軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

分かれ道

精霊の泉を出て、山を登り続けた。

羅針盤が指す方向に、ひたすら。岩場を越えて、斜面を登って。渡空魚たちは空中だから楽そうだが、トワとタマキは自分の足で登るしかない。

「トワさん、結構な傾斜ですね」

「数千時間歩いてると、このくらいは平気だ」

「わたしは数千時間歩いてないので……ちょっと、休憩していいですか」

「ああ、急ぐ必要はない。ゆっくり行こう」

岩に腰を下ろした。タマキが水筒を開けた。

ここからの眺めは良かった。金色の草原が下に広がっている。結晶の森が虹色に光っている。集落の「大きい木」がぽつんと見える。

「きれいですね……こうして、上から見ると」

「ああ」

「トワさん、こういう景色見る時いつも『ああ』しか言わないですよね」

「ほかに、何を言えばいいか分からないんだ」

「感想です! きれいとか、すごいとか!」

「俺の『ああ』は、きれいだと思って意味だぞ」

「言葉にしてくださいよ、たまには」

「……きれいだ」

「ふふっ……言えるじゃないですか」

セレスが肩の上から下を見ていた。

「セレスのうまれたいずみ、あのやまのなか」

「そうだな」

「いずみをみつけてくれて、ありがとう」

「俺じゃない、羅針盤が指しただけだぞ」

「らしんばんは、トワがもってたからさしたんだよ」

「……確かに、そうかもな」

五分休んで、また登り始めた。

山の中腹を越えたあたりで、声が聞こえた。

「おーい! 誰かいるかー!」

上の方から。岩場の向こうに、プレイヤーが三人いた。

装備はバラバラで、ギルドマークもない。野良パーティだ。

「あ、人だ! 助かった……道がわかんなくてさ!」

「マップないし、コンパスも効かないし、登ったはいいけど降りられなくなって!」

「もう二時間も、ここにいます。本当に、どうしようかと思ってて……」

野良パーティーは遭難していたようだ。

「降りるなら南に行け。岩の色が赤っぽいところを辿ると、集落に出る」

「南って、どっちですか?」

「そっちだ」

「……トワさん、よくわかりますね。コンパスないのに」

「風向きと、草の生え方で判断してる。南風が吹いてるから、草が北に倒れてる」

「草の向きで、方角を……!?」

三人が顔を見合わせた。

「あの……『トワさん』って呼ばれてましたけど……あなたって、もしかしてあのトワさんですか。足跡が光ってるって噂の……」

「ああ、俺のことだな」

「やっぱり……フォーラムの足跡マップの人! ありがとうございます、あのマップなかったら俺ら草原でも迷ってました!」

「足跡を歩いてるだけだ。マップにしたのは、別の誰かだろう」

「そうですけど……あ、上に何かありますか? トワさんが登ってるってことは」

「まだわからない。羅針盤が指してるから登ってるだけだ」

「羅針盤?」

「旅人のアイテムだ」

「旅人の……へぇー。俺たちも登りたいんですけど、ついていっていいですか」

「道がわからないのに、登り続けるのか?」

「トワさんの足跡があれば迷いません!」

「まあ……好きにしろ」

また行列が増えた。トワ、タマキ、精霊二体、虫一匹、渡空魚九匹、野良プレイヤー三人。

「トワさんの後ろ、賑やかですね」タマキが振り返った。

「最近、いつの間にか増えてる気がするな……」

「人徳ですよ」

「人徳じゃない。足跡が光ってるだけだ」

「変わった人徳ですね」

「そういうことにしておくか……」

さらに三十分登ると、地形が変わった。

岩場が途切れて、平らな場所に出た。山の頂上ではない。中腹にある広い台地。

台地の中央に、道があった。

始まりの道と同じ、石を並べて作られた道。ここまで繋がっていた。

そして……道が分かれていた。

二股になっている。左と右。左の道は明るい方に伸びている。虹色の空がよく見える方向。右の道は、暗い方に伸びている。山の裏側だ。陰になっていて、光が届きにくい。

分岐点の真ん中に、大きな木があった。集落の「大きい木」ほどではないが、立派な木だ。木の下にベンチがある。石でできた、簡素なベンチ。

二人分の座る場所がある。

「始まりの道の……分岐点?」

「二人の旅人が、ここで別れたのか」

羅針盤の針が、ここでぴたりと止まった。指す方向がない。ここが、羅針盤が導きたかった場所。

「羅針盤が止まった。……ここが、目的地だったんだな」

ベンチに近づいた。

座面がすり減っている。泉のそばの石と同じだ。何度も、何度も座った痕跡。

ベンチの背もたれに、文字が刻まれていた。古代語――見聞録で翻訳した。

「なんて書いてありますか?」タマキが覗き込んだ。

「……『また会おう』」

「また会おう……」

「二人の旅人がここで別れた時の言葉だろう。一人は左の道に行った。もう一人は右の道に行った」

セレスの角が震えるように光った。

「トワ、トワ」

「なにか見つけたか?」

「ううん……ここ、かなしいばしょ」

「悲しい場所……わかるのか」

「からだが……かなしいって、いってる。ここで、だれかが、ないてた」

セレスの記憶。精霊の身体に残った世界の記憶。ここで誰かが泣いた。別れの場所で。

ルーナが影の中から声を出した。

「わたしにもわかる。ここの影が……重い。地上の影でも深淵の影でもない。悲しみの影。誰かが長い間、ここに座って……泣いていた影」

「泣いていた影……」

「一人で、ずっと一人で……もう一人が行ってしまった後、ここに座って……待っていた」

もう一人の旅人は、考える方ではなく「感じる」旅人だ。世界に触れることが好きだった旅人。一緒に歩いていた相手が行ってしまった後、ここで待ち続けた。

それがいつか、始まりの町に移ったのだろうか。待つ場所を、ここから始まりの町に変えたのだろうか。

後ろで、野良プレイヤーの三人が黙っていた。

「……なんか、すごい場所に来ちゃいましたね」

「BCOの世界の始まりの話、ですよね、これ」

「フォーラムで出てた、二人の旅人の……」

タマキがベンチに手を触れた。

「冷たい。石なのに……冷たいですね。泉のそばの石は温かかったのに」

「泉はセレスが生まれた場所だ。温かい記憶がある。ここは……別れの場所だから」

「場所に感情が残るんですね。この世界では」

「原初の世界だからだろう。名前がつく前の世界だから、感情がそのまま地面に染みついてる」

トワはベンチに座った。

右側に座った。左側は空けたまま。

「トワさん?」

「少し座ろう」

セレスがトワの膝に降りた。

左の道は明るい。右の道は暗い。

一人は光の方に行った。もう一人は闇の方に行った。

それが、世界を分けたのかもしれない。

「トワ、トワ」

「なんだ?」

「トワは、どっちいく?」

「……どっちにも行かない。両方見てから決める」

「りょうほうみてから」

「ああ。片方だけ見て決めるのは、よくない。両方歩いて、両方知ってから……どうするか考える」

「トワらしい、こたえ」

「そうか?」

「そう。トワは、ぜんぶあるいてから、きめるひと」

タマキがふふっと笑った。

「全部歩いてから決める。七千時間以上、歩いた人の言葉ですね」

「大げさだな」

「大げさじゃないですよ。……でも、今日はここまでにしましょう。いい場所を見つけたんだから、急がなくていいですよね」

「ああ。……そうだな」

立ち上がった。ベンチの右側に、座った跡が残っていた。トワの座った跡。

いつか消えるのか。それとも、原初の世界だから残り続けるのか。

わからない。でも、足跡は残る。歩いた道は光る。

山を降りた。野良プレイヤーの三人は分岐点でスクリーンショットを撮ってから、トワの足跡を辿って帰っていった。

「トワさん! ありがとうございました! フォーラムに上げていいですか、この場所!」

「ダメと行っても上げるだろう」

「あっ……バレちゃいましたか?」

「だからまあ、好きにしろ」

「わっ……やった!」

タマキと二人で、金色の草原に戻った。渡空魚がぱたぱた泳いでいる。セレスが肩の上で小さく歌っていた。歌詞のない歌。メロディだけの、精霊の鼻歌。

「セレスちゃんが歌うの、珍しいですね」

「ん。なんか、うたいたくなった」

「泉のことを、思い出したから?」

「わかんない。でも……うまれたばしょを、みつけたから、すこし、うれしい」

「そっか」

そしてワープで、始まりの町に帰った。

グランの扉の前を通りかかった時、トワは足を止めた。

扉は閉まっている。グランはいつも中にいる。始まりの町で、ずっと。

あのベンチに座っていた人と、グランは同じ人なのだろうか。

まだわからない。でも、羅針盤がトワをあの場所に導いた。グランがくれた羅針盤が。

「トワさん? どうしました?」

「いや……何でもない。帰ろう」

「はい!」

ログアウトした。