作品タイトル不明
[翠嶺の高原]
翌日。調和の里から南西へ。
草原の景色が変わっていく。平地が終わり、緩やかな丘陵。丘陵が急な斜面に。風が強くなる。耳元でびゅうびゅうと鳴っている。
「風が──すごい──!」ハルのマントがばたばたとはためいている。「歩くのが大変です!」
「風のエリアだからな。──見聞録によると、常時風速十五メートル。台風の外縁くらいだ」
「台風の中を歩くんですか!?」
「外縁だ。目の中ではない」
「どっちにしろ大変ですよ!」
アストレアの鎧がガチャガチャ鳴っている。風で揺れている。重い鎧が風に煽られて、一歩ごとによろめく。
「アストレアさん。鎧、脱いだ方がいいんじゃ」タマキが心配そうに言った。
「脱ぎません。聖騎士の──」
『矜持ですよね』全員が同時に言った。
「なんで、毎回先を越されるんですか──!」
ゼクスは問題なく歩いている。暗殺者は身軽だ。体重が軽いから風の影響も少ない。
「お前だけ余裕だな」
「暗殺者は風に乗る、流れに逆らわないんだ」
「まるで哲学だな」
「哲学ではなく技術だ」
セレスがトワの肩にしがみついている。小さな身体が風に飛ばされそうだ。角で必死にトワの襟を掴んでいる。
「トワ──! とぶ──! セレスとぶ──!」
「飛ぶな。掴まっていろ」
「つかまってる──! でも、かぜがつよい──!」
「ポケットに入るか」
「ポケットない──! たびびとのそうびに、ポケットない──!」
「そうだった。──タマキ、セレスを鞄に入れてくれ」
「わたしの薬の鞄に、精霊を入れるんですか?」
「薬の瓶の間に挟まれば固定される」
「セレスちゃんを瓶で固定するのは倫理的にどうなんですか」
「いれて──! もうむり──! とぶ──!」
セレスがタマキの鞄に潜り込んだ。薬瓶の間から銀色の髪がはみ出している。
「……せまい。でもかぜこない。──ここ、いい」
「気に入ったのか」
「タマキのかばん、くすりのにおいがする。おちつく」
「セレスちゃん、薬の匂いで落ち着くの」
「おちつく。──マーサのかばんとおなじにおい」
「マーサさんの鞄の匂い覚えてるんですか」
「おぼえてる。マーサのかばんは、パンとくすりのにおい。タマキのかばんは、くすりとほしのにおい」
タマキが少し嬉しそうだった。「星の匂い。──虚花の成分かな。嬉しいな」
◇
高原に出た。
翠嶺の高原。標高が高い。空が近い。雲が手の届きそうな位置に浮かんでいる。地面は短い草と岩。木がほとんどない。風が──さらに強い。
【翠嶺の高原に進入しました】
【エルシオン踏破率:1.2%】
「1.2%。──まだ全然歩けていないな」
まだまだ探索も出来ていないが、目の前にモンスターが現れた。
【 烈風鷹(れっぷうたか) Lv78 HP:21,000 属性:風+光】
空を飛んでいる。大型の鷹。翼から風の刃を飛ばしてくる。
「飛んでる。──弓の出番だな」
トワが弓を構えた。だが……風が強すぎる。矢が風に流される。
「風で矢が逸れる。──見聞録で風速と風向をリアルタイム計算して、偏差を補正する」
見聞録のデータを矢に反映させた。風速十五メートル。風向は北北西。矢の初速と重量から偏差を計算。補正して──放った。
【弱点ダメージ:10,800】
「風速補正射撃……初めてやる技だな」
「師匠。見聞録でリアルタイム弾道計算するのは、もはや旅人のスキルじゃなくて砲兵の仕事では……」
ハルが呆れていた。
「旅人は環境に適応する。風があれば風を計算するだけだ」
「だけ、って言いますけど、普通のプレイヤーには無理ですからね」
烈風鷹を撃墜。ドロップアイテム。
【烈風鷹の羽×3を入手しました】
【効果:装備に風属性耐性+3%を付与する素材】
「風耐性の素材か。──この高原では重宝するな」
「タマキさん。この羽で何か作れますか」
「作れます。風耐性の薬──いや、風を纏う薬。飲んだ人の周囲に風の膜を作って、外からの風圧を軽減する」
「それ、今すぐ作ってくれ。全員分」
タマキが座り込んで調合を始めた。風の中で。薬瓶が倒れそうになるのを片手で押さえながら。
「風の中で調合するの初めてです──! 素材が飛ぶ──!」
「セレスを重しに使え」
「セレスちゃんを重しにするのは倫理的に──」
「おもし、やる」セレスが鞄から顔を出した。「セレス、おもい。やくにたつ」
「セレスちゃん軽いですよ。重しになりません」
「じゃあ、おもくなる。──いきとめる」
「息を止めても重くなりませんよ」
五分後。
【タマキが新レシピ「翠風の衣薬」を開発しました!】
【効果:飲んだプレイヤーの周囲に風の膜を形成。外部の風圧を80%軽減。効果時間:2時間】
「風圧八割軽減──! これで普通に歩けます!」
全員が薬を飲んだ。風が弱まった。正確には風は同じだが、身体の周りの風の膜が外の風圧を和らげている。
「楽だ! タマキさん、ありがとうございます!」ハルが感激している。
「いえいえ、これもBCOの薬師の日常です」
高原を進む。風は相変わらず強いが、薬のおかげで歩ける。景色は壮大だった。見渡す限りの緑の高原。雲が目線の高さを流れていく。遠くに山脈が連なっている。
鈴の音が変わった。低い音──ではない。高い音が弱い。風の属性の音が薄れている。
「風の属性が弱まっている。──闇と同じパターンだ。獣王が閉じ込められているせいか」
「オルグレンの時と同じ構造なら、どこかに穴がある。──見聞録でスキャン」
スキャン結果。高原の北端──断崖の向こうに、風属性のエネルギーが急激に減少しているポイントがある。
「北端の断崖の先。──行くぞ」
◇
断崖に到着した。崖の下に──谷がある。深い谷。谷底に──風が渦を巻いている。竜巻のように。だが自然の竜巻ではない。風が一箇所に集まって、下に吸い込まれている。
「また吸収ポイントだ。風のエネルギーが谷底に吸い込まれている」
「降りるんですね」ハルがロープを用意した。「また穴に降りる。──師匠、これで四回目ですよ」
「穴に降りる回数を数えるな」
「記録は導師の仕事です」
崖を降りた。谷底に──穴。黒翳の森と同じ構造。穴の周囲に同じ紋章。見覚えのない紋章。
「同じ紋章。──同じ犯人だ」
穴に降りていく。洞窟。風が中で渦巻いている。進むほど風圧が増す。
「薬の効果が──風圧に負けてる──! 外の風より中の風の方が強い──!」
タマキが追加の薬を配った。二重服用。風圧軽減が95%に上がった。
洞窟の最奥。
白い光の檻。同じ構造。中に──鳥がいた。
巨大な鳥。翼を広げれば二十メートル。翡翠色の羽毛。目が──閉じている。眠っている。
【疾風のセレイア Lv96 HP:380,000 属性:風 状態:拘束中】
「風の獣王。セレイア」
セレイアはオルグレンと違い、意識がなかった。完全に眠らされている。
「眠っている。声をかけても反応しない。──檻を壊せば目が覚めるか」
「やってみましょう。──ルーナ」
ルーナが影から出てきた。
「今度は光の檻を夜で解くんだね。──前と同じ」
「同じだ。できるか」
「できる。──セレス」
「うん。おそろいで」
セレスが覚醒形態に。月光がルーナの夜を照らし、夜の輪郭が定まる。出力が上がる。
ルーナが檻に手を触れた。「もう休んでいい」と、光に語りかけるように。
檻が──砕けた。前回よりも速い。二人の連携が洗練されている。
【拘束術式を解除しました!】
セレイアが──目を開けた。翡翠色の瞳。
翼を広げた。洞窟全体に風が吹き荒れた。全員が吹き飛ばされそうになる。
「うわっ──!」
「落ち着け、味方だ!」
セレイアが──声を出した。高い声。鳥の鳴き声ではなく、言葉。
「──風が止まっていた。いったい……どれくらい眠っていたのか」
「オルグレインによると、半年だ。俺たちは、お前を探しに来た」
「半年。──短いようで、長い。風にとって半年の停滞は、死に等しい」
翡翠の瞳がトワを見た。
「旅人。──お前が解放してくれたのか」
「俺の仲間が。──夜の精霊と月の精霊が、檻を壊した」
セレイアがセレスとルーナを見た。
「第二位階の精霊が二人──お前たちの名は、石碑に刻まれているな。ありがたいことだ」
【セレイアの友好度が上昇しました──友好度:7/10】
「旅人。礼に一つ教えよう。──あの檻を作った者の気配は、北東にもある。水のエリアだ。水の獣王『 淵鯨(えんげい) のマリドゥス』が危ない」
「水のエリア。──三体目か」
【メインクエスト「七色の調和」更新──風属性の乱れが回復中(進捗:2/7)】