軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

[帰り道]

穴から登った。ロープを伝って地上に戻る。

黒翳の森が──変わっていた。

枯れかけていた針葉樹が、色を取り戻し始めている。灰色だった葉が、深い緑に。地面の白かった土、─黒く。冥光苔が木の幹いっぱいに広がって、森全体が青紫の光に包まれている。

「森が……生き返ってますね」

「オルグレンの闇が戻ったからだ。獣王は属性の源。源が戻れば、エリア全体が回復する」

黄昏狼が、森の中に戻ってきていた。穴に吸い込まれて消えていた闇のモンスターとは別の個体。森に闇が戻ったことで、新しい個体がスポーンし始めている。

「モンスターも復活してる。──エリアの生態系が正常化していってるんだ」

「MMOの世界なのに、ちゃんと生態系があるんですね」ハルがメモを取っている。

「BCOのモンスターはスポーン(自動生成)ではあるが、属性環境に依存している。闇がなければ闇のモンスターは生まれない。──この仕組みを知っているプレイヤーは少ないだろうな」

「師匠は、知っていたんですか」

「今知った。見聞録のデータから推測した」

「リアルタイムで学習するの、相変わらず、ずるいですね」

調和の鈴を振った。──音が変わっていた。さっきまで消えていた闇の音が、微かに聞こえる。まだ弱いが、確実に戻り始めている。

「セレス。音は」

「きこえる──やみのおとが、すこしだけもどってきた。まだちいさいけど、ある」

「七分の一。残り六つ」

調和の里に戻った。

ルトヴィアが広場で待っていた。水晶を見ている。水晶の闇の紫が、ほんの少し濃くなっていた。

「おお──旅人。戻ったか。水晶の色が変わったぞ。闇が戻り始めている」

「獣王オルグレンを見つけた。地下に閉じ込められていた。白い光の檻で」

ルトヴィアの顔が険しくなった。

「閉じ込められていた──? 何者が、そんなことを」

「わからない。見覚えのない紋章があった。──オルグレンによれば、同じ匂いが南西の風のエリアからもするらしい」

「風のエリア──。風の獣王『疾風のセレイア』も姿を消している。まさか──」

「七体の獣王が、全て同じ手口で閉じ込められている可能性がある」

「なんということだ。七体の獣王は、七つの属性のエリアの柱。全てが失われれば、エルシオンは──」

「崩壊、するのか?」

「崩壊はせぬが──荒れる。属性の均衡が完全に崩れ、大陸全体が不安定になる。モンスターが凶暴化し、天候が乱れ、最悪の場合──大湖アルケオンが干上がる」

「大湖が干上がったらどうなる」

「七本の川が止まる。属性エネルギーの循環が死ぬ。──エルシオンが、死の大陸になる」

深刻な情報だったが、やるべきことは変わらない。

「七体の獣王を全て解放する。──長老、次の目的地は南西の風のエリアでいいな」

「ああ。風のエリア── 翠嶺(すいれい) の高原。山の上だ。風が強い。──気をつけてくれ」

【メインクエスト「七色の調和」──次の目標:風のエリア「翠嶺の高原」】

里を出た。

帰り道。ダリオの船が待っている海岸に向かう──わけではなかった。エルシオンの中を移動するのに、毎回船で戻る必要はない。里の転送石碑を起動していた。

【調和の里の転送石碑を登録しました。虚空の門との相互転送が可能です】

「転送網がエルシオンにもある。里を拠点にできるな」

夕暮れの森を歩いている。黒翳の森を抜けて、草原に出た。夕日が空をオレンジに染めている。エルシオンの夕日は──虹色だった。普通の夕日のオレンジに、七属性の光が混ざって、空全体が万華鏡のように輝いている。

「きれい──」タマキが足を止めた。

「きれいですね」アストレアが聖剣を腰に差したまま、空を見上げた。

「……きれいだ」ゼクスが小さく言った。

「ゼクスさんが、景色を褒めましたね。これは珍しい……」ハルがメモを取ろうとした。

「記録するな」

「します。ゼクスさんが景色を褒めた回数は、エルシオンに来てからたった二回です。アストラムでは一年で三回でした。ペースが上がってます」

「お前の記録癖は、どうにかならないのか?」

「導師ですから。記録は仕事です」

セレスが夕日を見ていた。角がオレンジ色に染まっている。

「トワ」

「なんだ」

「きょう、がんばったね」

「お前もだ。月光でルーナの夜を強化した。あれがなければ檻は壊せなかった」

「セレスとルーナの、おそろいのちから」

「おそろいの力だ。──最高位の精霊二人の連携。世界で一番強いコンビだ」

「いちばんつよい。──えへへ」

ルーナが影の中から手を出した。セレスの手を握った。

「ルーナも。──今日、嬉しかった。オルグレンを助けられて」

「ルーナがいたから助けられた。お前の夜の力がなければ、檻は壊せなかった」

「……わたしの夜が、役に立った。──千年間、夜であることが怖かった時もあった。闇に堕ちた頃の記憶があるから。でも今日──夜の力があってよかったって、思えた」

「夜は闇ではない。お前はもう闇ではない。──お前の夜は、闇を照らす力だ」

「……ありがとう。トワ」

テンがブーツの上で穏やかに光った。一回。満足の光。

エルシオンの初日が終わる。虹色の夕暮れの中、七人と精霊二人と虫一匹が、草原の丘を歩いている。

七体の獣王。七つのエリア。七色の調和。

長い旅の二歩目が踏み出された。