軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新大陸の最終レイドボス【虚空龍ヴォイドレクス】

門の前に──世界が集まっている。

レイド通知から三十分。回廊の転送ポイントが臨時開放されたことで、旧大陸からも新大陸からも、ありとあらゆるプレイヤーが殺到していた。

転送の光が途切れない。一秒に十人。十秒に百人。虚空の門の周囲の虚花の台地が、プレイヤーで埋め尽くされていく。

【虚空龍ヴォイドレクス討伐レイド】

【現在の参加人数:14,208人──増加中】

「一万四千──まだ増えてる」

「レイド通知がBCO全体に出たんだ。全アクティブプレイヤーが対象だ」ゼクスが画面を見た。「BCOの月間アクティブプレイヤーは、全オンラインゲームで一番多い。深夜帯だから少ないが──情報が拡散すれば」

参加者数のカウンターが跳ね上がった。

【現在の参加人数:31,742人──増加中】

「三万超えた──!」

「ギルドが丸ごと来てる。〈蒼天の翼〉四百人、〈黒鉄の城壁〉三百人、〈暁の唱導者〉二百五十人──大手ギルドが軒並み参戦してる」トワがギルド名簿をスクロールしている。

レイドチャットが開設された。参加者全員が見られる共有チャンネル。

情報がものすごい速度で流れていく。

──「ギルド〈蒼天の翼〉四百二十八人、到着。配置指示を求む」

──「ソロです。どこ行けばいいですか」

──「ヒーラー二十人のパーティです。回復班希望」

──「元〈翠蛇の牙〉メンバーが、到着したぞ」

──「すげえな、なんだよこの人数」

──「旧大陸の最終レイドボス……いや、それ以上か!?」

──「流石に緊張してきた、吐きそう」

──「分かる。俺やらかさないか不安だ」

──「こんだけいたら、やらかしても分からんだろ」

──「トワさんが何とかしてくれるぞ」

──「トワさん、来てるのか!?」

──「そもそもあの人だろ、このレイドボス開けたの」

──「トワさん!! このボスを倒したらサインください!!!」

ふと顔を上げると、そこには元PKプレイヤーのヴェノムが。

「お前も来たのか」トワが声をかけた。

「レイド通知が来れば行くさ……大型レイドとなったら、旅をしている暇もない。それに――元〈翠蛇の牙〉のメンバーも来てる」

「あのPKギルドが?」

「もう全員改心してる。それに……〈翠蛇の牙〉だけじゃない。ルミナリアのPKギルドにも声をかけた。八百人が来る」

「PKギルドが、八百人──」

「PKの連中は戦闘力だけは高い。使えるぞ。世界が壊れたら……PKすらできないからな、心配するな。あいつらも、ちゃんと協力してくれる」

こうしている間にも、カウンターがさらに跳ねた。

【現在の参加人数:52,811人──増加中】

五万。旧大陸の最終レイドの参加者が三万人だった。それを超えた。

カレンからチャットが来た。

カレン:「トワ。聖都からも見える。気脈が全て東に流れている。──私は行けないが、聖都の兵を送った。NPC部隊だが、壁にはなる」

NPCの参戦。カレンが聖都の防衛兵を遠征に出した。百体のNPC兵が転送で到着し始めている。

そして、ダリオからも。

ダリオ:「航海士ギルド連合、千二百人で到着した! 海上から東岸に回り込んだ。全員水中戦闘可能だぜ!!」

蓮からも。

オーレン:「冬夜。フォーラムに『全プレイヤー参戦呼びかけ』スレが立った。いま拡散されてる。配信も複数走ってる。ミコトの配信に四百万人。まだまだ伸びる。視聴者は一千万を超えるだろうな」

そして、ミコトの配信。

『皆さん──! 虚空の門の前にいます──! 門の向こうに、龍がいます──! いから、数万人規模のレイドバトルが始まろうとしています──!』

カウンターが加速した。深夜帯でログインしていなかったプレイヤーが、フォーラムや配信を見て続々とログインし、転送で駆けつけている。

【現在の参加人数:78,204人──増加中】

八万。

【現在の参加人数:89,511人──増加中】

九万。

トワは門の前の岩の上に立った。見渡す限りのプレイヤー。虚花の台地が人で見えない。地平線まで人が立っている。

【現在の参加人数:103,847人──参加期限間近】

十万人を超えた。

BCOの歴史上──いや、VRMMOの歴史上、最大規模のレイドバトル。

全員の視線がトワに集まっていた。十万人が、一人の旅人を見ている。

トワがレイドチャットを開いた。

トワ:「全員に伝える」

十万人のチャットが、静かになった。文字の流れが止まる。

トワ:「虚空龍ヴォイドレクス。レベル不明。HP不明。全属性を持つ。弱点も不明。──正直に言う。攻略法がわからない」

沈黙の中でも、トワのタイピングは止まらない。

トワ:「だが、BCOのボスに攻略法がなかったことは一度もない。見聞録で読めなくても、目で見て、耳で聞いて、足で感じれば弱点は見つかる。七千時間かけて、学んだことだ」

トワ:「俺がやることは三つ。一、龍を解析して弱点を見つける。二、見つけたら全員に共有する。三、攻撃のタイミングを指示する。それ以外は、各自の判断に任せる」

トワ:「一つだけ頼みがある。死ぬな。このレイドは、恐らくやり直しがきかない。無理だと思ったら下がれ。生きていれば、何度でも挑める」

一拍の間。

そして──レイドチャットが動いた。十万人の声が、一斉に。

──「了解」

──「了解!」

──「トワさんの指示に従う」

──「あのグラオザーム戦から、あなたの指示で戦ってきた。今日も同じだよ、従うよ」

──「Lv1に指揮されるのも二年目だ、慣れてきたよ」

──「慣れてないけど信じる……行こう」

──「旅人の集い、二百八十人――全員見聞録持ち。師匠の合図で、動きます」

ハルが隣で頷いた。「二百八十人の旅人が目になります。十万人の目の代わりに」

「最高の布陣だ。──行くぞ」

門をくぐった。

金色の空間。虚空の間。浮遊する岩の島々。重力が弱い。球形の空間に、無数の岩が漂っている。その広さは──【世果の門番】のフィールドの十倍以上。十万人が入っても余裕がある。

【虚空龍討伐レイド──開始】

【最終参加人数:103,847人】

【レイドフィールド:虚空の間】

【特殊ルール:フィールド内ではPKが無効化されます】

【特殊ルール:死亡したプレイヤーは60秒後にフィールド入口で復活します(復活回数制限:3回)】

「復活あり──! 三回まで!」

「前回にはなかった仕様だ。十万人規模だと、死者が出ることを前提に設計されている」

龍が──目を覚ました。

【虚空龍ヴォイドレクス】。全長二百メートル以上の透明な龍。虚晶の鱗が空間の光を反射して、身体全体が虹色に輝いている。四つの翼。四つの首。四本の角。四本の長い尾。身体の中に──四色の光が脈打っている。星の金。月の銀。太陽の赤。虚空の透明。

見聞録を起動した。二百八十人の旅人が同時にスキャン。データが洪水のように流れ込んでくる。

【虚空龍ヴォイドレクス】

【Lv:???】

【HP:???????????(推定下限値:50,000,000──5千万以上)】

【属性:全属性】

【核:4つ(星・月・太陽・虚空)──位置特定中】

「HP、五千万以上──!?」

「世界の門番のHPが一千万だった……その五倍以上か」

「だが、人数も三倍以上いる。一人当たりの負担は──」

「計算は後だ、来るぞ!!!」

龍が翼を広げた。四枚の翼が空間を覆う。

【第一段階:四色の試練】

龍の四枚の翼が──それぞれ異なる色の光を放った。金。銀。赤。透明。四色が空間を四分割する。

【虚空龍が「四色の試練」を発動しました】

【フィールドが四つのエリアに分割されます】

【各エリアには対応する属性の攻撃のみが有効です】

【星エリア:星属性攻撃のみ有効】

【月エリア:月属性攻撃のみ有効】

【太陽エリア:火属性攻撃のみ有効】

【虚空エリア:全属性同時攻撃のみ有効】

「フィールドが四分割された──! エリアごとに使える属性が違う!」

「十万人を四つに分けるのか──!?」

トワ:「全員、自分の得意属性のエリアに移動しろ。星エリアには聖騎士と光属性系。月エリアには暗殺者と闇・影系。太陽エリアには火属性系。虚空エリアは──旅人を中心に全属性を出せるプレイヤーを集める」

十万人が一斉に移動を始めた。巨大な人の流れ。チャットで所属と属性を名乗り、最寄りのエリアに向かう。混乱は──意外と少なかった。大手ギルドが自主的にまとまって動き、ソロプレイヤーは近くのギルドに合流していく。MMOプレイヤーの自律的な組織力が働く。

「星エリア、三万二千人。月エリア、二万一千人。太陽エリア、二万八千人。虚空エリア、二万二千人。──だいたい均等に分かれた」

各エリアに龍の翼が一枚ずつ垂れ下がっている。翼の付け根に──【核】がある。弱点だ。それぞれのエリアで、この【核】を壊す必要がある。

「四つの核は翼の付け根。各エリアから一つずつ核を攻撃する。──全エリアのダメージが一定ラインを超えた時に、龍の本体にダメージが通る」

トワ:「各エリアのリーダーを決める」

トワ:「星エリア──アストレア。三万二千人を指揮してくれ」

アストレア:「了解です。星エリア全軍を統率します!」

トワ:「月エリア──ゼクスとヴェノム。二万一千人を二人で分けろ。北半分と南半分で挟み撃ちしろ」

ゼクス:「了解」

ヴェノム:「PKと聖騎士崩れの挟み撃ちか。皮肉だな──だが、やるさ。お前の指示だからな」

トワ:「太陽エリア──ダリオ。航海士千二百人を先鋒に、二万八千人を率いてくれ。尻尾の核は動きが激しい。海で鍛えた機動力が要る」

ダリオ:「任せろ! 航海士が陸で暴れる日が来たぜ!」

トワ:「虚空エリア──俺が行く。旅人部隊二百八十人と有志で、頭部の核を叩く。虚空の核は全属性同時攻撃が必要だから、旅人の万象の構えが要る」

ハル:「旅人の集い、全員準備完了です。師匠の合図で」

トワ:「タマキ。お前は全エリアを巡回する遊撃薬師だ。どこのエリアがピンチでも駆けつけろ」

タマキ:「了解です。薬の在庫は──百四十八本。足りなくなったらその場で調合します」

四つのエリアで、四つの戦いが同時に始まった。

星エリア。アストレアが三万二千人の先頭に立った。聖剣ルミナスを掲げる。

「全軍──前進! 聖なる光で【星の核】を砕きます!」

三万二千人の聖属性攻撃が、金色の翼に叩き込まれた。光の奔流。翼の表面が削れていく。

だが──翼が反撃してきた。金色のビームが星エリア全体を薙ぐ。

【星の裁き──広域攻撃! 推定ダメージ:32,000】

「盾を──! 全防御職、前に!」

数千人のタンクが盾を構えた。ビームが盾の壁にぶつかる。耐えたが……タンクのHPが大きく削れている。

「ヒーラー! 前衛の回復を!」

回復魔法が飛ぶ。三万二千人の連携。攻撃、防御、回復の三拍子が同時に回り始めた。

月エリア。ゼクスとヴェノムが二万一千人を南北に分けて挟み撃ちしている。暗殺者系のプレイヤーが先行し、銀色の翼の影に潜り込む。

「影が使える。月の翼は、影が濃い」ゼクスが影に潜った。

「こちらもだ」ヴェノムが反対側の影から接近する。

暗殺者と旅人が、同時に核を突いた。

【弱点ダメージ:8,800】(ゼクス)

【弱点ダメージ:7,600】(ヴェノム)

「ヴェノム。悪くないな」

「お前にだけは負けたくないんでな」

二万一千人の影属性・闇属性攻撃が銀色の翼を削っていく。

太陽エリア。ダリオが航海士を率いて赤い翼に突撃。

「波と同じだ! 尾の動きにリズムがある! 三拍子の裏で飛び込め!」

航海士たちが波乗りの要領で尾の動きを読み、隙を突いて【核】に攻撃を叩き込む。二万八千人の火属性攻撃が赤い翼を灼いていく。

虚空エリア。トワと旅人部隊が龍の頭部に向かっていた。

「全旅人、見聞録で頭部をスキャンしろ。【核】の座標を特定する」

二百八十人のスキャンデータが重なる。

【280の見聞録データを統合──虚空の核座標特定:精度99.1%】

「角の根元、右寄り二センチ。──見えた」

セレスが【覚醒形態】に変身。月光が龍の頭部を照らし、核の最弱点が浮かび上がる。

「全員──属性を揃えろ! 聖、火、水、風、土、闇、星、月、全属性を同時に核にぶつける!」

旅人たちが万象の構えで武器を切り替えた。剣士のモーション、弓使いのモーション、魔法使いのモーション。一人で複数の属性を出せる旅人の強み。他の職業のプレイヤーがそれぞれの属性攻撃を重ねる。

「撃て──!」

全属性の光が虚空の核に集中した。

【全属性同時攻撃! 虚空の核にダメージ!】

四つのエリアで、四つの核に攻撃が叩き込まれていく。ダメージログが画面を埋め尽くした。数字が滝のように流れていく。十万人の攻撃。一秒あたりのダメージ量が──百万を超えている。

【虚空龍ヴォイドレクス HP:残り87%】

「十三パーセント削ったぞ。それでもまだ、八十七パーセントも残っている……か」

【第二段階:空間歪曲】

龍が咆哮した。四色の光が混ざり合う。フィールドの四分割が──崩れた。

【虚空龍が「空間歪曲」を発動しました】

【フィールドの区分が消滅します──全エリアが統合されました】

【虚空龍の全身に「属性回転シールド」が展開されます】

「シールド──!?」

龍の身体全体が光に覆われた。だが一色ではない。虹色のシールドが──回転している。シールドの属性が数秒ごとに変わっていく。金→銀→赤→透明→金→銀→……

「属性が回転してる──! 今は金色──星属性のシールドだ。星属性の攻撃は弾かれる!」

「じゃあ、今は何属性で殴ればいい!?」

「星属性シールドの弱点は──闇属性だ。闇属性持ち、今すぐ攻撃しろ!」

トワ:「シールドの属性が切り替わる。今の属性に対応する弱点属性で殴れ。回転周期は約八秒。八秒ごとに、攻撃する属性を切り替えろ」

──「八秒で属性切替!? 忙しすぎる!」

──「今何属性!?」

──「銀──月属性だ! 太陽属性で殴れ!」

──「次は赤! 火属性シールド! 水属性だ!」

十万人が八秒ごとに攻撃属性を切り替える。混沌。しかし旅人部隊が、カウントダウンをチャットに流し続けた。

旅人の集い:「現在:月属性シールド→弱点:太陽属性 残り5秒」

旅人の集い:「切替! 現在:太陽属性シールド→弱点:月属性 8秒」

旅人の集い:「切替! 現在:虚空属性シールド→弱点:全属性同時 8秒」

「旅人部隊がタイマー係をやってくれてる──! 助かる!」

「旅人の集い、いつの間にこんな連携ができるようになったんだ──!」

ハルの声がチャットに流れた。

ハル:「師匠の旅を見てきた二百八十人です。見聞録の使い方は、全員叩き込まれてます」

属性回転に合わせて、十万人が波のように攻撃属性を変えていく。最初は混乱していたが──二周目、三周目と繰り返すうちに、全体のリズムが合い始めた。

【虚空龍ヴォイドレクス HP:残り68%】

「三十パーセント以上削れた──!」

だが龍が新しいパターンを追加した。

【虚空龍のブレス・拡散型! 全方位着弾!】

四つの口が光を集める。四色のブレスが同時に放たれた。金、銀、赤、透明。四本のビームが空間をえぐる。通過した場所の浮遊岩が──消滅した。

「足場が消える──!」

「ブレスの軌道が見聞録に映ってる……赤いガイドラインの外に逃げろ!」

十万人が一斉に回避行動を取った。だが全員が避けられるわけがない。

【ブレス着弾──被害:浮遊岩89個消滅。プレイヤー死亡:2,847人】

「三千人近く──!」

「だが、復活がある。六十秒で戻ってくるだろう」

六十秒後。死亡したプレイヤーがフィールドの入口で復活し、再び戦線に復帰していく。復活三回制限のうち一回を消費。

「復活した! 戻るぞ!」

「もう一回食らったら、あと二回しかない──慎重に動け!」

ブレスの頻度が上がっていく。足場が減っていく。浮遊岩が半分以下になった。十万人が残った岩に密集する。

トワ:「足場が減っている。龍の身体を足場にしろ。背中に乗れ!」

──「龍の背中に乗る!?」

──「でかいから乗れるのか──!」

──「二百メートルの龍なら、十万人くらい乗れるだろ!」

プレイヤーたちが龍の身体に飛び移り始めた。鱗の上に着地し、足場にする。龍自身が足場。ブレスは龍自身の身体には当たらない。

「龍の上に乗りながら龍を殴る──! 絵面がめちゃくちゃだ!」

「MMOって、こういうもんだろ!」

龍の背中の上で、数万人のプレイヤーが核を叩いている。足元で龍が暴れるが、しがみつきながら攻撃を続ける。

【虚空龍ヴォイドレクス HP:残り52%】

【第三段階:核分離】

HPが半分を切った瞬間──龍が形を変えた。

【虚空龍──核分離形態に移行】

【龍の本体から四つの核が分離します】

【各核が独立したボスとして行動します】

龍の身体から四つの光球が飛び出した。金、銀、赤、透明。四色の核がフィールドの四隅に散らばった。

それぞれの核が──形を変えた。

星の核が金色の龍の形を取った。月の核が銀色の狼の形に。太陽の核が赤い鳳凰に。虚空の核が透明な巨人に。

【星の分身龍 Lv96 HP:8,000,000 属性:星】

【月の狼 Lv96 HP:6,500,000 属性:月】

【太陽の鳳凰 Lv96 HP:7,200,000 属性:太陽】

【虚空の巨人 Lv96 HP:9,800,000 属性:虚空】

「四体同時──!? しかも合計HP、三千万以上!?」

「十万人を四分割して各個撃破だ! 第一段階と同じ──だが、今度は独立したボスを相手にする!」

トワ:「四体同時。さっきと同じチーム分けで各ボスを担当しろ。──ただし今度は核が動く。龍の中にいた時と違って、ボスが自由に飛び回るぞ」

トワ:「もう一つ。四体のHPを同時にゼロにしなければならない。見聞録で解析したところ……一体でも残ると、残った核が他の三体を復活させる。 四(・) 体(・) 同(・) 時(・) 撃(・) 破(・) だ」

──「四体同時撃破──!? 十万人で息を合わせるのか!?」

──「HPの減り具合を合わせないと──」

──「旅人部隊! HP残量のモニタリングを頼む!」

ハル:「任せてください。二百八十人の旅人が四体のHP残量を、リアルタイムでレイドチャットに流します!」

旅人の集いがタイマーに続いてモニター係を引き受けた。四体のボスのHPをスキャンし続け、パーセンテージをチャットに表示する。

旅人の集い(モニター):「星:97% 月:95% 太陽:96% 虚空:98%」

「虚空が遅れてる──! 虚空チーム、火力を上げろ!」

「全属性同時攻撃が必要だから効率が悪いんだ──!」

トワは虚空の巨人に向かっていた。透明な巨人。高さ二十メートル。腕を振り回し、触れたものを虚無に還す。

「虚空の巨人……全属性同時攻撃をする必要があるが──セレス、月光で巨人の身体を照らせ!」

セレスの月光が巨人の透明な身体を照らした。内部構造が見える。核は──胸の中心。

「核が見えた。──全員、胸を狙え!」

虚空チームの二万人が巨人の胸に全属性攻撃を集中させた。旅人の万象の構えが大活躍する。一人で三属性、四属性を切り替えて叩き込む。他の職業のプレイヤーがそれぞれの属性で補完する。

巨人が反撃してきた。腕を振り下ろす。触れた浮遊岩が──消えた。

「当たったら即死ですよ、師匠──!」

「即死なのは毎度のことだ、避ければいい!」

「師匠、慣れすぎです!」

四つの戦場で、四つの戦いが同時に進行していく。

星エリア。アストレアが金色の分身龍と正面から斬り合っている。聖剣ルミナスの二重属性が龍の鱗を砕く。

「押してます──! でも回復能力が厄介です! HPが十パーセント切ると急速回復が入る!」

「回復に入る前に押し切るしかない。最後の十パーセントを一気に削る大技が必要だ」

月エリア。ゼクスとヴェノムが銀色の狼を挟み撃ちする。

「ヴェノム。左から来るぞ」

「見えている。──お前は右を取れ」

「ああ!」

二人の短剣が同時に狼の首を貫いた。

【弱点同時クリティカルダメージ:9,200 、8,400】

「上級者同士の連携──これは、誰にも真似できないだろう」

「真似する必要がない。これは、俺たちだけの戦い方だ」

太陽エリア。ダリオが赤い鳳凰と空中戦を繰り広げている。鳳凰は飛ぶ。海上での追撃に慣れた航海士たちが、浮遊岩を蹴って空中を駆け回る。

「鳥を追うのは得意だ──! 海鳥を追って嵐の中を走った経験が活きる!」

「航海士ってそんなことしてるんですか!?」周囲のプレイヤーが驚いている。

「海の男は何でもするんだよ──!」

旅人の集い(モニター):「星:34% 月:31% 太陽:36% 虚空:41%」

「虚空がまだ遅れてる──!」

トワ:「太陽チームから五千人を虚空に回せ。太陽の鳳凰は残り三万三千人で対処しろ」

ダリオ:「了解! 後方の五千人、虚空に転進!」

五千人が太陽エリアから虚空エリアに移動した。十万人規模の配置転換。チャット一つで五千人が動く。

旅人の集い(モニター):「星:22% 月:19% 太陽:24% 虚空:26%」

「揃ってきた──! あと二十パーセント!」

「同時にゼロにしないと復活される──! 最後の十パーセントを全エリア同時に削る必要がある!」

トワ:「全チーム、HP十パーセントで攻撃停止。俺の合図で一斉に最後の攻撃を叩き込む。──十パーセント以下に先走るな。復活される」

──「了解──!」

──「十パーセントで止めるの難しいんですけど!」

──「止めろ。頼む」

四体のHPが十パーセントに近づいていく。チャットの数字が全員の命綱になっている。旅人部隊がリアルタイムでモニタリングし続ける。

旅人の集い(モニター):「星:11% 月:10% 太陽:12% 虚空:13%」

「止めろ──! 星と月はもう止まれ──!」

アストレアが叫んだ。「全軍、攻撃停止──!」

三万人の手が止まった。剣を振りかぶった姿勢のまま、静止。

ゼクスとヴェノムが同時に後退。

旅人の集い(モニター):「星:11% 月:10% 太陽:11% 虚空:11%」

「揃った──! 全チーム十パーセント前後!」

トワがレイドチャットに打った。

トワ:「全チーム。次の俺の合図で、全力攻撃。十パーセントを一気に削る。──準備しろ」

十万人が息を止めた。

四つの戦場で、四体のボスの前に、十万人のプレイヤーが武器を構えている。

濃密な沈黙が続く。

トワ:「──今」

十万人が──同時に動いた。

叫び声。剣戟の音。魔法の炸裂。弓弦の唸り。十万の攻撃が四体のボスに叩き込まれた。

数字が爆発した。ダメージログが画面を完全に覆い尽くした。スクロールどころではない。数字の洪水だ。

【星の分身龍──HP:0】

【月の狼──HP:0】

【太陽の鳳凰──HP:0】

【虚空の巨人──HP:0】

【四体同時撃破──成功!】

「やった──!!」

十万人の歓声が──だが。

四体の残骸が光になって、龍の本体に戻っていった。

龍が再び元の形態に戻った。だが.小さくなっている。二百メートルあった身体が、百メートルに。五十メートルに。二十メートルに。

最終的に──人の大きさになった。

【最終段階:虚空の旅人】

龍がいた場所に──人型の存在が立っていた。

透明な身体。四色の光が内部で脈打っている。フードを被り、杖を持っている。旅人の──姿。

旧大陸最終レイドボスの再現ではない。「始まりの旅人」は、BCOの世界を最初に歩いた者だった。今ここに立っているのは──もっと古い存在。新大陸の、原初の旅人。【虚空の門】を作った文明の──最初に歩いた者。

【虚空の旅人 Lv??? HP:12,000,000 属性:全属性】

「HP一千二百万──! 人型なのにとんでもないHPだ」

「だが龍の五千万よりは少ない。──いける」

虚空の旅人が──口を開いた。

「よく来た。──【門】を開く者よ」

声が空間全体に響いた。十万人全員に聞こえている。

「お前は……何者だ」トワが前に出た。

「私は──この門と共に作られた存在。門を守り、門を開く者を試す番人。名前はない。──だが、お前たちと同じものだ。旅をする者。歩く者。世界を見る者」

「試練か」

「最後の試練だ。──お前が門を開いた。お前が柱を集めた。お前が龍を起こした。だから──お前に問う」

虚空の旅人が、杖を構えた。

「旅人よ。──お前の旅は、何のためだ」

トワは──少し考えた。十万人が聞いている。配信の向こうに一千万人以上の人がいる。

「何のためでもない。──歩きたいから歩いた。見たいものがあるから見た。知りたいことがあるから知った。それだけだ」

「それだけか」

「それだけだ。──だが、歩いているうちに気づいたことがある」

「何だ」

「一人で歩くより、誰かと歩いた方が──遠くまで行ける」

虚空の旅人が──笑った。

「同じ答えだ。──かつてこの門を作った旅人も、同じことを言った」

杖が光った。

「ならば──証明してみせろ。お前の旅が、お前の仲間が、十万の旅人が──この私を超えられるかどうかを!」

戦闘が始まった。

虚空の旅人は──強かった。

人型。人間サイズ。だが速度が異常だった。十万人の攻撃を、一人で回避し、反撃し、弾き返す。

杖が変形する。剣になり、弓になり、槍になり、杖に戻る。──万象の構え。旅人と同じスキル。

「こいつ──旅人のスキルを全部使ってくる──!」

「見聞録も使ってる。俺たちの攻撃パターンを読んでる」

「旅人の完全上位互換──!」

通常攻撃では歯が立たない。十万人の攻撃を紙一重で避け続ける。当たっても微々たるダメージ。HP一千二百万が一向に減らない。

トワ:「通常攻撃は効かない。こいつは旅人だ。旅人の弱点を突く」

──「旅人の弱点って何だ」

──「HP360だろ」

──「こいつはHP一千二百万あるんですが」

トワ:「旅人の弱点はHPの低さじゃない。──一人だということだ」

一人。

虚空の旅人は強い。全てのスキルを持ち、全ての武器を使い、全ての攻撃を読む。だが──一人だ。十万人の攻撃を同時には処理できない。回避も反撃も一人分しかできない。

「全方位から同時に攻撃しろ。一人で全部は避けられない。──ゼクス、背後。ダリオ、側面。アストレア、正面。俺が上から。残り全員──とにかく囲め。隙間なく」

十万人が虚空の旅人を包囲した。球形の包囲網。上下左右、全方位。

一斉攻撃。

虚空の旅人が──初めて被弾した。剣が肩を掠め、矢が脚を貫き、魔法が胸を焼いた。

【ダメージ:総計 482,000(十万人合算・一斉攻撃)】

「通った──! 四十八万! HP一千二百万のうち四パーセント!」

「二十五回繰り返せば倒せる!」

だが虚空の旅人が反撃した。杖を回転させ、全方位に衝撃波を放った。

【虚空の波動──全方位攻撃! ダメージ:58,000】

包囲網の前衛が吹き飛ばされた。だが──致命傷ではない。

「耐えた──! もう一回囲め!」

包囲。一斉攻撃。虚空の波動。後退。回復。再包囲。一斉攻撃。

繰り返し。

HP一千二百万が──削れていく。96%。90%。85%。

虚空の旅人が──加速した。

「速くなった──!?」

回避率が上がっていく。HPが減るほど速くなる。追い詰められるほど強くなる。旅人らしい特性だ。

「こいつ──追い詰められるほど強くなるのか!?」

「旅人はそういう生き物だ」トワが弓を構えた。「HPが少ないほど、火事場の力が出る。──俺も同じだ」

HP70%。60%。50%。

虚空の旅人の速度が──トワの見聞録でも追いきれないレベルに達しつつある。

「読めなくなってきた。──セレス」

「わかってる──!」

セレスが覚醒形態で月光を放った。虚空の旅人の身体を照らす。内部構造が──見える。光の中で一瞬だけ減速する。

「月光で一瞬止まる──! その隙を突け!」

ルーナが影から手を伸ばした。虚空の旅人の足元の影を──掴んだ。

「影を掴んだ──! 0.5秒だけ固定できるよ──!」

0.5秒。

その0.5秒に──ゼクスの短剣が核を突いた。

【弱点クリティカルダメージ:9,600】

トワの弓が追撃。

【弱点クリティカルダメージ:16,200】

十万人の一斉攻撃。

【総ダメージ:628,000】

HP40%。30%。20%。

虚空の旅人が──立ち止まった。

「見事だ。旅人よ。──お前の仲間は、私を超えた」

「まだ終わっていない。HPが残っている」

「ああ。──だから、最後の試練を出す」

虚空の旅人が──杖を天に掲げた。

【虚空の旅人──最終技「虚空の終焉」を詠唱開始】

【詠唱完了まで:60秒】

【詠唱が完了した場合、フィールド全域に即死ダメージが発生します】

【詠唱を中断させるには、残りHPを0にしてください】

「六十秒──!! HP残り二十パーセント──二百四十万を六十秒で削れ──!!」

「DPSチェックだ──!!」

時間内に火力が足りなければ全滅。だが──規模が違う。十万人の全力だ。

トワ:「全員──全力。出し惜しみはなし。持ってるバフを全部使え。薬を全部飲め。スキルを全部撃て。六十秒に全てを叩き込め」

十万人が──持てる全てを放出した。

バフが重なる。加速薬。攻撃力増強薬。クリティカル率上昇薬。タマキが走り回って全チームに薬を配っている。百四十八本の薬が──消えていく。足りなくなった分は、ナハルの露店で薬を買い込んでいた他の薬師プレイヤーが補った。

タマキの薬が全体に行き渡った。道具通の効果で、タマキが配った薬は効果が倍。タマキ経由で薬を受け取ったプレイヤーのバフが跳ね上がる。

「タマキさんの薬が効いてる──! 火力が全然違う──!」

「BCO最強の薬師が十万人にバフを配ってるんだぞ──!」

【残り45秒】

ダメージが加速していく。

旅人の集い(モニター):「虚空の旅人HP:16%……13%……10%……」

【残り30秒】

旅人の集い(モニター):「HP:8%……6%……5%……」

「あと五パーセント──六十万──!」

【残り15秒】

虚空の旅人の詠唱が加速している。杖の光が膨れ上がっていく。

旅人の集い(モニター):「HP:3%……2%……」

【残り8秒】

「あと一パーセント──十二万──!」

トワが弓を構えた。最後の矢。セレスの月光が核を照らし、ルーナの影が旅人の足を掴み、0.5秒の隙を作った。

十万人の最後の一斉攻撃が叩き込まれた。

そしてトワの矢が──核を射抜いた。

【弱点クリティカルダメージ:17,400】

【虚空の旅人──HP:0】

【詠唱中断──「虚空の終焉」は発動しませんでした】

【残り時間:3秒】

虚空の旅人が──崩れていった。光の粒子になって、散っていく。

その中で……旅人は、笑っていた。

「見事だ。──旅人よ。お前の旅は、本物だった」

身体が消えていく中で、虚空の旅人が最後の言葉を残した。

「門の向こうに──新しい世界がある。お前が歩くべき、次の道が。──よい旅を」

消えた。

静寂。

十万人が──沈黙していた。

虚空の旅人がいた場所に、四色の光が残っている。星の金。月の銀。太陽の赤。虚空の透明。四つの光が螺旋を描いて回り、ゆっくりと一つに収束していく。

全ての色であり、何の色でもない光。虚空の光。四つ目の光が──目の前で輝いていた。

【虚空龍ヴォイドレクスを討伐しました!】

【レイドクリア!】

【参加人数:103,847人 総死亡回数:191,204回 最終生存者:103,847人】

【全員生存クリアを達成しました──復活回数制限内で全プレイヤーが生存!】

【称号「虚空を拓きし者たち」を全参加者に付与しました】

【称号「十万の旅路」を全参加者に付与しました】

【レイドMVP:トワ(Lv1/旅人)──総指揮・情報統制・最終撃破】

【「新大陸アストラム」の全エリアが開放されました】

【アストラム踏破率上限が100%に解放されました】

【新アイテム「虚空龍の鱗」×1が全参加者にドロップしました】

【新アイテム「虚空の旅人の杖」×1がMVPに付与されました】

メッセージが止まった。

一拍の静寂。

そして──十万人が叫んだ。

地鳴りのような歓声。虚空の間が震えた。フィールド全体が揺れた。十万人の声が一つになって、世界を揺らした。

レイドチャットが制御不能になった。

──「勝った──!!!!!!」

──「全員生存──!!!」

──「十万人で──十万人全員で──!!」

──「三秒残し──!! ギリギリすぎる──!!」

──「MVPトワ──Lv1──!! またかよ──!!?」

──「BCO二年目──人生最高の日だろ、これ──!!」

配信のコメント欄も完全に崩壊していた。文字の洪水。一千万人の視聴者が同時にコメントしている。スクロールが追いつかない。

トワは浮遊岩の上に座り込んだ。腰が抜けた。七千時間で一番疲れた。一番怖かった。一番──楽しかった。

セレスが覚醒形態から戻って、トワの肩にふわりと着地した。

「つかれた……」

「ああ」

「おやつ……」

「今はない。全部使った」

「ぜんぶ?」

「タマキが薬に変えた」

「……タマキのせい」

「お前を守るための薬だぞ」

「じゃあ……しかたない。──でも、かえったらたべる。ぜったい」

「絶対」

ルーナが影から手を出して、トワの手に触れた。

「トワ。──いい旅だった」

「ああ。──いい旅だった」

「ルーナもたのしかった。影を掴めたの。旅人の影を。ずっと、誰の影も掴めなかったのに」

「お前の手があったから、勝てた。──ありがとう、ルーナ」

「……えへ。褒められた」

四色の光が一つに収束していく。虚空の光。四つ目の光。

十万人が、その光を見上げていた。

BCO二年目。新大陸アストラム。虚空の門の向こうで。

十万人の旅が、一つの光に辿り着いた。