作品タイトル不明
再訪
エルシオン。
大陸の鼓動が安定してから一週間が経っていた。心拍は六十秒。オーロラが穏やかに見える。大地が健やかに眠っている。
トワはパーティを連れて、エルシオンの各地を回っていた。踏破作戦中は効率を優先して駆け抜けた場所を、今度はゆっくり歩く。
「急ぎじゃないんですか、師匠」ハルが聞いた。
「急ぎじゃない。心臓が安定した今、エルシオンに緊急の課題はない。──次の大型アップデートまで、やり残したことを片付ける」
「やり残したこと?」
「NPC友好度。未回収のイベント。行ったけどゆっくり見られなかった場所。──旅人の本業だ」
「旅人の本業は歩くことではないのですか?」
「歩くことと、歩いた場所を味わうことだ。駆け足では味わえない」
◇
最初に向かったのは土のエリア。剛山の連峰。ガロンの洞窟。
ガロンが洞窟の入口に立っていた。三メートルの岩人が、小さなセレスを探すように首を巡らせている。
「来たか、旅人。──小さいのはどこだ」
「ここー!」セレスがトワの肩から飛んで、ガロンの膝に着地した。
「おお──無事だったか。レイドの時、光のエリアにいたと聞いて心配していた」
「セレス、だいじょうぶだった。ソレイスがまもってくれた」
「そうか──石餅を焼いてある。食え」
ガロンが洞窟の奥から石餅を持ってきた。今回は最初から柔らかい部分だけを小さく割ってある。セレス用だ。
「ガロン、やさしい。セレスのぶん、つくってくれたの?」
「──小さい者には柔らかい餅が必要だ」
「でれでれですね」タマキが呟いた。
「でれでれではない」
【ガロンの友好度が上昇しました──友好度:9/10】
「あと1で──」
「石餅の食べ方をもう一つ教えてやろう。──焼いた後に山の清水で冷やすと、中身が餅から飴のようになる。甘くなるんだ」
「あまくなる!?」セレスの目が輝いた。
「甘い石餅か──セレス用の特別メニューだな」ゼクスが腕を組んだ。
「特別ではない。石人の子供に食べさせる伝統の食べ方だ。わしも子供の頃はこれを食べていた」
「ガロンにも、子供の頃があったのか」
「当たり前だ。石人も生まれて育つ。……千年前の話だがな」
セレスが冷やした石餅を齧った。
「あまい──! もちもちであまい──! ガロンのこどものころのあじ──!」
【ガロンの友好度が上昇しました──友好度:10/10(MAX)】
【ガロンの友好度が最大になりました!】
【報酬:「剛山の守り石」を獲得しました】
【効果:所持しているだけで土属性耐性+20%、落下ダメージ無効】
「落下ダメージ無効──! 崖登りが捗る」
「もう一つ」ガロンが言った。「これは友好度の報酬ではない。わしからの、個人的な贈り物だ」
ガロンが自分の腕から──小さな石の欠片を割って、セレスに渡した。
「わしの身体の一部だ。持っておけ。──お前が危険な時、この石が硬くなって守ってくれる」
「ガロンのからだの──!? いいの!?」
「石人の身体は再生する。小さいのを守るためなら、腕の一部くらいどうということはない」
セレスが石の欠片を大事そうに抱えた。
「おもい。でもだいじ。ガロンのいし。たからもの」
「……そうか。──また来い。石餅を焼いておく」
◇
次に向かったのは──新大陸の西岸。断崖の海岸。サーラの秘密基地があった洞窟。
ハルが全員分のサーラの絵の具を持っていた。
「師匠。約束通り、みんなの装備に模様を描きましょう」
「ああ。──ここで描くのがいい、サーラが絵を描いた場所で」
洞窟の中に入った。壁の落書きは変わっていない。旅人の絵。星の絵。海の絵。サーラが行けなかった場所の風景。
ハルがサーラの絵の具を開けた。星の光を帯びた塗料。銀色に輝いている。
「誰から描きます?」
「セレスから」
セレスがトワの肩から降りて、ハルの手のひらに座った。
「セレスのかくに、もようかいて」
ハルが細い筆で、セレスの角に小さな星の模様を描いた。銀色の星が角の根元に一つ。
【セレスティアの角に星の模様を描きました。星属性耐性+5%】
「きらきら! セレスのかく、きらきら!」
「可愛い」ハルが微笑んだ。「次は誰?」
全員が順番に装備に模様を描いてもらった。
トワの果ての道標の柄に星。ゼクスの短剣の鍔に星。アストレアの聖剣の鞘に星。タマキの薬鞄の留め金に星。ルーナの髪飾りに星。ダリオの帽子の縁に星。ハル自身の導師の杖に星。
「全員に星がついた。──サーラの絵の具が、世界中を旅する」
ハルが洞窟の壁に向かって頭を下げた。
「サーラさん。あなたの絵の具を使わせてもらいました。──わたしたちの装備に星を描きました。これからこの星が、あなたが行けなかった場所を全部回ります」
壁の落書きが──一瞬だけ、光った気がした。星の塗料が、洞窟の中で淡く輝いていた。
「サーラも喜んでいるのかもしれない。──俺たちの足音が聞こえているのかもしれないな」
ハルが泣きそうな顔をしていた。
「風が目にしみただけです」
「ここは洞窟だ。風はない」
「洞窟でも風は吹きます。──嬉しい風が」
◇
洞窟を出て、次の目的地に向かう途中。
リーリアのいるオルテリアに立ち寄った。星読みの塔。リーリアが図書室で翻訳作業をしている。
「トワ、久しぶりだね。何か用?」
「伝えたいことがある。──お前の先祖のことだ」
「わたしの先祖?」
「サーラという少女を知っているか」
「サーラ──? 知らない、文献にもない名前だけど」
「新大陸の西岸の断崖に、洞窟がある。その中に壁画と石板があった。サーラという少女が描いた落書きだ。──サーラは身体が弱くて外に出られなかった。だが友達が二人いた。旅人のラシードと、星読みのリーリア」
「リーリア──!? わたしと同じ名前の……」
「お前の先祖だろう。ラシードは星巡りの塔を建てた最後の旅人だ。リーリアは星読みの家系。──お前の家だ」
リーリアの目が大きくなった。
「わたしの先祖が──サーラの友達だった──?」
「ああ。サーラは二人から外の話を聞いて、行けない場所の絵を描いた。海の絵。山の絵。星の絵。──全部、リーリアとラシードの話を聞いて想像した絵だ」
リーリアの目が潤んだ。先祖と見知らぬ少女の友情を知って。
「行きたい。──サーラの洞窟に。──わたしのご先祖さまの、友達の場所に」
「案内する。──次の機会に」
「約束。──絶対」
「約束だ」
【リーリアの友好度が上昇しました──友好度:8/10】
「友好度上がりましたね」タマキが笑った。「でも、泣かせちゃダメですよ」
「泣かせたわけじゃない、事実を伝えただけだ」
「事実が人を泣かせることもありますよ。──トワさんが一番よく知ってるはずです」
「……そうかもしれないな」