軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

[七色の大陸]

1月31日。アップデート当日。メンテナンス明け。

虚空の門に転送した。パーティ全員が揃っている。トワ、セレス、ルーナ、ゼクス、アストレア、タマキ、ハル。テンはブーツの上。

門の前には既にプレイヤーが群がっていた。アップデート開始から五分で二百人以上。皆、門の向こうを見ている。

門の内側に映る景色。レイドの時の金色の空間はもう消えていて、代わりに──海がある。白い砂浜。透き通った海。水平線の向こうに陸地の影。虚空の門は転送装置ではなく、中継地点だった。門をくぐると、まず海岸に出る。

【虚空の門──転送先:エルシオン海岸(中継地点)】

【第三大陸・エルシオンへは、海岸から海を渡る必要があります】

「海を渡る──!? 転送じゃないのか!」

「門は海岸までしか繋がっていないらしい。その先は自力で」

「どうやって海を渡るんだ。泳ぐのか」

チャットが来た。

ダリオ:「トワ! 俺の出番だな! 門の向こうが海なら、航海士が必要だ! 船を回すぜ!」

「ダリオが来てくれるそうだ。船で渡る」

「ダリオさん、仕事が早いです──!」

門をくぐった。

転送の光。一瞬の暗転。そして──

足元に砂の感触。波の音。潮の匂い。

白い砂浜に立っていた。振り返ると虚空の門が浮かんでいる。こちら側から見ると、門の枠の中にアストラムの虚花の台地が映っている。双方向の転送門。いつでも戻れる。

目の前に広がる海は──色が違った。アストラムの南の海は紺碧だったが、この海は青と緑が混ざったエメラルドの色をしている。水が異常に透明で、海底の白砂が見える。

「きれい──」タマキが息を呑んだ。

「この海、見聞録で何か読めるか」

スキャンした。

【エルシオン海域──七属性海流が確認されました。海水に全七属性のエネルギーが微量に溶解しています】

「七属性の海。──エルシオンは海から既に七属性が共存しているのか」

セレスが海を見ていた。今回は嫌がらない。

「トワ。このうみ、まえのうみとちがう」

「嫌ではないのか。前は水が嫌いだと言っていたが」

「このうみは──あったかい。セレスのちからが、きらわれてない。うみにうけいれられてるかんじ」

「七属性が均衡しているから、月属性を拒絶しないんだ。──セレス、この海ならお前も泳げるかもしれないぞ」

「およがない。ぬれるのはいや。──うけいれられても、ぬれるのはべつ」

「そうか」

三十分後。ダリオの船が到着した。航海士ギルドの旗艦。帆が虹色に輝いている。エルシオン海域の七属性を帆が吸収して発光しているらしい。

「乗れ! 出航するぞ!」

船に乗り込んだ。他のプレイヤーも次々と船を出している。航海士ギルドが臨時の渡航便を運行し始めた。一隻で二十人。ピストン輸送。MMOの航海士たちが大忙しだ。

「航海士が輝く日が来たな──!」ダリオが舵を握りながら笑った。「アストラムでは海底に潜ってばかりだったが、今回は正統派の航海だ!」

帆に風を受けて、船が進む。海上から見るエルシオンの空は──青い。旧大陸の空よりも、遥かに澄んだんだ青空。

「そらが……とっても、あおい」セレスが見上げた。「こんなにあおいそら、はじめて」

「現実でも、ここまでのはないだろうな」

「げんじつ。──トワが、そとのせかいでみてるそらとおなじ?」

「ああ……現実の空も、こんな色をしている」

「じゃあ、なかとそとが、おなじいろ。ふしぎ」

一時間の航海。水平線に陸地が近づいてくる。緑の大地。山。森。川が海に注ぎ込んでいるのが見える。

【第三大陸・エルシオンに接近しています】

「見えてきた──!」

岸が近づく。白い砂浜。その奥に草原。草原の向こうに森。自然が豊かだ。アストラムの星属性一色の景色とは違い、多様な植生が混在している。

船が砂浜に着岸した。

「到着! 第三大陸エルシオン──上陸!」

砂を踏んだ。固い。現実の砂と同じ感触。VRのフィードバックが──これまでの大陸よりリアルに感じる。

【第三大陸・エルシオンに到着しました】

【エルシオン踏破率:0.0%】

「踏破率ゼロ。──白紙のマップ、全部これからですね」

ハルがマッピングを開始した。砂浜から一歩内陸に入ると──草原。風が吹いている。草が波のように揺れる。普通の風。普通の草。だが──

「木漏れ日が虹色だ」

「エルシオンの太陽光は七属性を含んでるんだ。木の葉がプリズムになって──」

「あ、スクショ──!」タマキがカメラモードを起動した。「これ絶対、スクショ撮ったら映えます!」

「スクショの前に安全確認だ」

「あ、はい。すみません。薬師の前に女子が出ました」

見聞録でスキャン。モンスターの反応──近くにはない。NPCの反応は──南に。

「南にNPCの集落がある。まずそこに行く」

草原を歩き始めた。見聞録のマップが一歩ごとに埋められていく。

三十分歩いたところで──石碑があった。白い大理石。アストラムの風化した石碑とは違い、手入れされている。文字が鮮明に残っている。

見聞録で読み取った。──読めた。

【「世界の序列」】

【この世界に棲まうものたちの位階を記す。】

【第一位階── 龍種(ドラゴニア) 。世界の礎を成す始原の存在。世界の門番や虚空龍は、その末裔なり】

【第二位階── 精霊種(エレメンタリア) 。世界の力そのものが意志を持ちし存在。月の精霊セレスティア、夜の精霊ルーナリアは、その頂点に座する】

全員が石碑の前で固まった。

「セレスちゃんとルーナちゃんの名前が、刻まれてる──」

セレスが肩の上で目を丸くしていた。

「セレスのなまえ。かいてある。なんで?」

「お前の正式名称だ。セレスティア。月の精霊の頂点。世界で最も偉い種族のひとつだと書いてある」

「さいこーい。セレスが?」

「お前が」

「……セレス、えらい?」

「偉い」

「いちばん?」

「第二位階だ。一番は龍らしいぞ」

「にばんめ。──でも、にばんめ、わるくない」

ルーナが影の中から声を出した。

「ルーナリア。──わたしの名前。夜の精霊の頂点って──本当に?」

「石碑に刻まれている。千年以上前から」

「影の中にいたわたしが、最高位だったの。……ずっと知らなかった」

「知らなくても強い。虚空龍戦でお前が影を掴んだから勝てた。十万人のレイドを救ったのはお前の手だ」

「……そうか。──わたし、ちゃんと強かったんだ」

「ちゃんと強い。世界が認めている」

「えへ……褒められた。石碑にも、トワにも」

ハルが石碑を読み直した。

「師匠。セレスちゃんが月の精霊で、ルーナちゃんが夜の精霊。でも、ルーナちゃんはいつも、影の中にいますよね。【夜】と【影】って、同じものなんですか」

「違う。影は光があるところに生まれる従属物だ。光がなければ影も消える。ゼクスの影潜りは、影だけを使う技術。光源がなければ使えない」

「ルーナちゃんの力は、【影】じゃないんですか」

「ルーナの力は【夜】だ。夜は影を含むが、影だけではない。夜の中には月光がある。星がある。風がある。そして……影もある。影は、夜の構成要素の一つにすぎない。ルーナが影を使えるのは、夜の精霊だから。影の精霊じゃない」

ルーナが影の中から補足した。

「トワの説明で合ってる。わたしは影の中にいるけど、影そのものじゃない。夜の中に影があるから、影を通路にして移動できる。でも、わたしの本当の力は【夜】。暗い場所にいると力が戻るのは、暗い場所が夜に近い環境だから」

「じゃあルーナちゃんが海底や洞窟で強くなるのは……」

「光が少ない場所は夜に近い。夜に近ければ、わたしの力が増す。影が濃いから強くなるんじゃなくて、夜に近い環境だから強くなる。似てるけど、違う」

「微妙な違いですね」

「微妙だけど大事な違い。影は光に従属する。夜は光に従属しない。夜は光と共存する。月が照らし、星が輝く。わたしの夜は、光を消さない夜」

ハルが納得したように顎を引いた。

トワは石碑の続きを読んだ。

【第三位階── 獣王種(ベスティアル) 。大地を統べる獣の王。各属性の頂点に君臨する】

【第四位階── 精霊獣(ファミリアル) 。精霊と獣の中間に位置する存在。星角鹿、虚角鹿はこの位階に属す】

【第五位階── 上位種(ハイエンティ) 。知性を持つ亜人・魔人・古代種】

【第六位階── 人種(ヒューマニス) 。旅する者。世界を歩き、記録し、変える者】

「人間が最下位。──ですが」ハルが文面を見ていた。「他の位階は『存在する』ことで定義されてるのに、人間だけ『旅する・歩く・記録する・変える』って動詞で書いてありますね」

「人間は行動で序列に入っている。──存在ではなく、何をするかで」

「師匠のためにあるような定義ですね。旅して、歩いて、見聞録で記録して、世界を変えてきた」

「俺だけでじゃない。全てのプレイヤーがそうだ」

「Lv1で七千時間やってるのは師匠だけですけどね」

石碑の裏側に、小さな地図が刻まれていた。エルシオンの概略図。大陸の中央に大きな湖。湖から七本の川が放射状に伸びて、七つのエリアに分かれている。各エリアに属性のマークが刻まれている。

「七つのエリア。七つの属性。──この大陸は属性ごとに領域が分かれているのか」

「火のエリア、水のエリア、風のエリア──全部独立してる」

「そして中央の湖が七つの属性の源。調和の中心」

ゼクスが地図を見ていた。

「この地図の南東──闇のエリアだけ、マークが薄い」

「水晶と同じだ。闇の属性が弱まっている。──最初の調査先は南東の闇エリアだな」

地図の近くに道標が立っていた。「調和の里──南へ」と書いてある。

南へ歩いた。二十分。丘を越えると──集落が見えた。

調和の里。石造りの家が二十軒ほど。花壇。水路。風車。穏やかな村。だが活気がある。NPCの住人が道を歩き、市場で買い物をし、子供が走り回っている。アストラムのオルテリアはリーリア以外のNPCが少なかったが、ここはまさに生きた村だ。

里の入口に老人が立っていた。白いローブ。杖の先端に七色の宝石。

「おお──旅人か。久しぶりだ。この里に旅人が来るのは」

【調和の里の長老・ルトヴィア NPC】

【友好度:0/10】

「友好度があるNPCだ。グランやカレンと同じタイプの」ゼクスがシステムメッセージを見ている。

「長老。俺たちは門を越えてこの大陸に来た。この土地について教えてほしい」トワが言った。

「もちろんだとも。──まず名を聞こう。この大陸では、名前が力を持つ」

「トワ。旅人だ」

「トワか。──よい名だ。短く、まっすぐだ。お前の旅もそうであればよい。──さあ、中へ入れ。話は長くなる」

里の中央の広場に案内された。広場の中央に水晶、七色に輝いている。だが一色──紫の闇が薄い。

「これは『調和の水晶』。エルシオンの七属性を均衡に保つ装置だ。大陸の中央──大湖アルケオンから、七本の川を通じてエネルギーが流れ込む。水晶はその流れを調整する」

「大湖アルケオン。七本の川。──石碑の地図に描いてあったな」

「石碑を読んだか。見ての通り、水晶の闇の色が薄い。闇のエリア──南東の 黒翳(こくえい) の森から流れてくるエネルギーが減っている」

「原因は?」

「わからぬ、だが兆候はあった。半年前から黒翳の森のモンスターが減り始めた。森の奥で──何かが、闇を吸い取っている」

「闇を吸い取る──」

テンがブーツの上で激しく光った。五回。新しい警告パターン。虚空の門の亀裂で見せた、未知の危険の反応。

「テンが反応している。──闇感知の甲虫が、闇の異常を検知した」

「その虫──闇を感じ取れるのか。珍しい。第四位階の精霊獣に近い能力だ」

「テンは虫だ。精霊獣ではない」

「位階は絶対ではない。力は存在ではなく、行動で示される。──お前たち人種と同じだ」

ルトヴィアが鈴を一つ取り出した。小さな銀色の鈴。

【調和の鈴を入手しました】

【効果:属性の乱れを感知する。鈴の音の高さで、どの属性がどの方向で乱れているかを示す】

「これを持っていけ。鈴が乱れの方角を教える。闇のエリアから始めるがよい」

「ありがとう。──長老。一つ聞いていいか」

「なんだ?」

「この大陸の第三位階──獣王種。各属性の頂点に君臨する獣の王がいると石碑にあった。闇のエリアにも獣王がいるのか」

ルトヴィアの顔が、少し曇った。

「いた。──闇の獣王『 冥牙(めいが) のオルグレン』。黒翳の森の主。だが半年前から──姿を消している。森の闇が弱まっているのは、オルグレンがいなくなったことと関係があるかもしれぬ」

「獣王が消えた。──闇の源が消えて、属性が弱体化した」

「そうかもしれぬ。だが確証はない。──旅人よ。お前の目と耳と足で、確かめてきてくれ」

【メインクエスト「七色の調和」が発生しました】

【エルシオンの七つの属性の均衡を取り戻せ】

【サブクエスト「消えた獣王」が発生しました】

【黒翳の森で闇の獣王オルグレンの行方を調査せよ】

【進捗:0/7】

「七つの属性を巡る旅。そして消えた獣王の謎。──やることが見えたな」

鈴を振った。澄んだ音。だが、一音だけ低い。闇の方角──南東。

「南東。黒翳の森。──行くぞ」

セレスが、鈴の音を聞いて耳をぴくっとさせた。

「トワ。このおと、きれい。でも、すこしかなしい」

「悲しい?」

「おとがひとつ、たりない。なないろのおとなのに、ろくいろしかきこえない。やみのおとが、ちいさすぎる」

「セレスの耳で音の属性が聞き分けられるのか」

「きこえる。セレスはせいれいだから。せかいのおとがぜんぶきこえる。──でも、やみのおとだけ、とおい。にげてるみたい」

「逃げている。──闇が逃げている。吸い取られているのではなく、逃げている?」

「わからない。──でも、おとはそういってる」

里を出た。南東へ。草原を抜けると──森に入った。木が変わった。白い幹の広葉樹から、黒い幹の針葉樹へ。光が弱まっていく。虹色の木漏れ日が消え、紫がかった薄暗い空になる。

「闇のエリアに入りつつある」

ルーナが影の中で伸びをした。

「──いい。このエリア、いい。暗くて、夜に近い。力が戻ってくる」

「砂漠の真逆だな」

「真逆。──ここならわたし、全力が出せる」

テンが明るく光っている。嬉しそう。闇感知の甲虫が闇のエリアで活き活きしている。

「テンもルーナも嬉しそうだ。──闇の調査にはこの二人が主力になる」

黒い森を進む。木々の間に──モンスターがいた。

【 黄昏狼(たそがれおおかみ) Lv72 HP:16,000 属性:闇+風】

「Lv72。アストラムの初期エリアより低い」

「エルシオンは優しいんですね。新規プレイヤーにも、対応した設計なのかも」ハルが分析した。

黄昏狼が三頭。群れ。こちらに気づいた。

「わたしにやらせてください」タマキが前に出た。

「どうするつもりだ?」

「新しい薬のテストです。虚空龍の鱗を使った試作品──仮称『虹の薬』。飲んだ人の次の一撃に全七属性を同時に付与します」

タマキが虹色に光る薬瓶を差し出した。

「飲んでください、トワさん」

飲んだ。身体に七色の光が纏わりついた。

【虹の薬の効果──次の一撃に全七属性を付与(10秒間)】

弓を構えた。矢に虹が宿る。放った。

【全属性同時攻撃! 弱点属性一致ボーナス! ダメージ:22,400】

黄昏狼がHP16,000から一撃で消し飛んだ。

「一撃、22,400──!」

「全属性同時だと必ずどれかが弱点に当たる。そのボーナスが乗った上に、七属性の基礎ダメージが全部加算される。──壊れ性能だな」

「成功です!」タマキがガッツポーズした。「ただし虚空龍の鱗は一人一枚で、一枚から三本しか作れません。全員分合わせて二十一本。使い切ったら終わりです」

「ボス戦専用の切り札だ。今後、雑魚には使わない」

「了解です。──BCO最強の薬。薬師を始めて一年の集大成です」

残りの黄昏狼はゼクスとアストレアが片付けた。

「師匠の一撃で全部終わるなら、わたしたちの出番がないんですけど」ハルがぼやいた。

「虹の薬は残り二十本。お前たちの出番の方が圧倒的に多い」

「雑魚担当ですね」

「通常戦闘担当だ」

「同じですよ、それ」

森の奥へ進む。闇が濃くなっていく。テンが光り続けている。ルーナが影の中で力を蓄えている。鈴の低い音が、少しずつ大きくなる。

【エルシオン踏破率:0.4%】

消えた獣王。弱まる闇。逃げる属性。

第三大陸エルシオンの最初の謎が──トワたちを待っている。