軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

[黒翳の森]

闇のエリア──黒翳の森。

針葉樹が空を覆って、地面にほとんど光が届かない。紫がかった薄暗さ。だが完全な闇ではない。木の幹に──発光する苔が生えている。青紫の淡い光。暗闇の中の微かな灯り。

「この苔、光ってるな……アイテムか?」

近付くと、アイテム説明のテキストが出た。

【 冥光苔(めいこうごけ) ──闇属性の生物発光。暗所でのみ発光する。採集可能】

「闇属性の発光苔。──タマキ、採集するか」

「します!」タマキが既に苔を削り取っていた。聞く前に採集する薬師。「闇属性の発光素材って初めてです。浄闇薬の上位版が作れるかもしれない」

「採集は移動しながらにしろ。立ち止まると危険だ」

「わかってます。──歩きながら採る技術は、アストラムの星花の里で鍛えました」

森の中を進む。ルーナが先行している。──正確には、ルーナの影が先行している。地面の影を這うように紺色の気配が伸びていき、前方の状況を探っている。

「トワ。この森の影は──古い。アビスの海底と同じくらい古い。何千年も動いていない影がある」

「影に記憶は」

「ある。──聞こえる。獣の足音。大きい。重い。──オルグレンの足音だと思う。でも最近の記憶じゃない。半年以上前に途切れてる」

「半年前に消えた、という長老の話と一致するな」

「うん。それと──もう一つ聞こえる。足音じゃなくて──吸い込む音。何かが闇を飲み込んでる音」

「闇を飲み込む──」

テンがブーツの上で激しく明滅した。五回のパターン。未知の危険。だがさっきより点滅が速い。近づいている。

「テンの反応が強まってる。闇の異常の中心に近づいている」

森の地面が変わった。落ち葉の下の土が──白い。闇のエリアなのに、土が白くなっている。色が抜けている。

「土の色が抜けている。──闇属性が土壌から消えているんだ」

見聞録でスキャン。

【土壌の闇属性含有量:通常値の12%──著しく低下しています】

「通常の一割しか残っていない。闇が吸い出されている」

「吸い出されてるから、木が枯れ始めてるんでしょうか」

ハルが指差した。

針葉樹の一部が、灰色に変色している。葉が落ちている。

「この森の木は、恐らく闇属性のエネルギーを養分にして育つ特殊な植生だ。黒翳の森にしか生えない。──だから闇が吸い取られると、養分が断たれて枯れるんだろう」

「普通の森の木は日光で育ちますけど、ここの木は闇で育つんですか?」

「七属性のエリアごとに植生が違うはずだ。火のエリアには火で育つ植物があり、水のエリアには水で育つ植物がある。エルシオンはそういう大陸だ」

「ルーナちゃん。この森の木って、ルーナちゃんの仲間みたいなものですか」タマキが聞いた。

「仲間──とは違うけど。わたしは夜の精霊で、闇とは別のもの。でも──暗い場所で生きてるものには、親しみを感じる。だからこの木たちが枯れていくのは見ていてつらい」

ルーナがしょんぼりとした声で言う。

「この森の木にとっては、闇が養分。なくなったら生きていけない。──わたしは夜の精霊だから、闇そのものは取り戻せない。でも、夜の力で闇が戻る手助けはできるかもしれない」

「夜が、闇を助けるのか」

「夜は闇の隣にいるもの。──闇が消えた場所に、夜が立てば、闇が戻ってくる道しるべになる。わたしはそういう存在」

森の奥に進むと──開けた場所に出た。円形の空き地。直径五十メートル。木が一本もない。地面が真っ白。闇が完全にゼロのエリア。

空き地の中央に──穴があった。直径三メートルの縦穴。穴の縁が虹色に光っている。

「穴。──この穴が、闇を吸い込んでいるのか」

見聞録でスキャン。穴の中のデータが──返ってこない。スキャンが反射されている。

「見聞録が通らない。穴の内部がスキャン不可だ」

「アストラムの虚空と同じですか?」

「違う。虚空は『何もないからスキャンできない』だった。これは──『何かがスキャンを弾いている』。穴の中に、何かがいる」

ルーナが穴に近づいた。影を穴の縁まで伸ばす。

「この穴──深い。すごく深い。わたしの影でも底が見えない。──でも、底から何かが引っ張ってる。闇を。わたしの影も引っ張られてる」

「引っ張られている? 危険じゃないのか」

「危険。──でも、わたしは第二位階の精霊だから。引っ張られても持っていかれない。普通の闇属性のモンスターは──吸い込まれて消えたんだと思う」

「闇のモンスターが穴に吸い込まれて消えた。獣王オルグレンも──穴に」

「たぶん。オルグレンは第三位階。わたしより下。吸引力に耐えられなかった可能性がある」

穴に近づくと、鈴が鳴った。調和の鈴。低い音ではなく──音が出ない。闇の音が完全に消えている。

「鈴の音が消えた。闇がゼロ。──この穴が全部吸い取っている」

【サブクエスト「消えた獣王」更新】

【黒翳の森の中心に闇属性吸収穴を発見しました】

【調査を続行してください】

「穴の中に入るのか」ゼクスが穴を覗き込んだ。

「入る。──だが全員では危険だ。闇属性の吸引力がある。闇属性を持たないメンバーは問題ないが、ルーナとテンは引っ張られる」

「わたしは大丈夫。第二位階だから耐えられる。──それに、この穴の中のこと、わたしにしかわからない。影が読めるのはわたしだけ」

「ルーナが行くなら、俺も行く。セレスも」

「セレスいく。ルーナひとりにしない」

「全員で行きましょう」アストレアが聖剣を構えた。

「そうだな……アストレアの言う通り全員で降りる。ロープは」

「ありますよ」ハルがアイテムストレージからロープを出した。「導師の基本装備です。師匠がいつ穴に飛び込むかわからないので、常備してます」

「俺はそんなに穴に飛び込むか」

「飛び込みますよ。アストラムだけでも、三回は」

「……否定できないな」

ロープを穴の縁に固定した。一人ずつ降りていく。

暗い。冥光苔もない。純粋な暗闇。──だがセレスの角が微かに光って、最低限の視界を確保した。

「セレス。角が光ってるぞ」

「ひかってる。──やみのなかだと、かってにひかる。つきは、やみのなかでいちばんかがやく」

「最高位の精霊らしい言葉だな」

二十メートル降りた。三十メートル。四十メートル。穴が広がっていく。洞窟になった。天井が高い。壁に──文字がある。

「文字だ。──見聞録で……読める」

【「闇の揺り籠。ここに眠りし者を、起こすなかれ」】

「眠っている者──」

洞窟の奥に──光があった。虹色ではない。白い光。闇のエリアの地下に、白い光がある。不自然だった。

「闇の洞窟の中に、光。──矛盾してるな」

「矛盾しているから問題なんです」ハルが言った。「闇のエリアに光があったら、必ずどちらかが追い出されます。もしかしたら……この光が、闇を吸い取っている正体かもしれません」

光に向かって歩いた。

洞窟の最奥。

広い空間。天井に白い結晶が──いや、白い結晶ではなかった。

檻だった。

白い光で構成された檻。その中に──巨大な獣が横たわっている。

黒い毛並み。四本の脚。長い尾。牙が二本、上顎から突き出ている。全長十五メートル。──狼だった。途方もなく巨大な狼。黒翳の森の主。

【冥牙のオルグレン Lv98 HP:420,000 属性:闇 状態:拘束中】

「オルグレン──! ここにいたのか──!」

「拘束中。白い光の檻に──閉じ込められている」

獣王は生きていた。だが動けない。白い光の鎖が全身に巻き付いて、闇の力を封じている。オルグレンの身体から──闇が吸い出されている。黒い霧が身体から立ち上り、檻の外に拡散していく。拡散した闇は穴を通じて──どこかに流れていく。

「闇が吸い出されて、穴から排出されている。──いや逆だ。穴が吸い込んでいたのは森の闇だが、その源はオルグレンだった。獣王の闇を搾り取って、森全体の闇を枯渇させていた」

「誰がこんなことを」

檻の周囲に──紋章があった。見覚えのない紋章。これまでのどの勢力のものでもない。

「この紋章──見聞録に該当データがない。未知の勢力だ」

「未知の勢力が、獣王を檻に閉じ込めて闇を搾取している。──これはクエストの範囲を超えてるんじゃないか」ゼクスが紋章を見て目を細めた。

「超えているかどうかは、後で分かる。──今はまず、オルグレンを助けよう」