軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

[釣り大会]

エルシオン。水のエリア。大湖アルケオンの西岸。

プレイヤーイベントの告知がフォーラムに出ていた。『第一回エルシオン大釣り大会』。ダリオの航海士ギルドが主催。参加費無料。優勝賞品は【星鋼のルアー】(釣り用アクセサリ、水属性のレアドロップ率が上昇する)。

「ダリオが釣り大会を開くらしい」

「師匠、出ますか」

「出る」

「え、出るんですか。珍しいですね、師匠がこういう大会に出るのって」

「釣りは勝ち負けがない。一番大きい魚を釣った者が勝ちだが、見聞録で魚の位置をスキャンしても、釣れるかどうかは別問題だ。魚が食いつくかは、運と技術。見聞録の有無で実力の差は出ない」

「師匠が勝てないかもしれないから出るんですか」

「勝てないかもしれない挑戦の方が面白いからな」

「旅人の哲学ですね」

大会当日。湖岸に八十人のプレイヤーが集まっていた。釣り竿を手に、湖面を見つめている。

ダリオが大会の司会を務めている。

「ルールは簡単だ! 制限時間、三時間! 一番でかい魚を釣った奴が優勝! 餌は自由! 場所は湖岸ならどこでもOK! では、スタート!」

八十人が一斉に糸を垂らした。

トワは湖岸の端、岩場の上に陣取った。見聞録で水中をスキャンする。魚の反応はたくさんある。だが大きい魚は深い場所にいて、普通の釣り竿では届かない。

「大物は深場にいる。釣り竿のリーチが足りないな」

「タマキさん。餌に何か混ぜて、魚を浅場に誘い出せませんか」ハルが提案した。

「できます。虚花の成分を餌に混ぜれば、全属性に中立な匂いが出て、属性を問わず魚が寄ってきます」

「よし、頼めるか。タマキ」

「お安い御用です!」

タマキが餌を調合した。虚花の粉末を練り込んだ特製餌。水面に投げ入れると、七色の光が水中に広がった。

魚が寄ってきた。小さいのから大きいのまで。だが一番大きいのは、まだ深場から動かない。

「大物が来ないな」

「大物は用心深いです。匂いだけでは寄ってこない」

セレスが肩の上から湖面を見ていた。

「トワ。おさかな、いっぱいいる」

「いる。だが、大物が来ない」

「セレスがよんであげよーか」

「魚を……呼べるのか?」

「わかんない。でも、セレスがひかったら、おさかなよってくるかも」

セレスが角を光らせた。月光が水面に差し込む。銀色の光が湖底まで届いた。

深場から、巨大な影がゆっくりと浮上してきた。

「来た。大物だ」

全長三メートルの虹色の鯉。七属性の湖水で育った巨大魚。ゆっくりと浅場に近づいてくる。月光に惹かれている。

「セレスの月光に寄ってきた。精霊の光に惹かれる習性があるのか」

「セレスはにんきもの。おさかなにも」

「それは反則じゃないか……?」

「はんそくじゃない。セレスのちからはセレスのもの」

釣り竿を振った。虚花の餌を巨大鯉の前に落とす。鯉が餌を見て、ゆっくりと口を開いて。

食った。

引きが凄まじかった。三メートルの鯉の力で、トワの身体が湖に引きずり込まれそうになる。

「クッ……流石に、重いな……!」

「師匠、踏ん張って!」

「踏ん張っている。素のステータスが低いだけだ!」

「Lv1の筋力で三メートルの鯉を釣ろうとしてるの、そもそも無理がありますよ!」

ゼクスが後ろからトワの竿を掴んだ。

「ゼクス。ありがとう」

「礼は後でいい。さあ、引くぞ」

十分間の格闘。鯉が疲れて動きが鈍くなった。ゆっくりと岸に寄せる。最後にタマキが網で掬った。

【 虹鯉(にじごい) を釣り上げました! 全長:3.12m 重量:推定280kg】

「三メートル超え。これは優勝候補だろう」

周囲のプレイヤーも集まってきた。

「でかっ! 虹色の鯉!? そんなのいるのか!?」

「トワさんが釣った! やっぱ、トワさんだ!」

「精霊の光で魚を寄せるの、反則じゃね?」

「ルールに『餌は自由』って書いてあるだろ。精霊も餌の一種だ」

その言葉に、セレスが怒った。

「セレスはえさじゃない。ともだち」

「すいません……精霊さん」

「わかったらならいー。セレス、かんだい」

「セレスちゃん、寛大って言葉知ってるんだ……」

大会終了。結果発表。

優勝は――トワではなかった。

ソロプレイヤーの釣り師が、三メートル四十センチの黄金鮭を釣り上げていた。Lv44。戦闘はほとんどやらず、BCOの二年間をひたすら釣りに費やしてきたという釣りプレイヤーだ。MMOでは稀によくいる、釣り専のプレイヤー。

「負けた。釣り専門のプレイヤーには、敵わないか」

「でも虹鯉は二位です。すごいですよ!」

ダリオが表彰台で笑っていた。「トワが二位! 釣りでは知識だけじゃだめなのを証明したな!」

「通じなかった。魚の気分までは、見聞録で読めない」

「それが釣りのいいところだな!」

セレスが膨れていた。

「セレスがひかったのに、まけた」

「いや、お前のおかげで二位だ。感謝している」

「にい、やだ。いちいーがいい」

「一位は、次の大会で取ればいい」

「つぎ、ぜったいかつ。セレス、もっとひかる」

「光で魚を引き寄せる作戦か。力技だな」

「ちからわざじゃない。せいれいわざ」

大会の後。湖岸で打ち上げ。八十人のプレイヤーが焚き火で、釣った魚を焼いている。

虹鯉は刺身にした。タマキが捌いた。薬師の手つきで魚を捌く姿は、少しシュールだった。

「タマキさん、魚捌くの上手いですね」

「薬師は素材の加工が基本スキルですから。魚も素材です」

「魚を素材と呼ぶ薬師」

虹鯉の刺身は七色に光っていた。食べると口の中で七つの味が順番に広がる。甘い、辛い、酸っぱい、苦い、塩辛い、旨い、そして最後に何もない味。

「七色団子と同じ構成だ。最後が虚空で、味がない」

「エルシオンの食べ物は全部七属性なんですね」

【虹鯉の刺身を食べました! 全属性耐性+5%(24時間) 釣りスキル経験値ボーナス+50%】

「釣りスキルのボーナスまでつくのか。至れり尽くせりだな」

焚き火を囲んでいると、プレイヤー同士の会話が聞こえてくる。

「次のアップデート、いつだろう」

「【深淵】コンテンツらしいぞ。フォーラムで、リーク情報が出てた」

「【深淵】って、始まりの町の地下にあるやつ?」

「トワが開くんだろうな。あの人が全部やるんだよ、結局」

トワは聞こえていたが、何も言わなかった。焚き火を見つめて、虹鯉の刺身を食べていた。

ハルが隣で「聞こえてますよね」と小声で言った。

「聞こえている」

「どう思いますか。『あの人が全部やる』って」

「全部はやらない。俺がやるのは歩くことだけだ。残りは全員でやる」

「師匠らしい答えですね。でも結局、最初に歩くのは師匠なんですよ」

「最初に歩くのが旅人の仕事だからな」

セレスがトワの肩で寝落ちしていた。虹鯉の刺身を食べすぎて、満腹で眠っている。角の光が寝息に合わせてぽわぽわと点滅している。

「セレスちゃん、寝ちゃった」タマキが毛布をかけようとした。

「毛布は要らない。精霊に体温調節の概念はない」

「でも、かけてあげたいなって。気持ちの問題です」

「気持ちの問題か。それなら止めない」

タマキがセレスに小さな布をかけた。セレスがむにゃむにゃ言いながら、布に包まった。

「おやつ……もうたべれない……おなか……」

寝言だった。満腹の寝言。

湖岸の焚き火。八十人のプレイヤー。釣った魚。虹色の刺身。寝落ちした精霊。

BCOの日常。戦闘だけがゲームではない。こういう時間も、旅の一部だ。