作品タイトル不明
蓮の原稿
現実世界。三月上旬。
冬夜のスマホに蓮からメッセージが来た。
蓮:「読んでくれ」
添付ファイル。テキストデータ。蓮が書いている長編の第一章。タイトルは『歩く者たち』。
講義の合間に読んだ。
主人公はゲームの中を歩き続ける少年。装備は初期武器だけ。仲間に妖精と、影の少女と、虫がいる。読み始めて三行で、モデルが自分だとわかった。
だが蓮の描く「冬夜」は、冬夜自身が認識している自分とは少し違っていた。
蓮の主人公は、孤独を恐れていた。一人で歩くことを選んだのではなく、一人でしか歩けなかった。仲間ができたのは偶然ではなく、主人公が無意識に求めていたからだ。
読み終えて、蓮に電話した。
「読んだ」
「どうだった?」
「主人公が……孤独を恐れている設定にした理由は?」
「お前がそうだからだ」
「俺は、孤独を恐れていない」
「嘘をつくな。お前は孤独を恐れないふりをしているだけだ。七千時間一人で歩けるのは、強いからじゃない。一人で歩くしかないと思い込んでいたからだ」
冬夜は黙った。
「宮瀬さんに出会って変わっただろ。セレスが肩に乗って変わっただろ。ハルが弟子入りして変わっただろ。お前は……変わったんだ。一人で歩く人間から、みんなで歩く人間に」
「俺は、そんなに変わったか?」
「変わった。去年の冬夜は食堂で一人でカップ麺を食べていた。今は宮瀬さんが弁当を作ってくる。俺に背中を叩かれて笑顔の写真を撮られる。ミコトに『一番に報告したい人』と言われる」
「それは周囲が変わったのであって、俺が変わったのではない」
「周囲を変えたのはお前だ。お前が歩き続けたから、周りに人が集まった。ゲームでも現実でも。それが主人公の力だ」
「俺は主人公ではない」
「お前は 自(・) 分(・) が(・) 主(・) 人(・) 公(・) だ(・) と(・) 思(・) っ(・) て(・) い(・) な(・) い(・) か(・) ら(・) 、 主(・) 人(・) 公(・) な(・) ん(・) だ(・) よ」
蓮の声に、いつもの軽さがなかった。真剣だった。
「冬夜。この長編、出版社に持ち込むつもりだ。短編のアンソロジーが売れたから、長編の企画も通る見込みがある」
「そうか」
「お前の許可が要る。モデルがお前だとバレる内容だから。BCOプレイヤーが読めば、トワだと特定される可能性がある」
「構わない」
「即答か?」
「お前が書きたいなら、書け。俺の旅は隠すものではない」
「ありがとう。いい原稿にする」
「蓮……一つだけ注文がある」
「何だ?」
「結末を書くな。旅は、まだ終わっていないから」
「……わかった。結末は保留にする、お前の旅が終わった時に書く」
「終わらないかもしれないぞ」
「なら、結末のない小説にする。それも悪くない」
電話を切った。
宮瀬からメッセージ。
宮瀬:「久坂くん。蓮くんの長編、わたしも読んだ。薬師のキャラクターがわたしだった」
冬夜:「どう書かれていた?」
宮瀬:「『彼女の手は常に温かかった。傷を治す手ではなく、傷ついた者の隣にいるための手だった』って」
冬夜:「蓮の文章力だな」
宮瀬:「泣いた」
冬夜:「泣くほどか」
宮瀬:「泣くよ。だって当たってるんだもん」
トワは満足そうな顔で、スマホをポケットにしまった。