作品タイトル不明
十二月
月曜日。現実世界。十二月。
冬が来た。朝の気温が零度に近い。冬夜はコートのポケットに手を突っ込んで大学に向かった。
スマホが鳴った。
蓮:「昨日のレイド、すごかったな。フォーラムが三日経ってもまだ祭りだ」
冬夜:「ああ」
蓮:「お前のMVP、配信のアーカイブ再生数が八千万超えたぞ。BCOどころかVRMMO全体の記録を更新した」
冬夜:「数字は興味ない」
蓮:「お前らしいな。──で、次はどうする。門の向こうに、新しい大陸が見えたらしいが」
冬夜:「アップデート待ちだ。今は、現実の用事を片付ける」
蓮:「現実の用事って何だ」
冬夜:「宮瀬の実習が終わる。クリスマスの約束がある」
蓮:「お前……ちゃんと彼氏やってるんだな」
冬夜:「当たり前だ」
蓮:「当たり前って言えるようになったか。成長したな」
冬夜:「うるさい」
食堂。宮瀬が向かいに座った。二週間ぶり。病院実習が終わったばかりで、少し痩せている。
「久坂くん。ただいま」
「おかえり。痩せたな」
「実習が忙しくて。毎日レポートで寝不足だった。──でも終わった! 自由!」
「お疲れさま」
「ねえ久坂くん。レイドの話──って、わたしもいたんだけどね。十万人の中を走り回って薬を配ってたの、覚えてる?」
「覚えている。大量の薬を全チームに配った。お前の薬がなければ、最後のDPSチェックで火力が足りなかった」
「あはは……実習明けで寝不足だったのに、レイド通知が来た瞬間に目が覚めちゃって。──薬師の血が騒いだの」
「実習の翌日だったのか。無茶をしたな」
「無茶って。トワさんに言われたくないです。HP360でレイドボスに突っ込む人に」
「俺は慣れているからな」
「慣れてるの問題じゃないんですけどね。──でも楽しかった。十万人にバフを配る薬師なんて、一生に一度だよ」
宮瀬がカレーを食べた。実習明けのカレーは美味しいらしい。
「ねえ久坂くん」
「なんだ」
「クリスマス。──約束、覚えてる?」
「覚えている」
「どこ行く? わたしが決めていいって言ったよね」
「言った」
「決めた。──うちに来て」
「お前の家か」
「うん。──料理作るの、久坂くんに」
「宮瀬は料理もできるのか」
「ふふんっ……BCOで調合してるんだよ? 現実の料理くらいできるもん」
「調合と料理は違うぞ」
「同じです。素材を測って、手順通りに処理して、温度を管理する。──薬学部の実験とも同じ」
「論理的だな」
「論理的な料理、食べてくれる?」
「食べる」
「約束」
「約束だ」
蓮がうどんを持ってきた。
「お前ら、いちゃいちゃしすぎだろ。食堂でやるな」
「いちゃいちゃしてない。クリスマスの予定を確認しただけだ」
「それをいちゃいちゃと言うんだ。──で、俺は? 俺のクリスマスは?」
「知らない」
「冷たいな。──まあいい。俺は短編の推敲をする。出版社から校正が返ってきた」
「蓮くんの短編、本になるの!?」宮瀬が食いついた。
「アンソロジーの一編だけどな。来年の春に出る予定だ」
「すごい──! 蓮くん、作家デビュー!?」
「デビューって程じゃない。──でも、活字になる。嬉しい」
蓮が照れている。珍しい。
「蓮。おめでとう」
「ありがとう。──お前の旅のおかげだ」
「俺のおかげではない。お前の文章力だ」
「その文章力はお前の旅から生まれた。──だから、ありがとう」
「……ああ」
ミコトからメッセージが来た。
ミコト:「久坂さん。──進路、決めました。大学に行きます。配信も続けます」
「ミコトが進路を決めたそうだ」
「おお。どこ受けるの?」蓮が聞いた。
「今から聞いてみる」
ミコト:「メディアコミュニケーション学部がある大学を狙います。来年の受験に向けて、勉強始めました」
冬夜:「頑張れ」
ミコト:「はい。──進路のこと、トワさんに相談してよかったです。」
冬夜:「お前が決めたことだ、俺は何もしていない」
ミコト:「でも、背中を押してもらいました。──来年、受かったら報告しますね」
冬夜:「受かれよ」
ミコト:「受かります。わたし、やると決めたら強いので」
高二の冬に進路を決めた。受験は来年。まだ先は長いが、方向は定まった。
十二月。冬。現実でも、ゲームでも、季節は巡る。
レイドが終わって、アップデートを待つ間に、現実の時間が流れていく。蓮の短編が本になる。ミコトが大学に受かる。宮瀬の実習が終わる。冬夜がクリスマスに料理を食べに行く。