作品タイトル不明
〈月の試練〉
月の祭壇ダンジョン。水中。
扉の向こうは──海底の神殿だった。石の柱が水中に並んでいる。天井に月の紋章が光っている。青白い光。星の祭壇の金色とは違う、冷たく澄んだ光。
「きれい……」タマキが水中で呟いた。泡が上がる。
「観光は後にするぞ」
「わかってます。でも──きれいなものはきれいなんです」
見聞録でスキャン。ダンジョンの構造は──星の祭壇とは異なる。三層構造ではなく、一層の巨大な迷宮。
【月の祭壇──迷宮型ダンジョン】
【構造:水中迷宮。正解ルートは一つ。誤ルートには罠とモンスターが配置】
「迷宮か。ウェーブバトルではなく、探索がメインだ」
「見聞録でマッピングしながら進む。──ただし水中だと、スキャン精度が落ちる。ルーナ、影で先を読めるか」
「読める。──海底の影は濃い。壁の向こうも見える」
ルーナが影を這わせた。紺色の光が壁の隙間を通って、隣の部屋を探る。
「左の通路。──敵がいる。三体。水中型」
「右は?」
「空。──でも、罠がある。床の一部が偽物。踏むと底が抜けて、下に落ちる」
「落ちた先は?」
「暗い。深い。落ちたら戻れない場所」
「右は回避。左を突破する」
左の通路に進んだ。三体の水中モンスターが待ち構えている。
【虚晶の海蛇 Lv86 HP:24,000 属性:虚晶+水 ×3】
海蛇。細長い身体。虚晶の鱗。水中を高速で泳ぐ。防御力が高く、属性耐性も高い。
「水中で蛇は厄介だ。速い。──ダリオ、先手を」
「任せろ!」
ダリオが潮流斬りを放った。水中でダリオの斬撃は地上の三倍の威力が出る。航海士の水中補正。
【潮流斬り! ダメージ:6,200】
海蛇のHPが四分の一飛んだ。だが残り二体が背後から回り込んでくる。水中では前後左右だけでなく、上下からも攻撃される。
「上から来る!」
ゼクスが上方の海蛇に短剣を突き立てた。水中では影潜りが使いにくい。影が揺らぐからだ。代わりに、水流を利用した移動。流れに乗って蛇の背後に回る。
【クリティカルダメージ:3,600】
「水中だと、更にダメージが落ちるな。影が不安定で、奇襲の精度が下がる」
「ルーナ。ゼクスの影を安定させられるか」
「やってみる。──ゼクスの足元の影、わたしが固定する」
ルーナがゼクスの影を掴んだ。紺色の力で影を固定。水中の揺らぎが──止まった。ゼクスの影が安定する。
「影が──固まった。これなら」
ゼクスが影に潜った。水中なのに──影潜りが完全に機能している。ルーナが影を固定しているから。
【影潜りからの奇襲! 弱点クリティカルダメージ:7,800】
「ルーナのサポートで水中でも影潜りが使える。──いい連携だ」
「ルーナ、ありがとう」ゼクスが珍しく礼を言った。
「……どういたしまして。──ゼクスの影、冷たくて気持ちいい」
「それは褒め言葉なのか」
「褒めてる。暗殺者の影は、鋭くて冷たい。わたし好み」
「ルーナちゃんの好みが独特すぎる……」タマキが苦笑した。
海蛇三体を撃破。ルーナの索敵とゼクスの強化された影潜りで、水中戦闘の効率が格段に上がっている。
迷宮を進む。ルーナが壁の向こうを読み、トワが見聞録でマッピングし、リーリアが壁の文字を解読して正解ルートを判定する。
「この分岐。──壁に書いてある。『月を追う者は、月が沈む方角に進め』」
「月が沈む方角。──この世界では西だ、左の通路だろう」
「正解だよ、トワ。右に行くと底なしの穴があるって、影が言ってる」
「ルーナの影がなかったら、五回は死んでるな」ダリオが額の汗を拭いた。水中なので汗は出ないが、動作としてやっている。
「航海士さん。水中で汗は出ませんよ」
「気分の問題だ」
三十分で迷宮の中盤に到達した。ここで──新しい種類の敵が現れた。
【虚晶の 水月鏡(すいげつきょう) Lv88 HP:45,000 属性:虚晶+水+月光】
「月光属性──!? セレスと同じ属性を持つモンスターがいるのか!」
水月鏡。クラゲのような外見。透明な傘の中に、銀色の光がゆらゆらと揺れている。月光を帯びた水のモンスター。
「セレスの月光が通じない可能性がある。同属性は効果が薄い。セレス、あいつから何か感じるか?」
「……にてる。セレスのひかりと、にてる。でも──ちがう。こっちのほうが、つめたい。セレスのつきは、あったかい。こいつのつきは、つめたい」
「温かい月と冷たい月。──異なる月光」
水月鏡が攻撃してきた。傘の下から銀色の光弾を放つ。
「回避!」
光弾が通り過ぎた場所の海水が──凍った。
「凍結攻撃──! 当たったら凍るぞ!」ゼクスが顔つきを変える。
「こんなところで凍ったら終わりだな。──当たるなよ、ハル」
「当たりませんよ、師匠! でも避ける場所が水中で限られるんですけど!?」
ダリオが潮流で水月鏡を押した。クラゲ型なので水流に弱い。流される。
「流されてる! 今だ!」
ゼクスがルーナの影固定を受けて影潜り。水月鏡の裏──傘の上部に核がある。透明な傘の中に見える銀色の結晶。
【弱点クリティカルダメージ:7,400】
「核が硬い。銀色の結晶──月光で守られてる」
「月光の守りを破る方法は……タマキ。浄闇薬は闇を中和する薬だったな。月光を中和する薬は作れないか」
「月光を中和──? 素材が……あ、虚花のスープ! 虚花は全属性に中立。虚花の成分を水月鏡にぶつければ、月光の守りが中和されるかもしれません」
「スープを、ぶつけるのか?」
「スープじゃなくて──虚花の抽出液を。今から作ります。三十秒ください」
「三十秒。──ダリオ、水流で押し続けろ。ゼクスは背後を取り続けて削れ!」
「了解!」
タマキが水中で調合を始めた。防水仕様の調合キット。虚花の欠片をすり潰し、泉の水で溶かし、浄化薬のベースに混ぜる。水中でやる調合。普通の薬師には不可能だが、タマキは調合の熟練度がMAXになっている。環境適応の補正値により、この環境でも調合可能。
二十五秒。
【タマキが「虚花の月散らし」を作成しました!】
「できた! 投げます!」
タマキが薬瓶を水月鏡に向けて投げた。瓶が傘にぶつかって割れる。虚花の液が月光の結晶に触れた。
銀色の守りが──薄れた。核の防御が五秒間低下する。
「今──!」
ゼクスとトワが同時に核を攻撃した。
【弱点クリティカルダメージ:8,600】(ゼクス)
【弱点クリティカルダメージ:12,200】(トワ・弓)
合計20,800。HP45,000の半分弱。だが月散らしの効果が切れる前にもう一撃。追撃ダメージ9,100。
HP残り7,100。
セレスが──小さな手を水月鏡に向けた。
「セレスのつきは、あったかい。──おまえのつきは、つめたい。でも──おなじつきなら、セレスのほうがつよい」
月光が放たれた。温かい銀色の光。水月鏡の冷たい月光と──ぶつかった。
温かい方が勝った。セレスの月光が水月鏡の核を貫いた。
【セレスティアの月光攻撃 ダメージ:7,400】
水月鏡が砕けた。銀色の破片が水中を漂う。
「セレス。──お前、戦闘できたのか」
「できたみたい。セレスもしらなかった。トワがぜんぶやるから」
「お前も戦いたかったのか」
「ときどき、ね。──セレスだって、たたかえる。ちーさいけど」
「ちいさいが強い。ダメージ7,400は、ゼクスに匹敵するぞ」
「えへへ。──セレス、つよかった?」
「強かった」
「じゃあ、ごほうびにおやつ」
「水中でおやつは食べられないぞ」
「かえったらたべる。やくそく」
「約束だ」
◇
迷宮の最奥。ボス部屋の前。
【水中行動可能時間:残り31分】
「三十一分。ボスを十五分以内に倒して、帰路に十五分。ギリギリだ」
「予備の呼吸薬は?」
「一本ある。飲めば六十分追加。だが温存したい」
「十五分で倒せなかったら薬を飲む。それでいこう」
扉を開けた。
【月の祭壇の守護者が覚醒します】
水中の神殿。中央に──巨大な球体が浮かんでいた。
直径十メートルの水の球。中に──月がある。小さな月。直径一メートルほどの銀色の球体。水の中に月が浮かんでいる。
【月の守護者 Lv92 HP:320,000 属性:虚晶+水+月光】
「HP320,000。星の守護者より多い──」
「属性が三つもあるのか。虚晶と水と月光」
月の守護者が動いた。水の球体が脈動する。球体から水の触手が伸びてきた。十本以上。部屋全体に張り巡らされていく。
「触手型か。──斬っても再生するだろうな。星の守護者と同じだ」
「核は水の球の中の月。──あの月を叩けばいい」
「だが水の球に覆われている。前回はセレスの潮汐力で水を引いたが、今回は相手が月光属性を持っている。セレスの月光が通じるか──」
「通じる」セレスが言った。「さっき、水月鏡にかった。セレスのつきは、あったかい。あったかいつきは、つめたいつきにかつ」
「根拠が感覚的すぎるが──やるしかないな」
「ルーナ。冷却の準備は」
「いつでも。──セレスが水を引いたら、わたしが凍らせる。前と同じ」
「前と同じ。おそろいでやるよ、ルーナ」
「おそろいで」
作戦は星の守護者戦と同じ。セレスが月光で水を引き、ルーナが凍結させ、核を露出させる。そこに全員で攻撃を集中する。
「ただし相手は月光属性を持っている。セレスの月光と干渉する可能性がある。──タマキ、月散らしの予備は」
「三瓶あります。核の防御を下げるのに使えます」
「ダリオ。水流で触手を押さえられるか」
「やれる。──航海士の本領発揮だ」
「ゼクス。核が露出したら全力で」
「言われなくてもやる」
「よし。──始めるぞ」
セレスが覚醒形態に変身した。水中で──巨大な銀色の鹿。角から月光が放たれる。海底の神殿が銀色に照らされた。
月の守護者の水の球が──震えた。セレスの月光に反応している。二つの月が対峙している。温かい月と冷たい月。
「セレス。──引け!」
セレスの角が輝いた。潮汐力。月が潮を引く力。水の球が──歪んだ。セレスの方向に、水が引かれていく。
だが──守護者が抵抗した。冷たい月光を放って、水を引き戻す。二つの月光がぶつかり合う。水の球がぐにゃぐにゃと形を変えて、どちらにも行かない。
「拮抗してる! セレスの力だけじゃ足りない――ルーナ!」
「わかってる!」
ルーナが冷気を放った。セレスの月光と守護者の月光の間──拮抗点を凍結させた。水の動きが止まる。守護者の抵抗が一瞬鈍った。
その一瞬で──セレスの月光が上回った。水が引かれた。核の月が──半分露出した。
「タマキ!」
「投げます──!」
月散らしの瓶が核に命中。月光の守りが薄れる。
「全員──!」
ダリオが触手を水流で押し返す。ゼクスが核に突撃。トワが弓で核の中心を狙い撃つ。
【弱点クリティカルダメージ:8,800】(ゼクス)
【弱点クリティカルダメージ:14,200】(トワ・弓・霊薬バフ)
【潮流斬りダメージ:7,600】(ダリオ)
合計30,600。HP320,000のうち約一割。
「まだ九割残ってる。──何度も繰り返すしかない」
セレスの覚醒形態が揺らいだ。月光の出力が落ちている。
「セレス──!」
「だいじょうぶ! わたしが、もうちょっともたせる!」
ルーナが冷気を強めた。守護者の水の再生を遅らせる。セレスの負担を少しでも減らす。
「ルーナ。ありがとう」
「ありがとうはあとで。──今はがんばる」
二回目のサイクル。水を引く。凍らせる。核を叩く。三回目。四回目。
HP320,000が──じわじわ削れていく。50%。40%。
【水中行動可能時間:残り14分】
「十四分──! 予備の呼吸薬を」
「飲みます!」タマキが全員に予備の薬を配った。
【水中行動可能時間:残り74分】
「時間は確保した。──続ける!」
HP30%。月の守護者が──形を変えた。水の球が膨張する。触手が倍に増えた。
「第二形態──!?」
触手が全方位から襲ってくる。ダリオの水流だけでは抑えきれない。
「ルーナ! 触手を凍らせろ!」
「全部は無理──! 近い三本だけ!」
ルーナが三本の触手を凍結。残りの触手をゼクスが斬り、ダリオが水流で逸らし、トワが弓で撃ち落とす。
「この形態──核が移動する!」リーリアが叫んだ。水の球の中で、銀色の月が動いている。固定されていない。
「動く的か……弓で追う。ゼクスは待機。核が外壁に近づいた瞬間を狙え!」
核が水の球の中をぐるぐる回っている。予測が難しい。だが──見聞録が軌道を解析している。
「三秒後に右上。──ゼクス!」
核が右上に来た瞬間、セレスが水を引いた。一瞬だけ核が露出する。ゼクスの短剣が核を突く。
【弱点クリティカルダメージ:9,200】
「当たった──!」
同じ手順を繰り返す。見聞録で軌道を予測し、セレスが水を引き、ゼクスが突く。トワが弓で追撃。ダリオが触手を抑える。タマキが回復と月散らしを撒く。リーリアが壁の文字から守護者の弱点パターンを読み解いてトワに伝える。
六人全員の力を合わせた攻略。
HP10%。5%。
核が──止まった。水の球の中心に戻って、動かなくなった。
最後の抵抗。球全体が光った。冷たい月光が爆発的に放射される。
【自爆攻撃】だ。
「これは……全員、急いで離れろ──!」
ルーナが影を広げた。全員を影の中に引き込む。影の中は月光が届かない。安全地帯。
「ルーナ──!」
「みんなを守る。──影はわたしの庭。庭では、わたしが一番強い」
月光の爆発が収まった。ルーナが影を解放する。全員が水中に戻った。
守護者の水の球が──萎んでいた。最後の大技で力を使い果たしたらしい。核がむき出しだ。
「今──!」
六人が核に殺到した。
セレスの月光。ルーナの冷気。ゼクスの短剣。ダリオの潮流斬り。トワの弓。リーリアの──拳。
「リーリア。お前は何をやっている!?」
「殴った! わたしも参加したかったの!」
だが、核は砕けた。
【月の守護者を討伐しました!】
【「月の柱」を入手しました!】
海底の神殿に、静寂が戻った。