軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

道を作る人

五日目の朝。ログインすると、フォーラムの通知が溜まっていた。

見る気はなかったが、タマキが教えてくれた。

「トワさん。フォーラムで、『トワの足跡マップ』っていうのが出回ってます!」

「何だ……それは……」

「トワさんの光の足跡をスクリーンショットで繋いで、マップにしたものです。原初の世界にはマップがないので、トワさんの足跡がそのまま地図になってるんです!」

「勝手に、使っているのか……?」

「勝手にというか——トワさんの足跡は消えないので。踏破した場所が全部光ってる。他のプレイヤーはそれを辿って探索してます」

「…………」

「つまりトワさんは、歩いてるだけで原初の世界の公式ガイドマップを作ってるんですよ。無自覚に」

「あくまでも俺は、歩いてるだけだが……」

「歩いてるだけで、全プレイヤーの探索効率が三倍になってるんです。——でも、本人が一番わかってないみたいですね」

そうこうしているうちに、銀色の草原に到着。

渡空魚が待っていた。

今日は七匹、昨日のお魚もいる。トワが来た瞬間に、ぱたぱたと寄ってきた。

「おはよう」セレスが手を振った。

ぱたぱたぱたぱたぱたぱた!

「……七匹に、増えているな」

「昨日は、最大五匹でしたよね!」

「まさか、増殖しているのか……?」

「増殖じゃなくて、噂が広まってるんじゃないですか、お魚さんの間で。『トワさんに会いに行こう!』って」

「お魚に俺の噂は——いや、もういい。行くぞ……」

金色の草原を横切った。昨日見えていた山のようなもの——近づいてみると、山ではなかった。

木だ。

巨大な木。結晶の森の木と同じ素材だが、桁が違う。幹の直径が五十メートル以上。高さは見えない。虹色の空に向かって伸びて、消えている。

「でかい……ですね」

根元には建物があった。

小さな建物が七つ……八つ。石造りで、屋根があり、窓がある。

そして——人がいた。

プレイヤーではない、人型のNPC。

だけど——どこか、忘却体に似た雰囲気がある。形は安定しているが、顔の造りがぼんやりしている。名前がない。

トワたちより先に——他のプレイヤーが来ていた。

レクトの〈白霧の進軍〉十五人ほど。

木の根元から三十メートルほど離れた場所で、座り込んでいる。

「レクト」

「トワさん! ——よかった、来てくれた」

「何かあったのか……?」

「あの集落、近づけないんです。三十メートルくらいまで行くと、NPCが警戒して、見えない壁が出る。押しても、叩いても、通れません」

「見えない壁……?」

「システムメッセージが出ます。『この集落の住人は、あなたを知りません』って」

「条件付きアクセスか」

「たぶん……でも、条件がわからない。友好度を上げようにも、近づけないから話しかけられない」

トワは集落に向かって歩いた。三十メートル。二十メートル。十メートル——

壁がなかった。

そのまま歩き続けた。

何も起きないし、見えない、壁にも当たらない。

集落の入口まで——素直に歩けた。

『…………は?』

レクトを含めた十五人の目が点になった。

「通った——?」

「壁がない、トワさんだけ……」

「いやいや、なんで——?」

「トワさん、わたしもダメみたいです」

タマキが後を追って走った。

しかし、その途中でぶつかった。

見えない壁だ、タマキの身体が跳ね返された。

【この集落の住人は、あなたを知りません】

「トワさん、すみません。わたしは——入れないようです」

どうしたらいいかと考えてる途中で、トワはある声に振り返った。

「旅人」

NPCの少女が、トワを見ていた。

「旅人が来た。——これは、久しぶりだね」

「久しぶり、だと?」

「前に来た旅人は——ずっと昔だよ。二人で来たんだ。杖を持った人と、裸足の人。——あなたは三人目の旅人だね」

三人目の旅人。

「なぜ、俺は入れたんだ?」

「あなたは、名前を持っている。——『名前をつけた者の名前』を、私たちは知っている」

「名前をつけた——渡空魚のことか」

「そう、渡空魚の名前をつけた旅人。写空花の名前をつけた旅人。——あなたの名前を、この世界が覚えた。だから、入れる」

命名が——アクセス条件だった。

原初の世界で名前をつけた者は、世界に「覚えられる」。覚えられた者だけが、名前のないNPCと会話できる。

「タマキ、聞こえたか」

「はい、聞こえました!」

「命名だ、名前を付けることでこの集落に入れる。――レクト、お前たちも、名前をつければ入れるぞ。分析率を100%にしろ。何でもいい、花でも虫でも」

「でも……分析率100%なんて……俺たちには、まだ……」

タマキが鞄を開けた。

「レクトさん。——これ、使ってください」

取り出したのは——小さな瓶。琥珀色の液体。

「何ですか、これ」

「写空花の昼の時間帯で作った強化薬です。飲むと、分析精度が一時的に上がります」

「分析精度が——」

「原初の素材で作った薬ですからね。きっと、効果があるはずです」

レクトが薬を飲んだ。

【タマキ特製「写空の霊薬」の効果:30分間、生き物の分析速度が2倍に上昇】

「分析速度が倍……これがあれば!」

「花を観察してください。三十分以内に、分析率100%を目指せるはずです」

「タマキさん、ありがとうございます!」

「お礼はトワさんに。素材を見つけたのは、トワさんですから」

レクトの部隊が花を探しに消えていった。

タマキが壁の外で残りの薬瓶を数えていた。

「あと、十二本あります。他のプレイヤーが来たら配りましょうか」

「そうだな、配ってくれ。タマキの薬は、本当に有用だな」

「タマキ特製ですけど、素材はトワさんの発見ですからね。——共同開発です」

「なら……そういうことにしておくか」

「ええ、そういうことにしてください」

壁一枚を挟んで、二人は笑った。

トワは中にいて、タマキは外にいる。

「……でも、わたしだけ入れないの、ちょっと悔しいですね」

「だったら入れるようにしよう。——タマキ、お前は原初の水をずっと調べてただろう」

「え……? 確かに、調べてましたけど……万能溶媒として使えるかどうか、確かめたくって」

「あの水の分析率は、いくつだ」

タマキがはっとした顔で、鞄の中から瓶を取り出した。

【名前のない水:——分析率78%】

「78%——! 薬の調合で使い続けてたから、データが勝手に溜まって……!」

「あと22%だ。タマキなら、直ぐに埋められるだろう」

「でも、わたしには見聞録もありませんし、センサーだって……」

「センサーは要らない。タマキは薬師だ、その目だけでも十分に分かる」

タマキが瓶を握った。

蓋を開けて、匂いを嗅いだ。指先につけて、舌に乗せた。

光に透かした……振った、泡立ちを見た。

見聞録のセンサーじゃない、タマキ自身の五感だ。

名前のない水の変化を感じ、どんな性質をもって、どう構築されているのかを観察する。

【分析率:85%……91%……96%……】

「あの人、分析率が上がってます——!」

レクトの部下が遠くから見ていた。そして、

【分析率:100%】

【名前のない水の分析率が100%に到達しました!】

【この存在に名前をつけることができます】

「ほらな、言った通りだったろ」

「嘘……これって、本当にわたしが……?」

「タマキが見つけて、調べて、薬にした水だ。タマキ以外に、誰がいるんだ」

「わかりました……それでは、命名します」

タマキの手が震えていた。入力画面のカーソルが点滅している。

「……万能溶媒。何にでもなれる水。全ての薬の、始まりになる水——」

入力した。

【 原初水(げんしょすい) 】

【命名が完了しました!】

【原初の世界の物質「原初水」が全プレイヤーに公開されます】

【命名者:タマキ】

【性質が確定しました:全属性の薬の溶媒として使用可能。調合効果1.5倍】

命名者——タマキ。

「タマキの名前が出たな。——この世界が、タマキを覚えたんだ」

タマキが、集落の透明な壁に向かって歩いた。

十五メートル。十メートル。五メートル——

今度は壁がなく、通れた。

NPCがタマキを見た。

「薬師。——あなたも名前を持っているね。水に名前をつけた薬師……ようこそ、私たちの村へ」

しかし、タマキはうれし泣きで直ぐに言葉は返せなかった

「あの……すみません……っ、ちょっと、嬉しくって……」

「そうか。そんなに嬉しいことだったのか」

「はい……だって、わたし、ずっとトワさんの後ろを歩いてるだけだと思ってたんです。薬を作って、回復して、それがわたしの仕事で……でも、名前をつけられた。わたしの名前が、この世界に刻まれた。わたしも——ここにいていいんだって」

「当たり前だ。——タマキがいなかったら、霊薬もない。レクトたちも命名に辿り着けない。俺一人じゃ、集落も開かなかっただろう。……そもそもここまで、歩いてこれなかったかもしれない」

「……ありがとうございます、トワさん」

「お互いさまだ」

タマキが薬瓶を抱えて、レクトたちのところへ走っていった。写空の霊薬を配るために。

その間にトワは集落の奥を歩いた。

NPCたちが——トワを見ている。警戒ではない。興味のある目つきだ。

「旅人。あなたは、何を探しているの?」

「この世界のことを知りたい」

「知りたい——前の旅人と、同じことを言うね」

「前の旅人……杖を持った旅人か」

「そう。あの人も『全部知りたい』って。——全部知ろうとして、この世界を歩き尽くして、そして——」

言葉はそこで切られた。

「そして……?」

「行ってしまったの。見えない場所を見に——もう一人の旅人を置いて」

「もう一人は、どうなったんだ?」

「待ってる。——ずっと。旅人が帰ってくる場所で」

この時、トワの頭には何となく、その『待っている旅人』の予想がついた。

グランだろう。きっと、彼に違いない。

「あなたも——行くの? 見えない場所に」

「行くかもしれない。だが、一人では行かない」

NPC—笑った。ぼんやりした顔に、はっきりとした笑みが浮かぶ。

「よかった。——一人で行かないなら、よかった」

集落の奥に、大きな建物があった。集会所のような場所だ。

中に入ると——壁に絵が描いてあった。壁画だ。

二人の旅人。杖の者と素足の者。並んで歩いている。その周囲に——光の粒が。

蝶、魚、花、鳥、……名前のない生き物たち。

「この壁画——二人の旅人と、名前のない生き物たちか」

「そう。あの二人が歩くと、私たちが生まれたの。二人の足跡から、私たちは生まれた」

NPCたちは……二人の旅人の足跡から生まれた存在。

歩くことで世界が生まれ、生き物が生まれ、集落ができた。

「あなたも——歩いている。あなたの足跡からも、何かが生まれるかもしれないね」

「俺の、足跡から……?」

「ううん……もう生まれているかもしれない。——あなたはまだ気づいていないだけで」

NPCが地図の断片をくれた。

【「始まりの旅人の地図・断片」を入手しました!】

【二人の旅人が歩いた全ての道が記録されています】

「この地図は、命名を行ったプレイヤーに共有されるの。——あなたが道を作ったから」

集落を出ると、タマキが戻ってきた。薬瓶が全部空になっている。

「配り終わりました。レクトさんたち、今から花を探しに行くそうです」

「間に合うだろう」

「間に合います。——わたしの薬ですから」

さっきまで泣いていた顔が、薬師の顔に戻っていた。

「トワさん」

「どうした?」

「わたし、この世界でもっと名前をつけたいです」

「ああ、つけていこう」

「水だけじゃなくて。薬の素材になるもの全部に。花も、鉱石も、土も。——薬師にしか見えないものに、薬師の名前をつけたい」

「いい目標だな。俺にもなにか、手伝えることはあるか?」

「トワさんは生き物と地形で、わたしは素材と薬。——分担しませんか」

「……分担」

「はい。旅人と薬師の、共同調査です」

「共同調査……それは、悪くないな」

タマキの肩に——渡空魚が一匹、寄り添っていた。

トワの群れとは別の個体らしく、まだ小さい。

「あ……この子、わたしについてきてる」

「命名したからだろう。タマキも世界に覚えられたんだ」

「原初水の命名者・タマキ。——ふふっ」

小さな魚がぱたぱたしている。タマキだけに懐いた一匹。

二人で歩いた。金色の草原を。渡空魚がトワの後ろに七匹、タマキの後ろに一匹。精霊が肩と影に。虫がブーツの上に。

二本の足跡が並んで、先にいった。