軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

〈海底再び〉

オルテリア。翌日。

リーリアの星読みの塔で作戦会議。壁一面に星図と地図が貼ってある。リーリアが赤い糸で各祭壇の位置を結んでいる。探偵の捜査ボードのようだ。

「月の祭壇。壁画のヒントは『沈んだ月が眠る場所』。海底都市アビスの方角だよ」

「アビスには二度潜っている。図書館と中央区画の精製室まで。だが、月の祭壇は見つけていない」

「図書館でスキャンしたマップに、未踏の区画が残ってなかった?」

「ある……都市の最下層。見聞録の深度スキャンでは届かなかった場所だ。守護者の密集地帯の、さらに下だと思うが……そこが月の祭壇か」

「可能性が高い。──ダリオに連絡してみて」

「ああ」

チャットを打った。

トワ:「ダリオ。月の祭壇を探しに海底都市に潜る。協力を頼みたい」

五秒で返事が来た。

ダリオ:「噂の祭壇関係のギミックか。行く、いつだ」

トワ:「明日」

ダリオ:「了解。船を回す。──あと、いいもん見つけたぜ。東の海底に新しいルートがある。アビスの下層に直接繋がってる可能性がある」

トワ:「守護者を避けられるのか?」

ダリオ:「避けられるかは行ってみないとわからん。でも、前みたいに百二十八体の中を突っ切るよりはマシだろ」

トワは情報を共有した。

「ダリオが裏口を見つけたらしい。東の海底から、アビスの下層に直接アクセスできるルートだ」

「航海士が海底の地図を作ってくれたおかげですね」タマキが薬の在庫を確認し始めた。「星海の呼吸薬の在庫は──八本。全員分と予備で足ります」

「メンバーは?」

「俺、ゼクス、タマキ、リーリア。ダリオのチームから二人。計六人。──水中戦闘ができるメンバーで固める」

「ハルとアストレアは?」

「陸上待機。水中ではアストレアの重装甲が厳しいだろう。ハルは──」

「わたし……ちょっと、海が苦手で……」ハルが正直に言った。「前にも言いましたけど、水中だと導師のスキルがあまり使えないんです。煙幕とか、トラップとか……」

「それはたしかに使えないな」

「陸で応援してますね。拠点の管理と、帰ってきた時のご飯の手配は任せてください」

「ご飯の手配が導師の仕事なのか」

「師匠のパーティでは、生存に関わる全てが導師の仕事です。ご飯は生存に直結しますよ」

セレスがトワの肩で耳をぴくっと動かした。

「うみ?」

「海だ。海底都市に潜る」

「セレスも、いかなきゃいけない?」

「お前は水が嫌いだろう」

「きらい。──でも、さいだん、じゅうよう。セレス……ひつよー、だよね」

「無理をするな。前回びしょびしょになって三時間文句を言っていただろう」

「いった。でも──トワがいないあいだ、ひまだった。りくでまってるのは、つまらない」

「つまらないからって、海に入るのか。お前は──」

「トワのそばにいたい。うみでも、やまでも、じめんのしたでも」

ルーナが影の中から声を出した。

「わたしも行く。あんまり、海は行きたくないけど」

「行きたくないのか」

「でも、海底の影から、古い記憶が聞こえてくるの。誰かが、わたしを呼んでるかもしれない」

「ルーナの索敵能力は、水中でも有効なのか?」

「できるよ、むしろ水中の方が夜に近いの。海底は光が届かないから、わたしの力が増す環境になる」

「ルーナが水中で強化される。──それは心強いな」

「えへ。褒められた」

「セレスはどうだ? 【覚醒形態】で水を操れたりしないか」

「みずはあやつれない。セレスはつきのせいれい。みずはかんけいない。──でも、つきはしおをひく。まえのボスせんでやった」

「月の精霊が、 潮汐力(ちょうせきりょく) を使う。海底なら──」

「うみのそこでやったら、みずがぜんぶうごく。すごいことになる。──たぶん」

「たぶん、というのが不安だが……」

「セレスもわからない。やってみないと」

「やってみないと、か。──旅人の台詞を精霊に取られたな」

「セレスはトワのいちぶ。おなじことばをつかうのは、あたりまえ」

「ずるい。わたしも、トワの一部になりたい」

「ルーナ……そのずるいの使い方は、合っているのか……?」

「あってるよ。……ふふっ」

翌朝。新大陸の南の海。ダリオの船。

呼吸薬を飲み、潜水装備を着けた。今回はセレスも参加。小さな精霊用のヘルメットをタマキが即席で作った。星珊瑚の殻をくり抜いた、手のひらサイズの潜水帽。

「セレス。似合ってるぞ」

「にあう?」

「ああ。──小さい潜水士だ」

「ちいさいせんすいし。──かっこいい?」

「かっこいい」

「えへへ」

ルーナは影のまま。水中でも影は存在する。海底の影に溶け込めば、ルーナは自由に動ける。

「ルーナ。準備はいいか」

「いい。──海底の影、楽しみ。暗い場所は、わたしの庭」

「お前の庭は広いな。陸の影も海の影も」

「世界中の影が、わたしの庭。──広すぎて、全部は見れないけど」

ダリオが東の海底ルートを案内した。珊瑚礁の裂け目から深海に降りていく。海水が冷たくなる。光が薄れていく。見聞録の暗視モードに切り替えた。

「この先。──岩壁に穴がある。アビスの下層に繋がってるはずだ」

岩壁に、人工的な穴が開いていた。直径三メートル。周囲に星の紋章が刻まれている。古代の排水管──いや、緊急脱出路だ。

「アビスの非常口か。こんなものがあったとは」

「回廊を開通させて気脈が通ったから、封印が解けたんだと思う。先週まではこの穴は岩で塞がれてた」

【海底星都アビス・下層への入口を発見しました】

【アストラム踏破率:64.8%】

「下層。──ここから先は未踏だ」

穴をくぐった。

アビスの下層は静かだった。

上層の都市とは雰囲気が違う。建物がない。代わりに、巨大な空洞が広がっている。天然の海底洞窟を、古代の技術で補強した空間。天井に虚晶の照明が等間隔に埋め込まれていて、淡い青白い光で照らされている。

「上層とは別世界だな。ここは居住区ではなく──」

「研究区画だよ」リーリアが壁の文字を読んだ。「学術都市の地下研究施設。上は暮らしの場、下は知の場。星王朝の学者たちがここで研究していた」

「研究対象は」

「壁に書いてある。──『月と潮。深海の光。世界の底にある力の研究』」

「月と潮。──月の祭壇がここにあるのは偶然じゃないな」

見聞録でスキャン。下層の構造が浮かび上がる。長い回廊が一本、奥に伸びている。回廊の両側に研究室が並んでいる。そして回廊の最奥に──大きな空間。

「最奥に広い部屋がある。祭壇だ」

「守護者は」

「いない。──上層の百二十八体は、上層だけを巡回している。下層は無防備だ」

「裏口から入った甲斐があったな」ダリオが笑った。

「甲斐はあったが──無防備ということは、別の防衛手段がある可能性もある。油断するな」

回廊を進んだ。研究室を一つずつ覗く。壊れた実験器具。散乱した書物。千年以上前に放棄された研究施設の残骸。

リーリアが一つの研究室で足を止めた。

「トワ。これ見て」

壁に──月の満ち欠けの図が描かれていた。新月から満月まで。そして満月から新月まで。その横に、海面の高さのグラフ。 潮汐(ちょうせき) 。

「月と潮汐の研究をしていた。──古代の学者は、月の力で海を操る技術を開発しようとしていたのか」

「セレスの覚醒形態で水を引いたのと同じ原理だ。古代の学者は、それを技術として確立しようとした」

「セレスのちからと、おなじ?」セレスが海底ヘルメットの中から目を丸くした。

「お前の月光が水を引く力。古代の学者はそれを研究していた。お前は生まれつきできることを、人間は技術で再現しようとしたんだ」

「セレスは、すごい?」

「すごい。お前が当たり前にやっていることが、古代の学者の研究テーマだった」

「……えへへ。セレス、すごかったんだ。しらなかった」

ルーナが影から声を出した。

「この研究室の影に──記憶が残ってる。学者の声が聞こえる。『月の精霊の力を再現できれば、海底の資源を自在に採取できる。我々の文明は永遠に栄える』」

「月の力の再現。──セレスの能力の人工版を作ろうとしていたんだな」

「でも──もう一つの声がある。『月の力を人の手に収めるのは、傲慢ではないのか。月は月のものだ。人が借りるべきものではない』」

「研究への批判もあったのか」

「学者同士の議論。──千年前の声が、影に残ってる。不思議。──でも、すごくリアルに聞こえる」

回廊の最奥に到達した。大きな扉。星と月の紋章が並んで刻まれている。

【月の祭壇・入口を発見しました】

【推奨レベル:Lv85以上】

【パーティ上限:6人】

【注意:水中ダンジョンです。潜水装備が必要です】

「推奨レベル85。星の祭壇より五も高い」

「水中戦闘だからだ。地上より動きが制限される分、要求レベルが上がっている」

「トワさん。呼吸薬の残り時間は──」

【水中行動可能時間:残り68分】

「六十八分。──行けるか」

「行けるかは入ってみないとわかりません。でも、薬の予備はあります」

「よし。──入るぞ」

扉を開けた。