作品タイトル不明
祭りの後
虚空の間から出た。
門の前に十万人が戻ってきた。虚花の台地。朝日が昇っている。新大陸の東端から見る朝日は、旧大陸のどこよりも早い。世界で一番最初の朝。
十万人が座り込んでいた。立っていられない。疲労。歓喜。放心。全部混ざっている。
レイドの後の独特な空気。BCOをやってきたプレイヤーなら知っている。大きな戦いの後、数分間だけ訪れる静かな時間。全員が同じことを思っている。「終わった」と。
──だが、静かだったのは三十秒だけだった。
「酒だ──! 誰か、酒持ってないか──!」
「持ってる! ナハルの星果実酒! 百本持ってきた!」
「百本じゃ足りねえよ、十万人だぞ!」
「俺も持ってる! エリーのパン三百個!」
「パンはどこから!?」
「聖都から転送で取り寄せた! エリーさんが徹夜で焼いてくれた!」
「十万個用意してくれ! 足りねえよ全然!」
いつの間にか、虚花の台地が野外パーティ会場になっていた。プレイヤーが持ち寄った酒と食料が広げられ、即席の宴会が始まっている。BCOの料理システムがフル稼働。焚き火を囲んで肉を焼くプレイヤー。星果実でカクテルを作るプレイヤー。虚花をサラダに入れようとして「食べられるのかこれ」と議論するプレイヤー。
「虚花って、食べられるんですか?」タマキに質問が殺到していた。
「食べられます。味はほとんどないですけど、虚晶のエネルギーが微量に含まれてるので全属性耐性が0.5%くらい上がります」
「0.5%のために、食べる意味ある?」
「気分の問題ですね」
「分かった、気分で食べるわ」
トワは虚花の台地の端──少し高い岩の上に座っていた。十万人の宴会を見下ろしている。
セレスがトワの肩でエリーのパンを齧っている。どこから調達したのだろうか。
「セレス。そのパン、いつ手に入れた」
「エリーがおくってくれた。チャットで『せんとうおわった? おなかすいたでしょ? おくるね』って」
「エリーはNPCだぞ。チャット機能があるのか」
「ある。セレスとエリーはともだちだから。ともだちにはチャットがつかえる」
「知らなかった」
「トワはしらないこと、おーい。セレスのほうが、このせかいにくわしー」
「精霊の方が、ゲームに詳しいとは思わなかったな」
ゼクスが岩の下に来た。珍しく酒を持っている。
「飲むか」
「飲まない。未成年だ」
「ゲームの中だぞ」
「ゲームでも酒は飲まない主義だ」
「主義か。──まあいい」
ゼクスが岩に寄りかかって酒を飲んだ。
「いいレイドだった」
「ああ」
「ヴェノムと組んだのは初めてだったが──悪くなかった。なんだか、味方の連携より緊張感がある」
「また組むのか」
「必要なら。──ヴェノムも同じことを思っているだろう」
ヴェノムが少し離れた場所で元〈翠蛇の牙〉のメンバーと酒を飲んでいた。トワの視線に気づいて、ちらりとこちらを見た。目が合った。ヴェノムが──グラスを軽く持ち上げた。乾杯のジェスチャー。トワが頷いた。
次にアストレアが来た。聖剣を腰に差したまま。
「トワさん。──お疲れ様でした」
「お疲れ。三万二千人をよく率いたな」
「わたしは聖剣を振っただけです。指示はトワさんが。──でも、嬉しかったです。聖騎士として、これほど大きな戦いの先頭に立てたことが」
「矜持か」
「はい。──聖騎士の矜持です」
「いい矜持だ」
「ふふっ……ありがとうございます」
ダリオが船の方から手を振っていた。
「トワ──! 航海士ギルド連合で打ち上げやるぞ──! 来いよ──!」
「行かない。ここにいる」
「つれないなぁ──! じゃあ酒だけ送るぞ──!」
「酒は──」
星果実ジュースの瓶が投げられてきた。酒ではなかった。ダリオは覚えていた。
「ジュースか」
「お前が酒飲まないの、知ってるからな──!」
リーリアが走ってきた。息を切らしている。
「トワ──! 虚空の門が──変わってる──!」
「変わった?」
「門の内側──! さっきまでレイドフィールドだった空間が──消えて、新しい景色が見えてる!」
全員が門の方を見た。
虚空の門の内側。レイドフィールドだった金色の空間が消えて──代わりに、景色が映っていた。
海。広い海。新大陸の東の海ではない。見たことのない海。色が違う。空の色も違う。
そして──海の向こうに、陸地がある。
【虚空の門──転送機能が起動しました】
【接続先:未知の領域】
【警告:門の向こうは未実装エリアです。現在はアクセスできません】
【次回の大型アップデートをお待ちください】
「未実装エリア──!」
「大型アップデート──!? 新しい大陸が来るってことか──!?」
「門が転送装置だったのか──! 虚空の門は、次の大陸への入口だった──!?」
レイドチャットが再び凄まじい勢いで流れ出した。
──「次の大陸──!?」
──「アップデート予告!?」
──「BCOまだ終わらないのか!」
──「終わるわけないだろ! 始まったばかりだ!」
──「虚空の門の向こうに新しい世界──ロマンしかない」
──「トワさんの歩く新しい道が、また増えた」
トワは門の向こうの景色を見つめていた。見たことのない海。見たことのない空。見たことのない大陸。
「また──新しい場所だ」
セレスがパンを飲み込んで、門の向こうを見た。
「トワ。あたらしいところ、ある」
「ああ」
「いく?」
「今はまだ行けない。アップデートを待つ」
「アップデート?」
「ちょっとだけ休憩って意味だ。まあ……気長に待とう」
「まつ。──でも、たのしみ」
「ああ。楽しみだ」
ルーナが影から顔を出した。
「新しい場所。──わたしも行きたい」
「行く。全員で」
「やくそく?」
「約束だ」
「じゃあ、いまはお祝い。わたしも、お祝いしたい」
「ルーナは、何が食べたい」
「……スープ。タマキのスープ。あったかいやつ」
「タマキ。スープを」
「え、今ですか? 素材が──あ、虚花がある。虚花のスープなら作れます!」
タマキが即席でスープを作り始めた。焚き火。星鉱石の鍋。虚花の葉。泉の水。五分で完成。
ルーナが影から両手を出して、スープのカップを受け取った。
「ふーふー」
「ルーナちゃん、またふーふーしてる」ハルが笑った。
「ぎしき。ふーふーは、ぎしき」
「うん。知ってる。──今日のふーふーは特別だね。レイドクリアのふーふー」
「とくべつなふーふー。おいしい」
セレスがルーナの隣に飛んでいった。パンの欠片を持って。
「ルーナ。パン、たべる?」
「食べる。ありがとう」
「おいわいの、わけわけ」
二人の精霊が並んで座っている。パンとスープ。朝日。十万人の宴会の喧騒。
テンがブーツの上で一回光った。穏やかな光。戦いが終わった後の、安心の光。
「テンもお疲れ」
一回。了解の光。
虚空の門の向こうに、新しい世界が見えている。でも今日はここで、パンを食べて、スープを飲んで、仲間と笑って、朝日を見る。
明日からまた歩く。