軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三月の集い

三月中旬。土曜日。現実世界。

駅前のファミレス。大きなテーブルを二つ繋げて、十二人が座っている。

冬夜、宮瀬、蓮、ミコト、ゼクスこと岸田、アストレアこと篠原、ハルこと秋山春菜。ダリオこと海野、ヴェノムこと真田、旅人の集いのメンバー三人。

「乾杯の理由が多すぎる」蓮が苦笑した。

「全部まとめて乾杯すればいいだろ」海野──ダリオが生ビールを掲げた。

「高校生がいるんですけど」ハルがジンジャーエールを持ち上げた。

「ソフトドリンクで乾杯すれば問題ない。──かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

十二人のグラスがぶつかった。冬夜はウーロン茶。いつも通り。

テーブルの上に蓮の本が置かれていた。薄い文庫本。短編アンソロジー。表紙に七人の作家の名前が並んでいる。蓮の名前は三番目。

「蓮くん。本、読んだよ。泣いちゃった」宮瀬が言った。

「どこで泣いたんだ?」

「全部」

「全部泣いたのか。三十ページしかないぞ」

「三十ページで三回泣いた。──主人公が歩き続ける場面と、精霊がパンを食べる場面と、最後の一行」

「パンで泣くのか」宮瀬の感性に蓮が感心している。

「パンの場面は泣くよ。──あれ、セレスちゃんでしょ。『小さな手で大きなパンを持って、隣に座ったって。あの一文で涙腺が壊れちゃった」

「蓮。あの描写は、俺の許可を取っているか?」冬夜がいたずらっぽく言った。

「フィクションだ。実在の精霊とは一切関係ないだろ」蓮も笑いながら返す。

「一切関係あるだろう」

「文学的真実と事実は別物だ」

「三回目だぞ、その理屈」

篠原──アストレアが本を手に取った。

「岡野さん。帯のコメント、お二人のが並んでるんですね。久坂さんと宮瀬さんの」

「ああ。冬夜のは『歩け。止まるな。必ず辿り着く』。宮瀬さんのは『この本に書かれた旅の隣を、わたしは歩いています』。──二人のコメントが並んでるのが、一番嬉しかった」

「素敵ですね。──現実でも、聖騎士の矜持にかけて感動しました」

「リアルでも矜持なのか」岸田──ゼクスが呆れた。

「矜持は、二十四時間営業です」

「会社員の鑑だな。──ブラック企業的な意味で」

ミコトが控えめに手を上げた。

「あの──ひとつ、報告があります」

全員がミコトを見た。

「四月から高三です。──来年の受験、頑張ります。メディアコミュニケーション学部を目指します」

「おお、受験生か」海野が言った。「三年生だけど……配信はどうするんだ?」

「色々考えましたが……前に言っていたとおり、続けます。勉強と両立します。──久坂さんが、BCOと大学を両立してるのを見てきたので」

「頑張れ」冬夜が言った。

「はい。──受かったら報告しますね」

「受かれよ」

「受かります。わたし、やると決めたら強いので!」

ハルが隣で拍手した。「ミコトちゃん、わたしも来年受験だよ! 一緒に頑張ろう!」

「ハルちゃんも高三なんだよね。──受験仲間だね」

「受験仲間! 勉強会しよう!」

ミコトが冬夜をちらっと見た。でも、すぐに目を逸らした。

「久坂さん。──来年受かったら、同じ大学がいいなって思ってます!」

「好きにしろ」

「はいっ、好きにします!」

宮瀬が隣で微妙な顔をしている。蓮が小声で「修羅場の予感」と呟いた。冬夜は聞こえなかったふりをした。

食事が進む。話題がBCOの話に移った。

「十五万人レイド、フォーラムがまだ燃えてるぞ」海野が言った。「『大陸の鼓動に応えた者』の称号を自慢するスレが乱立してる」

「釣り竿で蝕印を釣った人がフォーラムの英雄になってた」ハルが笑った。

「料理人ギルドの二千人分のカレーもバズってたな」岸田が言った。

「あのカレー、レシピが公開されたらしいよ。『世界を救ったカレー』って名前で」宮瀬がスマホを見せた。

「カレーで世界を救ったのか。BCOらしいな」冬夜が言った。

真田──ヴェノムが、端の席で静かに食べていた。

ハルが真田に話しかけた。

「真田さん。闇のエリアでの動き、すごかったです。あの回避はプレイヤースキルの塊ですよね」

「──別に。身体が覚えているだけだよ」

「それがすごいんですよ。レベルもステータスも関係なく、動きだけで生き残る。旅人の理想形です」

「旅人の理想形か。──PKの元締めが、旅人の理想形と呼ばれる日が来るなんて……」

「過去は過去です。今は旅人の集いの仲間です」

「……ありがとよ。──お前、師匠に似てきたな。言い方が」

「師匠の弟子ですから。──あ、師匠は弟子じゃないって言いますけど」

「弟子ではない」冬夜が向こうの席から言った。

「聞こえてるんですか!?」

「聞こえている。耳はいい」

篠原がスマホで全員の集合写真を撮った。顔は映さず、テーブルの上の料理と蓮の本と、十二人分のグラスだけ。

「フォーラムに上げていいですか? 『BCOオフ会、十二人で打ち上げ』って」

「矜持にかけて?」

「矜持にかけて」

「いいですよ」

帰り道。冬夜と宮瀬が二人で歩いている。三月の夜風。まだ冷たいが、冬のそれとは違う。春の気配がある。

「久坂くん」

「なんだ」

「蓮くんの本の最後の一行、覚えてる?」

「覚えている。──『旅は終わらない。明日もこの大地を歩く』」

「あれ、久坂くんの言葉でしょ」

「俺は言った覚えがない」

「言ってなくても、蓮くんが久坂くんの中から聞こえたんだよ。──久坂くんの旅が、蓮くんの言葉になった」

「──そうかもしれないな」

「わたしもいつか、久坂くんの旅を自分の言葉で書きたい。薬学の論文として。──BCOの調合システムが現実の薬学にどう応用できるか。それがわたしの卒論」

「お前の卒論は、お前の旅だ」

「──うん。わたしの旅。久坂くんの隣を歩く旅」

桜はまだ咲いていない。あと二週間。でも蕾は膨らんでいる。

「久坂くん」

「なんだ」

「来年の今頃は、四年生だね。卒論と就活で忙しいね」

「ああ」

「忙しくても、BCOは続ける?」

「続ける。歩き続ける。ゲームでも現実でも」

「──うん。わたしも」

手は繋がなかった。でも肩が触れていた。三月の夜。春の入口。