作品タイトル不明
初詣
一月一日。元旦。現実世界。
朝十時。冬夜のスマホが鳴った。
宮瀬:「久坂くん。初詣行かない?」
冬夜:「初詣か」
宮瀬:「蓮くんとミコトちゃんも誘ったの。四人で。だめ?」
冬夜:「行く」
宮瀬:「即答。──えへへ。じゃあ十二時に駅前で」
駅前に四人が集まった。冬夜。宮瀬。蓮。ミコト。
宮瀬がマフラーに顔を埋めている。寒い。ミコトがダウンジャケットの中に縮こまっている。蓮だけ薄着だった。
「蓮くん、寒くないの」
「寒いよ。見栄を張っているだけだ」
「何のだよ。見栄を張るな、見栄を」冬夜が言った。
「お前に言われたくないよ。七千時間ゲームに費やした男に」
「それは見栄ではなく事実だ」
「事実で殴ってくるな」
神社に向かって歩いた。参道に屋台が並んでいる。焼きそば、たこ焼き、りんご飴。冬の空気に湯気と煙が立ち上っている。
「久坂さん。わたし、りんご飴食べたいです」ミコトが屋台を見ている。
「買え」
「お金はあるんですけど……一人で屋台に並ぶの、ちょっと恥ずかしくて」
「何百万人の前で配信する人間が、屋台に並ぶのが恥ずかしいのか」
「配信とリアルは別です! リアルの方が緊張します!」
宮瀬がミコトの手を引いた。
「一緒に行こう。わたしも食べたい」
「宮瀬さん──! ありがとうございます──!」
二人が屋台に消えていった。冬夜と蓮が参道の端に立っている。
「冬夜。今年の目標は」
「目標?」
「新年だから聞いてるんだ。普通だろ」
「……歩き続けること」
「ゲームの話か」
「ゲームも現実もだ」
「宮瀬さんと?」
「宮瀬とも。お前とも。全員と」
蓮が少し黙った。
「俺の目標は、短編のアンソロジーが出ること。来春。──あと、次の作品を書き始めること」
「次の作品」
「BCOの話をもう一本書きたい。今度は長編で。──お前の旅を、もっと長く書きたい」
「俺の旅は俺のものだぞ」
「素材として使わせてもらう。無断で」
「無断か」
「文学とはそういうものだ。──許可を取ったら面白くなくなる」
宮瀬とミコトが戻ってきた。りんご飴を持っている。宮瀬が冬夜に一つ差し出した。
「はい。久坂くんの分」
「頼んでいない」
「頼んでなくても買うの。──これが彼女の仕事です」
「彼女の仕事にりんご飴の調達があるのか」
「あるの」
りんご飴を齧った。甘い。冬の空気の中で食べるりんご飴は、BCOの星果実とは違う甘さだった。現実の甘さ。
本殿に着いた。参拝の列に並ぶ。長い列。三十分くらい待ちそうだ。
「何をお願いするんですか」ミコトが聞いた。
「お願い?」
「お賽銭投げて、お願い事するんですよ。久坂さんは何をお願いしますか」
「……考えたことがなかった」
「考えてなかったんですか!?」
蓮が笑った。
「こいつは神頼みをしないタイプだ。自分の足で歩いて、自分の目で見つけるのが主義だから」
「でも初詣くらいはお願いしてもいいんじゃ──」
「ミコト。お前は何を願う」
「わたしは──大学合格です。あと、配信が三年目も続くこと。あと──」
ミコトが少し赤くなった。
「秘密です」
「秘密が多いな。高校生は」
宮瀬が冬夜の袖を引いた。
「久坂くん。わたしのお願い、聞きたい?」
「聞く」
「今年も一緒に歩くこと。ゲームでも、現実でも」
「それは願い事ではなく、すでに決まっていることだ」
「決まっていても、神様にも報告するの。──念押し」
「神への念押し。……斬新だな」
お賽銭を投げた。手を合わせた。冬夜は何も願わなかった。──いや、一つだけ。
全員が、来年もここに立てるように。
参拝の後、おみくじを引いた。
冬夜──中吉。「旅は長いが、道は続く」。
「久坂くんらしすぎる」宮瀬が笑った。
宮瀬──大吉。「愛する人と歩む道に光あり」。
「宮瀬さん、大吉! おめでとうございます!」
「えへへ。嬉しい」
蓮──末吉。「筆を持て。言葉は力なり」。
「俺に書けと言っているのか神は。──まあ、そのつもりだが」
ミコト──吉。「高い場所から遠くを見よ。新しい景色が待つ」。
「高い場所。──大学のことかな。新しい景色」
「配信のことかもしれないぞ。視聴者数という高い場所」蓮が言った。
「そっちか。──どっちにしても、いい言葉ですね」
帰り道。夕暮れ。四人で並んで歩いている。
「来年もみんなで初詣に来ようね」宮瀬が言った。
「来年はもっと人数増えてるかもな。ゲームの仲間も誘って」蓮が言った。
「オフ会と初詣を兼ねるのか。──悪くないな」冬夜が言った。
「久坂さんが『悪くない』って言うのは、『すごくいい』って意味ですよね」ミコトが通訳した。
「通訳するな」
「でも合ってるでしょ?」
「……合っている」
四人で笑った。冬の夕暮れ。初詣の帰り道。りんご飴の味がまだ舌に残っている。
◇
夜。ログイン。
始まりの町。正月イベントの飾りがまだ残っている。噴水広場に門松のオブジェが設置されている。BCOにも正月があるらしい。
セレスが飛んできた。
「トワ! あけましておめでとう! ──にかいめ!」
「二回目か」
「うん。きのうのよるにいったけど、あさもいう。にほんのしきたり」
「日本のしきたりを知っているのか」
「ハルがおしえてくれた」
ハルからチャットが来ていた。
ハル:「師匠、あけましておめでとうございます。セレスちゃんに正月の挨拶を教えました。喜んで使ってます」
「余計なことを教えるな」
「よけーじゃない。あいさつはたいせつ。──おとしだま、ちょうだい」
トワ:「お年玉まで教えたのか」
ハル:「教えてません。セレスちゃんが自主的に覚えました」
「自主的に金銭を要求するのか。成長したな」
「せいちょー。セレスはトワとおなじくらい、せいちょうした」
「俺とセレスの成長の方向性は全く違うぞ」
「おなじ。ふたりとも、あるいてるから」
「まあ……そうか」
一概に否定できなかった。