作品タイトル不明
三年目の春
現実世界。二月中旬。
大学の後期試験が終わった。キャンパスは閑散としている。春休みに入ったが、冬夜は図書館にいた。レポートの残りを片付けている。
宮瀬が向かいに座っている。薬学部のレポートを書いている。ペンを動かす手が速い。
「久坂くん。エルシオンは、どこまで進んだっけ?」
「今は獣王を二体解放したとこだな。闇と風。次は水。──大湖に潜る」
「わたしも新しい薬を二種類開発した。翠風の衣薬が売れすぎて、露店の在庫が追いつかない」
「お前の薬を買わないと風のエリアに行けないプレイヤーが大量にいるからな」
「インフラ薬師ですよね、もはや」
「インフラ薬師。いい肩書きだ」
「地味すぎません?」
「地味ではない。大陸全体を支えている。お前がいなければエルシオンの攻略は止まる」
「……えへへ。一年間やってきた甲斐があった」
蓮が紅茶を持ってきた。図書館のカフェコーナーで買ってきたらしい。
「お前ら、試験終わったのにまだ図書館にいるのか。春休みだぞ」
「レポートが残っている」
「お前のレポートはもう出したろう。何をやってるんだ」
「宮瀬の隣にいる」
「……正直か」
宮瀬の顔が赤くなった。蓮が紅茶を飲んだ。
「蓮くん。短編のアンソロジー、いつ出るの?」宮瀬が話題を変えた。
「来月。──校正が終わった。あとは刷り上がりを待つだけだ」
「タイトルは?」
「『七千時間の旅路』。──BCOの旅を元にした短編だ」
「そのまんまだな」冬夜が言った。
「そのまんまでいいんだ。フィクションとして書いたが、核にあるのはお前の旅だ。──嘘は書いていない」
「俺の許可は」
「取っていない。事後報告だ。──文学とはそういうものだ」
「二回目だぞそれ」
「二回でも三回でも言う」
ミコトからメッセージが来た。
ミコト:「久坂さん。学年末テスト終わりました! 春から三年生です」
冬夜:「受験生だな」
ミコト:「はい。──でも配信はやめません。勉強と両立します」
冬夜:「両立できるのか」
ミコト:「します。久坂さんがBCOと大学を両立してるのを見てきたので。──あと、ハルさんがフォーラムに実況を上げてくれてるので、ログインできない日もトワさんの旅を追えてるんです」
冬夜:「ハルが実況を上げているのか。知らなかった」
ミコト:「知らなかったんですか!? フォーラムの人気スレッドですよ! 『トワ追跡レポート by ハル』って」
「ハルがフォーラムに実況スレを立てていたらしい」
「知ってますよ」宮瀬が笑った。「わたしも読んでます。師匠の活躍が詳しく書いてあって面白い。──セレスちゃんが鞄に入ったくだり、大人気です」
「あいつ──導師の仕事を拡大解釈しすぎだろう」
「記録は導師の仕事です、って本人が言ってましたよ」
窓の外。二月の空。まだ寒い。桜はまだ咲いていない。枝だけが伸びている。
「久坂くん」
「なんだ」
「エルシオン、楽しい?」
「楽しいかどうかは考えたことがない。やるべきことがあるからやっている」
「それ、楽しいって意味だよ。久坂くんの場合」
「……そうかもしれない」
「そうだよ。──わたしもエルシオン、楽しい。新しい素材が多くて、薬師としてやることが無限にある」
「お前が楽しそうなのは、見ていてわかる」
「久坂くんが楽しそうなのも、わたしには見える。──口元が緩んでるから」
「緩んでいない」
「緩んでいますー。蓮くん、緩んでるよね」
「緩んでる。俺から見てもわかるくらいに」
「お前に言われたくない」
二月の図書館。試験が終わって、春休みが始まって。ゲームの中では新しい大陸を歩いていて、現実では桜を待っている。
「久坂くん」
「なんだ」
「春休み、暇?」
「暇ではない。エルシオンのクエストがある」
「ゲーム以外で」
「……暇だ」
「じゃあ──どこか行こう。現実で。旅行とまではいかなくても──日帰りで」
「どこに」
「海。──BCOで海ばっかり見てるから、現実の海も見たくなった」
「二月に海は……寒いぞ」
「寒くても見たいの。──久坂くんと」
「……わかった」
「やった。──じゃあ来週の土曜日。わたしが計画する」
「お前の計画に任せる」
「任せて。──薬師の計画力を見せます」
「薬師と計画力は関係ないだろう」
「あるの。素材の調達計画と旅行計画は同じスキルです」
蓮が紅茶を飲み終えた。
「俺は呼ばれてないな」
「呼んでない」冬夜が即答した。
「知ってた」