作品タイトル不明
〈何もない場所〉
オルテリアに帰還。リーリアとルーナに合流。
「おかえり! 三つ目の柱、おめでとう!」リーリアが駆け寄ってきた。
「ただいま。──解読は進んだか」
「進んだ。すごく進んだ。トワ、聞いて」
リーリアが星読みの塔の最上階に全員を招いた。壁に新しい地図が貼ってある。原初の文字の断片をつなぎ合わせて作った、古代の地図。
「四つ目の祭壇の場所がわかった」
「どこだ」
「新大陸の北東。山脈を越えた先に──高原がある。何もない高原。草もない。岩もない。水もない。ただ──平らな土地が、数キロ四方に広がっている」
「何も……ない」
「文字通り。古代の文献では『虚空の原野』と呼ばれている。星王朝の時代から、誰もそこに何かを建てられなかった。建てても消える。植えても枯れる。掘っても埋まる。──何もない場所に、何も置けない」
「何も置けないのに、祭壇がある?」
「祭壇が『ある』のかどうかもわからない。壁画には何も描かれていなかった。空白だった。──でも、四つ目の窪みは存在する。門の台座に。だから何かがあるはず」
「見えないものを探す旅か。──見聞録で見えるかどうかもわからないな」
「見聞録で見えなかったものが、新大陸にはたくさんあったでしょ? 赤い土。黒い霧。虚空の文字。──見えないものは、見えない方法で見るの」
「お前、俺と同じことを言うようになったな」
「トワと一緒に旅をしてたら、うつる。旅人病だよ」
「旅人病か。──悪い病気だな」
「最高の病気だよ」
ルーナが影から顔を出した。塔の中は光が柔らかいので、出ていられる。
「トワ。──わたし、今度は行ける」
「高原なら影はあるか」
「高原は平らだから、太陽が出ていても地面に影ができる。砂漠みたいに照り返しがないから──まだマシ。夕方なら長い影が伸びる。その時間帯なら、わたしの力も使える」
「夕方に合わせて行動する。──行けるな」
「行ける。──砂漠で置いてけぼりだったから。今度はわたしも」
「置いてけぼりにしたつもりはない」
「知ってる。でも──寂しかった。ちょっとだけ」
「……すまなかった」
「謝らなくていい。次は一緒に行けるだろ」
「うん……いく」
◇
北東に向かう。回廊の転送で東口に出て、そこから北上。
パーティは全員。トワ、セレス、ルーナ、ゼクス、アストレア、タマキ、ハル、リーリア。八人。テンはブーツの上。
「今回はフルメンバーだな」
「全員揃うの、久しぶりですよね」ハルが数えた。「星の祭壇が六人、月の祭壇が六人、太陽の祭壇が六人。全員揃ったのは──虚空の門に行った時以来」
「最後の祭壇だ。全員で行く」
東口から北東に向かう。丘陵地帯を越え、山脈に入る。新大陸の北東部は未踏エリア。見聞録のマップが真っ黒。
山脈は険しいが、古代の道が残っていた。石段が山肌に刻まれている。風化しているが、辿れる。
「古代の登山道だ。虚空の原野に行く道が、昔からあったということは──昔の人間もここに来ていた」
「何もない場所に、わざわざ道を作って通っていた。──何かがあるんだよ、きっと」リーリアが石段を登りながら言った。
山脈を越えた。
眼下に──高原が広がっていた。
何もなかった。
文字通り、何もない。草がない。木がない。岩がない。水がない。土の色すらない。灰色の──いや、色がない平面。地面はあるが、属性がない。見聞録でスキャンしても何も返ってこない。赤い土と同じだ。システムに認識されていない場所。
【未登録エリアに進入しました】
【警告:このエリアは見聞録のスキャン対象外です。マップデータが取得できません】
「見聞録が──完全に機能した。マップも取得できない」
「踏破率は」
【アストラム踏破率:変化なし】
「変化なし。──このエリアは踏破率にカウントされない。マップとして存在していない」
「マップにない場所。──BCOのシステムの外にある空間ってことか」ゼクスが目を細めた。
「裏世界の霧と同じだ。システムに認識されないもの。──虚空」
高原に足を踏み入れた。
足元の感触がおかしい。固くも柔らかくもない。温度もない。ただ──立てる。歩ける。それだけの地面。
「なんですかここ。──気持ち悪いです」タマキが腕をさすった。
「VRのフィードバックが返ってこないんだ。触感がゼロ。温度もゼロ。──脳が混乱する」
「足音も聞こえない」ハルが足を踏み鳴らした。音がしない。
セレスが肩の上で丸くなった。
「トワ。ここ──なにもない。セレスのかく、ひかりがでない」
セレスの角が──消えていた。光っていないのではなく、光ろうとしても光が吸い込まれる。
「月光が吸収されている。──虚空が光を飲んでいる」
「ルーナ。影は」
「……ない。影もない。地面が影を作らない。──わたしの力も、ここでは使えない」
セレスの月光もルーナの夜も使えない。テンの光も出ない。見聞録も。
何もない場所。
「ここが──四つ目の祭壇の場所か。何もないのに、祭壇がある」
「どうやって見つけるんですか」アストレアが聖剣を握った。聖剣の光も薄い。虚空に吸われている。
「見聞録が使えない。精霊の力が使えない。聖属性も吸われる。──使えるのは、目と耳と足だけ」
「……原点回帰ですね」ハルが小さく笑った。
「そうだ。──旅人の最終試練の時と同じだ。スキルも装備も封じられて、残るのは感覚だけ」
「師匠の得意分野じゃないですか」
「得意じゃない。──だが、自分で歩いた足は嘘をつかない」
歩き始めた。何もない高原を。方角は──わからない。太陽は見えるが、高原に入った瞬間からコンパスが狂っている。見聞録のミニマップもない。
だが足の裏に、微かな違和感があった。
「地面が──僅かに傾いている。南東から北西に向かって、0.3度くらいの勾配」
「0.3度の傾斜がわかるんですか」ゼクスが驚いた。
「七千時間歩いていると、足の裏で地面の傾斜がわかるようになる。──傾斜があるということは、中心がある。水が流れるなら、一番低い場所に集まる。何もない高原でも、地形の中心は存在する」
「傾斜を辿って、中心に行くんですね」
「ああ。──全員、俺の後ろを歩け。足元だけ見ていろ」
トワが先頭に立って歩いた。足の裏の感覚だけで方角を決める。右に少し。左に少し。傾斜の最も低い方向へ。
十分歩いた。
足元に──変化があった。
「止まれ」
地面に──円がある。直径一メートル。色はないが、質感が違う。周囲の「何もない地面」と、ほんの僅かだけ違う。固い。
「ここだ。──何かがある」
円の中心に立った。
何も起きなかった。
「何もないですよ、師匠」
「待て。──立つだけじゃない。何かが必要だ。門の壁画を思い出せ。四つ目の紋章は空白だった。何も描かれていなかった」
「空白。──何も持たずに立つ、ということか?」
トワは装備を外した。旅立ちの剣をアイテムストレージに入れた。弓も。ペンダントも。ポーションも。全部。
「師匠!?」
「何もない場所には、何も持たずに立つ。──それが試練だ」
セレスが肩から飛び降りた。
「トワ。セレスもおりる?」
「……ああ。──離れてくれ、セレス。少しだけ」
「いやだ」
「セレスは俺の一部だ。だが今は、一人にならないといけない」
「ひとり──」
「すぐ戻る。約束する」
「……やくそく」
セレスがタマキの腕の中に移動した。タマキがセレスを抱きしめた。
トワが一人で、円の中心に立った。装備なし。仲間なし。精霊なし。
何もない場所に、何も持たない旅人が立っている。
【──認証】
システムメッセージが出た。今まで死んでいた見聞録が、一行だけ表示された。
【虚空の祭壇──起動条件を満たしました】
足元が光った。──いや、光ではない。何かが現れた。色のない光。形のない形。虚空そのものが、姿を見せた。
地面が沈んだ。円の中心が──下に開いた。トワが落ちていく。
「トワさん!!」
「トワ!!」
「師匠──!!」
仲間の声が遠ざかっていく。