作品タイトル不明
[温泉]
剛山の連峰を下山する途中で、見聞録が反応した。
「地下に──温水の反応。水温42度、硫黄成分を含む天然温泉だ」
「温泉──!? エルシオンに、温泉があるんですか!?」タマキが目を輝かせた。
「地熱が豊富な山岳エリアだから、あっても不思議じゃないな」
全属性解析で地下の構造をスキャンした。岩壁の裏に空洞があり、天然の湯が湧いている。入口は──岩の隙間。人一人がやっと通れる幅。
「ここだ。──入るぞ」
「入るって……温泉にですか? ゲームに温泉の概念ってあるんですか」ハルが困惑している。
「ある。BCOの温泉はHP回復とステータスバフの効果がある。──だが、エルシオンの温泉は見たことがない。新発見だ」
岩の隙間をくぐった。狭い通路を十メートルほど進むと──広い洞窟に出た。
天井が高い。壁に冥光苔が生えていて、青紫の淡い光で照らされている。そして中央に……湯気が立ち上る天然の露天風呂。
「温泉だ──!」
【隠しエリア「剛山の秘湯」を発見しました!】
【このエリアはあなたが最初の発見者です!】
【温泉効果:入浴中、全ステータス+10% HP・MP自動回復(大) 全状態異常解除】
【さらに:入浴後24時間、疲労軽減バフが付与されます】
「全ステータス+10%──! 強いですね、これ!」
「隠しエリアの発見報酬にしては、かなり高い効果だな」
「入りましょう──!」タマキが既に装備を解除し始めた。
「待て。──入れるかどうか確認する」
【温泉利用時の注意事項】
【装備を全て外してください。装備品を身に着けたままの入浴はできません】
【男女別の仕切りはありません。気になる方は、時間差でご利用ください】
「仕切りがない。──男女で分けるか」
「分けましょう」タマキが即答した。
「当然だ」アストレアも即答した。
男性チーム:トワ、ゼクス。
女性チーム:タマキ、アストレア、ハル。
「二人と三人か。──先にどちらが入る」
「女性からです」タマキ、アストレア、ハルが同時に言った。
「了解した」
男性チームが洞窟の入口で待機。後はセレスとルーナだが……
「セレス。お前はどうする」
「はいる。──おゆ、すき」
「水が嫌いじゃなかったのか?」
「つめたいみずがきらい。あったかいおゆはすき。ぜんぜんちがう」
「そうか。──ルーナは?」
「入らない。お湯は明るすぎる……湯気が光を散乱させるから、影が薄くなる」
「温泉で影が薄くなるのか。──ルーナにとって温泉は、砂漠と同じ原理か」
「同じ。──わたしはここで待つ。影の中で」
女性チーム+セレスが温泉に入った。
洞窟の入口で、トワとゼクスとルーナが待っている。沈黙。
「……暇だな」
「暇だ」ゼクスが壁に寄りかかっている。
「ルーナ。影の中は暇じゃないのか?」
「暇じゃない。影の中には、影の中の世界がある。──今、この洞窟の影の記憶を読んでる」
「何か、聞こえるか」
「うん。──昔、ガロンがここで入浴してた記憶。石人が温泉に入ると、身体の鉱物成分が溶け出して──お湯が石鹸みたいに泡立つらしい」
「石人の入浴で、泡風呂になるのか。──見たかったな」
洞窟の奥からセレスの声が聞こえた。
「あったかいおゆ、きもちー」
「セレスちゃん、身体がお湯に浮いてるよ!」タマキの声。
「うく。セレス、かるいから」
「精霊が浮いてるの可愛いですね! 写真──あ、温泉で撮影はダメか」
「撮影禁止です!」アストレアの声。「聖騎士の裸を配信されたら──」
「しませんよ! わたしは導師であって、配信者じゃないです!」
「セレスちゃんの角にお湯がかかると──あ、光ってます!」タマキの声。
「おゆでつのがひかる。──ぴかぴか。おんせんのちから?」
【セレスティアが温泉の鉱物成分を吸収しました──角の光度が一時的に200%に上昇しています】
「角が光りすぎてる──! 眩しいよ、セレスちゃん!」
「まぶしい? セレス、まぶしー?」
「眩しいです! セレスちゃん、光量を下げて!」
「さげかた、わからない~!」
洞窟の入口でトワが額を押さえた。
「騒がしいな……」
「だがまあ、騒がしい方が温泉らしいだろう」ゼクスが言った。
「お前は温泉に行くのか。現実で」
「行かない。一人で湯に浸かるのは性に合わない」
「暗殺者は温泉に行かないのか」
「暗殺者は裸になるのが嫌いだ。武器を持てないから」
「お前……温泉でも武器を持ちたいのか」
「当然だ」
「不審者だな」
「こう見えて逮捕歴はないぞ」
「あったらフレンドを切っているからな」
「そこまで不審者に見えるか、俺?」
「まあ……見えるな」
「そうか……」
「そうだ」
十五分後。女性チームが出てきた。全員がつやつやしていた。VRのフィードバックで「温泉上がり」の状態が再現されているらしい。
「師匠、最高でした! BCOに温泉があるなんて──!」ハルが上機嫌だった。
「セレスの角が光りすぎて、ちょっと大変でしたけど……」タマキが苦笑いしている。
セレスがトワの肩に戻ってきた。角がまだ光っている。いつもの二倍の光量。
「トワ。おんせん、さいこー」
「光っているぞ。角が」
「ぴかぴか。おんせんのちから」
「その光量だと夜に目立つ。暗殺には向かないな」
「セレスはあんさつしない。ぴかぴかでいい」
男性チームが入浴した。トワとゼクスの二人きり。
【温泉に入浴中──全ステータス+10% HP・MP自動回復(大)】
「効果が体感できるな。──疲労が抜けていく」
「悪くない」ゼクスが湯に浸かっていた。短剣を湯船の縁に置いている。
「やはり持ってきたのか」
「習慣だ」
「温泉で暗殺される心配はないぞ」
「ない。──だが、安心する」
「安心の定義が不審者のそれだろ」
「不審者ではない、暗殺者だ」
【隠しエリア「剛山の秘湯」を見聞録に登録しました】
【他のプレイヤーは、あなたの踏破データを参照することでこの温泉を発見できます】
「踏破データを共有すると、他のプレイヤーもここに来られるようになるのか」
「共有するのか?」
「する。温泉は独占するものじゃない。フォーラムに──いや、ハルが書くだろう」
「導師が書くな。間違いない」
洞窟の外から声が聞こえた。
「師匠──! 温泉の記事、フォーラムに書いていいですか──!」
「──もう書こうとしている」
「予想通りだな」