軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

集落の中を歩いた。

マルに名前をつけてから、NPCたちの様子が変わっていた。さっきまで「ないよ」としか答えなかった住人たちが、それぞれの言葉で話し始めている。

石畳の上で座り込んでいたNPCが立ち上がって、建物の間を歩いていた。別のNPCと何か話している。二人で壁画の部屋に入っていった。

「ようやく、活気が出てきたな」

「マルが走り回ったからですかね。名前をもらって、それを広めて」タマキが周りを見ていた。「一人に名前をつけたら、全体が動き出した。……面白い仕組みですね」

まだ入っていない建物があった。集会所の隣。小さな石造りの家、扉が開いている。

中に入ると、棚があった。棚の上に瓶が並んでいる。

タマキが興味深そうに見つめた。

「これ……薬瓶、ですか?」

瓶を一つ手に取った、中に液体が入っている。

透明で原初の水に似ているが、微かに色がついている。薄い金色だ。

「トワさん、これ、薬です。誰かが調合した薬」

「この集落で?」

「はい。しかも……すごく丁寧な調合です。素材の配合が、全く見たことない方法で」

棚の奥に、もう一人NPCがいた。

背が高く、手が長く、指が細い。彼女は瓶を磨いていた。

「あなたが作ったのか?」トワが聞いた。

NPCが頷いた。

「作った……ずっと作ってる。でも、誰も飲まなかったよ。名前がないから」

「薬に、名前がないのか?」

「薬にも、わたしにも」

タマキが瓶を光に透かしていた。

「トワさん。この薬、分析していいですか」

「頼む、やってみてくれ」

タマキが瓶を開けて、匂いを嗅いだ。指先につけたり、舌に乗せたり、目を閉じたり。

「……回復薬です。でも、地上のどの回復薬とも成分構造が違う。原初の素材だけで作られてる。属性がないから、どんな状態異常にも効く。万能回復薬……いえ、それ以上かもしれません」

「……すごい薬だな」

「ええ、本当にすごいです。わたしが三日かけて作った原初の息吹より、ずっと完成度が高い。……この人、とんでもない薬師ですよ」

タマキがNPCの方を向いた。

「あなた、どうやってこれを作ったんですか」

「泉の水と、花と、根っこを混ぜた」

「配合の比率は」

「……覚えてない。手が覚えてる」

「手が、覚えてる……」

タマキの目が輝いていた。薬師が、薬師に出会った時の目だ。

「教えてもらえませんか。この薬の作り方」

「教える? ……名前がないから、教え方がわからない」

「じゃあ、見せてください。作ってるところを」

NPCが頷いて、棚から素材を出した。

花びら、根、泉の水、石の器。

混ぜ始めると、手つきが滑らかだった。迷いがない、何千回も同じことをしてきたんだろう。

タマキが食い入るように見ていた。メモも取らない、目で覚えている。

「……すごい。配合のタイミングが、わたしの知ってるどの流派とも違う。でも理にかなってる。原初の素材には属性がないから、通常の属性合わせが要らない。その分、温度と時間だけで制御してる」

「タマキ。この人にも、名前をつけるか?」

「え……わたしが?」

「薬師のことは、薬師が一番わかる。俺がつけるより、タマキがつけた方がいい」

タマキはNPCを見た。背が高くて、手が長くて、指が細くて、薬を作り続けている人。

「あなた……ずっと、ここで薬を作ってたんですか」

「ずっと。誰かが飲んでくれるかと思って」

「飲みます。わたしが飲みます。それと……あなたの名前、つけてもいいですか」

NPCが首を傾げた。

「いいよ」

タマキが入力した。

【ナギ】

【命名が完了しました!】

【原初の世界の住人「ナギ」が全プレイヤーに公開されます】

【命名者:タマキ】

【性質が確定しました:原初の薬師。話しかけると調合レシピを教えてくれます。タマキの命名により、薬師系プレイヤーへの友好度が高く設定されます】

ナギの輪郭がはっきりした。目が細くて、口元が穏やかで、どこかマーサに似ていた。

「ナギ……」

「はい、今からあなたはナギさんです。気に入って貰えると、嬉しいですけど……」

「……ナギ。いい響きだね、どういう意味?」

「凪、静かな水面という意味です。あなたの薬を見てたら、そう思いました。静かで、穏やかで、でもすごく深い」

ナギがふふっと小さな笑みを浮かべた。

「嬉しい。……初めて名前をもらった。初めて薬を飲んでもらえた……今日は、いい日だ」

集落の外に出た。

タマキがナギからもらったレシピを頭の中で反芻しているのが分かった。目の焦点が合っていない。薬師モードに入っている。

「タマキ」

「あっ……はい!」

「あの薬、量産できそうか?」

「できます。素材は原初の世界にあるものだけで足りる。……配合を覚えたので、帰ったら試作します」

「他のプレイヤーにも配れるか」

「配れます。ナギさんのレシピを元に、もっと簡易版を作れば」

「じゃあ、頼む」

「はい。……でも、ナギさんのレシピはそのまま公開しません。あの人の薬は、あの人のものですから。わたしなりにアレンジしたものを出します」

「薬師の矜持か」

「矜持っていうか……リスペクトですかね」

大きい木の下を通りかかった時、トワはカバンの底から羅針盤を取り出した。

【旅人の羅針盤】

種別:旅人専用。

公式説明文:旅人の足を、まだ見ぬ道へ導く。

効果:最も近い未踏エリアの方角を常時指示。隠しエリアにも反応。

入手:始まりの町の隠しNPC「老旅人グラン」から受領。

かつてグランから貰った旅人専用のアイテム。

以前は重宝していたアイテムだが、羅針盤はこのエリアでも役立つだろう。

案の定、羅針盤の針が、回っていた。

集落を指していたのが、ぐるっと回転して、山の方を指した。

「まだ、先がありますか」

「ある。針が、山の中腹を指してる」

「行きましょう」

「ああ、全部歩いて見に行こう」

集落を出て、山の斜面を登り始めた。

岩場だ……足場が悪い。草原のやわらかい地面とは全然違う。

渡空魚の一匹が前に出た。斜面を先に泳いでいく。

「案内、してくれてるのか?」

魚を追った。岩の間を縫って、狭い隙間を抜けて。

穴があった。岩の隙間に、人一人がやっと通れるくらいの入口。

「ここか」

穴に入った。

狭い通路で、十メートルほど進むと、開けた。

洞窟の中に、泉があった。

天井に穴が開いていて、虹色の空の光が差し込んでいる。光が水面に当たって、洞窟全体がやわらかい色に染まっている。

【隠しエリア「精霊の泉」を発見しました!】

【発見者:トワ】

【このエリアでは精霊系スキルの効果が2倍に強化されます】

セレスの角が、急に光った。

強く、今までで一番強く。

「ねえ、トワ」

「どうしたんだ?」

「ここ。――ここで、セレスはうまれた」

「なに……それは、本当なのか?」

「ん……この泉から、ひかりがみずにあたって、みずがひかって、そこからセレスがうまれた」

泉のそばに、平たい石があった。

誰かが座っていた石……表面がすり減っている。何度も、何度も、座ってきたのだろう。

「ここに、ひとがすわってた。セレスがうまれたとき、そのひとがみてた」

「顔は……覚えてるか」

「……おぼえてない。でも、わらってた。セレスをみて、わらってた」

ルーナが影の中から声を出した。

「わたしもこの泉、覚えてる。ここの水を飲んだことがある。飲んで、影の中で眠った。それがわたしの最初の記憶」

精霊たちの始まりの場所。

セレスが泉のそばに降りた。水面に手を伸ばして、指先が水に触れると、角が光った。

「つめたい。でも……あったかい」

「矛盾してるな」

「してない。つめたくて、あったかい。そういうみず」

タマキが泉の水を一瓶だけ汲んだ。

「これは、薬にしません」

「珍しいな。何か、理由があるのか?」

「セレスちゃんの生まれた場所の水ですよ。薬にするのは、違うでしょう」

「なるほど……そうだな」

羅針盤を見た……針がまだ動いている。泉を指していたのが、また山の奥に向きを変えた。

まだ、先がある。

「行こう、この先にも続きがあるようだ」

「はい、わたしもまだまだ歩きたりませんから」

「セレスは……もう少しいるか?」

「……ううん。いい、また来る」

「なら、また来よう」

「うん。……ここは、にげないから」

洞窟を出た。山の斜面に戻った。風が吹いている。虹色の空が広い。

羅針盤の針が、まだ先を指している。