軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「合流」

心門を開放してから三日。この期間は、あえてログインしなかった。

休んでいたんじゃない、頭を整理する必要があったからだ。

深度130まで到達した。深淵の全体が見えた。忘却体と話した。アルヴァの日記を読んだ。森の子供たちと遊んだ。砂漠を渡った。門を開けた。

——情報が多すぎる。

アルヴァは「知識に溺れた」と書いていた、一度に流し込まれた知識に。トワは自分のペースで歩いているが、それでも整理が追いつかない。

三日目の夜。スマホが鳴った。宮瀬ではない。

ヴェノムだった。

前回のオフ会で連絡先を交換した中だ。かつてはPKプレイヤーでも、今では友人だ。

「久しぶりだな、トワ」

「ああ」

「門を開けたそうだな。——フォーラムが祭りになってる」

「見たぞ、やけに騒がしいようだな」

「旅人の集いで話し合った。——俺たちも行く、深淵に」

「助かる」

「助かる、じゃないだろ。——お前が道を開けたんだからさ、後から行くのは当然だろ」

ヴェノムの声は真剣だった。

「実は、カレンも行くと言っている。あいつはNPCだが……深淵内では特殊条件で同行可能になったらしいぞ。何でも、システムが許可を出したんだとか……」

「あのカレンが——?」

「師匠を助けに行くんだろう。千年間待ってた男だ……止められるわけがない」

「ああ、止めないさ」

「ダリオも来る。マリドゥスも連れてくるそうだ。海の獣王が深淵でどこまで使えるかは未知数だが——あの男は来ると言ったら来る」

「ダリオらしいな」

「それと——〈白霧の進軍〉が正式に参戦表明した。ギルドメンバー八十人。全員深度50以上の経験者だ。他にもフォーラムの有志が百人以上集まっている」

「合計で、二百人以上か。多いな……」

「お前……十五万人レイドをやった男だと忘れてないか? 二百人は少ない方だろ」

「十五万人は地上での話だ。深淵では浸蝕度がある。大人数が長時間いられない。——精鋭二百人の方が動けるはずだ」

「わかってるって。だから、お前が作戦を立てるんだろう」

「ああ。——明日、始まりの町に集合をかけてくれ。作戦会議をする」

「了解。——久しぶりだな、こういうの」

「ああ。久しぶりだ」

翌日。始まりの町。噴水広場。

二百人以上が集まっていた。

ヴェノムが旅人の集いのメンバー二十人を連れてきた。ダリオが航海士の仲間たちを引き連れている。〈白霧の進軍〉のギルドマスター、レクトが八十人のメンバーを統率している。他にはフォーラムの有志が百人以上。

カレンがいた。大聖堂の法衣を脱いで、旅人の服を着ている。

「カレン。それは——旅人の時に着ていた服か?」

「師匠に会いに行くのに、法衣では様にならない。——旅人として行く」

カレンの目がいつもと違った。今から旅に出る旅人の目だ。

トワは噴水の縁に立った。二百人が見上げている。

「全員に伝える。——深淵の状況と、これからやることを」

場が一気に静かになった。

「深淵には三つの層がある。沈殿層、混濁層、そしてその下の原初層。俺のパーティは混濁層の途中——深度130まで到達した。【心門】を開放したことで、お前たちが混濁層に入れるようになった」

「原初層には?」

「原初層にはまだ行っていない。深度200が境界だ。そこに扉がある。——扉を開けるのは俺の仕事だ」

「俺たちは、何をすればいい?」

「混濁層を確保してほしい。補給線を維持し、安全地帯を広げ、深度200までの道を整備してくれ。俺のパーティが原初層に潜る間、混濁層を支えてくれる部隊が必要だ」

「任せろ」〈白霧の進軍〉のギルドマスター、レクトが頷いた。

「それと——深淵のモンスターは地上とは違う。全部を倒して進む場所じゃない。避けられるものは避けろ。忘却体とは戦うな、記憶を返してやれば鎮まる」

「記憶を……返す?」

「忘却体は自分が何だったか忘れている。思い出させてやれば——穏やかになる」

「戦わずに解決する深淵攻略か」

「相手が求めているものを渡すだけだ。——あいつらの元々の姿……記憶や過去、形を言葉で伝えれば、深淵では武器になる。見聞録のスキャンを持っていなくても、十分に対処可能だ。そして、最後に一つ。——深淵の底に、千年前の旅人がいる。アルヴァという名前だ――カレンの師匠を、助けに行く」

カレンが杖を握りしめた。

「頼む……千年前に深淵に降りて、帰ってこなかった旅人だ。——帰りたいと言っている。手記にはそう書いてあった。『止めてくれ。まだ間に合うなら』……と」

作戦会議の後。カレンと二人で話した。

始まりの町の裏路地。グランの扉の前。

「カレン。聞きたいことがある」

「何だ?」

「アルヴァは——何を見たんだ。深淵の底で」

「手記に書いてあった通りだ。知識が流れ込んできて——」

「それは症状だろう、俺が聞きたいのは【原因】だ。——何が、アルヴァをそうさせたのか」

カレンが押し黙った。

「……師匠が、最後に話してくれたことがある。二度目の降下の前夜に」

「何をだ?」

「柱の上から、見たものの話だ。——お前も見ただろう。柱の下にうごめいている何かを」

「見た。——ルーナが止めてくれなかったら、危なかった」

「師匠はあれを、もっと長く見た。止めてくれる者がいなかったから……一人だったから」

「……ああ」

「師匠はあれを——『龍』と呼んだ」

龍。

BCOにおける龍は——世界の根幹に関わる存在だ。七属性の獣王たちの上位。エルシオンの第一位階。

「【龍】がいるのか……深淵の底に」

「いる。——いや、正確には違うかもしれない。師匠は、こう言っていた」

少しの間を置いてから、カレンは言った。

「『龍たちは深淵から来た。世界が分かれた時に、原初の力の一部が龍の姿になった。龍は深淵の力そのものだ』……と」

「深淵の力が、龍の姿に——」

「そして、こうも言った。——『龍たちは地上にいる。深淵ではなく、地上に……なぜだと思う?』」

トワは考えた。

龍は深淵の力を持っているが、龍たちは地上にいる。

レイドボスとして、プレイヤーと戦う存在として戦ってきた。

深淵の力なのに——なぜ、深淵にいないのか。なぜ、わざわざ地上に——

「——【門番】か」

カレンが頷いた。

「師匠と同じ答えだ。——龍たちは深淵の力でありながら、地上に留まっている。深淵から出てきて、地上に立ち塞がっている」

「地上の者が深淵に来ないように。——自分たちのように、なってしまわないように」

「そうだ」

レイドボスとして立ち塞がっていた龍たち。プレイヤーが何十時間もかけて攻略してきた巨大な敵。

トワ自身も戦ってきた相手。

あれは——敵ではなかった。

【門番】だった。

深淵に近づく者を追い返すために、地上に立っていた。戦いを仕掛けてきたのは——殺すためではない。「帰れ」と言うために。

「俺たちが倒してきた龍は——世界を、守っていたのか」

「守っていた。……そして龍を倒すことは、門を壊すことと同じだった」

「だからアルヴァが、深淵に行けた。龍がいなくなったから——」

「違う。師匠は龍を倒さなかった。師匠は……龍と話した。龍の言葉を理解した。龍が『行くな』と言ったのに、師匠は覚悟を見せた。龍は——旅人の覚悟を認めて、道を譲った」

「譲ったのに……帰ってこなかった」

「龍たちが、恐れていた通りになった。深淵に触れた者は——変わってしまうんだ」

カレンが言葉を切ってから、続ける。

「師匠が……最後に言った言葉がある」

「何だ?」

「『わたしの中で、龍が目覚めた。深淵の知識が——龍の形を成し始めている。このままでは——わたし自身が、龍になる』」

【龍】になる。

深淵の知識を限界を超えて取り込んだ結果、その知識が龍の形を成す。アルヴァ自身が——深淵の龍になる。

門番の龍たちと——同じものに。

「だから、龍たちは——旅人だったのか」

カレンが首を振った。

「わからない。龍が最初から龍だったのか、誰かが龍になったのか。——師匠にもわからなかった。だが一つだけ確かなのは——深淵の力を取り込みすぎた者は、龍になる。それが、深淵のルールだ」

「なら、アルヴァは……」

「龍になったかもしれない。なりかけているかもしれない。——千年経った今、どうなっているか。わたしにはわからない」

「だったら、確かめに行こう」

「ああ……行こう」

カレンが扉を開け、グランを見つめた。

「グラン。——千年間、ここを守ってくれてありがとう」

「礼を言うのは早い。——行って、帰ってきてから言え」

「……そうだな」

「よい旅を、カレン」

「ああ。——よい旅を」

準備に二日かけた。

二百人の編成を決めた。

先発隊:トワのパーティ+カレン(六人+精霊2+虫1)

目的:原初層への扉を開き、アルヴァの元に到達する。

本隊:ヴェノム指揮(50人)

目的:混濁層の拠点を確保し、先発隊への補給線を維持する。

支援隊:〈白霧の進軍〉ギルドマスター指揮(80人)

目的:沈殿層から混濁層にかけての安全地帯を拡張する。

補給隊:ダリオ+フォーラム有志(70人)

目的:深淵専用の回復薬と装備を各拠点に配送する。

「各部隊の浸蝕度管理は部隊長に任せる。帰還のタイミングは各自判断しろ。——無理はするな。浸蝕度が限界に近づいたら帰れ。帰って、また来い」

「帰って、また来る。——いつものトワだな」ヴェノムが笑った。

全部隊の編成が決まった。装備が配られた。深淵の露が行き渡った。

出発は——明日の朝。

その夜。宮瀬に電話した。

「明日、行く」

「うん。——知ってる、フォーラムで見た」

「俺たちの作戦会議も出回っているようだが……見たのか?」

「見てるよ。いつも」

「……すまん」

「謝らなくていいよ。——帰ってきたら、何もしないデートしようね」

「ああ、クリームパンを買おう」

「うん、約束だよ」

「約束だ」

窓の外は暗い。星が見えている。月が出ている。虫が鳴いている。

音がある夜。

明日——深淵に行く。二百人で。龍になったかもしれない旅人を——人に戻すために。

目を閉じた。

今日は——眠れた。