作品タイトル不明
[情報屋]
エルシオン。調和の里。
里の広場にプレイヤーの露店が並び始めていた。アストラムのナハルと同じ現象だ。拠点の周囲にプレイヤーが集まり、経済が生まれる。
タマキの露店が一番繁盛している。翠風の衣薬、碧湖の深潜薬、耐熱薬の改良版。エルシオンの各エリアに対応した薬が揃っている。
「トワさん、薬が飛ぶように売れてます! 在庫が追いつきません!」
「値段を上げてみろ、需要があるのならそれでも売れるはず」
「上げたんです、二回。それでも売れるんです!」
「需要がある……いや、あり過ぎる。エルシオンの環境対策薬はお前しか作れない。独占市場だ」
「独占って言われると悪いことしてるみたいですけど」
「悪いことではない。お前の技術力の結果だ」
露店の隣に、見慣れない店が出ていた。「情報屋・スイ」と看板が出ている。プレイヤーの情報屋。アストラムのナハルにもいたが、エルシオンにも現れた。
トワは情報屋の前で足を止めた。
「ここで、何を売っている?」
「エルシオンの攻略情報です。モンスターの弱点、隠しエリアの場所、NPCの友好度の上げ方。一件500ゴールド」
「その情報の出元は」
「フォーラムの『トワ追跡レポートbyハル』です。ハルさんの記事を整理して、見やすくまとめて売ってます」
ハルの記事を転載して金を取っている。アストラムの時と同じパターンだ。
「ハルに許可は取ったか」
「許可? フォーラムの公開記事ですよ、誰でも読めます」
「読めるが、それを商品にしていいかは別の話だ」
「ゲームのルール上、禁止されていません」
ルール上は正しい。だがハルは無料で情報を公開している。それを他人が金で売る。倫理的な問題はあるが、BCOの規約には抵触しない。
ハルにチャットを送った。
トワ:「お前の記事を転載して売ってる情報屋がいる。知っていたか」
ハル:「知ってます、三日前から。でも止める方法がないんですよね。フォーラムは公開情報なので」
トワ:「気にしていないのか」
ハル:「最初はちょっとモヤモヤしましたけど、考え方を変えました。わたしの記事が価値を持っているということは、わたしの記録が役に立っているということです。導師として、それは嬉しいことです」
トワ:「前向きだな」
ハル:「師匠に教わりました。情報は共有するもの。共有した先で何が起きても、元の価値は変わらないって」
トワ:「俺はそんなことを言ったか」
ハル:「言いました。ナハルの露店通りで」
記憶にない。だがハルが覚えているなら、言ったのだろう。
トワは情報屋の前に戻った。
「一つ買おう」
「え、トワさんが買うんですか? ハルさんの記事の元ネタ……トワさん本人ですよね」
「自分の情報がどう加工されているか確認する。500ゴールド」
情報を買った。紙のアイテム。中身を読む。
ハルの記事をまとめたものだが、一部に誤情報が混ざっていた。
「この情報に、間違いがある。【黒翳の森】の冥光苔の採取ポイントが二つずれている。あと虚空のエリアの推奨レベルが『Lv85以上』と書いてあるが、正確にはLv78から入れる」
「え……ハルさんの記事では、そう書いてあったと思いますが……」
「ハルの記事は正しい。お前がまとめる時に読み間違えたか、意図的に情報を劣化させて繰り返し購入を促しているかだ」
情報屋が沈黙した。
「後者だな。微妙に間違った情報を売り、正しい情報は上位プランで売る。情報の品質差で利益を出す手法。現実のビジネスモデルと同じだな」
「ば、バレてないと思ったんですけど……」
情報屋が顔を青くした。周囲のプレイヤーが聞いている。
「おい、情報が間違ってるのか!」
「俺も買ったぞ! 詐欺だろ、500ゴールド返せよ!?」
「ちょ、待って! 全部が全部、間違いなわけじゃ……!」
トワが全体チャットではなく、里の周辺チャットに一言だけ打った。
トワ:「正しい情報は、ハルのフォーラム記事を直接読んでくれ。全て無料だ」
情報屋の客が一瞬でいなくなった。全員がフォーラムを開いている。
「ひどい……商売あがったりだ!」
「正しい情報を無料で公開している人間がいるのに、劣化コピーを有料で売る方が問題だ。やるなら正確にやれ。間違った情報でプレイヤーが死んだら、お前の責任だぞ」
反論ひとつないまま、情報屋は露店を畳んで去っていった。
ハルからチャットが来た。
ハル:「師匠。情報屋さんを潰しましたね」
トワ:「潰したんじゃない。正しい情報を『案内』しただけだ」
ハル:「結果的に、潰れてますけど」
トワ:「情報で金を稼ぐなら、情報の質で勝負しろ。劣化コピーで稼ぐな」
ハル:「師匠、たまにすごく厳しいですよね」
トワ:「厳しいんじゃない。正確なだけだ」
ハル:「同じことですよ、それ」
◇
露店通りを歩いていると、別のプレイヤーに声をかけられた。
「トワさん。ちょっと相談いいですか」
Lv82の魔法使い。ギルドには入っていない。ソロプレイヤー。
「何だ」
「火のエリアの灼原の大地で、Lv85のモンスターに勝てないんです。三回挑んで、三回全滅。装備も薬もそこそこ揃えたんですけど……」
「モンスターの名前は」
「 灼炎(しゃくえん) の 蛇竜(じゃりゅう) 。火と土の複合属性で、水属性の魔法を当てても全然効かなくて……」
「水属性が効かないのは当然だ。蛇竜は土属性を持っている。土は水を吸収する。このゲームの水魔法は土属性に吸われるから、威力が大幅に減衰する」
「え、そういう仕組みなんですか……複合属性って、両方に弱点があるわけじゃないんですね」
「複合属性は外殻と核がある。蛇竜の場合、外殻が『土』で核が『火』。外殻を貫通しない限り核にダメージが通らない。水は土に吸われるから、外殻を貫通できない」
「じゃあ、何が効くんですか?」
「『風』だ。風属性は、土の外殻を侵食する。風で外殻を削ってから、水で核を叩く。二段階の攻撃が要る」
「二段階……風と水の二属性を使い分けるってことですか。魔法使いの自分でもできますか」
「できる。風魔法で五発。外殻が割れる音がしたら、すぐに水魔法に切り替えろ。核が露出するのは三秒間だけだ。三秒で水の最大火力を叩き込め」
「五発で割れて、三秒で水――やってみます」
「それと、立ち位置は蛇竜の左後方。右前脚の振り下ろしと尻尾の回転の両方の死角になる。見聞録がなくても、蛇竜の首の向きで次の攻撃が読める。首が左に振れたら尻尾が来る。右に振れたら前脚が来る」
「首の向きで攻撃予測。そんな法則があるんですか」
「法則ではなくパターンだ。BCOのモンスターには全て予備動作がある。動きを観察すれば、見聞録がなくても読める」
魔法使いが目を輝かせていた。メモを取っている。
「トワさん。これ、フォーラムに書いてない情報ですよね」
「書いていない。見聞録のスキャンデータと、実戦から導いた推測だ」
「すごい……これ、お金払ってもいいレベルの情報なんですけど」
「金は要らない。帰ったらフォーラムに書け。同じモンスターで困っている人間がいるはずだ」
「自分が書いてもいいんですか……?」
「いい。情報は共有するものだ」
「あっ……ありがとうございます! 本当にありがとうございます、トワさん!」
魔法使いが深々とお辞儀をして去っていった。
セレスが肩の上で聞いていた。
「トワ。さっきのひと、よろこんでた」
「困っている人間に情報を渡す。旅人の仕事だ」
「じょうほうをわたすだけで、おかねもらわない。じょーほーやさんと、ちがう」
「俺は情報屋じゃない、旅人だ」
「たびびとのしごと、むりょー」
「無料だ」
「セレスのおやつは、ゆうりょー」
「有料じゃない、経費だ」
「けーひ。じゃあ、けーひでおやつかって」
「経費でおやつは買えない」
「かえないの。じゃあ、きほんきゅーでかって」
「基本給の話はどこから……待て、地味に語彙力があるのは何なんだ、セレス」
「セレスのごいりょくは、せかいいち」