作品タイトル不明
[分担]
踏破作戦一日目。
朝。調和の里から、全チームが各エリアに散っていった。
トワとタマキは土のエリアに向かった。七色列車で剛山の連峰まで。ガロンの集落を拠点にして、山脈の裏側、まだ歩いていない谷や洞窟などのマップを埋めていく。
「トワさん。二人きりは久しぶりですね」
「そうだな。普段はパーティが七人だから」
「緊張します。まるで……二人っきりの遠足みたいで」
「遠足じゃないぞ」
「じゃあ……デートですか?」
「いや……違うような、違わないような気もするが……」
「ふふっ、答えづらそうですね。トワさん」
「もう遠足でいい、早く行くぞ」
トワは全属性解析を起動した。土のエリアの未踏破部分をマッピングする。山の裏側に大きな未踏破エリアが広がっている。
「ここから北に向かって谷沿いに五キロ、未踏破エリアが続いているな」
「五キロ……歩いて二時間くらいですか」
「一時間半で行ける。地形が平坦だ」
歩き始めた。谷沿いの道。岩肌が剥き出しの狭い谷間。上空に鳥が飛んでいる。
「師匠、質問してもいいですか」
また呼び方が師匠に戻っていたが、トワは気にしないことにした。
「何だ?」
「エルシオンが生き物だって知った時、怖くなかったですか。自分が歩いてる地面が……巨大な生き物の背中だって」
「怖くない。怖くないというより、腑に落ちた」
「腑に、落ちた?」
「エルシオンの全エリアで同じ周期の脈動が観測された時、自然現象では説明できなかった。だが生き物の心拍だとすれば全て辻褄が合う。七属性の均衡は生体の恒常性。獣王は免疫系。川は循環系。全てが、一つの生命活動として繋がっている」
「ゲームの世界が、生物学的に成り立っているんですね。薬学部としてはちょっと興奮します」
「お前の薬学の知識とBCOの世界設計が重なるのか」
「重なります。わたしが調合する薬も、素材の属性バランスで効果が変わる。生体の薬理学と同じ構造です。エルシオンが生き物なら、大陸全体が一つの患者で、心拍を安定させるのは治療行為ですよね」
「治療行為か……面白い見方だ」
「薬師として、大陸を治療する。やりがいがあります」
谷を進む。見聞録でスキャンしながら歩く。未踏破エリアのマップが埋められていく。
途中でモンスターに遭遇した。
【 鎧蠍(よろいさそり) Lv83 HP:38,000 属性:土+火(複合)】
「また複合属性。土と火か」
「蛇竜と似た構造ですか? 外殻と核」
「スキャンする――構造は違う。蠍は外殻が全身を覆っている、弱点が露出していない」
「弱点が、ない?」
「ない。全身が均一な外殻で、通常の方法では物理攻撃が通らない」
「じゃあ、どうするんですか?」
「外殻を通さずに、内部にダメージを与える。タマキ、薬で内部攻撃ができないか」
「内部攻撃。……毒薬ですか?」
「毒じゃなく、蠍が摂取した時に内部から効く薬。外から殴るのではなく、食べさせる」
「食べさせる薬……『経口投与』」
「お前の得意分野だろう。直接投与の応用で」
タマキが考えた。手持ちの素材を見る。複合核がある。蛇竜から取った火土の複合核。
「複合核を餌に仕込んで、食べさせる。複合核は蠍と同じ属性だから、蠍は餌と認識して食べるはず。その核に反属性の成分を混ぜておけば、体内で反応して内部からダメージを与えられる」
「反属性とは、なんだ?」
「水と風――火土の反属性です。複合核の中に水風の成分を混ぜた爆弾。食べた瞬間に体内で属性が衝突して自壊します」
「作れるか」
「作れます。三分ください」
タマキがその場で調合した。複合核に水風の成分を注入。外側は火土の匂い。中身は水風の爆弾。
「できました。名前は、そうですね……『 蠍(さそり) 殺しの団子』」
「名前が物騒だな」
「効果が物騒なので」
蠍の前に団子を転がした。蠍が匂いを嗅ぎ、一瞬迷って、食べた。
三秒後。蠍の身体が内側から光った。外殻にひびが入る。中で属性が衝突している。
【鎧蠍に内部ダメージ! HP:38,000 → 22,000】
「外殻を迂回して16,000ダメージ。一回で半分近く削れたぞ」
「やった! 経口投与、大成功です!」
「外殻が割れた。ここからは物理が通る――行くぞ」
【果ての道標】を剣形態に。外殻のひび割れから内部を突く。ゼクスがいない分、トワ一人で近接をこなす。タマキが回復を飛ばしながら、もう一個の団子を用意している。
二回目の経口投与。蠍のHPが一万を切った。
最後はトワの弓で仕留めた。
【鎧蠍を討伐しました!】
【ドロップ:鎧蠍の甲殻×6、土火の複合核×1】
「また、複合核が出たな」
「在庫が増えます。全21種類のうち、これで火土が二つ目」
「各エリアで複合属性のモンスターを狩れば、全種類の複合核が集まるな」
「集めます。二十一種類の複合薬を全部作るのが目標ですから」
谷の探索を続けた。二人で歩く。トワがスキャンし、タマキが素材を拾い、モンスターが出たら連携して倒す。
夕方。調和の里に戻った。
他のチームも帰ってきていた。
「ハル。風のエリアの進捗は」
「3%進みました。旅人の集いが十二人で分担して歩いたので効率が良かったです」
「ゼクス……火のエリアは」
「2.5%。モンスターが多くて、戦闘に時間を取られた。アストレアの聖剣が火のモンスターに有効だった」
「ダリオ、水のエリアは」
「4%! 航海士の潜水チームが水中をガンガン泳いだ! 水の中なら俺らが最速だ!」
「セレス。光のエリアは」
「2%。ひとりでがんばった。NPCのおばーちゃんがおやつくれた」
「おやつの報告はいらない」
「いる。おやつはけーかく」
「……ルーナ。闇のエリアは」
「8%」
「8%? 待て……それを、一日でか?」
「言ったでしょ。暗い場所はわたしの庭。夜に近い環境なら、影を通路にして歩くより何倍も速く動ける」
「ルーナちゃんが、一日でチーム全員分の成果を超えてます!」
「夜の精霊の本気を見た。第二位階は伊達じゃないな」
初日の合計。各エリアの踏破進捗を合算すると、エルシオン全体の踏破率が15%から18.5%に上がっていた。一日で3.5%。
「一日3.5%。このペースなら二十五日で100%に届く。予定より早い」
「ルーナちゃんが異常なんですよ」
「ルーナ。明日も同じペースで行けるか」
「行ける。明日は闇のエリアの奥地に入る。複雑な地形が多いから少し落ちるかもしれないけど、5%は確保する」
「頼む」
「任せて。夜の精霊の仕事だから」
全チームのデータを見聞録に統合した。各エリアの隠しエリアや最短ルートが一覧になっていく。これを元にトワが明日以降、実際に各エリアを歩けば、探索の手間なく踏破率を上げられる。
「各チームが一日で調査した範囲を合計すると、約20%分のルートが確保された。明日から俺がこのデータを使って各エリアを歩く。隠しエリアの場所も最短ルートもわかっているから、探す時間がゼロだ。歩くだけでいい」
「師匠が歩くだけの作業に入るんですね。探索は、各チームが先行して終わらせる……と」
「ああ、各チームは引き続き先行調査を進めてくれ。俺は一日遅れで後を追って、調査済みのエリアを踏破する。このサイクルなら、一日3%以上のペースで踏破率を上げられる」
大陸の心拍は三十七秒周期。毎日少しずつ速くなっている。
「加速している。微小だが、確実に」
「間に合いますか」
「間に合わせる。走るのではなく、歩き続けることで」
セレスがエリーのパンの最後の一切れを食べ終えた。
「トワ。きょう、がんばった。あしたもがんばる」
「ああ。明日も歩く」
「あさっても」
「明後日も」
「ずっと」
「ずっとだ」
エルシオンの夜。七色のオーロラが空を流れている。その下で、大陸が静かに脈打っている。三十六・八秒周期。
地面の下で、何かが目覚めようとしている。