作品タイトル不明
[三十六秒]
踏破作戦十二日目、踏破率48%。
半分を超えた。だが、心拍も加速している。
【エルシオンの心拍:現在35.8秒周期】
「発見時が三十七秒……十二日で1.2秒速くなった。加速は一定ではなく、徐々に速まっている」
「どこまで速くなったら、危険なんでしょうか」ハルが聞いた。
「ルトヴィアに確認した。三十秒を切ると大陸の表層に影響が出始める。地震、津波、属性の噴出。――二十五秒を切ると、【大陸獣】が半覚醒する。二十秒を切ると【完全覚醒】……そこが限界だ」
「今が三十五・八秒。三十秒まであと五・八秒。加速度から逆算すると――」
「残り約三十日。そこまでに踏破率100%を達成して、【心臓】に到達しなければならない」
「三十日で残り52%。一日あたり1.7%。今のペースなら──ギリギリだ」
「ギリギリだが、間に合う。全チームのペースが維持できれば」
だが、ペースを維持するのが難しくなっていた。各エリアの踏破しやすい場所は既に歩き終えている。残っているのは険しい山の裏側、深い洞窟の奥、複雑な地下水路。一日あたりの踏破率が下がり始めていた。
「昨日は1.3%……一昨日は1.4%。ペースが落ちてきている」
「難所が残ってるからですよね。簡単な場所は全部終わった」
トワは全チームのデータを見聞録に統合して、分析した。
「ボトルネックは三つある。土のエリアの北部山脈、光のエリアの氷河地帯、虚空のエリアの灰色平原の東端。この三箇所が踏破率を上げるのに最も時間がかかっている」
「対策は?」
「土のエリアはガロンに道案内を頼む。石人は山の内部構造を知っている。近道がある」
「光のエリアは?」
「セレスの月光で氷河を溶かす。氷河の下に隠れたエリアがある。溶かさないと足を踏み入れられない」
「虚空のエリアは――」
「俺が直接行く。灰色平原は属性がないから精霊やNPCの助けが得られない。見聞録と足だけで踏破する。旅人の基本に戻る」
各チームに指示を出した。
トワ:「ゼクス、土の北部山脈だが、ガロンに連絡を取れ。石人の知る山の内部の近道を使って、山脈の裏側を一気に踏破する」
ゼクス:「了解。ガロンには俺から話す。あの石人、なぜか俺の短剣を気に入っている」
トワ:「気に入っている?」
ゼクス:「石を削る音がいいと言われた。暗殺者の短剣は、石人に褒められる道具ではないがな」
トワ:「セレス、光のエリアの氷河を月光で溶かす。全力でいい。溶かした先に隠しエリアがあるはずだ」
セレス:「とかす。ぜんりょく。でも、つかれたらおやつ」
トワ:「おやつは用意してある」
セレス:「なに」
トワ:「ガロンの石餅の柔らかい部分」
セレス:「やった。もちもち。がんばる」
トワは虚空のエリアに一人で向かった。
灰色の平原。属性がない場所。見聞録の全属性解析は属性のない場所では精度が落ちる。読めるデータが少ない。
だが、足はある。目がある。これまで培ってきた経験もある。
平原を歩いた。何もない。景色が変わらない。灰色の地面。灰色の空。風もない。音もない。
見聞録が反応しない場所を歩くのは、旅人の最終試練と似ている。データに頼れない。自分の感覚だけで歩く。
足の裏の感触で地形の変化を読む。空気の密度の微妙な差で空間の広さを測る。自分の足音の反響で壁の距離を推定する。
【エルシオン踏破率:48.3%……48.4%……48.5%……】
一歩ごとに0.01%ずつ数字が増えていく。小さな数字。だが確実に前に進んでいる。
「歩けば、増える。いつもそうだった」
灰色の平原の端。崖があった。崖の下に谷。谷の底に何かが見える。
全属性解析では読めない。だが目で見える。谷底に、石造りの建物がある。小さな神殿。灰色ではなく白い石。
「虚空のエリアに白い建物……属性がない場所に属性を持つ構造物か」
崖を降りて、神殿に入った。中は広い。壁に文字。見聞録で翻訳できる。虚空のエリアなのに文字が読める。
【「ここは世界の 臍(へそ) である。全ての属性が生まれ、全ての属性が帰る場所」】
「世界の 臍(へそ) 。大陸の中心。記憶庫の壁画にあった『全ての始まり』はここか」
神殿の中央に台座。台座の上に、小さな結晶が浮かんでいた。七色の結晶。調和の水晶と同じ色だが、手のひらサイズ。
【「 臍(へそ) の結晶」を発見しました!】
【この結晶は、大陸獣エルシオンの心拍を安定させるための鍵です】
【使用条件:エルシオン踏破率100%に達した時、心臓の前で使用してください】
「心拍を安定させる鍵。踏破率100%で使える。これが心臓に触れるための道具か」
台座から結晶を取った。温かい。脈打っている。大陸の心拍と同じリズムで。
「三十五・八秒。大陸と同じ鼓動だ」
手の中の結晶が大陸の心臓と共鳴している。踏破率が100%に達すれば、この結晶で心拍を正常に戻せる。
崖を登って平原に戻った。
トワ:「全チームへ連絡。いま、 臍(へそ) の結晶を入手した。心臓に到達するための道具だ。あとは踏破率を100%にするだけだ。全チーム、ペースを上げろ」
パーティーチャットが動いた。
ハル:「了解です!」
ゼクス:「了解」
ダリオ:「了解! 鯨エスコートをフル稼働させるぞ!」
アストレア:「了解です! 聖騎士の矜持にかけて!」
ルーナ:「闇エリアは明日で終わる。その後は他のチームを手伝う」
セレス:「もちもちたべた。げんき。がんばる」
【エルシオン踏破率:49.1%】
半分。あと半分。
手の中の結晶が、大陸と一緒に脈打っている。三十五・八秒。少しずつ速くなっていく。
間に合わせる。歩いて。