰ってこなかった」

「ああ……帰ってこなかった」

穴の向こうから、冷たい風が吹き上げてくる。【深淵】の風だ。

トワはそれ以上近づかなかった。今日はここまでだ。

「戻ろう」

「はい」

道を戻った。分岐点を通り過ぎて、山を降りて。

集落の手前で、左の道から帰ってきたプレイヤーたちとすれ違った。

「トワさん! 左の道、すごかったですよ! 光の草原の先に、展望台みたいな場所があって、そこから三つの世界が全部見えるんです!」

「『三つの世界』?」

「表の世界と、裏世界ソルシアと、深淵と。全部が重なって見える場所。すごい綺麗で……スクショ撮りまくりました!!」

「へえ……それは絶対に見に行かないとな」

「右の方は、どうでしたか?」

「夜の世界だった。星の湖があった。それと……【深淵】に繋がってるかもしれない穴があった」

「【深淵】に!? まさか、ここにも!?」

「まだ確認してない、見ただけだ」

「さすがトワさん……右に行って、【深淵】への入口を見つけてくるとか」

「見つけたんじゃない。歩いてたらあっただけだ」

「それ、いつも言いますよね……」

集落に戻った。マルが手を振っていた。

「おかえり」

「ただいま」

「トワ、どこ行ってたの?」

「山の上、分岐点の先だ」

「ああ、あの道……見つけた?」

「何をだ?」

「穴」

「知ってたのか?」

「知ってるよ、あの人が通った穴でしょ。帰ってくるって言って、通っていったもん」

「だが……帰ってこなかったな」

「……うん。帰ってこなかった」

マルが少し悲しそうな顔をした。でも、すぐに笑った。

「でも、あなたが来た。穴の向こうから来たんでしょう? 【深淵】を通って」

「ああ、【深淵】を通って、原初層を通って、ここに来た」

「じゃあ……穴は、まだ繋がってるんだ。行って、帰ってくることが、できるんだ」

「できる」

「よかった」

マルがぱたぱたと集会所に走っていった。

タマキが隣で瓶の整理をしていた。

「トワさん」

「何だ?」

「マルがあの穴のこと知ってたってことは……集落の住人たちは全部覚えてるんですね。世界が分かれた時のことを」

「ああ……碑に刻まれた記録じゃなくて、住人たちが直接覚えてる。聞けば教えてくれる」

「じゃあ、まだまだ聞けることがありそうですね」

「ある。時間はたっぷりある。浸蝕度もない」

「はい。……明日は左の道、行きましょうか」

「ああ。三つの世界が全部見える場所、気になるな」

「わたしも見たいです」

ログアウトした。

ヘルメットを外して、天井を見た。夜だ。窓の外に星が見えている。

原初の世界の星の湖を思い出した。あの星と、この星は同じなのだろうか。

ゲームの星と、現実の星。

どっちも綺麗だった。それだけは確かだった。