軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結晶の森

原初の世界、三日目。

草原のあちこちに人がいた。アップデートから三日で、深淵レイドのクリア者たちが続々と入ってきている。

だが、ほとんどのプレイヤーが、草原から先に進めていなかった。

理由は単純。モンスターが倒せないからだ。

〈白霧の進軍〉の一隊が、銀色の草原で渡空魚に囲まれていた。四体。

レクトが大剣を振り回しているが、渡空魚の旋回速度に追いつかない。

「当たんねえ、速すぎるだろ——!」

「Lv92の俺の攻撃が通らないってどういうことだよ!」

「レベル補正が無効なんだって! 素のステータスしか残ってない!」

「スキルもまともに効かない! 名前も弱点も何も分からない!」

四十分殴り続けて、一体も倒せていない。HPがどのくらい残っているのかすらわからない。

「レクトさん、薬がもうないよ!」

「くそ……こうなったら、撤退するしか——」

そこに足音が聞こえた。

レクトが振り返った。

旅人の服――鎧なし、大きな武器なし、肩に小さな精霊、足元が光っている。

「トワ、さん——!?」

渡空魚が一体、トワの方に旋回した。尾ビレが三回振れて、加速――口が開いた。

トワの手が動いた。

【果ての道標】が弓に変わって、矢が放たれた。歩きながら、足を止めずに。

そして、口の中に刺さった。

【弱点クリティカルダメージ:48,200!】

光の粒になって消えた。

「——は?」

二体目が左から来た。弓が槍に変わった。〇コンマ一秒――すれ違いざまに口に突き刺した。

【弱点クリティカルダメージ:51,800!】

消えた。

三体目と四体目が同時に突進してきた。槍が剣に変わった。右の魚を斬った。身体を回転させて左の魚の口に刃を突っ込んだ。

【弱点クリティカルダメージ:45,600!】

【弱点クリティカルダメージ:47,100!】

四体。八秒。

トワは歩き続けた。振り返らなかった。

「…………」

レクトのパーティ全員が、剣を下ろしたまま立ち尽くしていた。

「今の……」

「おい、見たか?」

「四体を……八秒……?」

「弓、槍、剣——武器を三回切り替えた。歩きながら、だぞ」

「全部、口の中に一撃ずつ」

「俺たち四十分かけて、一体も倒せなかったのに」

レクトが走り出した。

「トワさん! 待ってください!」

トワが足を止めて、振り返った。

「弱点——教えてもらえませんか!」

「口の中」

「口の、中……?」

「尾ビレが三回振れたら突進する。三回目から〇コンマ五秒後に加速。口が開くからそこに突っ込め」

「尾ビレ三回——〇コンマ五秒——」レクトがメモを取り始めた。

「上位個体は金色で、尾ビレが五回。〇コンマ三秒。翼ヒレの付け根も柔らかい」

それだけ言って、歩き出した。タマキが小走りでついてくる。

「トワさん。久しぶりに、通りすがり無双しましたね」

「通りすがり無双……? 俺は普通に倒しただけだぞ」

「はいはい、次行きますよ」

「よく分からないが……まあ、いいか」

結晶の森に入った。

足を踏み出した瞬間、木が鳴った。きぃんと、水晶の幹が振動して、鈴のような音を放った。

隣の木に伝わった、今度は鐘のような音。さらに隣に伝わっていく。

「森が……鳴ってる……」

タマキが一歩踏んだ。別の音。体重が違うから振動が違う。

セレスが肩から降りて跳ねた。ちりん、ちりん、ちりん。軽い鈴の音。

「トワ! これ、セレスのあしおと!」

ルーナが影から木の根元に触れた。ぶぉん、という低い地鳴り。

四人分の音が重なる。森全体が楽器になっていた。

木は水晶でできている。幹が透明で、中に光の筋が走っている。葉がプリズムになっていて、空の光が通過すると虹が浮かぶ。

森の奥で——また声が聞こえた。

プレイヤーだ。〈白霧の進軍〉の別働隊、十人ほど。

レクトとは別のパーティで、地面に座り込んでいる。

「おい……迷ったのか?」

「あ……すみません、マップがなくて。コンパスも効かなくて。一時間歩いても、いつの間にか元の場所に戻ってて——」

「自分の足跡を見ろ、円を描いているぞ」

「あっ、本当だ……足跡なんて、残るんですね……ここ……」

「次は、俺の足跡を歩いてこい。光ってるから分かりやすいはずだ」

「え——いいんですか!?」

「構わないと言っている」」

トワは答えずに歩き出した。十人がぞろぞろついてきた。

「あの——すみません、あなたは——」

「トワだ」

「——トワ!?」

「深淵のレイドボスを真っ先に倒したっていう、あの……」

「渡空魚を八秒で……さっきフォーラムに出てた……」

「あの、トワさんに案内してもらっていいんですか!?」

「道案内だ。目的地が同じなら、歩く方向も同じだろう」

結晶の森を抜けた先で、足が止まった。

木の根元に——透明な花が咲いていた。色がない、光を通すと虹色に光る。

「トワさん、あれ……」

「花だろう。ただ、名前がないはずだが……」

見聞録で手動スキャン。五種のセンサーを同時起動。

【名前のない花:——分析率41%】

〈白霧の進軍〉のメンバーが画面を見ていた。

「分析率41%……一回の観察で!?」

「俺、さっき同じ花を三十分観察して、8%だったんですけど……」

トワは花に触れた。柔らかい。温かい。根が地下三メートル、見た目の十倍の大きさだ。

【分析率:67%】

「もう、67%——」

空の色との連動パターンを記録した。

朝は桃色、昼は金色、夕方は紫……花自体に色はない、空を映しているようだ。

【分析率:100%】

【名前のない花の分析率が100%に到達しました!】

【この存在に名前をつけることができます】

「——100%」

十人が絶句していた。

「たった三回の観察で……植物の命名権を」

「俺たちのギルド、まだ一つも命名できてないのに——」

「トワさん! センサー、何種類同時に使ってるんですか!?」

「五種類だ」

「五種類同時——!?」

「普通は、二種が限界ですよ!?」

「慣れの問題だ」

タマキが後ろで小さく言った。

「慣れと言っても、数千時間の慣れですけどね」。

〈白霧の進軍〉のメンバーの何人かが苦笑いで頷いた。

「さて……名前を入力するか」

「何てつけるんですか?」

「空の色を映す花だ。—— 写空花(しゃくうか) 」

【写空花】

【命名が完了しました!】

【原初の世界の植物「写空花」が全プレイヤーに公開されます】

【命名者:トワ】

【性質が確定しました:空の属性を一時的に帯びます】

【朝は回復効果、昼は攻撃強化、夕方は防御強化、夜は隠密効果】

全プレイヤーの画面にシステム通知が走った。渡空魚に続いて、二つ目の命名。

フォーラムに、リアルタイムで書き込みが殺到した。

——「トワが二つ目の命名。写空花だってよ。時間帯で効果が変わる花だ」

——「渡空魚に続いて、またトワか」

——「だって分析率の上がり方がおかしいんだもん。三回で100%だったぞ」

——「センサー五種類同時起動って聞いた。人間の操作量じゃない」

——「原初の世界の命名、全部トワになるんじゃないか」

〈白霧の進軍〉のメンバーが呆然としたまま呟いた。

「トワさん——俺たちが今までずっとできなかったことを、三十分でやりましたね」

「やったのは、観察だけだ」

「その観察の精度が桁違いなんですよ……」

「セレスのおてがらでもある」

「セレスちゃんの、ですか?」

「月光がセンサーの精度を上げる。セレスがいなければ、もっとかかった」

「セレスのこうけん。——ごほうびは?」セレスが肩の上から聞いた。

「帰ったら、エリーの店でパンを買う」

「やきたてがいー」

「いいぞ、焼きたてを頼もう」

「やった」

〈白霧の進軍〉とはそこで別れた。写空花の性質が確定したことで、彼らは朝・夕・夜に花を摘む計画を立て始めていた。

トワとタマキは、始まりの道に入った。

結晶の森を抜けた先。石を並べて作られた一本道。道の入口に石碑。

【「始まりの道」を発見しました】

【この道は原初の世界を歩いた二人の旅人が作った最初の道です】

【道沿いに「記憶の碑」が設置されています。碑に触れると二人の旅人の記憶を追体験できます】

「記憶の碑——」

最初の碑に手を当てた。

映像ではない……体験だ。自分がそこにいる錯覚を、プレイヤーに抱かせる。

草原……銀色。

風が吹いている、世界が生まれたばかりの頃。

一人が歩いている。杖を持って、歩くたびに地面を突いて、音を確かめている。

こつ、こつ……。

全てを見ている、観察している、記録している。

前方から、別の一人。

素足……裸足で草を踏んでいる。指の間に、草が入る感触を楽しんでいる。

二人が、出会った。

「お前は、誰だ?」

「旅人だ。……お前は?」

「俺も旅人だ」

「なら……一緒に歩くか」

「ああ、歩こう。共に」

特別な言葉はない、たったそれだけの会話だった。

碑から手を離した。

とても短い記憶だった。二人が出会って、ただ一緒に歩き始めただけ。

でもセレスは、トワの肩の上で目をこすっていた。

「セレス……?」

「ううん……ないてない」

「聞いてないぞ、泣いてるかどうかは。……泣いていたのか?」

「……ないてる。なんか、なつかしくて」

セレスの角が強く光った。原初の世界に反応しているらしい。

「このばしょ——しってる。セレス、ここにいたきがする」

「ここに……か?」

「おぼえてない。でも——からだがおぼえてる。このくさのかんじ、このかぜのおと」

ルーナが影の中から言った。

「わたしも。——ここが、全ての始まりだった」

精霊は原初の世界の断片から生まれた存在。身体が覚えている。頭ではなく——身体が。

タマキが碑に触れた。同じ体験を見たのだろう、目が赤い。

「タマキも、泣いたのか」

「泣いてません。——薬の調合で目が疲れてるだけです」

「嘘が下手だな」

「トワさんにだけは言われたくないです」

「まあ……そうだな」

始まりの道は続いている。碑がまだある。先を見なければわからないことがある。

「行こう」

歩き始めた。二人の旅人の足跡の上を。光の足跡を重ねながら。

道は結晶の森を抜けて、金色の草原を横切り、遠くに続いている。

どこまで続いているかは——歩いてみないとわからない。

いつものことだ。