作品タイトル不明
[見えない底]
エルシオン。虚空のエリア。三月下旬。
二度目の訪問。前回はテンが怯えて引き返した。今回は、準備をしてきた。
「全属性解析を最大出力で地下に向ける。前回は通常出力だった。今回はアルケイアの加護をフル活用する」
灰色の平原に立った。何もない地面。
見聞録を起動。全属性解析。最大出力。地下へ。
データが返ってきた。前回は「拒否」されたが、今回は──断片的に読めた。
【地下深度200m──虚空属性の岩盤層。通常】
【地下深度500m──虚空属性の空洞。構造物の反応あり】
【地下深度800m──データ不安定。属性が揺らいでいます】
【地下深度1000m以深──スキャン不能。何らかの存在が干渉しています】
「前回より深く読めた。──深度500mに構造物。800mで属性が揺らぐ。1000m以深はスキャン不能」
「1000m! 大湖の底が500mでしたよね。その倍の深さ」ハルが驚いた。
「調律者は大湖の500m地点にいた。虚空のエリアの地下はさらに深い。【深淵】はもっと下にある」
「深度500mの構造物。──降りてみるか」
「師匠。さすがに準備なしで、地下1000mは」
「1000mには行かない。500mの構造物を確認するだけだ。──それ以上は、今は無理だ」
虚空のエリアの地面に、穴があった。自然の穴ではない。階段が刻まれている。古代の構造。
「階段がある。──誰かが作った降り口だ」
降りた。螺旋階段。壁に灯りはないが、セレスの角が光る。ルーナが影で先行索敵。
深度100m。200m。300m。空気が変わっていく。属性が──薄い。何もない空気。呼吸はできるが、BCOの世界の「気配」が消えていく。
「属性が薄くなっている。虚空のエリアの地下は──属性そのものが希薄になるのか」
深度500m。階段が終わった。広い空間に出た。
石の部屋。壁に──壁画があった。
「壁画だ。──遺跡か」
見聞録で翻訳。
【「ここは世界の記憶庫である。世界が始まった日から終わる日まで、全ての出来事がここに刻まれる」】
「世界の記憶庫──!」
壁画を見た。描かれているのは──BCOの歴史。
世界の始まり。大陸の形成。龍種の誕生。精霊の目覚め。獣王の誕生。人の出現。文明の興隆。──そして、壁画の最後に。
プレイヤーが描かれていた。
小さな人型の存在が、世界を歩いている。剣を持ち、仲間を連れて。
──旅人だった。
「プレイヤーが壁画に描かれている。──BCOの世界の『歴史』に、プレイヤーの存在が組み込まれている」
「師匠。これって……ゲームの設計として、プレイヤーが世界の一部だってことですよね」
「ああ――BCOの世界は、プレイヤーがいて初めて完成する。序列の石碑に『人種──旅する者。世界を歩き、記録し、変える者』と書いてあった。記録し、変える者。──世界の記憶庫に刻まれるほどに」
壁画の最後──まだ描かれていない空白があった。
「空白がある。まだ続きが描かれていない」
「これから起きることが、ここに刻まれていくのかもしれませんね」
「【深淵】への旅。──その結果が」
部屋の奥に──扉があった。下に続く扉。深度500m地点から、さらに下へ。
扉には文字が刻まれている。
【「この先は世界の底に至る。覚悟なき者は進むなかれ」】
「世界の底。──【深淵】だ」
「開けますか」
「──今は開けない。覚悟はあるが、準備が足りない。三つの祝福と最後の鍵。条件が揃っていない」
「三つの祝福。星と月と太陽。──アストラムで、二つは揃えたんでしたっけ」
「星の祝福と月の祝福は完成済み。太陽の祝福は聖都で受けれるだろう。そして最後の鍵は──まだ見つかっていない」
「始まりの町のグランが番人だと言っていましたよね。【深淵】への入口は始まりの町の直下に」
「ああ。だが──エルシオンにも【深淵】への道がある。世界中の底は繋がっている。どこから入っても、辿り着く先は同じだ」
壁画を見聞録に記録した。世界の記憶庫の位置データ。この情報は──いずれ必要になる。
「帰るぞ。──今日はここまでだ」
「また来ますか」
「来る。準備ができたら」
階段を登って地上に戻った。灰色の平原。何もない場所。だがその下に──世界の記憶が眠っている。
セレスが肩の上で呟いた。
「トワ。せかいのそこ。──こわい?」
「怖くない」
「うそ」
「……少しだけ怖い。だが──行く。いずれ」
「セレスもいく。こわくても、トワといっしょなら」
「ああ、一緒に行く。約束だ」
「やくそく」
エルシオンの空に虹がかかっている。地上は虹色。地下は灰色。だがどちらも──この世界の一部だ。
踏破率12%。まだまだ先は長い。だが確実に──【深淵】への道が見え始めている。