作品タイトル不明
[浮上]
湖底から浮上した。
水面に顔を出すと、空が変わっていた。
エルシオンの空は元から青かったが、今はもっと澄んでいる。七色の光が空全体に満ちて、巨大な虹が大湖の上にかかっていた。大陸全土にかかる虹。七体の獣王が七色を取り戻した証だ。
「トワさん……虹が、大陸中にかかっています」アストレアが空を見上げた。
「わあ、きれい──!」タマキも声を上げた。
「今度は写真撮ってもいいですか、師匠」ハルがカメラモードを起動しかけた。
「ああ、撮れ。好きなだけな」
「許可が出た──!」
オルグレンが湖岸に座っていた。巨大な黒い狼が、尻尾を振っている。
「獣王が尻尾を振ってるんですけど」
「嬉しいんだろう。──犬と同じだ」
「犬呼ばわりするな」オルグレンが低い声で言った。「──だが……嬉しいという気持ち自体を否定はしない。感謝するぞ、旅人」
セレイアが空を旋回している。翡翠の翼が虹の光を反射して、空全体がエメラルドに輝いた。
マリドゥスが湖面で潮を吹いた。虹色の潮。七属性の水が霧状に広がって、見ているプレイヤー全員にバフがかかった。
【マリドゥスの祝福の潮──全プレイヤーに全属性耐性+5%(24時間)】
「獣王から、バフが──!」
アルケイアが湖岸に降りてきた。透明な鹿。七色の角。──星角鹿に似ている。だがはるかに大きく、はるかに気高い。
セレスがアルケイアを見上げた。
「……にてる。ソルシアのところの、しかに」
「似ている。精霊獣と獣王は同じ系統だ。星角鹿は第四位階。アルケイアは第三位階。──上位の存在」
アルケイアがセレスを見下ろした。七色の瞳。
「月の精霊、セレスティア。──お前が目覚めさせてくれた者の仲間か」
「なかま。セレスのなかまが、たすけた」
「感謝する……そしてひとつだけ教えよう。お前の月光は、わたしの七色の中に含まれている。月は虹の一部。虹は月を含む──お前とわたしは、遠い親戚のようなものだ」
「しんせき。セレス、しんせきがいた。うれしー」
「私も嬉しい。──千年ぶりに、月の精霊に出会えた」
ルーナが影から手を出した。アルケイアの足に触れた。
「わたしも──お礼を言いたい。あなたのおかげで、残りの獣王が全部解放された」
「夜の精霊ルーナリア──お前の夜がなければ、私は檻の中で朽ちていた。礼を言うのはこちらの方だ」
「えへ……お互いさま」
タマキが腕をさすっていた。蝕印の反撃でダメージを受けた。回復はしたが、痺れが残っている。
「タマキ、腕は大丈夫か」
「大丈夫ですよ。薬師の手は頑丈なので」
「だが、無茶をしただろう」
「トワさんにだけは言われたくないですよ、それ」
「それはそうだが……ありがとう。タマキがいなければ、アルケイアは解放できなかった」
「えへへ……薬師冥利に尽きます」
ヴェノムが濡れたまま湖岸に座っていた。
「終わったか。──虚空の調律者。実体がない敵と戦うのは、初めてだった」
「お前の攻撃も、通らなかったな」
「ああ、一度も当たらなかった。──でも、囮にはなれたよ。囮もPKで培ったスキルだ」
「元PKプレイヤーが、世界を救うのに役立つとはな」
「世界を救ったのは、お前の旅人パーティだろ。俺は……ただの飾りだ」
「飾りじゃない。お前がいなかったら、調律者の注意を分散できなかった。全員の力で勝ったんだ」
ヴェノムが鼻で笑った。小馬鹿にするようにじゃなく、満足げに。
「まあいい。──借りにしておくぞ」
「ああ、必要なことがあったらいつでも呼べ。力になる」
「それは……頼もしい言葉だな」
大湖の上に虹がかかっている。七色、完全な虹。
テンがブーツの上で三回光った。満足した時の光だ。
調和の鈴が──風もないのに鳴った。七つの音が全て揃った和音。きれいな音。悲しくない音。
「トワ。おとがかわった。ぜんぶ、そろった」セレスが肩の上で微笑んだ。
「ああ……七色の調和。エルシオンのメインクエスト、完了だ」
「つぎは?」
「次は──」
トワは湖の向こうを見た。エルシオンの大地が広がっている。踏破率はまだ数パーセント。見ていない場所が山ほどある。
「歩く。──まだ歩いていない場所が、たくさんある」
「いっぱいある?」
「いっぱいある」
「おやつも、いっぱい?」
「おやつもいっぱいある」
「じゃあ、いく」
エルシオンの虹の下。七人と精霊二人と虫一匹が、また歩き始めた。