軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰る場所

現実世界。三月上旬。

蓮の短編アンソロジーが発売された。

「買った」冬夜が食堂で本を持っていた。

「おう。──どうだった」

「まだ読んでいない」

「買ったのに、読んでないのか」

「今日の講義中に読む」

「講義中に読むな」

宮瀬が本をめくっていた。蓮の短編は『七千時間の旅路』。アンソロジーの中の一編。四十ページ。

「蓮くん。──これ、久坂くんのこと書いてるよね。完全に」

「モデルにしただけだ。キャラクターは架空だぞ」

「架空のキャラクターが『旅立ちの剣で』とか言ってますけど」

「偶然の一致だ」

「偶然の一致が、三十箇所くらいありますけど」

「文学とはそういうものだ」

冬夜は少しだけ、口元を緩めた。蓮が自分の旅を物語にした。それが活字になって、本屋に並んでいる。

「蓮。──おめでとう」

「ありがとう……次は長編だ。お前の旅がまだ続く限り、俺の物語も続く」

「俺の旅は終わらない」

「知ってる。──だから俺の仕事も終わらない」

ミコトからメッセージ。

ミコト:「蓮さんの本、買いました! すごいです! トワさん──じゃなくて、主人公がトワさんすぎて笑いました」

冬夜:「蓮に言え」

ミコト:「言いました。蓮さんは『偶然の一致だ』って」

冬夜:「同じことを言われたぞ」

宮瀬が本を閉じた。

「久坂くん」

「なんだ」

「わたしも書いてあった。薬師のキャラクター」

「なんて書いてあった?」

「『彼女の薬は、世界で一番温かい治療薬だった。傷を治すのではなく、傷ついた者の隣にいることが、彼女の調合だった』って」

「蓮がそんなことを書いたのか」

「書いてあった。──嬉しかった。蓮くんがわたしのことを、そう見てくれてたんだって」

「俺もそう思っている」

「え?」

「お前の薬は──傷を治すだけじゃない。お前がいること自体が、パーティの回復だ」

「……久坂くん。蓮くんの小説より直接的に言うのやめて」

「事実を述べただけだ」

「事実が一番破壊力あるんだってば──!」

宮瀬が顔を手で覆った。耳が赤い。

蓮がうどんをすすりながら言った。

「俺の前でいちゃつくのをやめろ」

「いちゃついていない」冬夜が言った。

「いちゃついてます」宮瀬が言った。

「お前は否定する側だろう」

「否定できないの! 久坂くんのせいで!」

食堂が平和だった。蓮の本と、宮瀬のハーブティーと、冬夜のレポートと。

夜。ログイン。

エルシオンの調和の里。夜空に虹のオーロラが出ていた。エルシオンの夜空は──七色のオーロラが舞う。大陸の七属性が夜の空気中で可視化される現象。

「夜のエルシオンは初めてだな」

ルーナが影から顔を出した。夜なら出ていられる。

「トワ。この空──すごい。七色のオーロラ。わたしの夜と、七つの属性が混ざってる」

「お前には、どう見える?」

「きれい。──きれいとしか言えない。語彙が足りない」

「語彙が足りない、と言えるだけ十分だ」

セレスが隣に飛んできた。夜空を見上げている。

「トワ。おほしさまと、オーロラと、おつきさまが、ぜんぶみえる。エルシオンのよるは、ぜーたく」

「贅沢な夜か。──いい表現だ」

「セレスは、ごいがたりてる?」

「お前の語彙は足りている。『ぜーたく』を使えるなら十分だ」

「えへへ」

七色のオーロラの下で、三人が並んでいた。トワ。セレス。ルーナ。肩の上と影の中と。

「トワ」ルーナが言った。

「なんだ」

「わたし──ここが好き。エルシオン。暗いエリアもあるし、明るいエリアもある。全部が均等で、全部が混ざってる。わたしの夜も、セレスの月も、テンの闇感知も、全部に居場所がある」

「居場所があるのはいいことだ」

「うん。ソルシアにいた千年間は、居場所がなかった。影の中にいるだけだった。でも今は──トワの隣が居場所」

「俺の隣は混んでいるぞ。セレスが肩にいて、お前が影にいて、テンがブーツにいる」

「混んでるけど──いい。みんないるから」

セレスがルーナの手を握った。肩の上から身を乗り出して、影の中のルーナの手に。

「ルーナ。セレスもすき。エルシオン」

「わたしも好き」

「じゃあ──ずっといよう」

「ずっとは無理。でも、長くいよう」

「ながくいる。トワがあるくかぎり」

「トワはずっと歩くよ。止まらないから。あの人は」

「じゃあ……ずっと」

「ずっと」

七色のオーロラが夜空を流れていく。

第三大陸エルシオン。メインクエストが終わって、大陸の探索が続いている。踏破率はまだ低い。見ていない場所が山ほどある。地下には【深淵】の気配がある。遠くには新しい謎がある。

だが今夜は、オーロラを見る。三人で。いや、五人と精霊二人と虫一匹で。

ハルが広場にブランケットを敷いて、タマキがホットドリンクを全員に配った。ゼクスが壁に寄りかかって夜空を見ている。アストレアが聖剣を膝に置いて祈っている。ダリオのチャットで「海から見るオーロラもすげえぞ!」と報告が来た。

テンがブーツの上で一回光った。穏やかな光。今日は警告ではない。満足の光。

「テン。お前も──ここが好きか」

一回光った。肯定。

「そうか。──俺も好きだ。ここが」

エルシオンの夜。七色のオーロラ。仲間と見る空。