作品タイトル不明
[脈動]
エルシオン踏破率が15%を超えた頃、異変に気づいた。
火のエリアで溶岩の温度を計測していた時のことだ。全属性解析の地熱データに、周期的な揺らぎが混じっていた。
「地熱が【脈動】している。一定周期ごとに、温度が少しだけ上がって戻っている」
「【脈動】? 火山活動の一種ですか」ハルがデータを覗き込んだ。
「火山活動なら、不規則に変動する。でも、これは規則正しい……三十七秒。正確に、三十七秒だ」
見聞録のログを遡った。火のエリアだけじゃない。
水のエリア。大湖アルケオンの水位が微かに上下している。
風のエリア。翠嶺の高原の気圧も変動している。
土のエリア。地面の振動も三十七秒周期。
「全エリアで三十七秒周期の脈動が観測される。属性が違うのに、周期が完全に一致している」
「全部、同じリズムで動いてるってことですか……大陸全体で」
「ああ。まるで」
トワはその言葉を口にするか迷った。自分でも信じがたい仮説だったから。
「まるで、【心臓の鼓動】みたいに……」
「師匠、それは比喩ですか……それとも」
「わからない。だが、全エリアで同一周期の【脈動】が観測される自然現象は存在しない。何かが大陸全体を同じリズムで脈動させている」
ルトヴィアに聞きに行った。
調和の里。長老は水晶の前に座っていた。いつものように七色の光を眺めている。だが今日は顔つきがけわしい。
「長老。大陸全体で一定周期の【脈動】を検知した。これは……何だ」
「お前は気づいたか……早いな。この【脈動】に気づいた旅人は、お前が初めてだ」
「知っているのか?」
「知っている。だが……それについて、この村では口外を禁じられている。大昔からの掟だ」
「掟を破って、教えてくれ」
「破るのではない。お前には教える義務がある。七体の獣王を解放し、調律者を倒した旅人には、知る権利があるだろう」
ルトヴィアが立ち上がった。杖で地面を叩いた。地面が光り、水晶の前に文字が浮かび上がった。古い文字。見聞録で翻訳できる。
【「エルシオンは大地ではない。エルシオンは生き物である」】
「生き物……」
【「大湖アルケオンは心臓。七本の川は血管。七つのエリアは臓器。山脈は骨格。森は皮膚。風は呼吸」】
「大陸が生きているのか? 文字通りの意味で」
「ああ……文字通りだ。エルシオンは太古の存在……龍種よりも更に古い。世界ができた時、最初に生まれた生き物がエルシオンだった。大地として横たわり、その身体の上に山が生え、森が茂り、湖が満ちた。獣王も精霊獣も、エルシオンの体内から生まれた」
「まさか……七体の獣王は、大陸の臓器を守る存在だったのか」
「その通り。獣王はエルシオンの免疫系のようなものだ。外敵を排除し、属性の均衡を守る。お前たちが獣王を解放したのは、免疫を正常に戻したということだ」
「調律者が獣王を閉じ込めたのは……免疫を殺して、大陸を衰弱させるためだったのか」
「そうだ。調律者は大陸の心臓である大湖に巣食い、免疫である獣王を封じ、エルシオンを死なせようとしていた」
「調律者は倒した。獣王は解放した。だが……【脈動】は続いている。いったい、何が問題だ?」
ルトヴィアが水晶を見た。七色の光は均等に輝いている。だが、水晶の中心に、微かな濁りがある。前には見えなかった濁り。
「調律者を倒したことで、大陸に一つ問題が生じた。調律者は悪性の存在だったが、大湖の底で大陸の心拍を制御していた。一種のペースメーカーだ。それが消えたことで、心拍の制御が不安定になっている」
「【脈動】が三十七秒なのは、正常なのか」
「正常ではない。正常な心拍は六十秒周期だ。三十七秒は速すぎる。大陸の心臓が、速く打ちすぎている」
「心臓が速く打ちすぎると、どうなる」
「【目覚める】」
一拍の間。
「エルシオンが──【目覚める】?」
「ああ……大陸獣が目を開ける。大地が動き出す。山が歩き、海が波立ち、空が裂ける。最後にエルシオンが目覚めれば、この大陸の上にある全てのものが振り落とされる」
「全てとは……プレイヤーも、NPCも、獣王も、全部か」
「全部だ。大陸獣が身じろぎすれば、背中に乗っているものは全て落ちる」
「それを、防ぐ方法は」
「心拍を六十秒に戻す。ペースメーカーの役割を、誰かが引き継ぐ。大湖の底にある心臓に直接触れて、脈拍を安定させる」
「大湖の底――調律者がいた場所か」
「その通り。逆ピラミッドがある場所の、さらに下。深度700メートル。大陸の心臓がある」
【メインクエスト「大陸の鼓動」が発生しました】
【エルシオンの心拍が不安定化しています。大湖アルケオンの最深部にある心臓に到達し、心拍を安定させてください】
【警告:心拍が限界に達すると、大陸獣エルシオンが覚醒します。覚醒した場合、大陸上の全存在が消滅します】
【推定残り時間:不明。心拍は徐々に加速しています】
「残り時間が不明……心拍が加速している。急ぐ必要があるが、準備なしで飛び込むのは自殺行為だ」
「長老。心臓に到達するために、必要なものは」
「二つある。一つは潜水能力。深度700メートルは、タマキの深潜薬でも限界を超えている。新しい手段が要るじゃろうて」
「もう一つは?」
「心臓に触れる【資格】だ。心臓はエルシオンの核。触れるには大陸の全てを知っている必要がある。全エリアを歩き、全ての地形を記録し、大陸の身体の構造を完全に把握した者だけが、心臓に触れる」
「全エリアを歩き、全ての地形を記録する。それは――」
「踏破率100%だ」